元JKと元あむぴ
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今日は警視庁から少し離れたオープンカフェでお昼を食べていた。本来は優雅にカフェランチなんてできる職場ではないのだけど、人と会う用事ならまた別である。これもある意味職務中だ。お洒落なサンドイッチにカフェラテ、デザートにはふわふわパンケーキ。がっつり食べていると目の前の人にちょっと呆れた目を向けられた。
「いや、沙紀、ほんとよく食うなオマエ……」
「最近食べても食べても足りないんだよね。行こうと思えば今から大盛りラーメンもいける」
「あー俺なんか最近ラーメンとか食べたいってなんないんだよな。やっぱ蘭の飯が美味いし」
工藤新一くん――私の高校時代の同級生で、嫁の蘭ちゃん共々大恩人でもある。一年近く休学しておきながら受験時期に人の勉強見るだけの余裕があるってなかなか人間辞めていると思う。そして当然のように東都大学に余裕で合格していた。その東都大学を卒業して数年、現在は幼馴染の毛利蘭ちゃんと結婚して私立探偵をやっている。そんな彼と今日会っているのはもちろん浮気なんてものじゃない。
「はいはい惚気ご馳走様ー」
「でも最近はつわりとかキツイらしくて俺が作ってる」
「おー、頑張ってるんじゃん。というか料理できたの?」
「俺だって一人暮らしは長かったんだよ、うちの親ふらっと海外行くしよ」
確かに。工藤くんの両親、話に聞く限りでも相当フリーダムだ。話に合わせて頷きながらすっとテーブルの下でファイルを工藤くんの膝に滑らせる。それをさりげなく鞄にしまうのを確認しながら、パンケーキの最後のひとかけを口に押し込んだ。生地はふわふわだしシロップの甘みが程よくて絶品だ。
「……まあそんなわけで例のライブハウスは引き続き捜査してくよ。工藤くんも存在認識されてたから気をつけてね?」
「おー、ありがとな。……つーかさ、」
工藤くんがコーヒーの最後の一口をぐっと飲み込んだ。
「そういうの俺に流していいのかよ?」
――確かに工藤くんの身分はごくごく普通の一般人だ。超有名な名探偵ってことを除けば幼馴染と結婚したばかりの幸せ新婚さんである。別にうちは某テレビ局ではないので新婚さんいらっしゃいな現場ではない。むしろそんなほのぼのリア充生活からは程遠いのが現実だ。
「大丈夫、ちゃんと許可は貰ってる」
「お前の大丈夫ってなんか怖えよ……」
まあ工藤くんが言うのも分からなくもない。実際学生時代の私はまあ……比較的アレだった。成績も素行も悪い方じゃなかったけど、それなりにノリは軽い方だったし、若さゆえのアホもそれなりにやってきた。夢が夢なだけに警察のお世話になるようなことは一切やってないけれど。
ただ人間というのは成長するものなのだ。警察学校に交番研修、その他諸々乗り越えた私は大人になったのだ……!ジト目でこっちを見てくる工藤くんにぐっと親指を立てて見せる。
「そこは本当に大丈夫。だってほら」
「……?」
「降谷さんそこにいるし」
私の指差した方を見た工藤くんがそのまま椅子からひっくり返りそうになってぎりぎりでテーブルにしがみついた。ナイス彼のインナーマッスル。そのまま顎が外れそうなくらい口を開けた工藤くんの真後ろでいつものグレースーツ姿の降谷さんは平然とコーヒーを口に運んでいた。工藤くんが到着した直後に気配を消して近づいてさりげなく座った技術は本当にすごいと思う。いつか盗みたい技術リストにいれておこう。欲しいものリストと違ってお手軽には入手できないけど。
「い、いつのまに……」
「……僕もいい加減君の扱いは分かって来たんでね。君にはある程度の情報を流しておくのが結果的には一番いいからな」
「まあ……否定はしませんけど……」
「また風見の腕を捻りあげるのは僕もさすがに悪いと思うんでね」
「なにその唐突な風見さんへの被害」
