不器用な約束
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あれからというもの毅はどことなく澪のことが気になっていた。
だが、学年も違えば部活動も違う。
更には毅は演劇などに興味はない。
結局、彼女の演劇を一度も見ることなく卒業を迎えてしまった。
卒業式でも背の高い彼女はよく目立つ。
校長から証書を受け取る澪の動きは洗礼されたように滑らかで、流石演劇部と思わせるようだった。
「せんぱーい!!!」
「澪先輩!!」
「澪~」
式後に与えられた自由な時間。
帰る在校生もいれば先輩との別れを惜しむ在校生もいる。
校庭はそんな生徒たちでごった返しになっていた。
毅はすぐに帰る予定だった。
だが、そこかしこで聞こえる彼女を呼ぶ声。
そんなに人気者なのか、と毅は顔を顰めて控えめに周囲を見渡す。
すると、彼女はすぐに見つかった。
大きな人混みのその真ん中に、苦笑いを浮かべながら花束を抱えた澪がいた。
だがその顔は満更でもないような晴れやかなものだった。
「……綺麗っしょ」
「なっ、いつの間に!?」
「ぼーっとしすぎ、わかりやすいよアンタ」
流石にあの人混みの中に行く勇気もなく。
逆に彼女に会いに行こうとしている自分がいることに驚いていた毅は、隣にいる存在に気づかなかった。
驚いて隣を見れば、それはあの時澪が用があると言っていた隣の席の女子だった。
「澪、偶々文化祭に来てた俳優のOBに気に入られて卒業後すぐに演劇界に入るんだって」
「なんでそんなこと」
「だって気になるでしょ、澪のこと」
慌てて否定しようとすれば、その女子はけたけたと笑った。
実際、図星だったのだ。
第二ボタンくださいだの付き合ってくださいだの、色んな告白の台詞が飛び交う。
気も気じゃないが、彼女は丁寧に全て断っていた。
「あの人には、男女問わず人を惹きつける力がある。勿体ないと思わない?いつもあんなに爽やかで、笑顔もあんなにかわいい。なのに、悪役しかやらせてもらえないなんて」
その力があることは、毅も認めざるを得なかった。
実際、女子に興味などなかった毅が彼女のことを気になっているのだ。
そして、その爽やかさぶりは体育祭などでも遺憾なく発揮されていた。
だが、彼女に任されるのは悪役ばかり。
それも、納得できてしまう気がした。あの時の彼女の表情はまるで獲物を見つけた悪役のよう。
毅は、どうにも彼女をもっと知りたくなった。
「アイツは、」
「ん?」
「アイツは、立候補しなかったのか」
「ふふっ、してたわよ。それこそ彼女が悪役としての才能を自覚してしまう前、主人公になろうとね」
「どうして」
「あなただってそういう経験をしたり、見たことはないかしら?ないならこれからすることになるだろうけど。才能は努力を余裕で上回るのよ、いつだって。そしていつだって他人の目に映るのは"才能"の部分なのよ」
毅は息を呑んだ。
まだ自分にはそういった経験はない。如何せん、自分に何か突出した才能があるとは思っていないからである。
「周囲は圧倒的なその才能を搾取しようとするばかり。だからいつからか、あの人は主人公になることを辞めたわ。ただ、努力を辞めたわけじゃない。悪役であり続ける努力へと変換した」
それが今の彼女よ、哀れでしょう。
その言葉がやけに重く響いた。
わからない。だからこそ、彼女の苦労は壮絶なものだという想像は、少し難しかった。
あんなに笑顔だからなおさら。
だが、毅は不思議と彼女に怒りの感情が湧いていた。
自分でもわからない、得体のしれない怒り。
「あぁ、そうだ。あの人も貴方を気にしていたのよ」
「は、オレを?」
「そう。あの日、貴方初めて会ったでしょう?そして貴方、よく車の雑誌を見てるわよね」
「あ、あぁ」
そう、あの日も雑誌を見ていた。
毅が戸惑いながらも頷けば、女子は可笑しそうに笑った。
「あの人も、車が好きなのよ。親がそういうところに勤めているから。だから、あの時私と話しながらも隣で雑誌を広げてた貴方が気になったみたい。演劇に来てくれない~って何回も嘆いていたわ」
