第二章

「っと…どうかしかしたか?」
袖が引っ張られ一体何だと彼女の方へ呼びかけ振り向こうとしたが、まずは前を向けと頭が掴まれ前を向くように固定されてしまった。

 彼女の姿は基本的には一般の者には見えないのだが…それ故にカナメと会話するとき、何も無い場所に向かってマチルダが話しかけている構図が出来上がってしまうので、こんなにも大人数が居る前では気をつけろという意味なのだろう

少し首が痛いと思いつつ彼女の意図を察し大人しくしていると、背後から耳元に囁かれた
『ワシの姿を近衛兵の誰かに認識されては面倒じゃろう?今から姿を変えるから貴様は前を向いておれ』
「…え?」
彼女の言葉の意味が分からず小さく素っ頓狂な声を上げながら振り返ると、その場でカナメはくるっと回転した。それと同時に彼女の姿はいつもの黒髪高身長の褐色肌の姿から、雪のように真っ白な髪をふわっと巻き両側に蝶を象ったレース付きのヘッドドレスを着けたまるでお人形のような容をした幼く愛らしい幼女の姿へと姿を変えたのだった。

「!!?」

一体何が起こった?!と思わず声を上げそうになったが、何とか言葉は飲み込み表情だけで呆然と見ているとカナメは得意気に笑ってみせる
『どうじゃ?このワシの仮の姿は。愛らしかろう? 遙か昔、ワシが現役じゃったころに御霊流しをした「マリアネット」という子でな。 ワシの記憶ベースにある者になら姿を借りるのは容易いが、どうせなら愛らしい方が良いのでな
……ってほれ、手を繋がぬか!パッと見は従妹か姪と居ますと雰囲気は作れるじゃろ?』
 見た目だけなら確かに、白いドレスが彼女の姿を一層人形らしさを際立たせているだけでなく丸く大きな眼が印象的な幼女なのだが…口調も態度も中身はカナメのままなので、何というか違和感と残念感しかない…

下手にツッコミをと言うべきか迂闊なことを言うと起こられそうな気がしたので、こみ上げる残念感をぐっと堪えつつ一応冷静に考えてみた。

…彼女には悪いが、自分はともかく長身で珍しい衣装と容姿をした女性が最前列に立っているのを思うとこの姿の方が最適だろう。それに…下手すると近衛兵の誰かに彼女の姿が視認されてそのまま厄介事へと発展するよりかはマシだ

いくら彼女が姿を変えたといえ、彼女の姿は周囲の一般市民には視認されていないので、このまま出来るだけ目立たないようにヒソヒソと喋っていると噴水広場の方で動きがあり、先程の賢者が壇上に上がりそしてマイクを手に持つと眼前に集まった市民に向けて演説を始めた。

 その声は街中に配置されているスピーカーを伝って王都中に響く

『あー…あー…。お集まり頂いた皆様、こんにちわ~!アタシは国王陛下直轄の賢者、フリージル!!
今日はこの場に集まってくれた皆様に、とぉっても大事なお知らせをもってきたのよ~♡』

裾の長いローブを身に纏いピンク色の髪で片眼を隠した赤い眼をした青年だが、その容姿はまつ毛も長くメイクも入念に施されているので一見すると美しい女性に見える彼は、マイク片手にニコニコと笑って周囲の反応を眺めているだけなのだが…

 この様子だけを見ていると賢者というか只のお調子者にしか見えない。周囲が彼のテンションに圧倒される中、構わず話を続けていく

『皆様にこうやって集まって貰ったのはちゃぁんと理由があるのよ?そ・れ・は…我らが偉大なる国王陛下。ナイト様のお声を伝えるためだから、心して聞いてちょうだいね?』

「え…?何かしら?」
「陛下から直々にって…一体なんだ?」
フリージルの言葉に市民は一体何だとざわつき始める。皆が口々に喋るせいで周囲はガヤガヤと騒がしくなってきたが、フリージルはあえて何も言わず壇上から彼らの様子を眺めていたが、やがて場がほどよく温まった頃合いを見て再び口を開く

『はぁい、ちゅうもく~!陛下からのお言葉はー…ここ近年。我らが王都は大きな改革を行ってきたせいで、今まで行ってきたイベントはどれも中止ばかりだったでしょう? だ・ケ・ド。数年ぶりにある事を復活させましょうという事よ♡』

「?あること…?何かしら…」
「うわぁ…何だかイヤな予感しかしないな…」

『うっふふふ♡やぁね、変なコトじゃないわ 皆も大好きな…各国から様々な行商人を招く大規模なあのイベントよ!
今回は只のイベントだけじゃないわ…。今までの王都は、独自の文化によって発展してきたと思うわ。でもね、それだけじゃあまりに閉鎖的すぎたの。
ナイト陛下は先代と違って、より新しい文化を積極的に取り入れて下さったお陰で皆様の暮らしは彩りが増えたと思うわ

 だケドまだまだアタシ達は発展途上…そんな今だからこそ、一層の発展を行うため。そして他国からの流通ルートを確保を兼ねて開催するのよ。それによって…これまで以上に豊かで先進的な生活になることも約束できるわ!!
 でも、今回はあくまでも試験的なモノ…だから期間は短いケド、これが成功すれば定期的なイベントとして定着させる予定よ!』

「まぁ……!」
「へぇ……そんな事が」
「成程ねぇ……それは確かにいいかもしれないわね」

フリージルの演説を聞き、市民の反応は様々だった。最初の頃は警戒していたものの、話が終わる頃には彼の説明を聞いて歓声や拍手を送る者。納得したようにウンウンと首を縦に振る者も多くいたが、一方でやはり不安を感じている者も居た。

だが、それでもこの国においてフリージルの発言力は絶大であり、彼がそう言うならそうなんだろうと素直に受け止める者が殆どだった。
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