元JKと元あむぴ
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結論から言うと潜入は何の問題もなかった。降谷さんと工藤くんの見立てに誤りはなかったのだ。……なんたること。いや、任務としてはよろしいのだけど、でも複雑なものは複雑だ。これでも勉強頑張って大学で勉強して警察学校に交番研修その他を経ての公安警察所属なのである。それなりに成績はよろしい方だったのである。少しくらい警察官的なにおいがついてもおかしくない……はずなのに。
「なになにどうしたの~?暗い顔して」
「……彼氏にひっどいこと言われたの思い出しちゃってさー、聞いてくれる?」
「聞く聞く。どうしたの?」
「お前バカっぽいしガキっぽいよなーって言われたの。ひどくない?」
「そりゃひどいよ!カワイソー、オレが慰めてあげるからおいで?」
「うわ超やさしー」
ステージ上でガールズバンドの演奏が終わり、来週に対バンがあるからまた来てくださいと告知をしているのを聞き流しながら私はちらりとその男を見た。残党とよく接触していた姿が確認されている売人候補A。年は二十代半ば、身長はあまり高くない。格闘技の経験もないらしいから不意を突けば単独でも制圧は可能かな、なんて考える。
あくまで今回の目標は場の空気を掴むこと、本格的な潜入の前の下調べの予定だった。だからターゲットである彼との接触はできれば、だったけどまさかの成功である。軽いジャブのつもりで落としやすいカモとみられそうな設定をちらつかせればあっという間に食いついてきた。チョロい、チョロすぎる。……そう思っていたときだった。
「――あ、そういや知ってる?この前この店に工藤新一来たんだよ」
「えー?なんか名前は聞いたことあるかも」
「あれだよ、なんか有名な探偵。FBIに協力してるっていう」
「え、すっごーい!映画みたいだねー」
おいおい工藤くん、君もしかするとマークされてるぞ。いやでも女の子吊るネタに使うってことはそこまでマジじゃないのか……?でもなんにせよ存在を把握されている。公安として協力者は守らねば、なので脳内にしっかりメモっておく。あとで降谷さんに報告しなくては。
「つうか工藤新一だけじゃないから、オレって結構顔広くてさ、芸能人とか紹介できるよ?」
「すごいねー!誰誰~?」
「気になる?例えばね――」
――よしきた。どうもこれが常套手段らしい。「オレ有名人知ってるよ」「アイドルの○○と友達なんだ、飲み会来ない?」で女の子を吊っているらしい。飲み会に呼んであげる代わりに仕事手伝って、と言って薬の売人をやらせたりアレなお仕事をやらせたりしているらしい。あくまでまだ疑いだけれども。
しかし何を隠そう、私は根っからの面食いなのである。イケメン俳優アイドルどんと来い、彼らは忙しい私の目の保養、心の栄養、風見さんにとってのチョコレートのようなものなのである。だけどこちらはカロリーゼロ、健康にも悪くない。私の社畜……というか国畜生活を支える大事な生命線、それがイケメンなのだ。
そのイケメンを犯罪行為の餌に使うとはこの外道、許されない。何としてでも手錠かけてブタ箱にぶち込んでやる。せいぜい塀の中で若い時間を消費するがいい。証拠積み上げ刑期ガン積みしてやるからな見ていろ。そんな恨みを込めて、でもそれは表面に出さずにうまいこと変換してにっこりと笑ってみせた。
「……んー、ていうかさあ、テレビの中の人よりー、お兄さん気になるかも」
「え~?マジで言ってる?それ」
「ほんとだよぉ~!だってカッコいいしー、初対面でこんなに話聞いてくれる人初めてだもん!」
なお初対面でもお悩み相談から事件解決までしてくれたJK時代のアイドルあむぴとは天と地の差である。顔も頭脳も正体も。でもここで奴の懐に入るには多分これが有効手段だろう。「あなたに興味があるの!」をストレートにぶつけると男性の八十パーセントはやや心が緩む。もしくは心に隙ができる。