風が吹いたら桶屋が儲かる的な、工藤くんを放置すると風見さんの腕がピンチって。あまりにも理不尽すぎる。でも工藤くんは「あー」みたいな顔をしてるので過去に実際起きたことなのだろう。風見さんドンマイ。人外VS人外のバトルに巻き込まれるとか本当に同情する。あの人もなかなかドM度と丈夫さで振り切ってる気もするけど。
「……それで組織のことですけど」
「ああ。……まあ規模としてはそこそこだな。かつてのような大きな犯罪を企てられるほどのものじゃない。武器も資金も小悪党クラスだな」
「むしろ小悪党だからこそ面倒ですね。モグラ叩き感というか、叩いても叩いても出てくる感じが……あ、これもしかしてG」
「そういや黒いとこも良く似てるよな、あと一人見かけたら三十人は良そうなとこ」
「どっちもキッチン周りが好きだしね。酒的な意味で」
「……さすがにそこに潜入してた身としては何とも言い難いな」
ちなみに潜入時代の降谷さんのコードネームはバーボンだったらしい。しかも当時はあむぴ時代である。「アラサー私立探偵でスポーツカーに乗りながら喫茶店の看板店員で裏の顔は犯罪組織幹部って設定盛り過ぎ」って思わず爆笑して降谷さんにファイルで頭をぶっ叩かれたのはかれこれ数か月前のことである。
「――まあとにかく、組織の犯罪の味を知っている奴らというのが厄介だ。僕の顔は割れているしな。工藤新一がそこに関わっていたのは一部の人間しか知らないことだが、君がFBIに捜査協力しているのは知られた話だしな。関わればいずれ気づかれるぞ」
「とはいえこっちから仕掛けなきゃジリ貧ですよ。……そりゃ無茶はできないですけど」
「君の無茶じゃないラインはたまにおかしいから心配だな」
「いやそれ降谷さんに言われたくないですよ……」
「車ぶつけて止めるのが通常ラインだからね、降谷さんは……」
「さっそくバイク廃車にしたやつが言えることじゃないな、それは」
「……分かってますよー、その分は大人しく点数稼ぎしますから」
そういえば公道ドリフト確保案件は私が思ってるより公安部で有名になっていたらしい。あまり話したことない先輩から「君が例のバイク廃車にした新人?」と聞かれることが割とよくある。とまあ同僚先輩からは受けの良い事件だけど、上の人や事務方からは軽く釘を刺された。
そんなことを思い出してる間も工藤くんと降谷さんはずっとなんやかんやと喋っていた。――この二人、そういえばどこで会ったんだろう。
「……というか、工藤くんって降谷さんと仲良いんだね?」
つい疑問に思ったことを訊ねると工藤くんは何だかこっちがびっくりするくらい体をびくりと引き攣らせた。
「まあ……ほら、それなりに世話になってたし。それに毛利のおっちゃんの側にいたから、まあ」
「え?いやでもあむぴいた頃って休学してなかった……?」
「まあその色々あったんだよ……」
色々。まあそこで私は頷いて引き下がることにした。たぶん降谷さんは把握してることなのだろうし、それなら私までもが絶対に知っておくべきことってわけでもない。
「そっか。……じゃあ余裕できたらお祝いもって遊びに行くよ。蘭ちゃんによろしくね」
「おう。蘭も会いたがってたから来てくれよ」
そして工藤くんは蘭ちゃんとの愛の巣兼事務所へと帰って行った。帰り際に「俺が払う」「こっちが呼び出しといて払わせるとかないから」なんていう一悶着はあったにせよ、久しぶりに平和な時間を謳歌したような気がする。何しろ違法作業だの潜入捜査だの、とにかくギリギリなお仕事が続いたのだ。降谷さんたちのこれまでを考えたら全然まだまだだけど。
「……あ、工藤くんに渡した例の資料ですけど言われた通りのを揃えておきました。まあ……工藤くんなら抜いた分も普通に推測しちゃいそうですけど」
「だろうな。というか守秘義務というよりあれは彼に必要ないから指定から外しておいただけなんだがな」
「降谷さん工藤くんへの信頼パないですね……」
