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「……好きな人ができた、か」
生憎とだ。私は諦めが良いようでよろしくない。正確にいうのなら、好きなものは諦めないしそのためなら何時間でも並ぶけど、さして興味のないものは十分だって並びたくない。……そして恋人というのは「好きなもの」の部類に入った。そうでなければ付き合ったりなんかしない。
「――あー、もう覚えてろよ降谷零!」
突然だが私は鍵や小物を失くしやすい。使いたいときに限ってどこにもない、という現象が起こる。よってそれらに小型のGPS発信機をつけていた。それらはスマートフォンからいつでも位置を確認できる。通信量が少なければ無料で回線を契約できるプランもあることだし、文明の利器には頼るべきなのだ。
「情報学科卒を舐めるなよ……!マジで」
最後にしおらしく降谷くんに渡した傘にも例の如くGPS搭載済みだ。咄嗟にその発想に至った私ナイス。何日か前に会った時にもうすぐ引っ越すとか言っていたけど、これで情報はばっちりである。フルで使えば一週間ほどしか充電は持たないけど、その間に他の追跡手段を整えてやる。電子工作はんだ付け、プログラミングにハッキング。最後の一つはさておき、やろうと思えばあれこれできてしまう。ましてそれが「好きなもの」のためならば。
好きな人が出来た?そんなもん浮気だ浮気。いやでもその人が超絶美人だったらへこむな……。いやでもむしろ大して変わらないような女が出てきたらブチ切れる自信がある。――まあ、なんにせよ。私はそんなしおらしく彼氏のために身を引けるような女ではなかったのだ。妥協できるものはとことんまで妥協するが、そうはできないものはとことんまで追いかける。たとえそれが地の果てでも。
そんな訳で数年後にはアイリーン・アドラーを名乗るようになっていた。由来はシャーロック・ホームズを唯一出し抜いた女性……警察官だったはずの降谷くんが安室透を名乗って私立探偵をしているなどというトンデモ状況を知ってから決めたものだ。見てろよ私立探偵、出し抜いて捕まえてやる。……いや、アイリーンはホームズから逃げたんだっけ。まあそこはいいか。
「……っはあ、緊張した……」
ハッカーとして降谷くんに接触して数年、こっそりハッキングしたスマホのカメラその他で顔を見ることはあったけど、直接顔を合わせるのは本当に何年振りだろう?別れたあの日以来だ。……そしてあむぴと呼ばれていた。正直言って死ぬほど面白かった。でもそれ以上に緊張したのも事実で。
降谷くん、ではなく安室さんに接触するために契約したウィークリーマンションの鍵を閉めたところで力が抜け、私は靴を脱いだところでへろへろと座り込んでしまった。でも誰に見られる訳でもないし。
降谷くん相手にマウントを取るのは非常に難しい。でも有り得ない状況に混乱しているうちの短期決戦、計画通りのアレなら私にだって勝機はある。そして私は勝利したのである。「詳しくはこちらに連絡いただけますか?」そう言って渡した連絡先には使い捨てのスマホの通話アプリのIDが書いてある。たぶん今日か明日くらいには連絡が来ることだろう。
そして入店前、降谷くんのスマホからこっそり聞いていた会話を思い出す。
「……好きな人の幸せを思って身を引く、かあ」
私は絶対にできそうにもない。というかできないから現在こうして追いかけ回している。冷静に考えてストーカーである。それもかなりやばい部類に入る。でもこれでも本当に降谷くんが嘘をついていないならどこかで身を引けていたはずなのだ。……嘘を吐いたから。彼が私に別れを告げた三日後、降谷零の名前は警察庁から消えていた。ある組織への潜入のためだった、と分かったのは別れてから半年後、彼が組織に潜入したころのこと。
「……見てろよ……地の果てまででも追いかけ回すからね……」
「それは気が合いますね。僕もそうしようと思っていたところですよ」
「マジかー、え、誰を?……ん?」
いや、この声直接聞こえてる?ギギギ、と音がしそうなほどぎこちなく首を回すと、玄関にはまさかの姿があった。
「な、なんでここが……」
「サービスの時に発信機」
「ひえっ……いやでも鍵掛けたもん!」
「ピッキングの技術がないとでも?」
「お、お巡りさん!」
「俺だよ」
「世も末だ!」
先程数年ぶりの再会を果たした元恋人は後ろ手に鍵をかけると、すっかり腰が抜けて立てない私に覆いかぶさった。所謂壁ドンからの顎クイ、逃げ場がない。
「……お前だったんだな。アイリーン・アドラー」
「や、役に立ったでしょ?」
「なぜ俺の情報が分かった?なぜあそこまで追跡できた?」
「え、えっとですね、降谷くんのスマホにはすべて追跡アプリを仕込んでましてね……自宅PCや回線を通じて新しいのが増えるたびに仕込んでたので……ええ……」
「……なるほど、通りで周りの奴に比べて充電頻度が高いと思っていた。スマホに変えた頃からこれだからそういうものだとばかり思っていたが」
「あ、あはは……それ狙いました」
これじゃ先程とはまるで立場が逆である。そして降谷くんは何かを……黒い傘を翳した。なぜだろう、ものすごく見たことがある。
「ふと思い出してこれを分解してみたんだがな」
「あ、はい」
「……傘の先に小型の発信機を発見した。とうの昔に充電切れになっていたがな。これはお前から借りたものだったな」
「気のせいじゃないかなー、ほら、そういう傘なんていっぱいあるじゃん?」
「……ずっと持ち歩いていた。間違えるはずがない」
「あ、はい」
確かに最初は降谷くんに渡したその傘の動きから自宅を特定してその回線を通じて侵入した。でもまさかずっと持っていたとは予想外で、とっくにそんなの捨てていると思っていた。傘の色を聞いたのは気まぐれで、何かの色を問われれば「バーボン」なら黒って答えるだろうしなあ、くらいの気軽なもので。
「……危ない目に遭わせたくなくてああしたのに」
「あー、まあ降谷くんは自分の彼女のスペックを舐めてたね」
「ああ、まったくだ。油断も隙もない。発信機仕掛けて来るとは」
「……発信機に関しては言われたくない」
あんなに動揺していたのに発信機はしっかりつけてたのだから公安やばい。降谷くんは私の袖口から発信機を摘まみあげた。そしてそのまま指でぶちっと握りつぶす。……指で?