残りの二十パーセントは降谷さんのような言われ慣れ過ぎて鉄壁とか極度に自己評価が低いタイプだけど、この男の顔はフツメンを雰囲気で誤魔化してるなんちゃってイケメン、たぶん八十パーセントの方だろう。そして思った通り表情が微かに変わる。……よし、かかった。女を見下している女好きほど落としやすい男もいない。
「えー、マジ本気で言ってる?」
「本気本気~。ね、連絡先教えてよ」
そして私はターゲットの連絡先入手に成功したのであった。まさかの大成功である。そしてライブハウスのスタッフとして潜入中のモブ神先輩にすれ違いざまにハンドサインを送り(溶け込みすぎてて一瞬誰か分からなかった)、同じくハンドサインでそろそろ撤収と指示を受けたその時だった。
「ねえ、もうちょっと喋ってかない?オレ、お勧めのドリンクあるんだけどさあ」
――興味があるのなんて言っちゃった手前ここで断るのは不自然だ。「えー、じゃあちょっとだけねー」と笑って、テーブルに着く。ステージの前の熱さとは裏腹にこちらは少し静かで照明も薄暗い。奴が注文したトロピカルなドリンクを店員から受け取り、美味しそう~とテンションを上げて騒いでおく。
でも頭の隅でさっきから警鐘が鳴っている。本能がヤバいと言っている。だけどここで引くわけにはいかない、とそれを黙らせる。ここで疑われたら諸々水の泡、ゼロ通り越してマイナスだ。
「このドリンクお勧め。マジでうまいよ」
「そうなんだ~。色キレイだもんね?」
トロピカルな色合いはクスリを混入させても目立ちにくい。味も誤魔化しがききやすいのだろう。飲め飲めとしきりに勧める男を前に、中身のない笑顔を浮かべながら私は脳をフル回転させていた。受け取ったのは自分、それに目を離してもいない。――たぶん、大丈夫、なはず。一抹の不安はあったけれどストローに口をつける。
「あ、ホントに美味しいね!また来たら頼も~」
「でしょ?」
いやあ、げっすい笑顔だ。――これはまずかったかもしれない。でも乗りかかった船ってやつだし、そして女は度胸だ。こうなったらそれだけのものは聞きだしてやる。ついでに証拠品押収したるわとこぼしたフリでハンカチにジュースを染み込ませてさりげなくビニール袋に突っ込んだ。鑑識に回してやる、覚悟しろ。
と、そんなこんなで私は売人Aとその友人の連絡先をゲットし、売人Aにドリンクを持ってきた恐らく顔見知りだろう店員の情報も少しは抜き取った。この辺りは叩きこまれた横目技術や話術が役立った。先輩方に比べればまだまだの技術だけど、カリフラワーばりに頭の軽い女の子を演じきれば警戒されない。むしろそこを武器に殴っていく。カリフラワーだって口に突っ込めば窒息死させるくらいできるのだ、甘く見た報いを受けるがよい。
そんなこんなちょっぴり頭がふらついてきた頃、スマホが二度短く震えた。――撤収命令。確かにそろそろ限界だ。ターゲットに向けてにっこり笑顔を作る。
「……っていうか今日はありがとね!迎え来たから帰らないと」
「迎え?」
「そー。お兄ちゃんなんだけどさ、超過保護なの。近くにいるから迎えに行くって」
またね、と笑って入口周辺の人溜まりに飛び込み、素早くそこから離脱する。足元はふらついたけどこれくらいならまあ、なんとか。大学時代の激ヤバエクストリーム飲み会よりも大分マシだと自分に言い聞かせる。あの頃よりはまだ意識ある、セーフ、と。
そうして尾行を警戒しつつ人気のない裏路地に飛び込むとそこには私服姿の風見さんが待ち構えていた。でも若干浮いてる気がしなくもない。それは年齢的なものだけではなくなんというか、スーツを着なれてるエリート感的な空気感。つまりは私にないやつだ。ちょっぴり羨ましいしあれを出すにはどれくらいの年季が必要なんだろうかとぼんやり考えた。
「……おい、どうした?」
「問題は……そんなにありません。対象とその周辺人物の連絡先を入手、おそらくライブハウスのスタッフ側も一部はグルですね……」
