足となる
お名前を入力してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
高橋啓介という人間は、不器用だった。
一本気な性格で、何かを適当にやるということができない。
だが誰よりも真っ直ぐで、素直だった。
浅木澪という人間は、器用だった。
強かながらも繊細な一面を持ち、何でもこなす。
だが誰よりも控えめで、自分の気持ちを表には出さなかった。
対照的な二人の心地良い関係は、唐突に終わりを告げようとしていた。
「プロジェクトD?」
「あぁ……県外遠征がメインで、こっちにいられる時間が少なくなるんだ」
いつものようにドライブをしていた二人はファミレスへと入り、夜ご飯を食べていた。
そんな中啓介が切り出した話に澪は目を丸くしながらも耳を傾ける。
「涼介さんが、ね。……どうやらただならぬ思いみたいね」
「あぁ。それで、その」
その先の言葉を啓介は言い悩んでいた。
澪はそんな啓介を見てコーヒーを一口含み、目を伏せて微笑んだ。
「わかっているわ。啓介のことだもの、そのプロジェクトDっていうのに集中したいんでしょう?」
「ぁ、ああ……そう、なんだ」
澪に図星を突かれ、啓介は困惑しながらも頷いた。
そんな啓介の様子に澪はケラケラと笑いながら艶やかな髪を耳にかける。
その目線は啓介ではなくコーヒーのカップへと移された。
「……別れたい?」
「ブッ!」
「あら汚い」
澪から軽々と放たれた衝撃の言葉に啓介は飲んでいたジュースを吹き出す。
澪は驚きながらもペーパーで拭う。
「んでそんな軽々と言えんだよ……」
啓介は少し涙目になりながらも澪を見つめる。
澪はそんな啓介に口を尖らせた。
「別に軽々となんて言ってないわ。ここ最近挙動が怪しかったじゃない。バレバレだったのよ、だから私から言った方が良いと思ってね」
澪の配慮に啓介は頭を抱えた。
出会った時もそうだったが、彼女はなかなか読めない。
啓介と付き合ってからは表情の変化がわかりやすいが、未だにこういったことでは啓介は澪の心の内をわからないでいた。
「そろそろ自分の足で歩くべきなのよ。貴方に頼ってばかりだったから」
「澪……」
「丁度大学も卒業だもの。私も頑張り時だわ」
そう、澪は今年度で大学を卒業する。
就職先が決まったというのも随分と前に啓介は聞いていた。
「別れた方が良いって言うなら、私はそれを受け入れる。忘れてくれたって構わないわ」
表情は笑っているが、その声は真剣そのもの。
澪の覚悟を啓介は感じた。
そしてそれに応えるように、啓介もその口を重たく開いた。
「わかれて、くれないか」
「……ええ、わかりました。別れましょう」
カラン、と氷がぶつかり合って悲鳴を上げた。
澪の家の前に着いたFDは無音になり、啓介はいつも通り降りる準備をし始めた。
車椅子の準備が終わったところで澪を抱えようと助手席にいる澪と視線を合わせる。
だが、いつもとは違い、澪の声が空気を震わせた。
「これから話すことは私の独り言。何も返さなくていいわ。……本当はやっぱり寂しいし悔しいの」
「ッ、」
「独りのなり方を、忘れてしまった。歩き方を、忘れてしまった。私、案外啓介に絆されているのよ。いないと、ダメになっちゃうくらい」
へたり、と言っていいほど力の抜けた笑みを浮かべた澪は酷く疲れているように見えた。
啓介はその表情を見て息を呑み、思わずその小さな体を抱きしめた。
「何もしてあげられないのが、悔しかった。でも、何もしないことが正解だったなんて……馬鹿だったわ」
背中に回された手に力がこもったのを感じ、啓介は目頭が熱くなった。
だがそれを堪え、澪を横抱きにし、車椅子へと乗せる。
後ろから押す啓介に、澪の表情は見えなかった。
玄関へ入ると、優しい橙色の光が澪の切なげな表情を引き立たたせた。
その目は赤く充血し、少し瞼が腫れている。
啓介は澪をそんな表情にさせた自分に酷く苛立っていた。
澪は啓介の頬を優しく撫で、堪え切れず目尻に溜まった涙を拭う。
そして優しく顔を引き寄せ、触れるだけのキスを落とす。
啓介は突然の行動に驚きに目を見開くも、その心地良さに瞼を落とした。
「私はずっと、愛しているわ。……さようなら、啓介」
「……あぁ、じゃあな」
玄関を出て振り返り、扉が閉まるのを確認した啓介はFDに乗り込んでエンジンをかける。
自宅に着いてエンジンを切った瞬間、ステアリングに額をぶつけた。
唇を血が出そうなほど噛み締め、その目からはボロボロと涙を零す。
嗚咽を漏らすがその口から声は出ない。
いつぶりだろうか。これだけ苦しいのは。
いつぶりだろうか。これだけ悲しいのは。
たった一年。
されど一年。
きっと啓介にとっての一年と澪にとっての一年は時の流れの速さが違うのだろう。
だからこそ。あの声が、あの笑顔が、あの姿が。
最後に触れた優しい温もりが。
頭に焼き付いてしまった。
なぁ、澪。
必ず、迎えに来るから。
必ず、また足になるから。