「ア、アイツが?」
「えぇ。意外?車の話が出来る人なんてそういないし、彼女自身公にしたくない気持ちがあったのよね。もう免許も持ってるわ、ちゃんとMTで。ただ、役職柄もう運転もできないだろうって、諦めているわ」
驚いた。ただそれだけだった。
向こうなんてあの時のことだけで、オレなど眼中にないと思っていた。
例え、車が好きだからという点だけで気になっていたとしても、澪の中に中里毅が残っていた。
その事実だけで充分だった。
「あ、そろそろ帰るわ」
「お前が?」
「違うわ、澪よ」
"これが、最後のチャンスよ"
背中を押されて慌てて後ろを振り返れば、楽しそうに笑う女子がいた。
「彼女にあんな顔させるなんて、狡いわ、貴方」
「なんのことだ!?」
「なんでもないわ、貴方が羨ましいっていう話。早くしないと、逃げちゃうわよ」
悪戯っ子のように悪い笑みを浮かべる女子は、どことなく澪と似ていた。
「あぁ、そうだ。教えといてあげるわ」
「今更なにを」
「彼女の名前は、柳楽澪。ちゃんと覚えておきなさいよ」
次の悪役は、きっとこの子なのだろう。
毅は今度こそ振り返ることはなく澪の元へと一直線に歩いていく。
だがその脳内はまとまらない思考で渦巻いていた。
何を言えばいい、何から伝えればいい。
他の人みたいに何かを渡せるわけでも、何かが欲しいわけでもない。
ただ、オレは。
「澪!!」
「えっ……」
大きな声が校庭に響いた。
呼び止められた澪は戸惑いを隠さずその声の主を見る。
周囲の人々も驚いた様に彼らに注目した。
「オレは、演劇もなにも興味ねェ」
「は……?」
突然のカミングアウトに澪は更に頭に疑問を浮かべる。
だが毅は構わず言葉を続けた。
「だから、お前が主人公になったら観に行ってやる」
「……」
澪は大きく目を見開き、その瞳孔は微かに揺れ動いた。
まるで時が止まったようにすべてが静かになる。
先に動き出したのは、澪だった。
その目からは涙を流し、ふっと息を零しながら毅を見た。
優しく細められたその目と柔らかく上げられた口角は、悪役なんかじゃなかった。
幸せそうな、純粋な表情。
「……ありがとう」
「別に」
毅は照れ臭そうに髪を掻いたあと、思い出したように鞄を漁った。
澪は涙を拭いながらその姿を見ていた。
やがて何かを取り出したかと思うと、それを澪の両手いっぱいに抱えられた贈り物の上に置いた。
それを見た澪はまたも驚いて毅を見た。
「もういっこ言い忘れてた。……諦めんじゃねえよ。好きなんだろ、車」
「な、んでそれを」
「アイツから聞いた。オレだって何の職に就くかわかんねェ。でも、走り屋だけはぜってえ諦めねえって決めてんだ」
だから、と毅は澪を鋭く睨んだ。
その強く熱い視線に澪は目が離せなかった。
「だから、お前も諦めんな。主人公になってもこっち捨ててたら観に行かねえからな」
それは、まるで脅しというか宣戦布告のようで。
その言葉に澪はぽかん、とした表情をした後、大きな声を上げて笑った。
普段のハスキーな声からは想像できない、女子らしい華のような声で笑っていた。
その姿に周囲は驚き、遠くから見守っていた女子も目を見開いていた。
だが、嬉しそうに二人を見つめた。
「それは、難しいけど頑張るしかないね」
「約束だからな」
「ふふっ、ああ、約束だ。必ず、主人公になってやるさ」
「楽しみにしてるぜ」
楽しそうに笑った澪に毅は満足そうに笑って踵を返した。
もう何も言うことはない。満足していた。
「ありがとう、毅くん!」
背後から降ってきた声に毅は思わず足を止める。
だが、振り返ることはなくそのまま歩を進めて帰っていった。
自分の名前は教えていないが、恐らくあの女子が教えたのだろう。
すれ違いざまに女子はさっきと同じようにけたけたと笑った。
毅は再び足を止め、横目で少女を見た。
「ほら、言ったでしょう。狡いって」
「……そうだな」
狡い、その理由が何となくわかった気がした。
そして、その顔にさせたのは自分だという優越感に浸っていた。
少女に彼なりの悪い笑顔を向け、今度こそ校門を出ていった。