本格的に頭がふわふわしてきたので風見さんに半ば支えられながらワゴン車に乗り込んだ。その後部座席にはインカム越しに捜査員に指示を出していた降谷さんがいた。降谷さんは本庁から真っ直ぐ来たようでスーツ姿だった。でもこの人ならああいうアングラな場にもすんなり溶け込めそうである。主に間もなくアラフォー突入とは思えないお顔立ちのおかげで。
そんな上司に向かってあんまりなことを考えながら、私はなんとか後部座席のシートに座り込んだ。動いたせいか一気に薬が回ったのを感じる。たぶん安心したのもあるのだろうけど。降谷さんはそんな私と風見さんを見て軽く眉をひそめた。
「……何があった?」
「店員から直受け取りなので大丈夫かと思ったんですが薬物飲まされましたね……なんかものっすごいふわふわします……酒っぽいような。あ、これその飲み物です。ハンカチに染み込ませておきました」
降谷さんに例のハンカチをビニール袋ごと渡す。袋の口を開けて軽く匂いを嗅いでたけどたぶんトロピカルサマーな香りしかしないだろう。
「……鑑識に回しておく。不用意に飲み物は口にしない方がいいとは言っただろう……まあ潜入だとどうしても難しいけれどな。現物持ち帰りはよくやったよ」
「ありがとうございます……。あと一応録音アプリは立ちあげてたんですが音がうるさくて、たぶん音声は不鮮明だと思います」
「ああ、対象もそういった証拠を残さないためにわざわざライブハウスを選んでいるんだろうからな。想定内だ」
そしてなんとか工藤くんがあちらに認識されていること、そして対象の連絡先や把握できる限りの人間関係なんかを報告しているうちにいよいよ頭がふわふわしてきた。途中でペットボトルの水を一本飲み干したけどぜんぜん頭はしゃっきりしなかった。どこかに向かうワゴンの中で降谷さんに軽く肩を叩かれた。
「――とりあえず休め。いいか、体調を整えることがすべての基本だ。詳しい報告はあとで聞く」
「了解です……」
本当に頭がカリフラワーになったみたいにふわふわする。そんなふわふわする中で降谷さんがあれこれ指示を出しているのが遠くに聞こえた。そんな中でも意識を手放すことはなかった。飲まされたものはアルコールともまた違うらしい。ただひどく体が熱くて、少しでも冷やしたくて水を口にした。それでもあんまり状況は変わらない。
やがて車がどこかに止まった。誰かに半分抱えられるようにして下ろされる。――どこかの駐車場だろうか。そのままずるずると引っ張って別の車に乗せられた。助手席のシートからはなんとなく安心する匂いがした。
ばたん、と運転席のドアが閉まる音がした。そして降谷さんの声が聞こえた。ああ、これ降谷さんの車だ。例のRX―9、修理から戻ってきたのか。
「……意識はあるな?病院で胃洗浄も可能だがきついだろう?」
「それ相当ヤバいやつ……そこまでじゃないとは思うんですけど……」
「摂取量はそう多いわけではないし、アレルギー反応もない。おそらくは脱法ドラッグの一種だろうが……」
「あー、そうでしょうね……なんか頭がほわほわして、あとすごい暑くて……」
「……暑い?」
「そーです……めっちゃ熱い……超脱ぎたい……」
「今は我慢しろ。……とりあえず病院近くのホテルを抑えた。薬の結果次第では病院直行だが、それまでそこで休むぞ」
そして低いエンジン音と共に車が走り出した。スモークフィルムの貼られたワゴン車と違って今度は正面からもネオンのライトが目に入ってくる。妙にそれがきらきらして見えてなんだかハイになってきてるのが自分でも分かる。なにやら変なことを言ったような気もするけどそのままどこかのホテルに着いた。自力で歩けることには歩けたので、降谷さんに手を引かれながらそのまま部屋に入る。――そこで本格的に気が抜けた。
「……もう、超暑い……脱いでいいですよね……っていうか脱ぎます……」
「馬鹿、せめてシャツは……。――ああ、そういうことか」
自分が今何を着ているのかも分からなかった。なんだか妙に楽しくなってけらけら笑いながら脱いでるのって相当ホラーだと思う。
