幼児編
入園も間近になる頃、鈴に入園準備を頼んだ。
鈴が両手を広げ、手首をくるくる、手をひらひらさせると、服が咲き乱れる、咲き乱れる。宙にふわり、服は舞い、一つ一つが床に敷き詰められていく。まるで手品でも見ている気分だが、あいにく、種も仕掛けも無い。
服を出し終えると、次に鈴はお手玉をし出す。革靴、上履き、運動靴、背負い鞄、一つずつ、見る間に増やして、私の目を楽しませる。全て出し物が終わって、思わず拍手した。
「それにしても、服、こんなにあるんだ」
「夏用、冬用の制服と、運動着とスモックだ」
「スモックって?」
「あの水色のやつだ」
そうして、服の一つを鈴が浮かせる。首元と手首がゴムで窄まった服だった。
「ああ、よく小さい子が着てるやつね」
「制服を汚さないために用意してある」
「なるほど」
言いながら、目に付いた白い服を拾い上げる。
「こんな真っ白いボレロ、すぐ汚されちゃ適わないもんね」
汚さない自信があるのか、汚しても綺麗にする自信があるのか。いや、汚したら買うお金があるのだろう。
ボレロの胸元には、立派なエンブレムが縫い付けられていた。冠を乗せた「帝」の一字を草が抱え、リボンで結わえている。昔、インターネット上で同じ形を見た覚えがあるから、それなのだろう。私の記憶に忠実らしい。
「氷帝に幼稚舎からいるのって、誰だっけ」
「あなたと同学年では、跡部、向日、芥川、宍戸。一つ下の学年に樺地、日吉、鳳がいる」
「え?日吉っているの」
「ああ」
何で驚いたのかと言えば、日吉というキャラクターは、実家で古武術の道場を営んでいて、氷帝とイメージが結びつき難く、まさか、小さい頃から通っていたとは。そう言われてみれば、何かのネタバレで見かけていたかもしれない。
私が夢小説でよく読んでいたのは氷帝学園の話だった。そこには、この作品の人気キャラクターがいたからだ。それが、跡部景吾だった。頭脳明晰、運動神経抜群、将来有望で、家がお金持ちという、少年漫画よりも、少女漫画に相応しいキャラクターで、このキャラクターのためだけのサーチが作られていたほどの人気ぶりだった。サイトが充実していたので飽きる事がなかったし、キャラクターが面白いので、彼が登場するコメディものやギャグものにはいつも楽しませてもらっていた。
私が夢小説を読む目的は、恋愛小説を読むというより、そういったコメディやギャグを読むためだったので、必然と彼の話ばかり読んでいた。そういえば、最初に読んだのも彼の話だったかもしれない。
かといって、実際の好みのタイプは別だ。氷帝で言うなら樺地や日吉が好きだったし、青学でいうなら手塚や海堂が好きだ。本命と言えるのはそのぐらいか。もともと詳しく知らない私だった。
改めて、自分がどこまで知っているのか思い出してみる。青学は、主人公がいる学校なので、殆どのキャラクターを把握できている、と思う。アニメをところどころ見ていたから、不動峰と、あと山吹も思い出せた。が、キャラクターが二、三人ぐらいしか思い出せない。亜久津という不良キャラクターは、印象的だったのですぐ思い出せけれど。氷帝は言うまでもない。立海もまた人気があったので、結構知っているかも知れない。私の好みはいなかったけれど、どんなキャラクターがいるかは思い出せた。ただ、名前がおぼろげだ。
考えてみると、強く印象残ってる学校は青学と氷帝と立海の三つだった。長編を書いているところだと、よく合宿やら何やらで絡んできて、何だかんだと知る機会が多かったのだ。テニスの王子様という作品の中で、それだけ人気のある学校だったのだろう。
ところで、私は、それら全てが存在する世界にいるのだ。こうして考えれば考えるほど、現実味が無くなっていく。
「鈴、氷帝学園のパンフレット出して」
「御意」
そういった類の事を言ったって、鈴はぽんと出してくれる。それに、最初の頃に青春学園を目の辺りにしているのだ。疑いようがない。私はもうすぐ、氷帝学園に入園する。
