元JKと元あむぴ
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時に看護学校の面接における志望動機の半分は「子供の頃に入院していて看護師さんが優しくしてくれて憧れたから」だそうだ。本当か嘘かはわからない。統計の方も理由の本音の方も。でもこういったことはよくあるのだ。子供の頃の憧れが人生の決断につながることって。だって人生の選択なんてそれまでの見識からの選択肢から選ぶのがほとんど、たとえ百の道があったとしても三しか知らなければその人にとっては選択肢は三つ、なのだから。だからまあ、私の夢がそれでも別におかしくはないし特殊でもないし不純でもない、はずだ。
「警察官?」
「まあ、うん」
「警察官になりたくて?」
「柔道部。必須だし。今から体力作りはしておいた方がいいかなって」
「あー、だから沙紀ってそこそこ強い割に試合の勝ち負けにはあっさりなのね」
「別にそういうつもりはないけど……」
「どうせなら全国制覇!みたいな気概はないでしょ?」
「武道採用までは無理かなって……。警察官になって足引っ張らない程度に強くなりたい訳だし、あくまで手段。でも本気だよ」
「知ってる。じゃなきゃあそこまで練習しないでしょ」
そう言ってクラスメイトはサンドイッチにかぶりついた。最近クラスで話題の喫茶店のハムサンドは高校生のお財布にも優しくそれでいて美味しい。帰ったら夕ご飯が待ってるけど胃袋底なし運動部員にとってこんなの前菜に過ぎない。母からの連絡によれば今日のご飯はハンバーグだけどサンドイッチ直後だろうと四百グラムは軽く完食する自信がある。引退したときの食欲コントロールがちょっぴり怖い気もするけど今は食べないと体がもたない。そのときになったら考えよう。
――なんで警察官なの?それは将来の夢を口にすればほぼ必ず聞かれる質問だ。人の役に立つ仕事なら他にも色々とあるし、それこそ全国大会には出れる程度の柔道を生かしたいなら体育教師とかそういう道もある。公務員なら幅広い職種があるし、すべて人の役に立つ立派な仕事だ。ついでに安定もしている。その膨大な選択肢の中で割とハードで危険もあるそれを選ぶのはなぜなのか。そう聞かれれば答えはこれしかない。
「普通に親戚のお兄さんが警察官で憧れたんだよね」
このお兄さんは特になんてことはない普通のお巡りさんだ。従兄弟よりは少し遠いくらいの血縁ではあるけど隣町で一人暮らし、両親がたまにうちに呼んで一緒にご飯を食べていた。たまにニュースになってるような爆弾がどうとか連続殺人事件だとかそういうことには関わってなかったみたいだけど、でも真っ直ぐで優しくて自慢のお兄ちゃんだった。
私の友達がストーカー被害にあったときは誰より真摯に話を聞いて犯人を捕まえてくれた。そんなお兄ちゃんに憧れて、できたらお兄ちゃんのようなお巡りさんの手助けができるようになりたくて、中学校の進路希望に「警察官」と書いた。お兄ちゃんは「そんな風に思ってもらえるなんて嬉しいよ」と褒めてくれた。両親も大変だし責任も重い危ない仕事だけど本気なら応援する、と言ってくれてる。ただ、まあ。
「ベタだね」
「うん、自覚はしてる」
「面接官が千回くらい聞いてそうな理由。超ベタだね。別に悪いとは思わないけど」
「親戚のオヤジに行き遅れるとか言われた。クソだよね」
「それはクソ。クソオブクソ。前世紀の遺物だわ」
会ったこともない、ついでに私はそのオヤジの名前すらあやふやだけど断言できる。クソだわ。おそらく本人は喫茶店の片隅で女子高生に罵倒されているとも知らないのだろうが、名前も知らないオヤジをこき下ろして少々心はすっきりした。いざとなればヒモでもなんでも養えるようになってやる。時代は男女平等だ。
「……警察官ですか。素敵な夢ですね」
「あむぴいつの間にいたの?てかそう思う?」
もちろん、と微笑むのはあむぴこと安室さん。この美味しいハムサンドの考案者で、この喫茶店ポアロがクラスで話題な理由そのものである。なぜなら顔がいい。とてもいい。まあ顔がいいだけならテレビの中のアイドルでも見てればいいし、うちの高校にもそこそこ顔のいい人くらいいる。