と、降谷さんが私にペットボトルの水と一緒に何かを押し付けてきた。ブリスターパックだ。
「なんですかあ?これ」
「薬だ。……鑑識の結果が来た、とりあえずこれを飲めば暑いのは治まる」
こんな時間に即結果出してくれる鑑識超優秀すぎる。あとでお礼を言っとこう。でも指先が上手く動かなくて錠剤が出せない。まごまごしてるとブリスターパックから降谷さんが錠剤を取り出して、そのまま私の口に押し込んだ。上司の指に噛みつくわけにはと咄嗟にかすかに開いた歯の奥にぐいぐいと押し込まれた。
「むぐっ……」
「吐き出すなよ?ほら水飲め」
キャップまで開けてくれて至れりつくせりだ。そのまま水をぐっと飲み干す。変に乾く喉に水の流れが心地よい――。
そのほんの十数秒後のことだった。ふわりと体の力が抜けた。先程までの感覚とは違う、それ。崩れ落ちかけた私の体を誰かが、いや降谷さんが支えてくれてる。
「ふる……や……さん……?なに、のませ……」
「休めと言っただろう。……おやすみ」
とん、と誰かの手が、いや降谷さんが私の頭を軽く叩いた。その記憶を最後に私はたぶん意識を失った。なぜならそこから記憶がない。
……そしてなんと次に目を覚ましたときにはもう朝だった。トンネルを抜けたら雪国だった、じゃないけど、目を覚ますとそこはホテルのベッドの中だった。瞬間的に飛び起きた私を襲ったのは鈍い頭痛と、それから。
「……え、降谷さん……?」
「ああ、おはよう。……もうそれなりに抜けた頃だろうが一応は水分をとっておけ。登庁は一度家に戻ってからでいいから、今日中に昨晩の報告書を書いておけ。思い出せる範囲で構わない」
――まさかの上司と朝チュンである。いやナニがあったわけもないのだけど、とにかく現実としてホテルの部屋で上司と朝を迎えてしまった。なおベッドはツインだったので「同じ部屋で」朝を迎えては締まったけど「同じベッドで」ではないのでセーフである。何がセーフか分からないけどぎりぎりセーフである。そんな大混乱の私とは裏腹に、降谷さんは爽やかな朝日の中でネクタイを締めながら超業務的なことを言うので必死に頭に叩き込んだ。仕事モード、仕事モードだ。
「ここの支払いは済ませてある。僕はもう出るが、君はもう少し休んでから出ろよ。もし体調が急変したらすぐに連絡しろ。念の為に君の端末の位置情報を起動させておいた」
「り、了解です……」
「他に質問は?」
「ないです……。あ、いや、あの、ひとつだけ」
眉間に皺を寄せた上司の顔に思わず、ぴえっと声が出そうになる。普通に怖いです、降谷さん。降谷さんが恐ろしい、は風見さんの口癖だけど不機嫌というか面白くなさそうな降谷さんって本当に恐ろしい。いやだって完璧な説明して質問あるわけがないと思ったんですよね、いや思うでしょうけどこっちは聞いておかなきゃいけないことがあった。部下としてというか、人間として。
「……私、昨日何言いました?ていうか何しました?」
「……それを聞いてどうする」
「いやその……ご迷惑、かけたかなと……」
記憶にある限りでは泥酔状態よりさらにひどいアレだったと思う。相当ご迷惑だったのではないだろうか。現にこうして朝まで面倒見てもらってしまっているし。
降谷さんは軽くため息をついて頭を振った。
「……佐々木、お前に潜入を命じたのは僕だ。実際よくやってくれた、昨日だけで対象に接触して連絡先を入手できるとは思わなかったよ。それに伴う後始末も上司である僕がやるべきことだ。気にすることは何もない」
――光り輝いている。たぶん圧倒的なイケメンというのは発光するものなのだ。昨晩のなんちゃって雰囲気イケメン売人など足元にすら及ばない。私は思わずしみじみと呟いた。
「やっぱイケメン……。元JKのアイドルは伊達じゃないですわ」
「お前な……。とにかく、体調の変化には気をつけろ。いいな」