でも超分かるのも事実だ。超難解迷宮入り殺人事件からクラス内のちょっとした謎まで幅広く解き明かせる我らが名探偵、それが工藤新一くんだ。そんな工藤くんを誰もつけていないことを確認しつつ、私たちも撤収することにした。このカフェは元警察官の人がやってるので公安部でも安心してご飯を食べれる数少ないお店だ。そしてパンケーキが激ウマである。これは風見さんに報告しなくては。たぶん今頃色々忙しくて死んでそうだけど。
「ここまではバスか?」
「ええ、私車は持ってないしバイク通勤ってのもあれなので……」
「じゃあ乗っていくといい」
そう言って降谷さんは車のキーを軽く空中に放り投げ、ぱしりと掴んだ。そんな仕草が様になるのを生でみたのはこの人くらいである。
「……お言葉に甘えまーす。降谷さんの車って格好いいですしね」
「ああ、スポーツカーはコーナリングがいいんだよ。特に僕のは……」
そして駐車場に着くまで降谷さんの車薀蓄を聞き流していた。そういやあむぴ時代もスポーツカー的なものに乗っていたような記憶はある。これもまたイケメンにしか許されないアレである。
そして車に乗り込むと降谷さんはふっと表情を引き締めた。
「……ところで、工藤くんのことだが正式に協力者として登録することになった」
「え、今までそうじゃなかったのが逆に驚きです」
「まあ色々とな……名義やらなんやらあったんだよ……。まあそういうことだ、担当はお前だからちゃんと管理しろよ」
「何その週刊連載の編集者的なノリ……」
「同級生なら多少は性格は分かってるだろう?」
「そりゃ多少は知ってますよ、あの推理オタクでホームズフリーク、ミステリージャンキーくんのことは」
高校時代、彼は随分と目立つ人だった。クラスの、学校のってだけじゃなくて全国的な有名人だったし、蘭ちゃんという幼馴染がいるにも拘らずめちゃくちゃにモテていた。顔も悪くないし結構優しいし。なお修学旅行の一件のあとには女子の四分の一ほどが泣き崩れていた。ちなみに私は笑いながら写真を撮っていた側である。
でも――もうそんな楽しい関係だけではいられない。もちろんその頃を捨てる必要もないし、プライベートじゃ親しい友人同士のままでいてもいい。だけど私たちはもうのほほんと青春することを許されていた子供じゃないから。
「……彼に回す情報はこちらが必要なだけ、ですよね。分かってますよ。それは」
「その辺りはちゃんと線引きできてるようで何よりだよ。……我々の本分は国家の秩序を守ることだ。そのためなら何でも利用する、その覚悟を忘れるなよ」
降谷さんの言葉に私は頷く。――大丈夫、ちゃんとわかっている。
「分かってますよ。……私、期待のルーキーですし」
そうふざけて言うと降谷さんは首を竦めて笑った。
「じゃあ期待のルーキー、今から書類仕事頑張れよ」
「あー……なんか書類の山で風見さんが見えなくなってましたね」
「映像検証に証拠申請、先週確保した被疑者の送検用の書類の用意、やるべきことは山ほどあるぞ。終わらせるまで工藤宅訪問はないと思え」
「イエッサー!……あ、そういえば降谷さん」
低いエンジン音が響く車内。――正直聞くのは迷ったけど聞いておきたいことがあった。
「この間のときの薬って……結局なんだったんですか?アルコールに似てるような気もしたんですけど」
「あれか……まあ違法ドラッグの一種だよ。お前が実物持ち帰ってくれたおかげで助かった」
「ていうかすごいですね?それの解毒薬的なものさらっと出せるって」
「……まあそうだな。年の功ってやつだ」
年の功。まあ確かに――いくつ違うんだっけ?十二?干支一周違うのか。むしろ干支同じなくらいか。私が生まれた頃には降谷さんは小学校を卒業してて、小学校に入る頃には高校を卒業していた。そして私がのほほんと青春してる頃にはたった一人で潜入捜査を行っていた、らしい。
「……早く追いつきたいですよ。降谷さんレベルってまでは行かなくても、足引っ張らない程度に」
