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足となる

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そんな彼女とは大学のゼミで知り合うことになった。
偶々ゼミが一緒だった二人は、学んでいることについて話すくらいのコミュニケーションは取っていた。
或る日、図書室で共に情報を集めていた時。
啓介が立ち上がって休憩に行こうとしたとき、隣でノートを取っていた彼女の手から消しゴムが滑り落ち、地面へと落ちる。

慌てて拾おうとしたが不自然な姿勢の崩し方をしたことに啓介は気づき、咄嗟に支えていた。


「っは……はっ、はぁ……」

「大丈夫か?」

「え、えぇ。ごめんなさい」


か細い呼吸の後に聞こえた謝罪は小さな声だったが啓介にはきちんと聞こえていた。
姿勢を戻させ、自分の足元に落ちた消しゴムを拾って彼女に手渡す。
溜息を一つ吐いたはそれに気づいて受け取り、啓介を見て改めて言葉を紡いだ。


「ありがとう、助けられたわ」

「……大丈夫だ、気をつけろよ」

「そうね、ごめんなさい」


手の中にある消しゴムを握り、先程までそれがあった地面へと視線を移す。
まるで、恨めしそうに、だが諦めたように見つめていた。
啓介はそんな彼女に思わず声をかけていた。


「あー……一緒に、休憩行くか?」

「え?」

「疲れてんなら外の空気吸うのが一番だ。別に強制はしねえよ」


さっきとは打って変わってぽかんと小さな口を開けて啓介を見上げた
啓介はらしくない自分に気づき、気まずそうに髪を掻いてやっぱりいい、と言おうとした矢先。
先に口を開いたのはだった。


「い、行きたい……ついて行っても、いいかしら」

「あぁ、いいぜ」


嬉しそうなの表情に啓介は先に言わなくて良かった、と安心した。
そしてある程度片づけを終えたを見て、車椅子に手をかける。
急に後ろに消えた啓介にびっくりしたのか、は慌てて後ろを振り返った。


「へ、あ、あの……?」

「どうした、行くんじゃねえのか?」

「い、いやそれはそうなんだけど……どうして、後ろに」

「どうして……って、こうしなきゃ押せないだろうが」


まるで"何言ってんだ"とでもいうような表情をしながら啓介はを見下ろした。
はその応えにびっくりしたのか目を丸めたが、次第にその目は細まり、笑顔を浮かべた。


「ふふふ、ありがとう」

「……行くぞ」


控えめだが心地良い笑い声と共に、感謝の言葉が啓介の身に沁みる。
それに気づかないふりをして車椅子をそっと押し始めた。


大学は広い。
中庭を歩けば十分な気分転換はできた。
それはもう一人の人物もそうらしく、ベンチに腰掛けた啓介の隣には楽しそうに鼻歌を歌っているがいた。


「……そんなに楽しかったか」

「ええ、もちろん。楽しい、というか嬉しかったわ」


鼻歌をやめ、啓介の方を向いては笑う。

てっきり、彼女は笑わない人だと思っていた。
そういう噂もあるうえ、実際何回か見かけたが微塵も笑っていない。
だから、そういう人なんだろうと思っていた。


「……笑えんだな」


無意識に零した言葉には更に笑った。
その声で自分が何を口走ったのか自覚した啓介は慌てて否定しようとした。


「あら、失礼な人」

「あっ、い、いや今のは」

「いいのよ。事実だもの」


は笑うのをやめ、空を見上げる。
今日は雲一つない快晴だった。


「初めてだったの、誰かのペースで歩くっていうことが」


ぽつり、と零した言葉に啓介は何も言わず耳を傾ける。
は聴いてくれるとわかったのか、そのまま話を続けた。


「ずっと、一人だった。身の回りのことが大変だったから、感情に振り回されている暇なんてなかったの。気づけば、"無表情"なんて言われていたわ」


昔のことを思い出していたのか、の瞳は少し潤んでおり、キラキラと輝いていた。
啓介はそんなの顔をそっと覗き込み、様子を窺った。


「でも、今日初めて貴方が歩くペースで私も歩いた。不思議だったわ、いつもとは何もかもが違った」

「……それは、悪かったな」

「ふふっ、怒ってなんかないわ。寧ろお礼を言いたいくらい。楽しかったのよ、人のペースで一緒に歩けていることが。普通の人と同じように景色が過ぎて、普通の人と同じような風を浴びて……羨ましくなってしまったのよ、"普通"が。それに、」