「こんな簡単に仕掛けられるような奴が入っていい世界じゃない」
「……分かってるよ」
「分かってない。……なんで俺のところに」
言葉とは裏腹に肩を掴む手は痛いくらいで。降谷くんの頬に手を伸ばす。両手で顔を包み込むとほんのりと暖かい。
「――会いたかったの。役に立てるだけで良かったのに、会いたくなった」
ただそれだけ。降谷くんの気持ちなんて知ったことか。あのとき私の気持ちなんて知ったことかとばかりに捨てた降谷くんへのお返しだ。……そして直接顔を見たら、もう。
「……降谷くん、捕まえた」
「……捕まえてどうするんだよ」
「どうしよっか。……ねえ、もう逃がさないから」
我ながら執着心の強さにはちょっと引く。でも仕方ないんだ、自分でだってどうしようもないんだから。降谷くんは仕方ないな、というように笑った。
「……もう、離してやれないから」
「望むところだよ」
誰が何と言おうときっと私の幸せは"これ"なのだから。
生憎とだ。私は諦めが良いようでよろしくない。正確にいうのなら、好きなものは諦めないしそのためなら何時間でも並ぶけど、さして興味のないものは十分だって並びたくない。……そして恋人というのは「好きなもの」の部類に入った。そうでなければ付き合ったりなんかしない。
「――あー、もう覚えてろよ降谷零!」
突然だが私は鍵や小物を失くしやすい。使いたいときに限ってどこにもない、という現象が起こる。よってそれらに小型のGPS発信機をつけていた。それらはスマートフォンからいつでも位置を確認できる。通信量が少なければ無料で回線を契約できるプランもあることだし、文明の利器には頼るべきなのだ。
「情報学科卒を舐めるなよ……!マジで」
最後にしおらしく降谷くんに渡した傘にも例の如くGPS搭載済みだ。咄嗟にその発想に至った私ナイス。何日か前に会った時にもうすぐ引っ越すとか言っていたけど、これで情報はばっちりである。フルで使えば一週間ほどしか充電は持たないけど、その間に他の追跡手段を整えてやる。電子工作はんだ付け、プログラミングにハッキング。最後の一つはさておき、やろうと思えばあれこれできてしまう。ましてそれが「好きなもの」のためならば。
好きな人が出来た?そんなもん浮気だ浮気。いやでもその人が超絶美人だったらへこむな……。いやでもむしろ大して変わらないような女が出てきたらブチ切れる自信がある。――まあ、なんにせよ。私はそんなしおらしく彼氏のために身を引けるような女ではなかったのだ。妥協できるものはとことんまで妥協するが、そうはできないものはとことんまで追いかける。たとえそれが地の果てでも。
そんな訳で数年後にはアイリーン・アドラーを名乗るようになっていた。由来はシャーロック・ホームズを唯一出し抜いた女性……警察官だったはずの降谷くんが安室透を名乗って私立探偵をしているなどというトンデモ状況を知ってから決めたものだ。見てろよ私立探偵、出し抜いて捕まえてやる。……いや、アイリーンはホームズから逃げたんだっけ。まあそこはいいか。
「……っはあ、緊張した……」
ハッカーとして降谷くんに接触して数年、こっそりハッキングしたスマホのカメラその他で顔を見ることはあったけど、直接顔を合わせるのは本当に何年振りだろう?別れたあの日以来だ。……そしてあむぴと呼ばれていた。正直言って死ぬほど面白かった。でもそれ以上に緊張したのも事実で。
降谷くん、ではなく安室さんに接触するために契約したウィークリーマンションの鍵を閉めたところで力が抜け、私は靴を脱いだところでへろへろと座り込んでしまった。でも誰に見られる訳でもないし。
降谷くん相手にマウントを取るのは非常に難しい。でも有り得ない状況に混乱しているうちの短期決戦、計画通りのアレなら私にだって勝機はある。そして私は勝利したのである。「詳しくはこちらに連絡いただけますか?」そう言って渡した連絡先には使い捨てのスマホの通話アプリのIDが書いてある。たぶん今日か明日くらいには連絡が来ることだろう。
そして入店前、降谷くんのスマホからこっそり聞いていた会話を思い出す。
「……好きな人の幸せを思って身を引く、かあ」