でもあむぴは中身もイケメンだった。まず料理が上手い。評判のハムサンドの材料は近所のスーパーで安く売られているものらしいけど、あむぴの手にかかれば超絶美味しい部活の後の体に優しい一品と化すのだ。魔法かもしれない。そしてちょっとした気遣いまでイケメンなのだ。私立探偵をしてるというからそのせいなのかもしれないけどとにかく観察眼が鋭い。そしてさりげなく気遣ってくれる。病院帰りの常連のおばあちゃんにさっと白湯を渡して「これで飲んだ方が体にもいいですよ」とウインクしたときは居合わせた女子高生の九割があまりのイケメンぶりに死んだ。残りの一割は「あむぴやばい……」とうわ言を呟き魂を抜かれていた。
「警察官なんて素敵な目標じゃないですか。若いうちからそうやって自分なりに努力するなんて偉いですね」
「うわ照れる〜。ていうかあむぴ探偵じゃん。事件現場でナワバリ争い的なことになんないの?」
「僕はまあ事件の方にはあまり、ですからね。それこそ毛利先生は元刑事ですから事件にも関わられてますけど、僕はあくまで調査が専門なので」
「そーなんだ。色々あるんだねー」
あむぴの師匠、眠りの小五郎といえば超有名探偵だ。よく武道場ですれ違う同級生のお父さんでもあるけど、クラスが一緒になったこともなければ特に話したこともない。空手が強くてしかもいい子だなーっていう印象だけど、それくらい。そうかお父さん元刑事なのか。なんかこう、警察官になるために必要なことあったら聞いてみたいかも。
そんなことを考えていると飲み終わってたコーヒーカップにあむぴがお代わりを注いでくれていた。注文してないのに。目が合うとぱちっとウインク。うん、破壊力がやばい。
「未来の警察官さんとそのご友人に、僕からの特別サービスです」
「え、マジ?あむぴ最高惚れるわ」
「どうせ今日廃棄しちゃう生クリームもあるので乗せましょうか。甘いのはお好きでしょう?」
「超好き。あむぴ愛してるわー」
「はいはい。どうぞ」
ウインナーコーヒーは最高に美味しかった。それからもポアロで勉強してると何度かこっそり差し入れをしてくれて、「頑張ってくださいね」と唇に人差し指を当てながら言ってくれた。控えめに言ってもイケメンが繰り出す仕草としては破壊力がトップクラスであった。
それから半年か……あむぴこと安室さんはある日突然ポアロを辞めた。探偵業が忙しくなったらしい。その頃にはすっかり仲良くなっていた梓さんと寂しくなりますねーなんて喋って、前よりは少しお客さんが少なくなった店で勉強をさせてもらっていた。そのうちにすぐ上の階に住んでる蘭ちゃんとその幼馴染の工藤くんとも少し喋るようになって、文武両道を絵に描いたようなこのカップルには受験勉強のときには随分お世話になった。そして大学時代にはなんだかんだとつるんでいたし、工藤くんや蘭ちゃんを通して色んな人とも知り合った。
人生ひょんなところからひょんな出会いをするものである。
そしてそれから数年後。私は念願叶って警察官となった。ずっとやってきた柔道も警察官になるからにはと専攻していた法学も大変役に立ち、交番研修もそれなりのハプニングはあったものの恙なく終了した。まあ何につけても高校以来なにかとお世話になってきた工藤くんと蘭ちゃんには頭が上がらない。もちろん努力はしたけど成績上位をキープできたのはあの二人のおかげによるところも大きい。
そんな私の配属先は……まさかの警視庁公安部だった。「成績優秀だからこそ」と言われたけれどあまりにもまさか過ぎる。間違ってないか思わず聞き返してしまった。普通交番研修後のぺーぺーが公安とかあり得ないし。
正直言うと例のお兄ちゃんのように生活安全課とか、工藤くんたちとつるむうちに面識ができてしまった捜査一課とかがよかったとこはある。ただ「優秀だから」と言われて悪い気はしない。こういうときに自分ってなんだかんだで根は単純だなあ、と実感する。
「というわけで君の担当はしばらくこれになる。資料は一通り目を通しておけ」
「分かりました。……何年も前に大元は壊滅してるんですね、ここ」
「ああ。だが国を跨いだ巨大な犯罪組織でな、今も末端や一部の幹部は逃亡を続けている。そこから第二第三の組織が生まれる可能性もある。壊滅後の後始末と気を抜かず、しっかり取り組むように」
これから風見さんという人の元で仕事をすることになるらしい。特に優秀という理由で公安に配属された訳だけどぺーぺーの私がまさか単独であれこれ出来る訳もなければ潜入なんか出来る訳もない。
「佐々木、今後、基本的に君は俺の元で降谷さんのサポートをしてもらう」
「降谷さん?……あ、この潜入捜査をされてた方ですか。……あのゼロ所属の」
「ああ。とても優秀な方で側にいれば学ぶことも多いだろう。将来的に大いに役立つ知識も経験も得られるはずだ」
