不器用な約束
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「毅くん」
「っ、は……澪……」
「負けちゃったかぁ」
けたけたと笑った彼女はいつしかの隣の席の女子を思い出させた。
だが、負けたのは事実。
それはどうにも覆らないことだった。
毅は眉間に皺を寄せ、悔しそうに拳を握った。
そんな毅に澪は肩にかけていたタオルと同じ柄のタオルを投げた。
慌てて受け取った毅はふわりと鼻に届いた優しい香りに目頭が熱くなる。
「君は負けた、それは変わらない。でも、君は強かった」
少なくとも、今の私よりも。
そう言って笑った澪は先程の悪い笑みとは違い、あの時最後に見た純粋な笑顔だった。
毅は視界が滲むのを感じ、しゃがみこんでタオルに顔を埋めた。
「カッコわりぃところ、見せちまった」
「そんなことないさ、君はカッコいいんだ」
「だって、負けた」
まるで負けず嫌いが拗ねているかのようだ。
澪は毅と同じ目線になるようにしゃがみ、頭を撫でた。
雨でぺしゃりと垂れた髪はワックス特有のゴワゴワ感も消えていた。
「ふふっ。確かに事実かもしれないけれど、私にはそれ以上に君がきちんと走り屋になっていたことが、何よりも嬉しかったんだ。だから君はカッコいい」
「は……」
「だから、探すのにも苦労しなかったよ」
澪は毅を探していた話をした。
どこか遠くに行っていたら流石に澪の人脈でも探し出すのは難しい。
だから、一縷の望みをかけて最初に地元である群馬の峠を片っ端から調べてあたった。
秋名にも、赤城にも行った。
だが聞くのは秋名のハチロクだのロータリーの高橋兄弟だの。
自分が探し求めていた名前ではなかった。
そして富岡市にあるガソリンスタンドで毅の名前を出したところ、すぐの妙義山で走り屋をしていることを教えてもらっていた。
「でも、どうして今更オレに」
「あははは!おかしな人だな、君は」
頭を撫でる手を止めて澪は華のような声で笑う。
毅はその声に思わずタオルから顔を上げた。
「なにがそんなおかしいんだよ」
「君が言ったんだろう?約束だって」
そう言って澪は毅にビニール袋に包まれた一枚の紙を渡した。
毅はタオルから顔を離してその紙を受け取り、そこに書かれた文字に驚愕した。
「主演、柳楽澪……」
「なったよ、主人公に。随分と時間はかかってしまったけれど」
ああでも、まだ君のように名のある走り屋にはなれていないや。
ぽそり、と呟かれた声もきちんと毅には届いていた。
一目見てわかる。あのS13はかなり丁寧にカスタムされている。
車好きの彼女なりの乗りやすさにされているのだろう。
あの妙義山を上っていく走りは明らかに常人の域を越えていた。
あれは、もう走り屋だった。
毅は再び目頭が熱くなったが、もう隠すことはしなかった。
「……とうに、」
「ん?」
「ほんとうに、よかった」
絞り出された低い声はか細かったが、彼女にはきちんと届いていた。
眉を下げて優しそうに笑った毅に、今度は澪の視界が滲んだ。
次第に澪の瞳からも涙が零れ落ちる。
それを見た毅はギョッとして自分が持っていたタオルを澪に押し付けた。
「んぶっ」
「みっともねえ顔見せんな」
「わ、悪かったって」
タオルを顔から剥がした彼女は、涙を拭い、ふわりと香った彼の匂いに思わず笑った。
あの時君がくれた雑誌から仄かに香った、少し渋い香り。
何も変わらない。
「何も変わらない、あの時の君のままだ」
「ッ……」
髪は短く、服装もどちらかといえば男っぽい。
だが、今毅に見せているその顔は、紛れもなく"女性"らしい表情だった。
「……観に行く」
「んふふ、楽しみにしてるね」
「あと、オレとも勝負しろよ」
「もちろん。たくさん練習しないといけないね」
「約束だ」
「……うん、約束だよ」
しゃがんだまま、雨に打たれながら二人は幸せそうに笑った。
公演当日。
毅は出来る限りのお洒落をして、チケットを持って劇場に入った。
慣れない場所に少しばかり居心地は悪いが、これも約束だ。
暗い劇場にスポットライトが当たる。
それは、紛れもない主人公である澪だった。
白を基調とした衣装は先日の私服の澪とは対照的で、どことなく新鮮な気持ちになった。
低めの声が劇場に響く。喜怒哀楽がひしひしと伝わってくる。
毅は、演劇の虜……否、彼女の虜になっていた。
常にライトを当てられてキラキラと輝くその姿は、毅が描いていた澪の主人公像そのものだった。
毅はその姿を目に焼き付け、居心地の悪さなど忘れてそのひと時を楽しんだ。
その姿が、そのカオが、オレは見たかった。
約束を重ねた。
あの時よりずっと大人になったけれど。
目を細めて幸せそうに笑うお前も、
ぶっきらぼうな優しさを持つ君も、
"好き"という気持ちも、