やっぱり一人は寂しかったみたい、と啓介に微笑んだの頬は濡れていた。

啓介は息を呑むも、の頬に手を添え、親指でその涙を拭った。
突然触れられたことに驚くも、はその体温が心地よいのかされるがままでいた。


「じゃあ、教えてやるよ」

「え?」

「嫌じゃなかったんだろ?」


頬を包んだまま悪い笑みを浮かべた啓介には素っ頓狂な声を上げた。


「俺が教えてやるよ。アンタが知りたい、"普通"ってやつ」

「へ、それは、あの」

「これから大学にいる間はずっとオレが一緒にいてやる。そしたらオレと同じペースで歩けるだろ」


その言葉には思わずヒュッと息を零す。
冗談かと思ったが啓介の目は真剣だった。


「でも、それは、貴方を縛ることに」

「オレが提案してんだ。んなこと知ってる」


の言い訳も虚しく、二人は数十秒見つめ合った。

先に音を上げたのはだった。


「……仕方ないから、一緒に歩いてあげる」

「なんだそれ」


まるで子どもみたいな言い方に、啓介は思わずツッコミをしてしまう。
やがて二人は声を出して笑った。


「本当に、貴方は変な人」

「恩人って言え恩人って」

「そういう恩着せがましいところとか?」

「……」


最初の印象とは打って変わったようにコロコロと笑う女性は本当にあの浅木なのだろうか。
啓介は呆れたように笑い、再びの車椅子の持ち手に手をかけた。


「戻るぞ」

「えぇ、お陰様で研究も捗りそうだわ」

「……早く終わらせんぞ」






最初は付き添いだけだったが、やがて一緒にいられる間は常に二人でいた。
啓介は自分が走り屋であり、車を所有していることを話し、を送り迎えするようになった。

それからというもの、大学でも彼らが一緒にいることは瞬く間に噂となって広まったが、二人とも気にしていなかった。
は啓介の前でしか表情を変えず、大衆の前では無表情のままだった。
そしてその噂は啓介にとっては好都合であり、牽制にもなった。


は車に乗る楽しさを知り、罪悪感がありながらも啓介のFDに乗ることを楽しみにしていた。
啓介もまたそんなの様子を見て、どんな時でも彼女の願いを叶えてあげるようになった。

そんな二人の関係は、啓介からの告白により進展した。


「オレと、付き合ってくれねえか」

「……こんな私で良いの?」

「っは……な、なにを」

「私には、足がない。貴方はずっと私を支えてきてくれた。でも、やっぱり、貴方の重荷でしょう?」


嬉しいけど悲しい、苦しいような複雑な表情で啓介を見た
啓介はそこで初めて本気でに怒った。

なんで、そんなことを。
オレは、ずっとお前を。


「っ、オレはそんなもん気にしてねえし辛くもねえ!ただ、オレはお前が好きなだけなんだよ……お前がどれだけ辛くても、どれだけ大変でも、ずっとオレが隣にいるから」

「啓介……」

「今までもそうだったじゃねえかよ……オレは、望んでお前といるんだ、なぁ……」


まるで懇願するようにを抱きしめる啓介に、は優しく頭を撫でた。
だがその表情は変わらないまま。


「好きかどうか聞いてんだ、足のことなんかその次だ。そんなに不安なら、オレが、お前の……の足になってやるから」

「!!」


背中を撫でていた手を止めて肩を揺らした
啓介はから離れると改めてその手を握る。


「そのくらいのことが好きなんだよ」


その熱い視線と温かい手に絆されたのか、は小さく息を吐き笑った。
今度は、いつも啓介が見ている彼女らしい笑顔で。


「私も、啓介のことが好きだよ」




その頬に流れる涙は、今まで生きてきた中で一番と言っていいほど美しかった。




その出会いは、彼女にとっては"救い"そのものだった。


その出会いは、彼にとって今後の人生を大きく左右するものだった。


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