降谷零さん、現在三十代半ばだが通称『黒の組織』の壊滅に大きく貢献し、現在はその後処理を一手に引き受けているという。潜入時のコードネームはバーボン、表向きは私立探偵を名乗り組織の情報屋として活動していたらしい。……私立探偵。そういえば工藤くんは隣町で探偵事務所を立ち上げたらしい。今もたまに警察に捜査協力をしているとか。
「資料に目を通したら午後には顔合わせだ。本日午後には降谷さんが登庁される予定だから警察庁に向かう。用意しておくように」
「了解です」
簡易的なもの、と言われた資料だけどかなり分厚い。一通り読むだけでも時間がかかりそうだ。出来る限り素早く、でも丁寧に文章を目で追っていく。
「え、マジか。クリス・ヴィンヤードって組織の幹部だったの……いきなり引退したからショックだったんだけど」
「うわこの爆破事件って組織のやつだったんだ……テレビで見てたよ」
「工藤くんこれにも首突っ込んでたの……?名探偵やばい……」
公安の捜査結果は公表されないものも多い。たとえそれが重大な事件であっても。それに捜査手法もだって公表しない、と言うかできないものも多い。でもそれは国を守るために仕方がないと、そう割り切るしかない。それが多くの人の平穏につながるのなら。
実際私はそんな恐ろしいテロ組織が暗躍してることなんて知らず平和に暮らしてきた。これまでの私の二十数年間のように、誰かのそんな当たり前と信じている平穏を守っていくのがこれからの私の仕事。
「……私がのほほんと青春してる間にこんな重大事件がてんこ盛りだったんですね」
「かつて君がそうだったように高校生たちにのほほんと青春させるため、ひいては人々の平和な生活のために我々は存在している。それを忘れないように」
「はい。……今後ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
資料の中で風見さんの名前もちょくちょく出てきた。あの降谷さんが潜入中、主に連絡を取っていたのは風見さんだったらしい。影の立役者じゃないか。そんな人にこれから指導してもらえるなんて幸運だ。頑張らないとなあ、とちょっぴり浮かれながら警察庁へ風見さんと一緒に向かった。降谷さんとは一体どんな人だろうか。
「悪の組織に潜入する超エリート捜査官……髭の似合うダンディなイケオジとか想像しちゃいますよね。こう、顔に古傷ある感じの」
「……若い女性は想像力が逞しくて何よりだ。まあ想像を働かせるのは大事だが、根拠のないものに囚われすぎないように」
「はい、了解です!」
そんなわけでここ一週間ほどは主に風見さんからピッキングのやり方から盗聴の仕方、逆に盗聴器を仕掛けられた場合の発見方法まできちっと指導を受けていた。盗聴器を仕掛けられた場合については特に念入りに指導された。「仕掛けてくる相手がいかにも悪人ばかりと思うな、子供や老人にも警戒は必要だ。いいか、子供にも警戒を怠るな」と再三注意を受けた。何かトラウマでもあったのだろうか。
でもそんな風見さんは職務外では結構気さくで話しかけやすい。「これからは飲酒も余程でない限りできないから」と信頼できるお店に飲みに連れ出してくれて帰りは家まで送ってくれたし、訓練が終わってあまりの濃度に疲れて放心状態のときは甘いものでも食べろとチョコレートをくれた。あれは常備品だろうか。いつか聞いてみたい気もする。「だがそれは別として食事はしっかり」とも言われた。まるで概念上の実家の母のようだ。
「いいか、くれぐれも失礼がないように。我々の職務は互いに信頼することで成り立つ。信頼できないと思われれば大変な支障がでる。よく弁えろ」
「もちろんです」
「君が優秀なのは成績でもこの一週間でもよくわかった。が……まあ若いからだろう、少々軽薄な面がある。気をつけるように」
「すみません、以後慎みます」
あれだろうか、ダンディ髭イケオジとかあの辺りか。そりゃドラマのようにイケメンなわけがない。潜入できるってことはごく普通の顔つきで……。
「失礼します、降谷さん。風見です」
「入れ」
ドアが開いた。風見さんに続いて入室した私の目に飛び込んできたのは……。
「佐々木沙紀、今回配属された新人です。今後私について経験を積ませたいと考えています」
「……よ、よろしくお願いいたします!」
そこにいたのは金色に近い茶髪に褐色の肌を持つ男性だった。うん、これくらいならたまにいる。大学の同期にもいたし……。いやでもイケメンすぎないか?こんな神に愛されたイケメンが……?
