空にサヨナラ
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死と隣り合わせの日常は、それでもゆるゆるとかりそめの平和を紡いでいた。
しかしそれはほんの小さな綻びから、いとも容易く崩れていく。
誰がこんな事を予想しただろう。
いや、もしかしたらたった一人は――これを予想し、望んでいたのかもしれない。
それは、ごく普通の任務だった。
贖罪の街を単独で徘徊中のヴァジュラの討伐。ただそれだけのよくあるものだった。
「ソーマ?どうかしたか」
「…何か、おかしい」
「え?」
特に問題もなくヴァジュラを倒し、ソウキは素材を得るべく捕喰を始める。しかし何故かソーマは険しい顔で虚空を睨みつけていた。
同じ方向を見てみたが、そこには広がる廃墟と少し雲の多くなった空しか見えるものはなかった。
「あ、おいソーマ!」
何も言わず、ソーマが歩き出した。呼び止めたが立ち止まる気配はない。
ソウキはため息をつくと後ろを振り返り声をかけた。
「おーい、全員集合!
…警戒解くなよ、ソーマに続け」
談笑していた仲間達の表情が一気に引き締まる。
神機を構え直すと、一行はソーマを追いかけて行った。
「ソウキさん」
「…ん?どうしたシュリちゃん」
「あの。ソーマさん、どうして…」
シュリの瞳には不安そうな色が浮かんでいた。こんなことはあまりないから、そう感じてしまうのも仕方がない。
「さぁ?アイツは他のやつらより気配とかに敏感だから…何かあったのかもしれないし、何も無いかもしれない。
ま、これだけ人数がいればそうそう困った事にはならないだろ」
だから安心しな、そう言って安心させるように微笑んでやれば、少しシュリの表情が柔らかくなる。
しかしそう言いつつ、ソウキもこの事態に嫌な予感を感じていた。先程の言葉は自分に言い聞かせているも同然だった。
「なにか、いる」
先頭を歩くソーマがぼそりと告げる。その言葉に、一瞬にして緊張が走り神機を握る手に力が入った。
H地点からゆっくりと角を曲がりF地点へ。ここの壁には恐らくアラガミが開けたのだろう穴があり、内部はステンドグラスのある聖堂のような場所へと繋がっている。
「…!!なんで、お前らが」
「リンドウにアリサ、え、どうしてここに」
反対側の角を曲がって姿を現したのはここにいるはずのない人物だった。
しかしそう思っているのは相手も同じようで、驚いた顔をしている。
「同一区画に2つのチームが…おかしいわ」
サクヤが動揺に少し声を上擦らせ、前へと歩み出た。
同じ区画に事前情報なしに2つのチームが派遣されることは、絶対と言っていい程に有り得ない事である。
もしもそんなことをすればお互いがお互いの作戦行動を阻害し、その結果窮地に陥る可能性があるからだ。
だから複数のチームが、事前情報なしに別々の目的をもって同一区画に出撃する事は、本来あってはいけないはずなのだ。
「待て、サクヤ。まずは仕事を終わらせてからだ。
アリサは俺と中へ、他の奴らは外の警戒に当たってくれ」
詰め寄るサクヤをリンドウが制し、アリサと教会内部へと足を踏み入れる。
「おいリンドウ、俺も行く。…人数的にもそれが丁度良さそうだしな」
ソウキがそう声をかければ、振り向いたリンドウは無言で頷いた。
武器を構え、中へと進む二人に続いてソウキは早足で追いかけていった。
割れたステンドグラスの破片が足元で小さく音を立てる。
慎重に、その聖堂のような広間へと足を踏み入れた。正面の高い位置にある窓は無残に破壊され、アラガミの通路になってしまっている。
「…なにもなし、か」
ぐるりと周囲を見回し、ソウキがそう呟いた。
その時ふと差し込んでいた日の光が陰り、同時に気配を感じ顔を上げる。
「なっ…!?」
そこには、逆光をその身に纏い高々と吠えるアラガミの姿があった。
その体躯はヴァジュラに良く似ている。違うのは冷たい印象を与える白と青を基調にした体色と、何より特徴的な――その『顔』だった。
「…下がれ!後方支援頼む!」
鋭いリンドウの叫び声に、はっと我に返ったソウキは神機を強く握る。
飛び降りたアラガミは、その女性のような顔のついた頭を振り上げ威嚇の叫びを上げた。
一足先に攻撃を始めたリンドウにソウキもすぐ続く。援護はアリサに任せる事にした。
頭の中では引っ切り無しに本能が警鐘を鳴らしていた。こいつは強い。勝てるのかどうか、分からない。
形こそヴァジュラに似ているが、その攻撃や威力は段違いだった。
「アリサ!どうしたぁっ!!」
再び鋭いリンドウの声が飛び、そこでソウキは初めて援護の気配の無いことに気付いた。
ちらりと振り返ってみると、アリサは何事か呟きその手は震えている。
新種との遭遇に恐れをなしてしまったのだろうか。彼女の性格からしてそれはなさそうなのだが、現にアリサは全くと言って良いほど動けていなかった。
「リンドウ!一度下がってアリサを離・・・っ!?」
「ソウキ!!」
アリサを前線から遠ざけるため、一時離脱をしようとリンドウに声をかけた瞬間だった。
自分の声と焦ったリンドウの声が重なる。
異変を察したのはその時だった。
今まで何もなかった足元がすうっと冷気で満たされていく。粉雪を纏ったようなその冷気は自分を中心に円を描き、さらに強くなった。
何も分からないまま、ただ本能に従い後ろへと飛びすさる。
「ぐあ…っ!!」
冷気の渦の中心から、鋭く尖った氷柱が勢い良く飛び出してきた。
後ろに飛んだ事でなんとか直撃は免れたものの、同時に周囲へ向かって伸びた氷柱の一本が脇腹を掠めてしまう。さらにその衝撃で後ろの壁まで飛ばされた。
「う…ぐっ…!」
激しい痛みが襲い、傷を庇うように伸ばした手はぬるりとした液体で濡れた。
ぼたぼたと流れ落ちる血に舌打ちをして、とにかくアリサだけでも、と視線をそちらへ向ける。
すると何か、聞き取れない呪文のようなものをぼそぼそとアリサは呟いていた。その瞳はどろりと澱み、光がない。
「アリサ…?」
手の震えはおさまり、ふらふらと揺れていた銃形態の神機はすうっ、と導かれるようにその照準を合わせた。
狙う先は間違いなく前方で戦っている、リンドウへと。
「だめだ!アリサっ!」
その引き金を引いてはいけない。ソウキは傷の痛みも忘れ、アリサへと夢中で走り寄っていった。
「いやああああぁぁっ!!