それまでどうか、オレを忘れないでくれ。
そして。
オレが澪を忘れることを、どうか赦してくれ。
一本気な性格で、何かを適当にやるということができない。
だが誰よりも真っ直ぐで、素直だった。
浅木澪という人間は、器用だった。
強かながらも繊細な一面を持ち、何でもこなす。
だが誰よりも控えめで、自分の気持ちを表には出さなかった。
対照的な二人の心地良い関係は、唐突に終わりを告げようとしていた。
「プロジェクトD?」
「あぁ……県外遠征がメインで、こっちにいられる時間が少なくなるんだ」
いつものようにドライブをしていた二人はファミレスへと入り、夜ご飯を食べていた。
そんな中啓介が切り出した話に澪は目を丸くしながらも耳を傾ける。
「涼介さんが、ね。……どうやらただならぬ思いみたいね」
「あぁ。それで、その」
その先の言葉を啓介は言い悩んでいた。
澪はそんな啓介を見てコーヒーを一口含み、目を伏せて微笑んだ。
「わかっているわ。啓介のことだもの、そのプロジェクトDっていうのに集中したいんでしょう?」
「ぁ、ああ……そう、なんだ」
澪に図星を突かれ、啓介は困惑しながらも頷いた。
そんな啓介の様子に澪はケラケラと笑いながら艶やかな髪を耳にかける。
その目線は啓介ではなくコーヒーのカップへと移された。
「……別れたい?」
「ブッ!」
「あら汚い」
澪から軽々と放たれた衝撃の言葉に啓介は飲んでいたジュースを吹き出す。
澪は驚きながらもペーパーで拭う。
「んでそんな軽々と言えんだよ……」
啓介は少し涙目になりながらも澪を見つめる。
澪はそんな啓介に口を尖らせた。
「別に軽々となんて言ってないわ。ここ最近挙動が怪しかったじゃない。バレバレだったのよ、だから私から言った方が良いと思ってね」
澪の配慮に啓介は頭を抱えた。
出会った時もそうだったが、彼女はなかなか読めない。
啓介と付き合ってからは表情の変化がわかりやすいが、未だにこういったことでは啓介は澪の心の内をわからないでいた。
「そろそろ自分の足で歩くべきなのよ。貴方に頼ってばかりだったから」
「澪……」
「丁度大学も卒業だもの。私も頑張り時だわ」
そう、澪は今年度で大学を卒業する。
就職先が決まったというのも随分と前に啓介は聞いていた。
「別れた方が良いって言うなら、私はそれを受け入れる。忘れてくれたって構わないわ」
表情は笑っているが、その声は真剣そのもの。
澪の覚悟を啓介は感じた。
そしてそれに応えるように、啓介もその口を重たく開いた。
「わかれて、くれないか」
「……ええ、わかりました。別れましょう」
カラン、と氷がぶつかり合って悲鳴を上げた。
澪の家の前に着いたFDは無音になり、啓介はいつも通り降りる準備をし始めた。
車椅子の準備が終わったところで澪を抱えようと助手席にいる澪と視線を合わせる。
だが、いつもとは違い、澪の声が空気を震わせた。
「これから話すことは私の独り言。何も返さなくていいわ。……本当はやっぱり寂しいし悔しいの」
「ッ、」
「独りのなり方を、忘れてしまった。歩き方を、忘れてしまった。私、案外啓介に絆されているのよ。いないと、ダメになっちゃうくらい」
へたり、と言っていいほど力の抜けた笑みを浮かべた澪は酷く疲れているように見えた。
啓介はその表情を見て息を呑み、思わずその小さな体を抱きしめた。
「何もしてあげられないのが、悔しかった。でも、何もしないことが正解だったなんて……馬鹿だったわ」
背中に回された手に力がこもったのを感じ、啓介は目頭が熱くなった。
だがそれを堪え、澪を横抱きにし、車椅子へと乗せる。
後ろから押す啓介に、澪の表情は見えなかった。
玄関へ入ると、優しい橙色の光が澪の切なげな表情を引き立たたせた。
その目は赤く充血し、少し瞼が腫れている。
啓介は澪をそんな表情にさせた自分に酷く苛立っていた。
澪は啓介の頬を優しく撫で、堪え切れず目尻に溜まった涙を拭う。
そして優しく顔を引き寄せ、触れるだけのキスを落とす。
啓介は突然の行動に驚きに目を見開くも、その心地良さに瞼を落とした。
「私はずっと、愛しているわ。……さようなら、啓介」
「……あぁ、じゃあな」
玄関を出て振り返り、扉が閉まるのを確認した啓介はFDに乗り込んでエンジンをかける。
自宅に着いてエンジンを切った瞬間、ステアリングに額をぶつけた。
唇を血が出そうなほど噛み締め、その目からはボロボロと涙を零す。
嗚咽を漏らすがその口から声は出ない。
いつぶりだろうか。これだけ苦しいのは。
いつぶりだろうか。これだけ悲しいのは。
たった一年。
されど一年。
きっと啓介にとっての一年と澪にとっての一年は時の流れの速さが違うのだろう。
だからこそ。あの声が、あの笑顔が、あの姿が。
最後に触れた優しい温もりが。
頭に焼き付いてしまった。
なぁ、澪。
必ず、迎えに来るから。
必ず、また足になるから。
それまでどうか、オレを忘れないでくれ。
そして。
オレが澪を忘れることを、どうか赦してくれ。
3/3ページ