「……降谷零だ。佐々木、君は大変成績が優秀だったと聞いている。期待しているよ」
ん?声も。ついでに垂れ目の童顔も。どっかで覚えがある。
(あむぴ……?な訳ないか、公務員は副業禁止だぞ)
世の中には同じ顔をした人間が三人はいるらしい。そして私の記憶の中のあむぴはポアロのエプロンとコーヒーの香りが良く似合うニコニコ笑顔のお兄さん。目の前の降谷さんはダークグレーのスーツが大変よく似合うイケメンだけど目つきは鋭くいかにも公安警察官。悪の組織への潜入経験あり。いやいやない。降谷さんは真顔で拳銃ぶっ放せる顔だけどあむぴはそんなことはしない。別人だ。そうだろう。あむぴはコーヒーの香りがする素敵なお兄さんだったけど降谷さんは硝煙の匂いが似合う超優秀な捜査官。うん、別人だ。そうに違いない。
そう結論付けてその場を風見さんと共に辞した私は後日、捜査協力で職場にやってきた工藤くんが「安室さん!……じゃなくて降谷さん」と呼びかけてるのを聞いてひっくり返ることとなる。
「風見さん風見さん、安室さんって、その」
「ああ、降谷さんの偽名の一つだ。組織潜入時期はずっとそちらを使っていたらしい。ああ、当時の協力者も安室透で認識しているから、君も覚えておいてくれ。私立探偵もしていたそうだし」
「私立探偵。……つかぬ事をお伺いしますけど、まさか喫茶店で働いてたり、なんかしないですよね……?忙しかったそうですもんね……?」
「喫茶店?ああ、働いていたらしい。組織に目をつけられていた人がいてな、その近辺で」
組織に目をつけられていた?それならきっと政治家とか官僚とかそういう人だろう。うん。まさか……。
「ポアロとか言ったか、毛利探偵事務所の真下にあったところらしいな」
「風見さんそれ本気で言ってます?」
まさかそんな。高校時代の我らがアイドルあむぴが。
「で、工藤くん?何回言ったら分かるんだ?盗聴器は無駄、だ」
「痛てて!ごめん!悪気はなかったんだって!こっちだって蘭やおっちゃん巻き込みたくなかったんだよ!」
元同級生の腕を鬼のような形相で捻り上げてる凄腕元潜入捜査官だなんて(三徹目)。あの頃熱を上げていた彼女たちが知ったら白目を剥いて驚くだろう。言わないけど。でも誰かこの驚きを共有してほしい。マジで。
「……風見さん、降谷さんって恐ろしい人ですね」
「ああ……。あの人は本当に恐ろしいよ。素晴らしく優秀なんだが、それでも時々あの覚悟が恐ろしくなる」
「本当……捜査のためなら何でもする覚悟があるんですね……」
「潜入していた頃には苦渋の思いで犯罪に手を染めざるを得なかったとも言うしな……」
「JKのアイドルをしてたのも捜査の一環……」
「え?」
だって思わないじゃないか。近所の喫茶店のイケメン店員が実は国際犯罪組織の幹部やっててでもその真の姿は公安の潜入捜査官だなんて。そんなのあり?……いや、ありなのだ。この人に関しては。
「おい、何をぼーっとしているんだ。早く仕事を……」
「あむぴは幻、降谷さんが現実……」
「あむぴ?……くそっ、やはりあのときの女子高生の一人か」
「あむぴはクソとか言わない……」
「残念ながら降谷零は言うんだ。そしてこれからお前の上司は降谷零だ、覚えておけよ、佐々木」
そう言ってにやっと笑うイケメンが中身もガチでやばいことを私が知るのはこの数日後、初の被疑者確保カーチェイス事件のときである。
「警察官?」
「まあ、うん」
「警察官になりたくて?」
「柔道部。必須だし。今から体力作りはしておいた方がいいかなって」
「あー、だから沙紀ってそこそこ強い割に試合の勝ち負けにはあっさりなのね」
「別にそういうつもりはないけど……」
「どうせなら全国制覇!みたいな気概はないでしょ?」
「武道採用までは無理かなって……。警察官になって足引っ張らない程度に強くなりたい訳だし、あくまで手段。でも本気だよ」
「知ってる。じゃなきゃあそこまで練習しないでしょ」
