空にサヨナラ
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正式に第一部隊のリーダーとして辞令を下されてから、1週間。
リーダーというものはこんなにも疲れるものだったのか。
幸せも逃げ出す大きな溜息をついてずるずると体を引きずるように歩く。
心の中では自分をこんな状態にした支部長への恨み事を忘れない。
課せられる特務とやらの内容は日増しに過激になっている気がする。
このままではウロヴォロスを単独で相手にする日もそう遠くはないのではないか――そんな恐ろしい想像をしてしまい、ソウキはぶんぶんと頭を振ってその想像を片隅へ押しやった。
随分と疲れた様子が目に付いたのか、ツバキにはリーダーになりたての頃のリンドウにそっくりだと言われた。
その声音にはもちろんソウキを心配する色が見えたが、それより奥に隠されていたのは間違いなく悲しみだった。
それを敏感に感じ取ったソウキは努めて明るく振る舞う。
そして、無力すぎる自分に腹が立った。
生きているなら、その証を。
生きてはいないなら、せめて彼の証を。
なのにそのどちらも、自分は持ってくる事ができない。
捜索すら早々に打ち切られ誰もが抗議した。
しかし戦う力と引き換えに大きな組織に取り込まれ、管理される自分達にとって上からの命令は絶対だった。
抗議する人間は減っていく。何も知らない彼らにとって、いかに納得の出来ない事であろうと、ある意味それはどうしようもない出来事なのだ。
失った仲間を想い、嘆き、かぼそい望みに縋ろうとしても現実は待ってくれない。
いま生きて助けを求める仲間の方が大切で、それはごく当たり前の事だった。
だけどソウキや、一部の人間はきっと知ってしまった。静かに潜む闇と、陰謀に。
知ったからこそ下された命令には不審を覚えたが、同時に下された命令には無言の圧力があることにも気付いていた。
『死にたくなければ関わるな』
つまりはそういう事だ。
右手の枷は大きい。
フェンリルの庇護下で常に適正な処置を受けていなければ自分達の命は無いも同然なのだ。
かといってこの腕輪とそこからもたらされる力を失えば、自分たちはまた戦う力を失ってしまう。
そんなのはごめんだ。
ソウキは握る拳に力を入れた。
この『力』は手放さない。だが大人しく飼い犬になってやる気もさらさらない。
何か隠された事実があるなら、今は大人しく状況をうかがうのが得策なのだろう。
静かに時を待つ…なんていう事が自分に出来るかは甚だ謎であるが。
「…いけね、午後も任務だったか」
午前中に特務を済ませ一度アナグラに帰還したが、この後も任務が入っていたのだ。
これにはソーマとコウタも一緒だから特に気を張る必要もないだろう。
近くの時計を一瞥し、ソウキは準備を整えるべくエントランスへと向かったのだった。
「………」
痛い。沈黙が痛い。
廃寺の寒さといえば身に染みるような、痛いほどのものであるが今はそんな寒さなど感じないほど、沈黙が痛かった。
「えーと、あの…?」
午前、午後と違う場所で任務をこなすソウキは、他のメンバーより少し遅れて午後の任務地である鎮魂の廃寺へと着いた。
吐き出した息が掴めそうなほど真っ白く宙に浮かぶ廃寺で、そこはさらに2、3度気温が低い。
「…喧嘩?」
「っ、違います!ソーマが…!」
きょとんと首を傾げて言ったソウキにすぐさま反応を示したのはコウタだった。ソーマはそっぽを向いたままこちらを見ようともしない。
その様子でなんとなく合点のいったソウキは小さくため息をつく。
大方、コウタの発言に対してソーマがカチンとくるような物言いをしたのだろう。
コウタやシュリが来てしばらく経つというのに、いまだにソーマは打ち解けない。まあ元からそういう性格ではあるし、自分だって今のようにソーマと気安くやり取りするのには時間がかかった。
だがもう少しソーマにも柔軟さが欲しいところである。
「おい、」
「時間だ。行くぞソウキ」
問い質そうと少し強めにかけた声は、それを拒絶するかのようなソーマの言葉に遮られた。
わざわざ自分を名指ししたということは、コウタを無視しているのと相違ない。
「ったく・・・先に行け、ソーマ!後から追いかける」
コウタをこのまま置いていく訳にはいかない。早々に集合場所から飛び降り雪に足跡を残していくソーマの背中へ叫ぶ。聞こえなかったはずはないが、なんの反応も返さなかった。
しまった、機嫌を損ねたなあれは。心中で呟いてソウキはまたため息をつくのだった。
「だって、アイツ態度悪いんですよ!こっちが好意で色々言ってるのに、エリート気取りでもう…!」
探索を行う道すがら、コウタは延々と愚痴をこぼしていた。どうやらかなり鬱憤が溜まっていたらしい。
ソーマも悪いやつではないのだ。ただ、お互い理解に時間はかかってしまうと思う。
騒ぐコウタを宥めながら歩いていると、ちりりと首の後ろに走る殺気。
「ほれ、そろそろ落ち着け。お客様がいらっしゃったぞー」