そう言い残して降谷さんは先に部屋を出た。私はベッドサイドに置いてあったミネラルウォーターに口を付けながら昨晩の記憶をひとつひとつ思い出していった。
――とりあえず聞き出した売人の情報と交友関係から次の潜入の目星を付けようか。公安を甘く見てくれた報いはカラダできっちり払わせてやる、と私は覚悟を決め直した。
「なになにどうしたの~?暗い顔して」
「……彼氏にひっどいこと言われたの思い出しちゃってさー、聞いてくれる?」
「聞く聞く。どうしたの?」
「お前バカっぽいしガキっぽいよなーって言われたの。ひどくない?」
「そりゃひどいよ!カワイソー、オレが慰めてあげるからおいで?」
「うわ超やさしー」
ステージ上でガールズバンドの演奏が終わり、来週に対バンがあるからまた来てくださいと告知をしているのを聞き流しながら私はちらりとその男を見た。残党とよく接触していた姿が確認されている売人候補A。年は二十代半ば、身長はあまり高くない。格闘技の経験もないらしいから不意を突けば単独でも制圧は可能かな、なんて考える。
あくまで今回の目標は場の空気を掴むこと、本格的な潜入の前の下調べの予定だった。だからターゲットである彼との接触はできれば、だったけどまさかの成功である。軽いジャブのつもりで落としやすいカモとみられそうな設定をちらつかせればあっという間に食いついてきた。チョロい、チョロすぎる。……そう思っていたときだった。
「――あ、そういや知ってる?この前この店に工藤新一来たんだよ」
「えー?なんか名前は聞いたことあるかも」
「あれだよ、なんか有名な探偵。FBIに協力してるっていう」
「え、すっごーい!映画みたいだねー」
おいおい工藤くん、君もしかするとマークされてるぞ。いやでも女の子吊るネタに使うってことはそこまでマジじゃないのか……?でもなんにせよ存在を把握されている。公安として協力者は守らねば、なので脳内にしっかりメモっておく。あとで降谷さんに報告しなくては。
「つうか工藤新一だけじゃないから、オレって結構顔広くてさ、芸能人とか紹介できるよ?」
「すごいねー!誰誰~?」
「気になる?例えばね――」
――よしきた。どうもこれが常套手段らしい。「オレ有名人知ってるよ」「アイドルの○○と友達なんだ、飲み会来ない?」で女の子を吊っているらしい。飲み会に呼んであげる代わりに仕事手伝って、と言って薬の売人をやらせたりアレなお仕事をやらせたりしているらしい。あくまでまだ疑いだけれども。
しかし何を隠そう、私は根っからの面食いなのである。イケメン俳優アイドルどんと来い、彼らは忙しい私の目の保養、心の栄養、風見さんにとってのチョコレートのようなものなのである。だけどこちらはカロリーゼロ、健康にも悪くない。私の社畜……というか国畜生活を支える大事な生命線、それがイケメンなのだ。
そのイケメンを犯罪行為の餌に使うとはこの外道、許されない。何としてでも手錠かけてブタ箱にぶち込んでやる。せいぜい塀の中で若い時間を消費するがいい。証拠積み上げ刑期ガン積みしてやるからな見ていろ。そんな恨みを込めて、でもそれは表面に出さずにうまいこと変換してにっこりと笑ってみせた。
「……んー、ていうかさあ、テレビの中の人よりー、お兄さん気になるかも」
「え~?マジで言ってる?それ」
「ほんとだよぉ~!だってカッコいいしー、初対面でこんなに話聞いてくれる人初めてだもん!」
なお初対面でもお悩み相談から事件解決までしてくれたJK時代のアイドルあむぴとは天と地の差である。顔も頭脳も正体も。でもここで奴の懐に入るには多分これが有効手段だろう。「あなたに興味があるの!」をストレートにぶつけると男性の八十パーセントはやや心が緩む。もしくは心に隙ができる。
残りの二十パーセントは降谷さんのような言われ慣れ過ぎて鉄壁とか極度に自己評価が低いタイプだけど、この男の顔はフツメンを雰囲気で誤魔化してるなんちゃってイケメン、たぶん八十パーセントの方だろう。そして思った通り表情が微かに変わる。……よし、かかった。女を見下している女好きほど落としやすい男もいない。