そう言ってクラスメイトはサンドイッチにかぶりついた。最近クラスで話題の喫茶店のハムサンドは高校生のお財布にも優しくそれでいて美味しい。帰ったら夕ご飯が待ってるけど胃袋底なし運動部員にとってこんなの前菜に過ぎない。母からの連絡によれば今日のご飯はハンバーグだけどサンドイッチ直後だろうと四百グラムは軽く完食する自信がある。引退したときの食欲コントロールがちょっぴり怖い気もするけど今は食べないと体がもたない。そのときになったら考えよう。
――なんで警察官なの?それは将来の夢を口にすればほぼ必ず聞かれる質問だ。人の役に立つ仕事なら他にも色々とあるし、それこそ全国大会には出れる程度の柔道を生かしたいなら体育教師とかそういう道もある。公務員なら幅広い職種があるし、すべて人の役に立つ立派な仕事だ。ついでに安定もしている。その膨大な選択肢の中で割とハードで危険もあるそれを選ぶのはなぜなのか。そう聞かれれば答えはこれしかない。
「普通に親戚のお兄さんが警察官で憧れたんだよね」
このお兄さんは特になんてことはない普通のお巡りさんだ。従兄弟よりは少し遠いくらいの血縁ではあるけど隣町で一人暮らし、両親がたまにうちに呼んで一緒にご飯を食べていた。たまにニュースになってるような爆弾がどうとか連続殺人事件だとかそういうことには関わってなかったみたいだけど、でも真っ直ぐで優しくて自慢のお兄ちゃんだった。
私の友達がストーカー被害にあったときは誰より真摯に話を聞いて犯人を捕まえてくれた。そんなお兄ちゃんに憧れて、できたらお兄ちゃんのようなお巡りさんの手助けができるようになりたくて、中学校の進路希望に「警察官」と書いた。お兄ちゃんは「そんな風に思ってもらえるなんて嬉しいよ」と褒めてくれた。両親も大変だし責任も重い危ない仕事だけど本気なら応援する、と言ってくれてる。ただ、まあ。
「ベタだね」
「うん、自覚はしてる」
「面接官が千回くらい聞いてそうな理由。超ベタだね。別に悪いとは思わないけど」
「親戚のオヤジに行き遅れるとか言われた。クソだよね」
「それはクソ。クソオブクソ。前世紀の遺物だわ」
会ったこともない、ついでに私はそのオヤジの名前すらあやふやだけど断言できる。クソだわ。おそらく本人は喫茶店の片隅で女子高生に罵倒されているとも知らないのだろうが、名前も知らないオヤジをこき下ろして少々心はすっきりした。いざとなればヒモでもなんでも養えるようになってやる。時代は男女平等だ。
「……警察官ですか。素敵な夢ですね」
「あむぴいつの間にいたの?てかそう思う?」
もちろん、と微笑むのはあむぴこと安室さん。この美味しいハムサンドの考案者で、この喫茶店ポアロがクラスで話題な理由そのものである。なぜなら顔がいい。とてもいい。まあ顔がいいだけならテレビの中のアイドルでも見てればいいし、うちの高校にもそこそこ顔のいい人くらいいる。
でもあむぴは中身もイケメンだった。まず料理が上手い。評判のハムサンドの材料は近所のスーパーで安く売られているものらしいけど、あむぴの手にかかれば超絶美味しい部活の後の体に優しい一品と化すのだ。魔法かもしれない。そしてちょっとした気遣いまでイケメンなのだ。私立探偵をしてるというからそのせいなのかもしれないけどとにかく観察眼が鋭い。そしてさりげなく気遣ってくれる。病院帰りの常連のおばあちゃんにさっと白湯を渡して「これで飲んだ方が体にもいいですよ」とウインクしたときは居合わせた女子高生の九割があまりのイケメンぶりに死んだ。残りの一割は「あむぴやばい……」とうわ言を呟き魂を抜かれていた。
「警察官なんて素敵な目標じゃないですか。若いうちからそうやって自分なりに努力するなんて偉いですね」
「うわ照れる〜。ていうかあむぴ探偵じゃん。事件現場でナワバリ争い的なことになんないの?」
「僕はまあ事件の方にはあまり、ですからね。それこそ毛利先生は元刑事ですから事件にも関わられてますけど、僕はあくまで調査が専門なので」
「そーなんだ。色々あるんだねー」