前日、私たちは引越しした。といっても、違う建物になったというだけで、前と変わらずマンションで、階数すら変わってない。唯一変わった事といえば、歩いて十分のところに氷帝学園がある事だ。
ベランダに出れば、その全貌を見渡せた。周りに建物が密集する中、ぽっかりと広く土地が開いている。四角く区切られた塀の中に、建物が敷地を囲うように建てられ、その中にグランドがあったり、林があったり、まるで公園のようで、遠目からでさえよく整備されているのが分かる。それに、テニスコートの場所はすぐわかった。何面あるかわからないが、広くスペースが取られているのが分かって、テニス漫画の世界にふさわしい。
「すご……、けっこう近くに電車も通ってる」
「ここから歩いて30分程度だ」
「へーすごい」
よくもまあ、こんな建物の密集地に、そんな交通の便の良い場所で、こんなに広い土地を持てたものだ。散々夢小説で金持ち学校と書かれていたのは伊達ではない、という事か。細かく言えば、私がそういったイメージを持っていたという事になるが。
「それにしても、こんな場所に三十階建てのマンションなんて、都合いい事もあるもんだね」
他にも幾つか見えるけれど、もっと駅に近い場所だったり、駅向こうだったりだ。
「無かったら成す」
その一言で全て納得した。
引っ越したといっても、家具の配置やら何やらは鈴の能力で全て済ませてあった。何もする事が無かったので、氷帝のパンフレットを読んで寝た。
当日、用意された制服に身を包み、用意していたらしいスーツを着た鈴に連れられて、入園式の会場に向かった。会場は幼稚舎内ではなく、第一ホールと呼ばれる建物だ。三歳児、四歳児合わせて二百名の入園式なので、幼稚舎では収まり切らないようで、というより、幼稚舎はそういった事を配慮して建てられていなかった。何しろ、同じ敷地内に幼稚舎、初等部、中等部があるという事なので、式や何やらのための建物を別に作ってあるのだ。パンフレットによれば、全ての式や発表会はここで賄っているらしい。それに、第一ホールがあるという事は、第二ホールもあるという事だ。しかも、第二ホールは、第一より人を収容出来るように建てられているとの事で、全く、恐れ入る。
ホールの前では、組み分けの表が掲示されていた。どうやら私は若葉のりんご組らしい。建物の中は、特に特徴も無く、だだっ広い。そんな所に大量のパイプ椅子が並べられていた。入ってすぐに、何処の組か尋ねられ、鈴が先ほど確認した組を伝えると、指を差しながら場所を説明してくれた。人が入り乱れているので、鈴と手を繋いでその場所まで行く。パイプ椅子で見えてなかったが、行った先には子供用の椅子が並べられており、ご丁寧に列毎、組の書いた立て札が置いてある。席まで決まっておらず、組さえ合っていれば良かったので、すでに居た子の後ろに座らされ、一旦、鈴と別れる事になった。前に向き直ってぼんやり座っていると、どこからか、泣き声が聞こえ出した。なるほど、親の手から離れ、じっとしてるなんて、幼児とって酷かもしれない。呑気にも一人納得する。
最初、中等部の合唱部による、お祝いの合唱があった。学園側の親へのアピールだろう。それでも、私たち幼児のためなのか、思ったより短く終わる。その後に学園長の話、理事長の話、幼稚舎舎長の話、来賓祝辞が続いたが、それぞれ長い話になる事も無く、最後にそれぞれ担任と副担任の紹介をして式は終わった。そして、今日はこれだけで終わりだ。
「すごかったね」
「ああ」
久しぶりに多くの人に囲まれたので、私はすっかり放心してしまっていた。それにしても、入園に二百名とは、幼稚舎全体で何人なんだ。
「鈴、幼稚舎のパンフレット」
「御意」
歩きながらめくって見ると、そこには全幼稚舎舎児七百六十名と記されていて、私はしばらく黙りこくる。
「なんだこれ」
「三歳児は男女八十名ずつ、四歳児は男女二十名ずつで、クラスは五クラスだ。」
視線を下に滑らせれば、準年少組が百六十名、年少、年中、年長共に二百名ずつと記されている。
「何でこんなに」