おどけて言うのと同時に背後に気配。振り向けば屋根から飛び降りたらしいシユウが挑発するかのように手招きをしていた。
神機を構え戦闘態勢に入るコウタを横目に、懐から通信機を取り出しソーマに連絡をいれる。
「こちらソウキ、D地点にて討伐目標シユウと遭遇。そっちは?」
『…同じく討伐目標のグボロ発見。始めるぞ』
「ちょ、待ってソイツ後にしねぇ?先に合流して片方叩いた方がいいだろ。そっちもまだ敵さんから見つかってないみたいだし」
『……』
シカトかよ。
少しだけイラっとしたが言葉には出さない。ちらりとコウタを見やればうまくシユウの気をひいてくれているようだ。
「…分かった分かった。さっきお前だけ行かせたの謝るから。ほら、拗ねてないでこっち来……ぎゃっ!」
「ソウキさん!?」
奇声を上げたソウキに驚いたコウタが声をかける。通信機を耳から離し、最早黙り込んだ機械を睨みつける。
通信切断の直前に周波数でも弄ったのか、耳を刺すような酷いノイズ音が飛び込んできたのだ。
小さく悪態をついて乱暴に通信機をしまい込み、神機をシユウへ向ける。
とりあえずこいつを片付けて、ソーマはその後だ。
コウタも大分戦闘慣れしてきたようで、サポート程度にしかソウキが手を出さなくとも、シユウは思っていたよりはあっさりとその体を雪に埋めた。
今のは良い動きだったな、と褒めてやれば嬉しそうな表情を隠しもせず浮かべるコウタに、ああ素直な後輩っていいなぁ、なんて感想をソウキは抱く。
無表情でぶっきらぼうなどこかの誰かとは大違いだが、逆に彼が満面の笑みを浮かべて喜ぶ姿を想像して――ソウキは気分が悪くなった。
「おっかしーな、いねぇ…」
戦闘開始前の連絡でどこにいるのか聞き損ねていたソウキは、シユウの捕喰を終えるとコウタと共にソーマを探して廃寺をうろうろしていた。
廃寺は壊れた建物とそこを吹き抜けていく強い風のせいか、音の通りが良い。
もちろん限度というものは存在するが、静かに戦うなどという理由も概念も術も持たないアラガミとの戦闘は、大抵の場合かなりの破壊音がする。
つまり、耳をすませばある程度仲間の戦っている場所が分かるのだが、廃寺は今、非常に静かだった。
探索の途中、無惨に頭をかち割られたグボロを見つけた。
とどめは力任せにバスターのチャージクラッシュをぶち込みました、というのが丸分かりの惨状だ。神機が地面さええぐって土や雪を撒き散らした跡を眺め、そう遠くないなとソウキは1人ごちた。
積もる雪を剥がされ露出した土はまだ雪に覆われてはいない。
コアを失えば間を置かず散逸するオラクル細胞も、いまだアラガミとしての形を保っている。
「ん…?」
ふと風に乗って声が聞こえた気がしてソウキは顔を上げる。
はて、あれはソーマの声だろうか。だとすればあまり遠くないはずだ。辺りを見回してみるが姿が見えないとなると、近くにある御堂の中にでもいるのだろう。
「…いたいた」
御堂の入口から見上げてみれば、朽ち果てた仏像の前にソーマが立っていた。なにか見つけたのか、じっと仏像を見て動かない。
アラガミに食い荒らされた御堂やこの仏像を見る度、ソウキはこの世にもう神なんてものはいないのだと思い知る。
雪の積もった階段を滑らないよう気をつけながら上がり、ソーマに近寄る。まさか気付いていない、とは思わなかったのだが。
「っと…」
がしゃり、と音を立てて振り向きざまに神機がソウキに突き付けられた。後ろのコウタが息をのんだのが分かる。
「…お前か」
「俺です。さっさとどけろ、危なっかしい」
テンポよく受け答え、後数センチで肌に触れそうな神機を見る。黙ったまま神機は下ろされ、ソウキはふぅと息をついた。
「…帰投する時間が過ぎても戻ってこないから、探しに来たんだぞ」
コウタがややふて腐れながらも声をかけた。まだ怒っているようだが、ちゃんと仲間を気遣えるあたりコウタは本当にいい子だよなぁとか考えていたら、そんな発言と真反対なソーマの言葉が聞こえた。
「余計なお世話だ…俺は俺の好きにする」
「俺ら同じ部隊の仲間だろ!?勝手な事ばっかり言うなよな!」
さすがのコウタも声を荒げた。
お互いを理解するには喧嘩と仲直りが大切だと個人的には考えているのだが、これは自分が仲裁すべきたろうか。ただ、放っておいて嫌な方向に泥沼化するのは避けたい。
「はいはい、ストップ…」
「…仲間、か」
止めに入ろうとすると、ふん、と鼻で笑ってソーマが呟いた。
今日は良く発言を遮られる日だ。
「少し小突かれたくらいで死んじまう、おちおち背中も預けられないような仲間なら、いないほうが…ずっとマシだ」
そう吐き捨てるように言ったソーマに、コウタがキレた。
当たり前だ、仲間として心配している相手から戦力外通告されるわ余計なお世話だの言われたら、誰だって頭にくる。足音荒く立ち去るコウタに気付いていたが、ソウキはその後を追いかけることが出来なかった。
仲間などいらないと吐き捨てたソーマが、やけに悲しそうに見えたから。
しんしんと雪の降り積もる静かな御堂の中、喰われて欠けた仏像の後ろからそっと様子を伺うような人影に、二人が気が付くことはなかった。