あむぴの師匠、眠りの小五郎といえば超有名探偵だ。よく武道場ですれ違う同級生のお父さんでもあるけど、クラスが一緒になったこともなければ特に話したこともない。空手が強くてしかもいい子だなーっていう印象だけど、それくらい。そうかお父さん元刑事なのか。なんかこう、警察官になるために必要なことあったら聞いてみたいかも。
そんなことを考えていると飲み終わってたコーヒーカップにあむぴがお代わりを注いでくれていた。注文してないのに。目が合うとぱちっとウインク。うん、破壊力がやばい。
「未来の警察官さんとそのご友人に、僕からの特別サービスです」
「え、マジ?あむぴ最高惚れるわ」
「どうせ今日廃棄しちゃう生クリームもあるので乗せましょうか。甘いのはお好きでしょう?」
「超好き。あむぴ愛してるわー」
「はいはい。どうぞ」
ウインナーコーヒーは最高に美味しかった。それからもポアロで勉強してると何度かこっそり差し入れをしてくれて、「頑張ってくださいね」と唇に人差し指を当てながら言ってくれた。控えめに言ってもイケメンが繰り出す仕草としては破壊力がトップクラスであった。
それから半年か……あむぴこと安室さんはある日突然ポアロを辞めた。探偵業が忙しくなったらしい。その頃にはすっかり仲良くなっていた梓さんと寂しくなりますねーなんて喋って、前よりは少しお客さんが少なくなった店で勉強をさせてもらっていた。そのうちにすぐ上の階に住んでる蘭ちゃんとその幼馴染の工藤くんとも少し喋るようになって、文武両道を絵に描いたようなこのカップルには受験勉強のときには随分お世話になった。そして大学時代にはなんだかんだとつるんでいたし、工藤くんや蘭ちゃんを通して色んな人とも知り合った。
人生ひょんなところからひょんな出会いをするものである。
そしてそれから数年後。私は念願叶って警察官となった。ずっとやってきた柔道も警察官になるからにはと専攻していた法学も大変役に立ち、交番研修もそれなりのハプニングはあったものの恙なく終了した。まあ何につけても高校以来なにかとお世話になってきた工藤くんと蘭ちゃんには頭が上がらない。もちろん努力はしたけど成績上位をキープできたのはあの二人のおかげによるところも大きい。
そんな私の配属先は……まさかの警視庁公安部だった。「成績優秀だからこそ」と言われたけれどあまりにもまさか過ぎる。間違ってないか思わず聞き返してしまった。普通交番研修後のぺーぺーが公安とかあり得ないし。
正直言うと例のお兄ちゃんのように生活安全課とか、工藤くんたちとつるむうちに面識ができてしまった捜査一課とかがよかったとこはある。ただ「優秀だから」と言われて悪い気はしない。こういうときに自分ってなんだかんだで根は単純だなあ、と実感する。
「というわけで君の担当はしばらくこれになる。資料は一通り目を通しておけ」
「分かりました。……何年も前に大元は壊滅してるんですね、ここ」
「ああ。だが国を跨いだ巨大な犯罪組織でな、今も末端や一部の幹部は逃亡を続けている。そこから第二第三の組織が生まれる可能性もある。壊滅後の後始末と気を抜かず、しっかり取り組むように」
これから風見さんという人の元で仕事をすることになるらしい。特に優秀という理由で公安に配属された訳だけどぺーぺーの私がまさか単独であれこれ出来る訳もなければ潜入なんか出来る訳もない。
「佐々木、今後、基本的に君は俺の元で降谷さんのサポートをしてもらう」
「降谷さん?……あ、この潜入捜査をされてた方ですか。……あのゼロ所属の」
「ああ。とても優秀な方で側にいれば学ぶことも多いだろう。将来的に大いに役立つ知識も経験も得られるはずだ」
降谷零さん、現在三十代半ばだが通称『黒の組織』の壊滅に大きく貢献し、現在はその後処理を一手に引き受けているという。潜入時のコードネームはバーボン、表向きは私立探偵を名乗り組織の情報屋として活動していたらしい。……私立探偵。そういえば工藤くんは隣町で探偵事務所を立ち上げたらしい。今もたまに警察に捜査協力をしているとか。
「資料に目を通したら午後には顔合わせだ。本日午後には降谷さんが登庁される予定だから警察庁に向かう。用意しておくように」