「えー、マジ本気で言ってる?」
「本気本気~。ね、連絡先教えてよ」
そして私はターゲットの連絡先入手に成功したのであった。まさかの大成功である。そしてライブハウスのスタッフとして潜入中のモブ神先輩にすれ違いざまにハンドサインを送り(溶け込みすぎてて一瞬誰か分からなかった)、同じくハンドサインでそろそろ撤収と指示を受けたその時だった。
「ねえ、もうちょっと喋ってかない?オレ、お勧めのドリンクあるんだけどさあ」
――興味があるのなんて言っちゃった手前ここで断るのは不自然だ。「えー、じゃあちょっとだけねー」と笑って、テーブルに着く。ステージの前の熱さとは裏腹にこちらは少し静かで照明も薄暗い。奴が注文したトロピカルなドリンクを店員から受け取り、美味しそう~とテンションを上げて騒いでおく。
でも頭の隅でさっきから警鐘が鳴っている。本能がヤバいと言っている。だけどここで引くわけにはいかない、とそれを黙らせる。ここで疑われたら諸々水の泡、ゼロ通り越してマイナスだ。
「このドリンクお勧め。マジでうまいよ」
「そうなんだ~。色キレイだもんね?」
トロピカルな色合いはクスリを混入させても目立ちにくい。味も誤魔化しがききやすいのだろう。飲め飲めとしきりに勧める男を前に、中身のない笑顔を浮かべながら私は脳をフル回転させていた。受け取ったのは自分、それに目を離してもいない。――たぶん、大丈夫、なはず。一抹の不安はあったけれどストローに口をつける。
「あ、ホントに美味しいね!また来たら頼も~」
「でしょ?」
いやあ、げっすい笑顔だ。――これはまずかったかもしれない。でも乗りかかった船ってやつだし、そして女は度胸だ。こうなったらそれだけのものは聞きだしてやる。ついでに証拠品押収したるわとこぼしたフリでハンカチにジュースを染み込ませてさりげなくビニール袋に突っ込んだ。鑑識に回してやる、覚悟しろ。
と、そんなこんなで私は売人Aとその友人の連絡先をゲットし、売人Aにドリンクを持ってきた恐らく顔見知りだろう店員の情報も少しは抜き取った。この辺りは叩きこまれた横目技術や話術が役立った。先輩方に比べればまだまだの技術だけど、カリフラワーばりに頭の軽い女の子を演じきれば警戒されない。むしろそこを武器に殴っていく。カリフラワーだって口に突っ込めば窒息死させるくらいできるのだ、甘く見た報いを受けるがよい。
そんなこんなちょっぴり頭がふらついてきた頃、スマホが二度短く震えた。――撤収命令。確かにそろそろ限界だ。ターゲットに向けてにっこり笑顔を作る。
「……っていうか今日はありがとね!迎え来たから帰らないと」
「迎え?」
「そー。お兄ちゃんなんだけどさ、超過保護なの。近くにいるから迎えに行くって」
またね、と笑って入口周辺の人溜まりに飛び込み、素早くそこから離脱する。足元はふらついたけどこれくらいならまあ、なんとか。大学時代の激ヤバエクストリーム飲み会よりも大分マシだと自分に言い聞かせる。あの頃よりはまだ意識ある、セーフ、と。
そうして尾行を警戒しつつ人気のない裏路地に飛び込むとそこには私服姿の風見さんが待ち構えていた。でも若干浮いてる気がしなくもない。それは年齢的なものだけではなくなんというか、スーツを着なれてるエリート感的な空気感。つまりは私にないやつだ。ちょっぴり羨ましいしあれを出すにはどれくらいの年季が必要なんだろうかとぼんやり考えた。
「……おい、どうした?」
「問題は……そんなにありません。対象とその周辺人物の連絡先を入手、おそらくライブハウスのスタッフ側も一部はグルですね……」
本格的に頭がふわふわしてきたので風見さんに半ば支えられながらワゴン車に乗り込んだ。その後部座席にはインカム越しに捜査員に指示を出していた降谷さんがいた。降谷さんは本庁から真っ直ぐ来たようでスーツ姿だった。でもこの人ならああいうアングラな場にもすんなり溶け込めそうである。主に間もなくアラフォー突入とは思えないお顔立ちのおかげで。