「お前はよくやってる。これからも励めよ」
そう言ってくれる降谷さんの愛車の中はそういえばあの夜に嗅いだのと同じ、どこか安心する匂いが充満していた。
「いや、沙紀、ほんとよく食うなオマエ……」
「最近食べても食べても足りないんだよね。行こうと思えば今から大盛りラーメンもいける」
「あー俺なんか最近ラーメンとか食べたいってなんないんだよな。やっぱ蘭の飯が美味いし」
工藤新一くん――私の高校時代の同級生で、嫁の蘭ちゃん共々大恩人でもある。一年近く休学しておきながら受験時期に人の勉強見るだけの余裕があるってなかなか人間辞めていると思う。そして当然のように東都大学に余裕で合格していた。その東都大学を卒業して数年、現在は幼馴染の毛利蘭ちゃんと結婚して私立探偵をやっている。そんな彼と今日会っているのはもちろん浮気なんてものじゃない。
「はいはい惚気ご馳走様ー」
「でも最近はつわりとかキツイらしくて俺が作ってる」
「おー、頑張ってるんじゃん。というか料理できたの?」
「俺だって一人暮らしは長かったんだよ、うちの親ふらっと海外行くしよ」
確かに。工藤くんの両親、話に聞く限りでも相当フリーダムだ。話に合わせて頷きながらすっとテーブルの下でファイルを工藤くんの膝に滑らせる。それをさりげなく鞄にしまうのを確認しながら、パンケーキの最後のひとかけを口に押し込んだ。生地はふわふわだしシロップの甘みが程よくて絶品だ。
「……まあそんなわけで例のライブハウスは引き続き捜査してくよ。工藤くんも存在認識されてたから気をつけてね?」
「おー、ありがとな。……つーかさ、」
工藤くんがコーヒーの最後の一口をぐっと飲み込んだ。
「そういうの俺に流していいのかよ?」
――確かに工藤くんの身分はごくごく普通の一般人だ。超有名な名探偵ってことを除けば幼馴染と結婚したばかりの幸せ新婚さんである。別にうちは某テレビ局ではないので新婚さんいらっしゃいな現場ではない。むしろそんなほのぼのリア充生活からは程遠いのが現実だ。
「大丈夫、ちゃんと許可は貰ってる」
「お前の大丈夫ってなんか怖えよ……」
まあ工藤くんが言うのも分からなくもない。実際学生時代の私はまあ……比較的アレだった。成績も素行も悪い方じゃなかったけど、それなりにノリは軽い方だったし、若さゆえのアホもそれなりにやってきた。夢が夢なだけに警察のお世話になるようなことは一切やってないけれど。
ただ人間というのは成長するものなのだ。警察学校に交番研修、その他諸々乗り越えた私は大人になったのだ……!ジト目でこっちを見てくる工藤くんにぐっと親指を立てて見せる。
「そこは本当に大丈夫。だってほら」
「……?」
「降谷さんそこにいるし」
私の指差した方を見た工藤くんがそのまま椅子からひっくり返りそうになってぎりぎりでテーブルにしがみついた。ナイス彼のインナーマッスル。そのまま顎が外れそうなくらい口を開けた工藤くんの真後ろでいつものグレースーツ姿の降谷さんは平然とコーヒーを口に運んでいた。工藤くんが到着した直後に気配を消して近づいてさりげなく座った技術は本当にすごいと思う。いつか盗みたい技術リストにいれておこう。欲しいものリストと違ってお手軽には入手できないけど。
「い、いつのまに……」
「……僕もいい加減君の扱いは分かって来たんでね。君にはある程度の情報を流しておくのが結果的には一番いいからな」
「まあ……否定はしませんけど……」
「また風見の腕を捻りあげるのは僕もさすがに悪いと思うんでね」
「なにその唐突な風見さんへの被害」
風が吹いたら桶屋が儲かる的な、工藤くんを放置すると風見さんの腕がピンチって。あまりにも理不尽すぎる。でも工藤くんは「あー」みたいな顔をしてるので過去に実際起きたことなのだろう。風見さんドンマイ。人外VS人外のバトルに巻き込まれるとか本当に同情する。あの人もなかなかドM度と丈夫さで振り切ってる気もするけど。
