呪われた者同士

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が呼び鈴を鳴らせば、ガラリと音を立てて工場の扉が開いた。


「よぉ、こんな時間にどうした?」

「叔父さん……ごめんなさい。折角延命し続けてくれたワンエイティ、もうダメみたい」


そう言ってキャリアカーに乗っている180sxを見て、叔父さんと呼ばれた男は諦めたように笑った。


は、それでいいのか?」

「もう、いいの。私も彼も、もうこの子には沢山お世話になったわ。休ませてあげないとね」


そう言っては名残惜しそうに180sxを撫でた。
それはやはり恋人を見るような目で慈愛に満ちていた。


「彼は、赦してくれないかもね。でも、先にこの子が限界を迎えちゃったから」

「…そうか、じゃあやるぞ」

「ええ、お願い。遅い時間に悪かったわね」

「気にするな。近いうちにこういうことが起こるとは思ってたんだ」


これも俺の仕事だ、と男は道具を用意し始めた。



「じゃあ涼介さん、俺は帰りますね」

「ああ、悪かったな遅くに急に呼び出して」

「気にしないでください、お嬢さんもお気をつけて」

「本当にありがとうございました」


その場に機械音と静けさが残る中、は口を開いた。


「…埼玉の、正丸峠で亡くなったの」

「あの、正丸峠か?」

「ええ。その日は、酷い雨だった」


はその日を再現するかのように手をすり合わせてそこに息を吐いた。
そして上を見上げ、その目からは涙が零れ落ちた。


「隼人が峠に行くからって、私も一緒に見に行ったの。あのワンエイティで」


涼介は解体され始めたワンエイティを見ながら、の話に耳を傾ける。


「あの日、とある人からバトルを申し込まれたの。こんな雨の酷い日に?って思ったけどね。あれは…ヒルクライムだった」

「とある人?」

「うん。今はもう走り屋をやめて遠くへ引っ越した人なんだけどね。相手側に一人いてその人がスタートの誘導をしてくれるっていうから、私は先にゴールにいることにしたの」


なんであんな雨だった時にやったんだろうね。とは嘲笑気味に笑った。
きっと、全てはそれが原因なのだ。
だが、彼は何故か引き受けた。いつもは断るはずのバトルを。


「途中でクラッシュすることなく、ちゃんとバトルは成立してた。頂上に先に来たのは……赤のFCだった」

「じゃあ、勝負は」

「うん。あの勝負は隼人の勝ちで終わった。…でも、終わらなかったんだ」


涼介は心配そうにを見つめる。
涙は止まることはなく、涼介はついその涙を手で拭ってしまった。
はそれに驚きつつも涼介に優しい笑みを浮かべた。


「私には、見えたんだ。……頂上に来る寸前、彼の車に黒い翼が生えたのを」


「黒い翼…?」

「おかしいよね。でも、その翼が本当に生えてるかのように軽やかに上ってきてたの。そしたら、ゴールについたのに彼の車は止まらなくて、そのままガードレールに突っ込んでいって……」



下に落ちたんだ。

翼を失った鷲のように。



「勿論ひどい雨だったし急だったからギャラリーなんていなくて。急いで下りて様子を見た時には、もう手遅れだった」


車は原形もないくらい菱曲がって、見ていられないほどだった。
はどこか遠くに視線を向け、その映像を脳裏に鮮明に流していた。


「忘れないわ、あの時の景色を。……拉げたひしゃげた車の中から血に塗れた腕が投げ出されてた、あの時のことを」



『隼人!隼人!!』

……』

『今助けるからね!』


手を握れば少しして隼人も手を握り返した。だがその力はあまりにも弱かった。


『……いい』

『おい、離れないと燃えるぞ!!』

『やだ、私は』



『は、やと……?』


『愛してる、ずっと永遠に』


握った手は離されて薬指を絡められた。
それからほどなくしてその手は完全に力が抜けて地面へと倒れた。


『逃げるぞ!』

『いや、隼人…いやぁ!!』


「相手の人に担がれて、少し離れたところでFCが燃えたの」


急いで消火器を持ってきたけど、消化したころにはもう。


「そんな……」

「あの日正丸峠にいた人間しか知らない、彼の最期がそれよ」


あまりの悲惨な過去に涼介は黙っていることしかできなかった。


「あれからの記憶は今でも思い出せない。でも気づいたらいつも通りの生活を送り始めていたの。でも、やっぱり何か足りなくて私も色々な峠を走っていたの」

「赤城だけじゃなく?」

「そうよ。関東の峠を色々走った。神奈川だけまだいけていないけれど。別に走り屋になろうとは思ってもいないの。ただ、あの人が見ていた景色を、見たかったの。あの翼が何だったのか、知りたかったの」


そしたらこんなことになっちゃった、とはおどけて笑った。
涼介はそっとの腕を引いて抱きしめた。
は驚くも、振りほどくことはせずにそのまま涼介の胸に頭を寄せた。


「頑張ったな、もワンエイティも」

「…きっとあのとき、私を頂上まで連れて行ってくれたのは、あの人のおかげだったのかもしれない」

「ああ、きっとそうだろう。君のワンエイティには、彼の魂が宿っていたんだろう」

「え…?」


は驚いて涼介の胸から顔を上げて涼介の顔を見た。
故意的ではないがの上目遣いに涼介は鼓動が速くなるのを感じた。
涼介はを抱きしめるのをやめ、だが腰を抱いたまま話し始める。


「俺が最初にワンエイティに触れた時、咄嗟に手を引っ込めてしまったんだ。最初出会ったときには見えなかったが、その時に見えたんだ。ワンエイティを取り囲む黒いオーラが」

「え?そんなの私には…」

「見えてなかっただろうな。あれは、俺達にしか見えない敵対的なものだった。恐らく、君を守ろうとしたんだろう。……最愛の君を、誰にもとられないように」

「……今は?」


涼介は解体されていく180sxを見ながら静かに首を横に振った。
も同じように見つめる。


「話の流れでわかってるとは思うけど、あれは形見なの」
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