二人が初めて出会ったのは、高校生の頃。
中里毅は当時高校二年生。既に車の魅力に囚われていた。
暇があれば雑誌を読み、車への思いを馳せていた。
そんなある日の休み時間、毅のいる教室に一人の少女が訪れた。
その少女が顔を覗かせると同時に教室内はざわざわと騒がしくなった。


「ねぇ、あれって」

「三年生の柳楽澪さんじゃない！？」

「演劇部の、悪役者だ……」

「こんな近くで見るの初めてなんだけど！！」


勿論この騒ぎは中里の耳にも入っていた。
だが彼は演劇などに興味はなかった。
ただ、"演劇部の悪役者"というワードは嫌に頭にこびりついて離れなかった。

ちらり、と少しだけ視線を噂の少女の方へ向けると、ばっちりと目が合ってしまった。
まさか目が合うと思っていなかった上に、少女の容姿をそこで初めて見た毅は驚きに目を見開いた。

まるで男子のように短い黒色の髪は程よいワックスで固められ、切れ長でありながら大きな目は自分と同じ黒色のはずなのに何か吸い寄せられるものがあった。
色白くすらりと細く伸びた手足は彼女の背の高さを表していた。


柳楽澪。
中里毅の一つ上である高校三年生、演劇部に所属している。
彼女につけられたあだ名は"演劇部の悪役者"。
その名の通り彼女が出演する役はほとんど全てが悪役なのだ。
かといって彼女自身の性格がどうこうといった噂は一切流れない。
寧ろ周囲からの人気は高まる一方だった。

毅が思わずその容姿に息を呑む中、当の本人は視線を少しずらしてお目当ての人物を見つけたようだった。
そしてドア付近にいた女子に入っていいかの有無を尋ねた後、ゆったりとした足取りで毅のいる方に向かってきた。
そして澪が足を止めたのは毅……の隣の席の女子の前だった。


「いたいた。こんな端っこだったのか」

「良い席って言ってくれない？」

「ははっ、悪い悪い」


隣から聞こえてくる女子にしてはハスキーな声と爽やかな口調。
まるで本当に男子のようだった。
毅は雑誌を読むふりをしながら隣の会話に耳を澄ませた。


「数学の教科書貸してくれないか。まさか一学年前の物を使うなんて思ってなくてさ」

「私今日ないから放課後返してくれればいいわよ」

「ああ、そうする。あ、あと今日のミーティングは16時から16時半に変更だ。部長が少し遅れるそうだ」

「まぁたあの教師にでも捕まったの？わかったわ」

「そういうことだ、頼む。教科書ありがとな」


そうだった。
隣の席のこのギャルっぽい少女も演劇部の一人だった。
そんなことを思い出しながらぼーっとしていた毅は踵を返した澪の後ろ姿を無意識に見ていた。

すると、その視線に気が付いたのかはわからないが、澪は毅の方を見やった。
すると再び会う視線。今度は間違いなく澪は毅を見ていた。
まさか振り返るとは思っていなかった毅は思わず口からヒュッと息が漏れる。
目が逸らされるその一瞬手前、澪は微かに口角を上げて目を細めた。
それはまるで、悪役のように妖しさを携えて。


「なっ……」

「邪魔したね、騒がしくしてごめんよ」


完全に目を逸らした後だったが、その言葉はまるで毅に投げられているようなものだった。
そうして予鈴と共に段々と静けさを取り戻していく教室とは正反対に、毅の内心は様々な感情が渦巻いていた。


そして、彼女の公演には一回も行ったことないが、"演劇部の悪役者"。
そう呼ばれる理由が毅には何となくだがわかったような気がした。
あの表情（カオ）は、



それが、中里毅と柳楽澪の最初の出会いだった。