「……それで組織のことですけど」
「ああ。……まあ規模としてはそこそこだな。かつてのような大きな犯罪を企てられるほどのものじゃない。武器も資金も小悪党クラスだな」
「むしろ小悪党だからこそ面倒ですね。モグラ叩き感というか、叩いても叩いても出てくる感じが……あ、これもしかしてG」
「そういや黒いとこも良く似てるよな、あと一人見かけたら三十人は良そうなとこ」
「どっちもキッチン周りが好きだしね。酒的な意味で」
「……さすがにそこに潜入してた身としては何とも言い難いな」
ちなみに潜入時代の降谷さんのコードネームはバーボンだったらしい。しかも当時はあむぴ時代である。「アラサー私立探偵でスポーツカーに乗りながら喫茶店の看板店員で裏の顔は犯罪組織幹部って設定盛り過ぎ」って思わず爆笑して降谷さんにファイルで頭をぶっ叩かれたのはかれこれ数か月前のことである。
「――まあとにかく、組織の犯罪の味を知っている奴らというのが厄介だ。僕の顔は割れているしな。工藤新一がそこに関わっていたのは一部の人間しか知らないことだが、君がFBIに捜査協力しているのは知られた話だしな。関わればいずれ気づかれるぞ」
「とはいえこっちから仕掛けなきゃジリ貧ですよ。……そりゃ無茶はできないですけど」
「君の無茶じゃないラインはたまにおかしいから心配だな」
「いやそれ降谷さんに言われたくないですよ……」
「車ぶつけて止めるのが通常ラインだからね、降谷さんは……」
「さっそくバイク廃車にしたやつが言えることじゃないな、それは」
「……分かってますよー、その分は大人しく点数稼ぎしますから」
そういえば公道ドリフト確保案件は私が思ってるより公安部で有名になっていたらしい。あまり話したことない先輩から「君が例のバイク廃車にした新人?」と聞かれることが割とよくある。とまあ同僚先輩からは受けの良い事件だけど、上の人や事務方からは軽く釘を刺された。
そんなことを思い出してる間も工藤くんと降谷さんはずっとなんやかんやと喋っていた。――この二人、そういえばどこで会ったんだろう。
「……というか、工藤くんって降谷さんと仲良いんだね?」
つい疑問に思ったことを訊ねると工藤くんは何だかこっちがびっくりするくらい体をびくりと引き攣らせた。
「まあ……ほら、それなりに世話になってたし。それに毛利のおっちゃんの側にいたから、まあ」
「え?いやでもあむぴいた頃って休学してなかった……?」
「まあその色々あったんだよ……」
色々。まあそこで私は頷いて引き下がることにした。たぶん降谷さんは把握してることなのだろうし、それなら私までもが絶対に知っておくべきことってわけでもない。
「そっか。……じゃあ余裕できたらお祝いもって遊びに行くよ。蘭ちゃんによろしくね」
「おう。蘭も会いたがってたから来てくれよ」
そして工藤くんは蘭ちゃんとの愛の巣兼事務所へと帰って行った。帰り際に「俺が払う」「こっちが呼び出しといて払わせるとかないから」なんていう一悶着はあったにせよ、久しぶりに平和な時間を謳歌したような気がする。何しろ違法作業だの潜入捜査だの、とにかくギリギリなお仕事が続いたのだ。降谷さんたちのこれまでを考えたら全然まだまだだけど。
「……あ、工藤くんに渡した例の資料ですけど言われた通りのを揃えておきました。まあ……工藤くんなら抜いた分も普通に推測しちゃいそうですけど」
「だろうな。というか守秘義務というよりあれは彼に必要ないから指定から外しておいただけなんだがな」
「降谷さん工藤くんへの信頼パないですね……」
でも超分かるのも事実だ。超難解迷宮入り殺人事件からクラス内のちょっとした謎まで幅広く解き明かせる我らが名探偵、それが工藤新一くんだ。そんな工藤くんを誰もつけていないことを確認しつつ、私たちも撤収することにした。このカフェは元警察官の人がやってるので公安部でも安心してご飯を食べれる数少ないお店だ。そしてパンケーキが激ウマである。これは風見さんに報告しなくては。たぶん今頃色々忙しくて死んでそうだけど。
