第二章

自宅に帰った後はいつもの様に残してた家事を一通り行うことにした。 仕事用の服やターバンを洗濯したり何だかんだ後回しにしていた食器を洗ったりすることにしたが…その間カナメは、リビングにあるソファーへ向かうと流れる様に寝転んだ
まるでここが自分の定位置だと言わんばかりのその光景は違和感はないものの…心なしかイラッとするがツッコミは控え、その間に用事を済ませていく


 それから夜になりマチルダは就寝すべく自室に戻ってベッドに入ったのだが…昼間に見た二人の様子が気になってしまい、中々寝付けずにいた
(二人のあんな怖い顔…初めて見たな…。)
自分が知ってる二人はいつも穏やかで、何かにつけて必ず自分のことも気にかけてくれて、優しくて包容力があって…自分なんかよりも器が大きくて頼れる兄の様な存在であった二人が、あんなにも余裕がなく別人のように相手を鋭い視線で睨む姿が頭から離れなかった…
「………」
結局のところ、一度気になって考えれば考えるほどに頭が覚醒してしまい眠気も飛んでしまったので、一度気分を変えようと思いベッドから降りると部屋を出てリビングに向かった。 するとリビングのソファーで帰宅時と同じような姿勢でだらけているカナメと目が合った

もしかして彼女も何だかんだで眠れないのか?と思い尋ねてみると、彼女曰くこの姿(魂)になってからは皆のように【眠る】という概念は無い。のだと…だが、一定周期で眠気と言うモノはあるらしく、それは今まで引き継いだ記憶を一度リセットするために眠ることがあるのだとか

 とはいえ、いつその感覚が来るか自分でも分からないし本人的にも時期では無いので、マチルダが眠った後は毎晩、寝転んで時間を過ごしてたり何度読んだか分からない本を読み返したりしながら一人で暇を潰していたそうだ。

『こんな時間に起きてきおって…童は寝る時間と言うじゃろ?』
「…ちょっと眠れなかったので…。少し気分転換にきました」
 視線を伏せながら自嘲気味に笑うと『明日の朝、起きれなくなっても知らんぞ?』と鼻で笑ってくるのだが、マチルダが来てくれたのが嬉しかったのかいそいそと姿勢を直して隣の席を空けてくれた

「あ、そうだ…俺がまだ幼少期の頃…。寝られなくてぐずったらじいさんが作ってくれた物があるんですよ」

そう言いながらマチルダはキッチンに行くと、牛乳を冷蔵庫から取り出し鍋に入れて温めていく。 ほどよく温まった辺りで用意した2つのカップに注いで最後にハチミツを入れるとホットミルクの完成だ。

 彼がこちらに戻ってくると甘い香りがリビングにも漂い、カナメは期待に満ちた声で急かす

『気が利くではないか童!どれ!早うワシに献上せぬか』
「はいはい、どうぞ。熱いですので気をつけて下さいね」

少し子供っぽい彼女の言動にふふっと笑いつつ、先に手渡してあげると嬉しそうに受け取ったのを見てから隣に腰掛けた。ハチミツの甘い香りが鼻腔をくすぐり、自然と表情がほころぶ

『夜中に味わうと格別じゃのぉ…背徳的な味じゃ』
「俺も…じいさんが時々作ってくれたこの味が好きで…」

 しばしお互いにホットミルクを飲みながら無言の時間が過ぎていったが、特段気まずさなどはなく穏やかな時間だった。

ある程度落ち着いた頃。カナメの方から切り出された

『で?こんな時間に寝れないとか言って起きてきた理由はなんじゃ?丁度良い暇つぶし程度に、経験豊富な始祖様のワシに話してみよ』

こちらの悩みを丁度良い暇つぶし程度のネタとして扱わないで欲しかったが、ずっと自分一人で抱えて悩んだせいで眠れなくなっていたのは事実。誰かに共有して別視点からの意見も聞いてみたかったので、少し躊躇った末にぽつりぽつりと話し始めた。

「今日の昼過ぎに…お兄さん達と一緒に帰った時の事ですが…。おばあちゃんも一緒に見てたと思いますが、あの行商人さんに対して二人の過剰な反応が気になって…
俺の時はあんな風に怒ったりすることなんか無かったので…」

『………。貴様またさりげなくワシをおばあちゃん呼びしおったな!?…まぁ今日は【ほっとみるく】に免じて許してやろう
…で、あの二人じゃが……まぁ十中八九、嫉妬であろうな』
「し…嫉妬?!まさか…そんな」

 予想していなかった答えに思わず声は上擦ってしまいポカンと呆気にとられ固まってしまうが、彼女はため息交じりに自分の視点から見た意見を説明していく
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