「さっさとくっついちゃえばいいのに」
そんな独り言は、落ちた桜の花びらと共に踏みつけた。
だが、学年も違えば部活動も違う。
更には毅は演劇などに興味はない。
結局、彼女の演劇を一度も見ることなく卒業を迎えてしまった。
卒業式でも背の高い彼女はよく目立つ。
校長から証書を受け取る澪の動きは洗礼されたように滑らかで、流石演劇部と思わせるようだった。
「せんぱーい!!!」
「澪先輩!!」
「澪~」
式後に与えられた自由な時間。
帰る在校生もいれば先輩との別れを惜しむ在校生もいる。
校庭はそんな生徒たちでごった返しになっていた。
毅はすぐに帰る予定だった。
だが、そこかしこで聞こえる彼女を呼ぶ声。
そんなに人気者なのか、と毅は顔を顰めて控えめに周囲を見渡す。
すると、彼女はすぐに見つかった。
大きな人混みのその真ん中に、苦笑いを浮かべながら花束を抱えた澪がいた。
だがその顔は満更でもないような晴れやかなものだった。
「……綺麗っしょ」
「なっ、いつの間に!?」
「ぼーっとしすぎ、わかりやすいよアンタ」
流石にあの人混みの中に行く勇気もなく。
逆に彼女に会いに行こうとしている自分がいることに驚いていた毅は、隣にいる存在に気づかなかった。
驚いて隣を見れば、それはあの時澪が用があると言っていた隣の席の女子だった。
「澪、偶々文化祭に来てた俳優のOBに気に入られて卒業後すぐに演劇界に入るんだって」
「なんでそんなこと」
「だって気になるでしょ、澪のこと」
慌てて否定しようとすれば、その女子はけたけたと笑った。
実際、図星だったのだ。
第二ボタンくださいだの付き合ってくださいだの、色んな告白の台詞が飛び交う。
気も気じゃないが、彼女は丁寧に全て断っていた。
「あの人には、男女問わず人を惹きつける力がある。勿体ないと思わない?いつもあんなに爽やかで、笑顔もあんなにかわいい。なのに、悪役しかやらせてもらえないなんて」
その力があることは、毅も認めざるを得なかった。
実際、女子に興味などなかった毅が彼女のことを気になっているのだ。
そして、その爽やかさぶりは体育祭などでも遺憾なく発揮されていた。
だが、彼女に任されるのは悪役ばかり。
それも、納得できてしまう気がした。あの時の彼女の表情はまるで獲物を見つけた悪役のよう。
毅は、どうにも彼女をもっと知りたくなった。
「アイツは、」
「ん?」
「アイツは、立候補しなかったのか」
「ふふっ、してたわよ。それこそ彼女が悪役としての才能を自覚してしまう前、主人公になろうとね」
「どうして」
「あなただってそういう経験をしたり、見たことはないかしら?ないならこれからすることになるだろうけど。才能は努力を余裕で上回るのよ、いつだって。そしていつだって他人の目に映るのは"才能"の部分なのよ」
毅は息を呑んだ。
まだ自分にはそういった経験はない。如何せん、自分に何か突出した才能があるとは思っていないからである。
「周囲は圧倒的なその才能を搾取しようとするばかり。だからいつからか、あの人は主人公になることを辞めたわ。ただ、努力を辞めたわけじゃない。悪役であり続ける努力へと変換した」
それが今の彼女よ、哀れでしょう。
その言葉がやけに重く響いた。
わからない。だからこそ、彼女の苦労は壮絶なものだという想像は、少し難しかった。
あんなに笑顔だからなおさら。
だが、毅は不思議と彼女に怒りの感情が湧いていた。
自分でもわからない、得体のしれない怒り。
「あぁ、そうだ。あの人も貴方を気にしていたのよ」
「は、オレを?」
「そう。あの日、貴方初めて会ったでしょう?そして貴方、よく車の雑誌を見てるわよね」
「あ、あぁ」
そう、あの日も雑誌を見ていた。
毅が戸惑いながらも頷けば、女子は可笑しそうに笑った。
「あの人も、車が好きなのよ。親がそういうところに勤めているから。だから、あの時私と話しながらも隣で雑誌を広げてた貴方が気になったみたい。演劇に来てくれない~って何回も嘆いていたわ」
「ア、アイツが?」