「初等部は全校生徒約二千四百名で、中等部は全校生徒約千八百名だ。中等部男子テニス部へ約二百名が所属するのに、不自然では無いようにした」
あまりに大きな数字なので、ぴんとこない。氷帝のテニス部員が二百人もいる事はよく知った事だったけれど。
「それだと自然なの」
「中等部全男子生徒が約九百名と考えれば、だいたい十人に二人の割合だ」
「クラスで言うと?」
「一クラスに、だいたい四人程度だ」
「学校側で、部活に絶対入れってわけでなく?」
「部活の所属は自由だ」
それなら、確かに自然かもしれない。偏りが出て一クラス九、十名ぐらいにもなる可能性や、他の部活と帰宅部の存在を踏まえてみても、テニス部に多い比重だ。けれどその自然さのために、一般の学園からしてみれば、あまりに不自然では無いのか。
「鈴」
「何だ」
「ここって、夢小説の世界なんだね」
「ああ」
今更ながら、ようやくその事を理解出来た気がした。
「皆さん、おはようございます」
次の日の火曜日。先生の挨拶の後に、元気の良い挨拶の声。
「今日から新しいクラスになりました。皆さん、自己紹介をしましょう。自己紹介というのは、自分の名前を言って、よろしくお願いします、と言うものです。では私から。私の名前は林伊沙子です。よろしくお願いします」
そう言うと先生が手を叩く。「拍手ですよ」と注意を受け、皆で拍手をする。ではそちらの机から、と言って、先生の言ったとおりに自己紹介が始まる。僕の名前は。私の名前は。たどたどしいがはっきりとした口調で、自己紹介のリピート。拍手の繰り返し。
「私の名前は天笠凛です。よろしくお願いします」
拍手。なんで、自分の紹介の後に自分で拍手をするんだろう。
「僕の名前は跡部景吾です。よろしくおねがいします」
拍手。なんで、お前が僕なんて言ってるんだ。
彼の胸元の名札を盗み見れば、そこには「けいご」と書いてある。髪は栗色で、目は青い。彼はあまりにもイメージ通り過ぎた。こうして私は、この世界の存在を実証されてしまったわけだ。
鈴が両手を広げ、手首をくるくる、手をひらひらさせると、服が咲き乱れる、咲き乱れる。宙にふわり、服は舞い、一つ一つが床に敷き詰められていく。まるで手品でも見ている気分だが、あいにく、種も仕掛けも無い。
服を出し終えると、次に鈴はお手玉をし出す。革靴、上履き、運動靴、背負い鞄、一つずつ、見る間に増やして、私の目を楽しませる。全て出し物が終わって、思わず拍手した。
「それにしても、服、こんなにあるんだ」
「夏用、冬用の制服と、運動着とスモックだ」
「スモックって?」
「あの水色のやつだ」
そうして、服の一つを鈴が浮かせる。首元と手首がゴムで窄まった服だった。
「ああ、よく小さい子が着てるやつね」
「制服を汚さないために用意してある」
「なるほど」
言いながら、目に付いた白い服を拾い上げる。
「こんな真っ白いボレロ、すぐ汚されちゃ適わないもんね」
汚さない自信があるのか、汚しても綺麗にする自信があるのか。いや、汚したら買うお金があるのだろう。
ボレロの胸元には、立派なエンブレムが縫い付けられていた。冠を乗せた「帝」の一字を草が抱え、リボンで結わえている。昔、インターネット上で同じ形を見た覚えがあるから、それなのだろう。私の記憶に忠実らしい。
「氷帝に幼稚舎からいるのって、誰だっけ」
「あなたと同学年では、跡部、向日、芥川、宍戸。一つ下の学年に樺地、日吉、鳳がいる」
「え?日吉っているの」
「ああ」
何で驚いたのかと言えば、日吉というキャラクターは、実家で古武術の道場を営んでいて、氷帝とイメージが結びつき難く、まさか、小さい頃から通っていたとは。そう言われてみれば、何かのネタバレで見かけていたかもしれない。
私が夢小説でよく読んでいたのは氷帝学園の話だった。そこには、この作品の人気キャラクターがいたからだ。それが、跡部景吾だった。頭脳明晰、運動神経抜群、将来有望で、家がお金持ちという、少年漫画よりも、少女漫画に相応しいキャラクターで、このキャラクターのためだけのサーチが作られていたほどの人気ぶりだった。サイトが充実していたので飽きる事がなかったし、キャラクターが面白いので、彼が登場するコメディものやギャグものにはいつも楽しませてもらっていた。
