空にサヨナラ
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「そうだな、まずサリエルを遠距離攻撃で叩き落として落ちたら…まぁ総攻撃。各自油断しないで生きて帰れよ、はい散開ー」
気の抜けたソウキの号令に、仲間は黙って従った。
そんな態度も、緊張からの物と解釈したのだろうか。
任務への緊張?
これに昇進がかかっているから?
そんな事は今、なんの関係も無かった。
ただそこにあるのは純然たる虚無感。
誰もいなくなったその場所にソウキは佇んだまま、片方の唇を吊り上げて自嘲的な笑みを浮かべた。
「俺が隊長なんて…笑えない冗談だよ、本当」
吐き出した言葉は誰に聞かれる事もなく、消えた。
「そもそもおかしいんだよ」
「…あ?」
サリエルの放つ追尾レーザーを直前まで引き付けてから避け、ソウキはそう零した。
たまたま近くにいたソーマがそれを聞きとり、不審そうな顔をする。
「第一部隊の隊長はさ、サクヤさんで十分じゃん。どうして俺なんだか。実力?それとも新型だから?」
「んなこと知るか」
低空飛行で突っ込んできたサリエルを横に飛んでかわす。
突進後の僅かな隙をついて二人がかりで攻撃を叩き込み、空中へ逃げるように飛び上がるサリエルに追撃を浴びせた。
「…正直、こんなタイミングで隊長なんて微妙なことこの上ない」
素直に喜べないよな、と零したがソーマは無言。
しかし返事がないのも気にせず、ソウキはぶつくさ文句のような愚痴のような事を言い続け、ソーマはなぜか黙ってずっとその近くで戦い続けていたのだった。
「片付いたか?」
「はい!周囲も確認しましたけど特に問題なしっす」
「さんきゅ、コウタ。
じゃあちょっとアナグラに連絡してくるわ」
任務の報告を、とソウキは端末を手に少し離れる。
予想以上にあっさり片付いたな、そんなことを考えながら連絡を入れれば、すぐに回収班が向かうと伝えられた。
今日の任務は自分の昇進がかかっているということもあってか、珍しくツバキがヒバリの代わりに通信に出ていてそれが少し懐かしい。
昔、リンドウと二人で勝手に任務に出てツバキさんにこっぴどく怒られた事があったっけ。
思い出して少しだけ切なくなった。
そうなると心なしか端末の向こうから聞こえるツバキの声も寂しそうに聞こえる。
いくら本部からの命令とはいえ弟の後釜に自分がつく事を、本当はどう思っているのだろう。それを考えるとソウキの心は少し重くなる。
「…はい。では迎えが到着次第帰還します」
淡々と通信を終わらせ、ソウキは端末をポケットに突っ込んだ。
「おい」
「なに?ソーマ」
後ろからかけられた声に、振り返らず答える。
だが、それきりソーマは何も言わない。水の流れる音と離れた所で何か話している仲間の声しか聞こえてこなかった。
「…決めたのか」
「うん」
「なら、いい」
ようやく口を開いたソーマの声は何処か慎重だった。
そしてそれだけ言うとふいとその場を立ち去ってしまう。
これまでも何度か昇進の話はあった。
それは隊長なんていう大袈裟なものではなくて、しかし何かしら理由をつけてのらりくらりと断り続けてきた。
何故か、と問われた事はもちろんある。
その度にソウキは哀しそうな笑みを浮かべて言った。
――俺には、無理ですよ。
責任も義務も、自分には負う事など出来ない。
だって、今まで自分は何もかも捨てる側で
何かを負うことなど、無かったのだから。
「…あぁ、本当に…どうして、俺なんだ」
「おいで。さぁ、帰ろう」
差し伸ばされたその大きくて温かい手を、小さくて汚れた手が掴んだ。
泣くことしか出来なかった、あの世界のゴミばかりが積み重なり腐ったような世界から、自分を掬い上げてくれた手。
毎日の生活は楽ではなかったし、辛いことの方が多かったけれど幸せと言えるだろう。
記憶もない頃に1人になったらしい俺が、それまで生き延びていた事自体が奇跡のようなものだ。
俺を拾ってくれたのは小さな教会の神父だった人で、その教会には同じような境遇の子供達が他にもいた。
自分の事で皆が精一杯の時に、他人の子供を面倒みるような余裕は誰にもなかった。