何も、変わらないまま。
「っ、は……澪……」
「負けちゃったかぁ」
けたけたと笑った彼女はいつしかの隣の席の女子を思い出させた。
だが、負けたのは事実。
それはどうにも覆らないことだった。
毅は眉間に皺を寄せ、悔しそうに拳を握った。
そんな毅に澪は肩にかけていたタオルと同じ柄のタオルを投げた。
慌てて受け取った毅はふわりと鼻に届いた優しい香りに目頭が熱くなる。
「君は負けた、それは変わらない。でも、君は強かった」
少なくとも、今の私よりも。
そう言って笑った澪は先程の悪い笑みとは違い、あの時最後に見た純粋な笑顔だった。
毅は視界が滲むのを感じ、しゃがみこんでタオルに顔を埋めた。
「カッコわりぃところ、見せちまった」
「そんなことないさ、君はカッコいいんだ」
「だって、負けた」
まるで負けず嫌いが拗ねているかのようだ。
澪は毅と同じ目線になるようにしゃがみ、頭を撫でた。
雨でぺしゃりと垂れた髪はワックス特有のゴワゴワ感も消えていた。
「ふふっ。確かに事実かもしれないけれど、私にはそれ以上に君がきちんと走り屋になっていたことが、何よりも嬉しかったんだ。だから君はカッコいい」
「は……」
「だから、探すのにも苦労しなかったよ」
澪は毅を探していた話をした。
どこか遠くに行っていたら流石に澪の人脈でも探し出すのは難しい。
だから、一縷の望みをかけて最初に地元である群馬の峠を片っ端から調べてあたった。
秋名にも、赤城にも行った。
だが聞くのは秋名のハチロクだのロータリーの高橋兄弟だの。
自分が探し求めていた名前ではなかった。
そして富岡市にあるガソリンスタンドで毅の名前を出したところ、すぐの妙義山で走り屋をしていることを教えてもらっていた。
「でも、どうして今更オレに」
「あははは!おかしな人だな、君は」
頭を撫でる手を止めて澪は華のような声で笑う。
毅はその声に思わずタオルから顔を上げた。
「なにがそんなおかしいんだよ」
「君が言ったんだろう?約束だって」
そう言って澪は毅にビニール袋に包まれた一枚の紙を渡した。
毅はタオルから顔を離してその紙を受け取り、そこに書かれた文字に驚愕した。
「主演、柳楽澪……」
「なったよ、主人公に。随分と時間はかかってしまったけれど」
ああでも、まだ君のように名のある走り屋にはなれていないや。
ぽそり、と呟かれた声もきちんと毅には届いていた。
一目見てわかる。あのS13はかなり丁寧にカスタムされている。
車好きの彼女なりの乗りやすさにされているのだろう。
あの妙義山を上っていく走りは明らかに常人の域を越えていた。
あれは、もう走り屋だった。
毅は再び目頭が熱くなったが、もう隠すことはしなかった。
「……とうに、」
「ん?」
「ほんとうに、よかった」
絞り出された低い声はか細かったが、彼女にはきちんと届いていた。
眉を下げて優しそうに笑った毅に、今度は澪の視界が滲んだ。
次第に澪の瞳からも涙が零れ落ちる。
それを見た毅はギョッとして自分が持っていたタオルを澪に押し付けた。
「んぶっ」
「みっともねえ顔見せんな」
「わ、悪かったって」
タオルを顔から剥がした彼女は、涙を拭い、ふわりと香った彼の匂いに思わず笑った。
あの時君がくれた雑誌から仄かに香った、少し渋い香り。
何も変わらない。
「何も変わらない、あの時の君のままだ」
「ッ……」
髪は短く、服装もどちらかといえば男っぽい。
だが、今毅に見せているその顔は、紛れもなく"女性"らしい表情だった。
「……観に行く」
「んふふ、楽しみにしてるね」
「あと、オレとも勝負しろよ」
「もちろん。たくさん練習しないといけないね」
「約束だ」
「……うん、約束だよ」
しゃがんだまま、雨に打たれながら二人は幸せそうに笑った。
公演当日。
毅は出来る限りのお洒落をして、チケットを持って劇場に入った。
慣れない場所に少しばかり居心地は悪いが、これも約束だ。
暗い劇場にスポットライトが当たる。
それは、紛れもない主人公である澪だった。
白を基調とした衣装は先日の私服の澪とは対照的で、どことなく新鮮な気持ちになった。
低めの声が劇場に響く。喜怒哀楽がひしひしと伝わってくる。
毅は、演劇の虜……否、彼女の虜になっていた。
常にライトを当てられてキラキラと輝くその姿は、毅が描いていた澪の主人公像そのものだった。
毅はその姿を目に焼き付け、居心地の悪さなど忘れてそのひと時を楽しんだ。
その姿が、そのカオが、オレは見たかった。
約束を重ねた。
あの時よりずっと大人になったけれど。
目を細めて幸せそうに笑うお前も、
ぶっきらぼうな優しさを持つ君も、
"好き"という気持ちも、
何も、変わらないまま。
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