私は絶対にできそうにもない。というかできないから現在こうして追いかけ回している。冷静に考えてストーカーである。それもかなりやばい部類に入る。でもこれでも本当に降谷くんが嘘をついていないならどこかで身を引けていたはずなのだ。……嘘を吐いたから。彼が私に別れを告げた三日後、降谷零の名前は警察庁から消えていた。ある組織への潜入のためだった、と分かったのは別れてから半年後、彼が組織に潜入したころのこと。
「……見てろよ……地の果てまででも追いかけ回すからね……」
「それは気が合いますね。僕もそうしようと思っていたところですよ」
「マジかー、え、誰を?……ん?」
いや、この声直接聞こえてる?ギギギ、と音がしそうなほどぎこちなく首を回すと、玄関にはまさかの姿があった。
「な、なんでここが……」
「サービスの時に発信機」
「ひえっ……いやでも鍵掛けたもん!」
「ピッキングの技術がないとでも?」
「お、お巡りさん!」
「俺だよ」
「世も末だ!」
先程数年ぶりの再会を果たした元恋人は後ろ手に鍵をかけると、すっかり腰が抜けて立てない私に覆いかぶさった。所謂壁ドンからの顎クイ、逃げ場がない。
「……お前だったんだな。アイリーン・アドラー」
「や、役に立ったでしょ?」
「なぜ俺の情報が分かった?なぜあそこまで追跡できた?」
「え、えっとですね、降谷くんのスマホにはすべて追跡アプリを仕込んでましてね……自宅PCや回線を通じて新しいのが増えるたびに仕込んでたので……ええ……」
「……なるほど、通りで周りの奴に比べて充電頻度が高いと思っていた。スマホに変えた頃からこれだからそういうものだとばかり思っていたが」
「あ、あはは……それ狙いました」
これじゃ先程とはまるで立場が逆である。そして降谷くんは何かを……黒い傘を翳した。なぜだろう、ものすごく見たことがある。
「ふと思い出してこれを分解してみたんだがな」
「あ、はい」
「……傘の先に小型の発信機を発見した。とうの昔に充電切れになっていたがな。これはお前から借りたものだったな」
「気のせいじゃないかなー、ほら、そういう傘なんていっぱいあるじゃん?」
「……ずっと持ち歩いていた。間違えるはずがない」
「あ、はい」
確かに最初は降谷くんに渡したその傘の動きから自宅を特定してその回線を通じて侵入した。でもまさかずっと持っていたとは予想外で、とっくにそんなの捨てていると思っていた。傘の色を聞いたのは気まぐれで、何かの色を問われれば「バーボン」なら黒って答えるだろうしなあ、くらいの気軽なもので。
「……危ない目に遭わせたくなくてああしたのに」
「あー、まあ降谷くんは自分の彼女のスペックを舐めてたね」
「ああ、まったくだ。油断も隙もない。発信機仕掛けて来るとは」
「……発信機に関しては言われたくない」
あんなに動揺していたのに発信機はしっかりつけてたのだから公安やばい。降谷くんは私の袖口から発信機を摘まみあげた。そしてそのまま指でぶちっと握りつぶす。……指で?
「こんな簡単に仕掛けられるような奴が入っていい世界じゃない」
「……分かってるよ」
「分かってない。……なんで俺のところに」
言葉とは裏腹に肩を掴む手は痛いくらいで。降谷くんの頬に手を伸ばす。両手で顔を包み込むとほんのりと暖かい。
「――会いたかったの。役に立てるだけで良かったのに、会いたくなった」
ただそれだけ。降谷くんの気持ちなんて知ったことか。あのとき私の気持ちなんて知ったことかとばかりに捨てた降谷くんへのお返しだ。……そして直接顔を見たら、もう。
「……降谷くん、捕まえた」
「……捕まえてどうするんだよ」
「どうしよっか。……ねえ、もう逃がさないから」
我ながら執着心の強さにはちょっと引く。でも仕方ないんだ、自分でだってどうしようもないんだから。降谷くんは仕方ないな、というように笑った。
「……もう、離してやれないから」
「望むところだよ」
誰が何と言おうときっと私の幸せは"これ"なのだから。
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