「了解です」
簡易的なもの、と言われた資料だけどかなり分厚い。一通り読むだけでも時間がかかりそうだ。出来る限り素早く、でも丁寧に文章を目で追っていく。
「え、マジか。クリス・ヴィンヤードって組織の幹部だったの……いきなり引退したからショックだったんだけど」
「うわこの爆破事件って組織のやつだったんだ……テレビで見てたよ」
「工藤くんこれにも首突っ込んでたの……?名探偵やばい……」
公安の捜査結果は公表されないものも多い。たとえそれが重大な事件であっても。それに捜査手法もだって公表しない、と言うかできないものも多い。でもそれは国を守るために仕方がないと、そう割り切るしかない。それが多くの人の平穏につながるのなら。
実際私はそんな恐ろしいテロ組織が暗躍してることなんて知らず平和に暮らしてきた。これまでの私の二十数年間のように、誰かのそんな当たり前と信じている平穏を守っていくのがこれからの私の仕事。
「……私がのほほんと青春してる間にこんな重大事件がてんこ盛りだったんですね」
「かつて君がそうだったように高校生たちにのほほんと青春させるため、ひいては人々の平和な生活のために我々は存在している。それを忘れないように」
「はい。……今後ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
資料の中で風見さんの名前もちょくちょく出てきた。あの降谷さんが潜入中、主に連絡を取っていたのは風見さんだったらしい。影の立役者じゃないか。そんな人にこれから指導してもらえるなんて幸運だ。頑張らないとなあ、とちょっぴり浮かれながら警察庁へ風見さんと一緒に向かった。降谷さんとは一体どんな人だろうか。
「悪の組織に潜入する超エリート捜査官……髭の似合うダンディなイケオジとか想像しちゃいますよね。こう、顔に古傷ある感じの」
「……若い女性は想像力が逞しくて何よりだ。まあ想像を働かせるのは大事だが、根拠のないものに囚われすぎないように」
「はい、了解です!」
そんなわけでここ一週間ほどは主に風見さんからピッキングのやり方から盗聴の仕方、逆に盗聴器を仕掛けられた場合の発見方法まできちっと指導を受けていた。盗聴器を仕掛けられた場合については特に念入りに指導された。「仕掛けてくる相手がいかにも悪人ばかりと思うな、子供や老人にも警戒は必要だ。いいか、子供にも警戒を怠るな」と再三注意を受けた。何かトラウマでもあったのだろうか。
でもそんな風見さんは職務外では結構気さくで話しかけやすい。「これからは飲酒も余程でない限りできないから」と信頼できるお店に飲みに連れ出してくれて帰りは家まで送ってくれたし、訓練が終わってあまりの濃度に疲れて放心状態のときは甘いものでも食べろとチョコレートをくれた。あれは常備品だろうか。いつか聞いてみたい気もする。「だがそれは別として食事はしっかり」とも言われた。まるで概念上の実家の母のようだ。
「いいか、くれぐれも失礼がないように。我々の職務は互いに信頼することで成り立つ。信頼できないと思われれば大変な支障がでる。よく弁えろ」
「もちろんです」
「君が優秀なのは成績でもこの一週間でもよくわかった。が……まあ若いからだろう、少々軽薄な面がある。気をつけるように」
「すみません、以後慎みます」
あれだろうか、ダンディ髭イケオジとかあの辺りか。そりゃドラマのようにイケメンなわけがない。潜入できるってことはごく普通の顔つきで……。
「失礼します、降谷さん。風見です」
「入れ」
ドアが開いた。風見さんに続いて入室した私の目に飛び込んできたのは……。
「佐々木沙紀、今回配属された新人です。今後私について経験を積ませたいと考えています」
「……よ、よろしくお願いいたします!」
そこにいたのは金色に近い茶髪に褐色の肌を持つ男性だった。うん、これくらいならたまにいる。大学の同期にもいたし……。いやでもイケメンすぎないか?こんな神に愛されたイケメンが……?