やめてぇぇぇっ!」
無情にも、引き金は引かれる。
しかしその照準はソウキが飛び掛かるよりほんの少し早く、アリサの悲痛な叫び声と共に真上へと向けられた。
弾丸は天井へとぶつかり、激しい爆発を起こす。その衝撃で天井が崩れて瓦礫が降り注いだ。
ソウキは走り寄ったその勢いのまま、呆然と立ち尽くすアリサを突き飛ばすようにして瓦礫を避ける。
「なんで…アリサ!」
「や・・ちがう、ちがうの・・・パパ、ママ…そんな、つもりじゃ・・・」
先程の行動の理由を問いただそうとするが、アリサは錯乱しているのか訳も分からない様子でただそう繰り返すばかりだった。
「どうしたの・・・これは、一体っ!?」
異変に気付き、外で待機していたサクヤがこちらへと来た。
崩れ、分断された内部と地面にへたりこむアリサ、血を流すソウキにさすがのサクヤも動揺を隠せない。
ソウキがちらりと外に目をやれば、どうやら敵は外にもいるらしく残ったメンバーが応戦しているのが見えた。
「分からない、急にアリサの様子がおかしく…」
「なんですって…じゃあこの向こうにリンドウが!?」
ソウキが頷くと、サクヤはすぐさま崩れた瓦礫に向かって攻撃を加え始める。
だが貫通することに特化したレーザータイプの銃弾では瓦礫を取り除くことは出来ない。
「早くしろ!外にもいる、囲まれるぞ!!」
ソーマが一体を斬りつけながら叫ぶ。
その隙にソーマの脇をすり抜けるようにして中へと侵入した一体が、じろりとこちらを睨んだ。
「…命令だ!アリサをつれてアナグラへ戻れ!」
「なっ…出来る訳ねぇだろバカか!」
瓦礫越しに、少しくぐもったリンドウの声が響く。その内容にその場の全員が驚愕した。
その間にも外のアラガミはさらに数を増しているようで、応戦しているソーマとコウタもじりじりと後退してきている。完全に囲まれ、外に出られなくなるのも時間の問題だった。
「くっそ…!
シュリちゃん、アリサを頼む!サクヤさん、コウタは援護を!ソーマ、外に出るぞ!あっちの割れた窓の所から中に――」
「止めろ、ソウキ!
聞こえないのか、今すぐ撤退しろ!」
「嫌だ!んなこと出来るかよっ!」
「サクヤ、全員を統率!シュリとコウタはアリサをカバーしながら援護射撃!ソーマ、ソウキは退路を開け!」
ソウキの叫びも無視して、リンドウは指示を下していく。
「これは、命令だ!
全員…必ず生きて帰れ!」
激しい戦闘音に掻き消されそうになりながらも、強いリンドウの声がソウキを打つ。
サクヤはどうにかしてリンドウも撤退を、と呼びかけている。
だが、頭の中では分かっていた。
これだけ足並みを乱された上、自分は怪我を負いアリサは放心状態でとても戦える様子ではない。
しかも相手は、極東では遭遇例の無い新種のアラガミ。
そんな状況下で群がる敵を一掃し、閉じ込められたリンドウを助けるなんてのは無理な話だと。
ここは少しでも被害を減らし、アナグラへ退却することがベストの選択だ。
理解は、している。
サクヤの悲鳴と、コウタの必死の説得、外から聞こえる戦闘音、シュリの焦った声。
「配給ビール、取っておいてくれよ」
そんな、まるで普段と変わらない言葉。
俺は、もう目の前で誰も失いたくないのに。
「絶対!死ぬんじゃねぇぞリンドウ!」
思い切りそう叫んで、ソウキは前を向いた。
そう叫ぶしか、出来なかった。
だからほんの小さく呟いた、『帰るさ』というリンドウの言葉が聞こえていたとしても、
たとえそれが嘘だったとしても、
何も言い返す事は、出来なかった。