私が夢小説を読む目的は、恋愛小説を読むというより、そういったコメディやギャグを読むためだったので、必然と彼の話ばかり読んでいた。そういえば、最初に読んだのも彼の話だったかもしれない。
かといって、実際の好みのタイプは別だ。氷帝で言うなら樺地や日吉が好きだったし、青学でいうなら手塚や海堂が好きだ。本命と言えるのはそのぐらいか。もともと詳しく知らない私だった。
改めて、自分がどこまで知っているのか思い出してみる。青学は、主人公がいる学校なので、殆どのキャラクターを把握できている、と思う。アニメをところどころ見ていたから、不動峰と、あと山吹も思い出せた。が、キャラクターが二、三人ぐらいしか思い出せない。亜久津という不良キャラクターは、印象的だったのですぐ思い出せけれど。氷帝は言うまでもない。立海もまた人気があったので、結構知っているかも知れない。私の好みはいなかったけれど、どんなキャラクターがいるかは思い出せた。ただ、名前がおぼろげだ。
考えてみると、強く印象残ってる学校は青学と氷帝と立海の三つだった。長編を書いているところだと、よく合宿やら何やらで絡んできて、何だかんだと知る機会が多かったのだ。テニスの王子様という作品の中で、それだけ人気のある学校だったのだろう。
ところで、私は、それら全てが存在する世界にいるのだ。こうして考えれば考えるほど、現実味が無くなっていく。
「鈴、氷帝学園のパンフレット出して」
「御意」
そういった類の事を言ったって、鈴はぽんと出してくれる。それに、最初の頃に青春学園を目の辺りにしているのだ。疑いようがない。私はもうすぐ、氷帝学園に入園する。
前日、私たちは引越しした。といっても、違う建物になったというだけで、前と変わらずマンションで、階数すら変わってない。唯一変わった事といえば、歩いて十分のところに氷帝学園がある事だ。
ベランダに出れば、その全貌を見渡せた。周りに建物が密集する中、ぽっかりと広く土地が開いている。四角く区切られた塀の中に、建物が敷地を囲うように建てられ、その中にグランドがあったり、林があったり、まるで公園のようで、遠目からでさえよく整備されているのが分かる。それに、テニスコートの場所はすぐわかった。何面あるかわからないが、広くスペースが取られているのが分かって、テニス漫画の世界にふさわしい。
「すご……、けっこう近くに電車も通ってる」
「ここから歩いて30分程度だ」
「へーすごい」
よくもまあ、こんな建物の密集地に、そんな交通の便の良い場所で、こんなに広い土地を持てたものだ。散々夢小説で金持ち学校と書かれていたのは伊達ではない、という事か。細かく言えば、私がそういったイメージを持っていたという事になるが。
「それにしても、こんな場所に三十階建てのマンションなんて、都合いい事もあるもんだね」
他にも幾つか見えるけれど、もっと駅に近い場所だったり、駅向こうだったりだ。
「無かったら成す」
その一言で全て納得した。
引っ越したといっても、家具の配置やら何やらは鈴の能力で全て済ませてあった。何もする事が無かったので、氷帝のパンフレットを読んで寝た。
当日、用意された制服に身を包み、用意していたらしいスーツを着た鈴に連れられて、入園式の会場に向かった。会場は幼稚舎内ではなく、第一ホールと呼ばれる建物だ。三歳児、四歳児合わせて二百名の入園式なので、幼稚舎では収まり切らないようで、というより、幼稚舎はそういった事を配慮して建てられていなかった。何しろ、同じ敷地内に幼稚舎、初等部、中等部があるという事なので、式や何やらのための建物を別に作ってあるのだ。パンフレットによれば、全ての式や発表会はここで賄っているらしい。それに、第一ホールがあるという事は、第二ホールもあるという事だ。しかも、第二ホールは、第一より人を収容出来るように建てられているとの事で、全く、恐れ入る。