そんな上司に向かってあんまりなことを考えながら、私はなんとか後部座席のシートに座り込んだ。動いたせいか一気に薬が回ったのを感じる。たぶん安心したのもあるのだろうけど。降谷さんはそんな私と風見さんを見て軽く眉をひそめた。
「……何があった?」
「店員から直受け取りなので大丈夫かと思ったんですが薬物飲まされましたね……なんかものっすごいふわふわします……酒っぽいような。あ、これその飲み物です。ハンカチに染み込ませておきました」
降谷さんに例のハンカチをビニール袋ごと渡す。袋の口を開けて軽く匂いを嗅いでたけどたぶんトロピカルサマーな香りしかしないだろう。
「……鑑識に回しておく。不用意に飲み物は口にしない方がいいとは言っただろう……まあ潜入だとどうしても難しいけれどな。現物持ち帰りはよくやったよ」
「ありがとうございます……。あと一応録音アプリは立ちあげてたんですが音がうるさくて、たぶん音声は不鮮明だと思います」
「ああ、対象もそういった証拠を残さないためにわざわざライブハウスを選んでいるんだろうからな。想定内だ」
そしてなんとか工藤くんがあちらに認識されていること、そして対象の連絡先や把握できる限りの人間関係なんかを報告しているうちにいよいよ頭がふわふわしてきた。途中でペットボトルの水を一本飲み干したけどぜんぜん頭はしゃっきりしなかった。どこかに向かうワゴンの中で降谷さんに軽く肩を叩かれた。
「――とりあえず休め。いいか、体調を整えることがすべての基本だ。詳しい報告はあとで聞く」
「了解です……」
本当に頭がカリフラワーになったみたいにふわふわする。そんなふわふわする中で降谷さんがあれこれ指示を出しているのが遠くに聞こえた。そんな中でも意識を手放すことはなかった。飲まされたものはアルコールともまた違うらしい。ただひどく体が熱くて、少しでも冷やしたくて水を口にした。それでもあんまり状況は変わらない。
やがて車がどこかに止まった。誰かに半分抱えられるようにして下ろされる。――どこかの駐車場だろうか。そのままずるずると引っ張って別の車に乗せられた。助手席のシートからはなんとなく安心する匂いがした。
ばたん、と運転席のドアが閉まる音がした。そして降谷さんの声が聞こえた。ああ、これ降谷さんの車だ。例のRX―9、修理から戻ってきたのか。
「……意識はあるな?病院で胃洗浄も可能だがきついだろう?」
「それ相当ヤバいやつ……そこまでじゃないとは思うんですけど……」
「摂取量はそう多いわけではないし、アレルギー反応もない。おそらくは脱法ドラッグの一種だろうが……」
「あー、そうでしょうね……なんか頭がほわほわして、あとすごい暑くて……」
「……暑い?」
「そーです……めっちゃ熱い……超脱ぎたい……」
「今は我慢しろ。……とりあえず病院近くのホテルを抑えた。薬の結果次第では病院直行だが、それまでそこで休むぞ」
そして低いエンジン音と共に車が走り出した。スモークフィルムの貼られたワゴン車と違って今度は正面からもネオンのライトが目に入ってくる。妙にそれがきらきらして見えてなんだかハイになってきてるのが自分でも分かる。なにやら変なことを言ったような気もするけどそのままどこかのホテルに着いた。自力で歩けることには歩けたので、降谷さんに手を引かれながらそのまま部屋に入る。――そこで本格的に気が抜けた。
「……もう、超暑い……脱いでいいですよね……っていうか脱ぎます……」
「馬鹿、せめてシャツは……。――ああ、そういうことか」
自分が今何を着ているのかも分からなかった。なんだか妙に楽しくなってけらけら笑いながら脱いでるのって相当ホラーだと思う。
と、降谷さんが私にペットボトルの水と一緒に何かを押し付けてきた。ブリスターパックだ。
「なんですかあ?これ」
「薬だ。……鑑識の結果が来た、とりあえずこれを飲めば暑いのは治まる」