「ここまではバスか?」
「ええ、私車は持ってないしバイク通勤ってのもあれなので……」
「じゃあ乗っていくといい」
そう言って降谷さんは車のキーを軽く空中に放り投げ、ぱしりと掴んだ。そんな仕草が様になるのを生でみたのはこの人くらいである。
「……お言葉に甘えまーす。降谷さんの車って格好いいですしね」
「ああ、スポーツカーはコーナリングがいいんだよ。特に僕のは……」
そして駐車場に着くまで降谷さんの車薀蓄を聞き流していた。そういやあむぴ時代もスポーツカー的なものに乗っていたような記憶はある。これもまたイケメンにしか許されないアレである。
そして車に乗り込むと降谷さんはふっと表情を引き締めた。
「……ところで、工藤くんのことだが正式に協力者として登録することになった」
「え、今までそうじゃなかったのが逆に驚きです」
「まあ色々とな……名義やらなんやらあったんだよ……。まあそういうことだ、担当はお前だからちゃんと管理しろよ」
「何その週刊連載の編集者的なノリ……」
「同級生なら多少は性格は分かってるだろう?」
「そりゃ多少は知ってますよ、あの推理オタクでホームズフリーク、ミステリージャンキーくんのことは」
高校時代、彼は随分と目立つ人だった。クラスの、学校のってだけじゃなくて全国的な有名人だったし、蘭ちゃんという幼馴染がいるにも拘らずめちゃくちゃにモテていた。顔も悪くないし結構優しいし。なお修学旅行の一件のあとには女子の四分の一ほどが泣き崩れていた。ちなみに私は笑いながら写真を撮っていた側である。
でも――もうそんな楽しい関係だけではいられない。もちろんその頃を捨てる必要もないし、プライベートじゃ親しい友人同士のままでいてもいい。だけど私たちはもうのほほんと青春することを許されていた子供じゃないから。
「……彼に回す情報はこちらが必要なだけ、ですよね。分かってますよ。それは」
「その辺りはちゃんと線引きできてるようで何よりだよ。……我々の本分は国家の秩序を守ることだ。そのためなら何でも利用する、その覚悟を忘れるなよ」
降谷さんの言葉に私は頷く。――大丈夫、ちゃんとわかっている。
「分かってますよ。……私、期待のルーキーですし」
そうふざけて言うと降谷さんは首を竦めて笑った。
「じゃあ期待のルーキー、今から書類仕事頑張れよ」
「あー……なんか書類の山で風見さんが見えなくなってましたね」
「映像検証に証拠申請、先週確保した被疑者の送検用の書類の用意、やるべきことは山ほどあるぞ。終わらせるまで工藤宅訪問はないと思え」
「イエッサー!……あ、そういえば降谷さん」
低いエンジン音が響く車内。――正直聞くのは迷ったけど聞いておきたいことがあった。
「この間のときの薬って……結局なんだったんですか?アルコールに似てるような気もしたんですけど」
「あれか……まあ違法ドラッグの一種だよ。お前が実物持ち帰ってくれたおかげで助かった」
「ていうかすごいですね?それの解毒薬的なものさらっと出せるって」
「……まあそうだな。年の功ってやつだ」
年の功。まあ確かに――いくつ違うんだっけ?十二?干支一周違うのか。むしろ干支同じなくらいか。私が生まれた頃には降谷さんは小学校を卒業してて、小学校に入る頃には高校を卒業していた。そして私がのほほんと青春してる頃にはたった一人で潜入捜査を行っていた、らしい。
「……早く追いつきたいですよ。降谷さんレベルってまでは行かなくても、足引っ張らない程度に」
「お前はよくやってる。これからも励めよ」
そう言ってくれる降谷さんの愛車の中はそういえばあの夜に嗅いだのと同じ、どこか安心する匂いが充満していた。
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