「えぇ。意外?車の話が出来る人なんてそういないし、彼女自身公にしたくない気持ちがあったのよね。もう免許も持ってるわ、ちゃんとMTで。ただ、役職柄もう運転もできないだろうって、諦めているわ」
驚いた。ただそれだけだった。
向こうなんてあの時のことだけで、オレなど眼中にないと思っていた。
例え、車が好きだからという点だけで気になっていたとしても、澪の中に中里毅が残っていた。
その事実だけで充分だった。
「あ、そろそろ帰るわ」
「お前が?」
「違うわ、澪よ」
"これが、最後のチャンスよ"
背中を押されて慌てて後ろを振り返れば、楽しそうに笑う女子がいた。
「彼女にあんな顔させるなんて、狡いわ、貴方」
「なんのことだ!?」
「なんでもないわ、貴方が羨ましいっていう話。早くしないと、逃げちゃうわよ」
悪戯っ子のように悪い笑みを浮かべる女子は、どことなく澪と似ていた。
「あぁ、そうだ。教えといてあげるわ」
「今更なにを」
「彼女の名前は、柳楽澪。ちゃんと覚えておきなさいよ」
次の悪役は、きっとこの子なのだろう。
毅は今度こそ振り返ることはなく澪の元へと一直線に歩いていく。
だがその脳内はまとまらない思考で渦巻いていた。
何を言えばいい、何から伝えればいい。
他の人みたいに何かを渡せるわけでも、何かが欲しいわけでもない。
ただ、オレは。
「澪!!」
「えっ……」
大きな声が校庭に響いた。
呼び止められた澪は戸惑いを隠さずその声の主を見る。
周囲の人々も驚いた様に彼らに注目した。
「オレは、演劇もなにも興味ねェ」
「は……?」
突然のカミングアウトに澪は更に頭に疑問を浮かべる。
だが毅は構わず言葉を続けた。
「だから、お前が主人公になったら観に行ってやる」
「……」
澪は大きく目を見開き、その瞳孔は微かに揺れ動いた。
まるで時が止まったようにすべてが静かになる。
先に動き出したのは、澪だった。
その目からは涙を流し、ふっと息を零しながら毅を見た。
優しく細められたその目と柔らかく上げられた口角は、悪役なんかじゃなかった。
幸せそうな、純粋な表情。
「……ありがとう」
「別に」
毅は照れ臭そうに髪を掻いたあと、思い出したように鞄を漁った。
澪は涙を拭いながらその姿を見ていた。
やがて何かを取り出したかと思うと、それを澪の両手いっぱいに抱えられた贈り物の上に置いた。
それを見た澪はまたも驚いて毅を見た。
「もういっこ言い忘れてた。……諦めんじゃねえよ。好きなんだろ、車」
「な、んでそれを」
「アイツから聞いた。オレだって何の職に就くかわかんねェ。でも、走り屋だけはぜってえ諦めねえって決めてんだ」
だから、と毅は澪を鋭く睨んだ。
その強く熱い視線に澪は目が離せなかった。
「だから、お前も諦めんな。主人公になってもこっち捨ててたら観に行かねえからな」
それは、まるで脅しというか宣戦布告のようで。
その言葉に澪はぽかん、とした表情をした後、大きな声を上げて笑った。
普段のハスキーな声からは想像できない、女子らしい華のような声で笑っていた。
その姿に周囲は驚き、遠くから見守っていた女子も目を見開いていた。
だが、嬉しそうに二人を見つめた。
「それは、難しいけど頑張るしかないね」
「約束だからな」
「ふふっ、ああ、約束だ。必ず、主人公になってやるさ」
「楽しみにしてるぜ」
楽しそうに笑った澪に毅は満足そうに笑って踵を返した。
もう何も言うことはない。満足していた。
「ありがとう、毅くん!」
背後から降ってきた声に毅は思わず足を止める。
だが、振り返ることはなくそのまま歩を進めて帰っていった。
自分の名前は教えていないが、恐らくあの女子が教えたのだろう。
すれ違いざまに女子はさっきと同じようにけたけたと笑った。
毅は再び足を止め、横目で少女を見た。
「ほら、言ったでしょう。狡いって」
「……そうだな」
狡い、その理由が何となくわかった気がした。
そして、その顔にさせたのは自分だという優越感に浸っていた。
少女に彼なりの悪い笑顔を向け、今度こそ校門を出ていった。
「さっさとくっついちゃえばいいのに」
そんな独り言は、落ちた桜の花びらと共に踏みつけた。