こんな時間に即結果出してくれる鑑識超優秀すぎる。あとでお礼を言っとこう。でも指先が上手く動かなくて錠剤が出せない。まごまごしてるとブリスターパックから降谷さんが錠剤を取り出して、そのまま私の口に押し込んだ。上司の指に噛みつくわけにはと咄嗟にかすかに開いた歯の奥にぐいぐいと押し込まれた。
「むぐっ……」
「吐き出すなよ?ほら水飲め」
キャップまで開けてくれて至れりつくせりだ。そのまま水をぐっと飲み干す。変に乾く喉に水の流れが心地よい――。
そのほんの十数秒後のことだった。ふわりと体の力が抜けた。先程までの感覚とは違う、それ。崩れ落ちかけた私の体を誰かが、いや降谷さんが支えてくれてる。
「ふる……や……さん……?なに、のませ……」
「休めと言っただろう。……おやすみ」
とん、と誰かの手が、いや降谷さんが私の頭を軽く叩いた。その記憶を最後に私はたぶん意識を失った。なぜならそこから記憶がない。
……そしてなんと次に目を覚ましたときにはもう朝だった。トンネルを抜けたら雪国だった、じゃないけど、目を覚ますとそこはホテルのベッドの中だった。瞬間的に飛び起きた私を襲ったのは鈍い頭痛と、それから。
「……え、降谷さん……?」
「ああ、おはよう。……もうそれなりに抜けた頃だろうが一応は水分をとっておけ。登庁は一度家に戻ってからでいいから、今日中に昨晩の報告書を書いておけ。思い出せる範囲で構わない」
――まさかの上司と朝チュンである。いやナニがあったわけもないのだけど、とにかく現実としてホテルの部屋で上司と朝を迎えてしまった。なおベッドはツインだったので「同じ部屋で」朝を迎えては締まったけど「同じベッドで」ではないのでセーフである。何がセーフか分からないけどぎりぎりセーフである。そんな大混乱の私とは裏腹に、降谷さんは爽やかな朝日の中でネクタイを締めながら超業務的なことを言うので必死に頭に叩き込んだ。仕事モード、仕事モードだ。
「ここの支払いは済ませてある。僕はもう出るが、君はもう少し休んでから出ろよ。もし体調が急変したらすぐに連絡しろ。念の為に君の端末の位置情報を起動させておいた」
「り、了解です……」
「他に質問は?」
「ないです……。あ、いや、あの、ひとつだけ」
眉間に皺を寄せた上司の顔に思わず、ぴえっと声が出そうになる。普通に怖いです、降谷さん。降谷さんが恐ろしい、は風見さんの口癖だけど不機嫌というか面白くなさそうな降谷さんって本当に恐ろしい。いやだって完璧な説明して質問あるわけがないと思ったんですよね、いや思うでしょうけどこっちは聞いておかなきゃいけないことがあった。部下としてというか、人間として。
「……私、昨日何言いました?ていうか何しました?」
「……それを聞いてどうする」
「いやその……ご迷惑、かけたかなと……」
記憶にある限りでは泥酔状態よりさらにひどいアレだったと思う。相当ご迷惑だったのではないだろうか。現にこうして朝まで面倒見てもらってしまっているし。
降谷さんは軽くため息をついて頭を振った。
「……佐々木、お前に潜入を命じたのは僕だ。実際よくやってくれた、昨日だけで対象に接触して連絡先を入手できるとは思わなかったよ。それに伴う後始末も上司である僕がやるべきことだ。気にすることは何もない」
――光り輝いている。たぶん圧倒的なイケメンというのは発光するものなのだ。昨晩のなんちゃって雰囲気イケメン売人など足元にすら及ばない。私は思わずしみじみと呟いた。
「やっぱイケメン……。元JKのアイドルは伊達じゃないですわ」
「お前な……。とにかく、体調の変化には気をつけろ。いいな」
そう言い残して降谷さんは先に部屋を出た。私はベッドサイドに置いてあったミネラルウォーターに口を付けながら昨晩の記憶をひとつひとつ思い出していった。
――とりあえず聞き出した売人の情報と交友関係から次の潜入の目星を付けようか。公安を甘く見てくれた報いはカラダできっちり払わせてやる、と私は覚悟を決め直した。