ホールの前では、組み分けの表が掲示されていた。どうやら私は若葉のりんご組らしい。建物の中は、特に特徴も無く、だだっ広い。そんな所に大量のパイプ椅子が並べられていた。入ってすぐに、何処の組か尋ねられ、鈴が先ほど確認した組を伝えると、指を差しながら場所を説明してくれた。人が入り乱れているので、鈴と手を繋いでその場所まで行く。パイプ椅子で見えてなかったが、行った先には子供用の椅子が並べられており、ご丁寧に列毎、組の書いた立て札が置いてある。席まで決まっておらず、組さえ合っていれば良かったので、すでに居た子の後ろに座らされ、一旦、鈴と別れる事になった。前に向き直ってぼんやり座っていると、どこからか、泣き声が聞こえ出した。なるほど、親の手から離れ、じっとしてるなんて、幼児とって酷かもしれない。呑気にも一人納得する。
最初、中等部の合唱部による、お祝いの合唱があった。学園側の親へのアピールだろう。それでも、私たち幼児のためなのか、思ったより短く終わる。その後に学園長の話、理事長の話、幼稚舎舎長の話、来賓祝辞が続いたが、それぞれ長い話になる事も無く、最後にそれぞれ担任と副担任の紹介をして式は終わった。そして、今日はこれだけで終わりだ。
「すごかったね」
「ああ」
久しぶりに多くの人に囲まれたので、私はすっかり放心してしまっていた。それにしても、入園に二百名とは、幼稚舎全体で何人なんだ。
「鈴、幼稚舎のパンフレット」
「御意」
歩きながらめくって見ると、そこには全幼稚舎舎児七百六十名と記されていて、私はしばらく黙りこくる。
「なんだこれ」
「三歳児は男女八十名ずつ、四歳児は男女二十名ずつで、クラスは五クラスだ。」
視線を下に滑らせれば、準年少組が百六十名、年少、年中、年長共に二百名ずつと記されている。
「何でこんなに」
「初等部は全校生徒約二千四百名で、中等部は全校生徒約千八百名だ。中等部男子テニス部へ約二百名が所属するのに、不自然では無いようにした」
あまりに大きな数字なので、ぴんとこない。氷帝のテニス部員が二百人もいる事はよく知った事だったけれど。
「それだと自然なの」
「中等部全男子生徒が約九百名と考えれば、だいたい十人に二人の割合だ」
「クラスで言うと?」
「一クラスに、だいたい四人程度だ」
「学校側で、部活に絶対入れってわけでなく?」
「部活の所属は自由だ」
それなら、確かに自然かもしれない。偏りが出て一クラス九、十名ぐらいにもなる可能性や、他の部活と帰宅部の存在を踏まえてみても、テニス部に多い比重だ。けれどその自然さのために、一般の学園からしてみれば、あまりに不自然では無いのか。
「鈴」
「何だ」
「ここって、夢小説の世界なんだね」
「ああ」
今更ながら、ようやくその事を理解出来た気がした。
「皆さん、おはようございます」
次の日の火曜日。先生の挨拶の後に、元気の良い挨拶の声。
「今日から新しいクラスになりました。皆さん、自己紹介をしましょう。自己紹介というのは、自分の名前を言って、よろしくお願いします、と言うものです。では私から。私の名前は林伊沙子です。よろしくお願いします」
そう言うと先生が手を叩く。「拍手ですよ」と注意を受け、皆で拍手をする。ではそちらの机から、と言って、先生の言ったとおりに自己紹介が始まる。僕の名前は。私の名前は。たどたどしいがはっきりとした口調で、自己紹介のリピート。拍手の繰り返し。
「私の名前は天笠凛です。よろしくお願いします」
拍手。なんで、自分の紹介の後に自分で拍手をするんだろう。
「僕の名前は跡部景吾です。よろしくおねがいします」
拍手。なんで、お前が僕なんて言ってるんだ。
彼の胸元の名札を盗み見れば、そこには「けいご」と書いてある。髪は栗色で、目は青い。彼はあまりにもイメージ通り過ぎた。こうして私は、この世界の存在を実証されてしまったわけだ。