「……降谷零だ。佐々木、君は大変成績が優秀だったと聞いている。期待しているよ」
ん?声も。ついでに垂れ目の童顔も。どっかで覚えがある。
(あむぴ……?な訳ないか、公務員は副業禁止だぞ)
世の中には同じ顔をした人間が三人はいるらしい。そして私の記憶の中のあむぴはポアロのエプロンとコーヒーの香りが良く似合うニコニコ笑顔のお兄さん。目の前の降谷さんはダークグレーのスーツが大変よく似合うイケメンだけど目つきは鋭くいかにも公安警察官。悪の組織への潜入経験あり。いやいやない。降谷さんは真顔で拳銃ぶっ放せる顔だけどあむぴはそんなことはしない。別人だ。そうだろう。あむぴはコーヒーの香りがする素敵なお兄さんだったけど降谷さんは硝煙の匂いが似合う超優秀な捜査官。うん、別人だ。そうに違いない。
そう結論付けてその場を風見さんと共に辞した私は後日、捜査協力で職場にやってきた工藤くんが「安室さん!……じゃなくて降谷さん」と呼びかけてるのを聞いてひっくり返ることとなる。
「風見さん風見さん、安室さんって、その」
「ああ、降谷さんの偽名の一つだ。組織潜入時期はずっとそちらを使っていたらしい。ああ、当時の協力者も安室透で認識しているから、君も覚えておいてくれ。私立探偵もしていたそうだし」
「私立探偵。……つかぬ事をお伺いしますけど、まさか喫茶店で働いてたり、なんかしないですよね……?忙しかったそうですもんね……?」
「喫茶店?ああ、働いていたらしい。組織に目をつけられていた人がいてな、その近辺で」
組織に目をつけられていた?それならきっと政治家とか官僚とかそういう人だろう。うん。まさか……。
「ポアロとか言ったか、毛利探偵事務所の真下にあったところらしいな」
「風見さんそれ本気で言ってます?」
まさかそんな。高校時代の我らがアイドルあむぴが。
「で、工藤くん?何回言ったら分かるんだ?盗聴器は無駄、だ」
「痛てて!ごめん!悪気はなかったんだって!こっちだって蘭やおっちゃん巻き込みたくなかったんだよ!」
元同級生の腕を鬼のような形相で捻り上げてる凄腕元潜入捜査官だなんて(三徹目)。あの頃熱を上げていた彼女たちが知ったら白目を剥いて驚くだろう。言わないけど。でも誰かこの驚きを共有してほしい。マジで。
「……風見さん、降谷さんって恐ろしい人ですね」
「ああ……。あの人は本当に恐ろしいよ。素晴らしく優秀なんだが、それでも時々あの覚悟が恐ろしくなる」
「本当……捜査のためなら何でもする覚悟があるんですね……」
「潜入していた頃には苦渋の思いで犯罪に手を染めざるを得なかったとも言うしな……」
「JKのアイドルをしてたのも捜査の一環……」
「え?」
だって思わないじゃないか。近所の喫茶店のイケメン店員が実は国際犯罪組織の幹部やっててでもその真の姿は公安の潜入捜査官だなんて。そんなのあり?……いや、ありなのだ。この人に関しては。
「おい、何をぼーっとしているんだ。早く仕事を……」
「あむぴは幻、降谷さんが現実……」
「あむぴ?……くそっ、やはりあのときの女子高生の一人か」
「あむぴはクソとか言わない……」
「残念ながら降谷零は言うんだ。そしてこれからお前の上司は降谷零だ、覚えておけよ、佐々木」
そう言ってにやっと笑うイケメンが中身もガチでやばいことを私が知るのはこの数日後、初の被疑者確保カーチェイス事件のときである。
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