「私、結婚するの」

「ブハッ！！ハァ！？」

「ついでに走り屋もやめるの」

「ハァッ！？！？」


秋山渉、26歳。
午前0時の正丸峠にて一ノ瀬澪の言葉にコーヒーを吹き出す。
慌てて手の甲で唇を拭い、自分より3歳年上の女性を見る。

「お前っ、何時彼氏ができて……！？」

「うーん……つい2日前？」

「は……！？」


秋山、再度混乱する。
頭の中で情報が処理しきれず、もう何が何だかわからない。


「お見合いだよ。私ももう歳だからね」


齢29。同級生は皆結婚し、子供がいる年頃。
澪は溜息を吐いて愛車である赤色のシルビアを撫でた。
丁寧に手入れされたそれは、真夜中でも美しく輝いている。


「今まで自由にやってきたツケが回ってきたかな」

「……断らなかったのか？」

「断れなかった、の方が正しいよ」


泣かれちゃあね、とジーパンのポケットから煙草を取り出して火をつける。

少しキツめの香りに濃い紫煙。
そこに埋もれる澪に渉は"大人の女性"を感じた。
その瞬間だけ、3歳という差がまるで壁のように大きい。


追いかけるかのように渉も煙草に火をつける。

独特な苦さが、頭を少し冷静にさせた。