見て見ぬフリ、だけどそれを咎める事なんて誰にも出来ないような、そんな世界だった。
それなのにその人は寝る場所だけでもとその教会を解放し、僅かではあるが食べ物も与えてくれた。
「…いいねソウキ。誰も悪くはないんだ。恨んではいけないよ」
事あるごとに繰り返しその人は言って、俺は訳も分からないのに頷いていた。
本当にねぐらにするだけに教会に訪れる奴もいれば、そこで身を寄せ合い暮らす奴もいた。俺は後者だった。
「待ってろよソウキ。絶対になんとかしてやるから」
何人が、そう言って俺の頭を撫でて教会を出て行っただろうか。
年上の彼らは明るい顔をして教会を出て行った。いってらっしゃい、と俺はそれだけ呟いて、彼らの事を忘れた。
彼らが教会に戻ってくる事も、なかった。
「…いってきます」
月日は流れた。
初めて会ったその時よりもずっと小さく見えるその背中に、俺はそっと声をかけた。
小さく肩が震えているのは泣いているからだろうか。辺りに散らばっているのは、今朝届いた通知だ。
ここから外へ、フェンリルへと行った彼らが、亡くなったという知らせ。
はっきりと聞こえてきた押し殺したような嗚咽に気付かない振りをして、俺はもう一度呟いた。
「いってきます」
行き先は告げないが、恐らく全て分かっているだろう。そうして何人も、見送ってきたのだろうから。
俺が手に握りしめているのはフェンリルからの神機使い募集のチラシで、あまりに強く握りすぎたせいかそれはくしゃくしゃだ。
神機使いを希望する。
それがどういう事が理解出来るくらいには大人になった。
その上で選んだ。
いくつも死と絶望を見た。足掻くためにはこの道しかないと思った。
「いって、きます」
返事は望まない。ただ伝えたくてそれだけを繰り返した。
もしも自分が神機使いになれて戦場で死んだとしても、そうなる前にどこともしれない場所で野垂れ死んだとしても、1人でも泣いてくれる人がいるなら悪くないと思えた。
時間だ。
どこか別の場所にあるらしい鐘の音がかすかに耳に届いた。俯いたままの背中に、『今までありがとう』と音にしないまま投げかけて背を向け一歩踏み出した。
「気をつけて。…行ってらっしゃい、ソウキ」
その瞬間、後ろから投げ掛けられた言葉に鼻の奥がつんと痛くなって視界が歪む。
振り返らず、俺は走り出した。
優しいあの人を傷つけてまで、自分から全てを捨てて、この世界に飛び込んだ。
瞬く間に変わる環境、周囲で命を落とす奴ら、案外こちら側の世界も優しくはないと、やがて俺は思い知る事になる。
そして俺はどこかで野垂れ死ぬ事もなければ、まだ戦場で力尽きる事もなくなんとか無事に立っていた。
そんな俺の足元には質のよさそうなカーペット。こんなものがある場所は限られている。
「…細かい指示は追って伝えよう。今日は君も疲れているだろうからな」
サリエル1体くらいじゃ、疲れてないですよ。
なんてたとえ形式的であろうと気遣いをしてくれる上司にそんなことを言える訳もなく、俺はあいまいに頷いた。
無事サリエルを討伐しアナグラに戻った俺は支部長に呼び出され、正式に第一部隊隊長としての辞令を下された。
リーダーとしての権限と義務。
部屋はベテラン区画のリンドウの部屋を使うことになった。やはり、と内心溜め息をつく。
どうやら資料も色々閲覧出来るようになるらしい。これは少し嬉しいが、そんな俺の思考を先読みするかのように支部長は釘を刺してきた。
情報の開示、共有――知るからには裏切りは許さないと、そういう事だろう。
「っあー……疲れた」
なにか急ぎの用事でもあったのか、支部長は途中で話を中断した。
アラガミの相手なんかよりよほど支部長の相手の方が疲れる気がする。そもそもかしこまった場所や相手は苦手なのだ。
のろのろ歩いてエレベーターに乗り込みボタンを押す。
「…あ」
うっかりいつもの癖で新人区画の階へと向かってしまう。
慌ててもう1度ボタンを押し、大きく息を吐いた。
「…慣れないと、な」
色々と。
誰に言うでもなく吐きだした言葉は、誰に聞かれることもなく消えていった。