番外
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もう何年も前のことだ。組織のことも公安のこともまだよく知らず、降谷くんに言われるがままにハッキング行為を繰り返していた頃のこと。使い捨ててもいい中古携帯の山から不意に発信音が聞こえた。
「……この前の人のか」
怪奇現象?そんな訳はない。この前降谷くんに頼まれて探った人がよく連絡してた誰かさんの携帯だった。正確にはその携帯をそっくりそのまま写しとったもの、である。持ち主が操作すればその様子がほぼリアルタイムでこっちにも反映されるし、着信があればこっちの音は聞こえないけど電話の内容は聞き取れる。この機種はセキュリティ上の弱点があると聞いていてやれそうだったから試しにチャレンジしたらできてしまったのだ。頼まれてた情報に繋がるようなものは出てこなかったので無駄骨だったけど、まあいい経験だと思う。足のつかない使い捨ての端末をざくざく使える環境なんてそうないことだし。そう思ったとき、電話越しに会話が聞こえてきた。
『それにしても胆が冷えたぜ。俺まで巻き添え食うかと』
『よく助かったな。――のやつ、CIAの情報屋だったんだろう?よく連絡取り合ってたじゃないか』
『ああ。ただバーボンが庇ってくれたんだよ。告発したのあいつなんだが』
CIAに情報屋。……何とも物騒な。降谷くんは一体何に首を突っ込んでいることやら。そんな人の携帯ハックって、なんかもう怖いな。切断してしまおうとしたその時。電話の主は驚くべきことを口にした。
「――え?」
CIAの情報屋を告発したというバーボンという人が、電話の主を庇うために出した情報。それは先日自分が渡したものではなかっただろうか。そしてCIAの情報屋、その名前は捜査対象としての資料にあったものではなかっただろうか。程なく通話は終了した。バーボン。聞いたことがあると思い調べれば出てきたのはお酒の名前。……コードネームとかそういうものだろうか。まさか潜入先に馬鹿正直に「降谷零と申します」なんて入っていける訳がない。あんな変わった名前だ、調べられたらすぐにばれる。たぶんそういうのがあって、だから外であっても他人のフリ、名前を呼んではいけない、なんて言ってきたんだ。
――なんとなくの予感に突き動かされて携帯の中のデータを確認する。その時の私に何か確証があった訳でもなければ、目的があった訳でもない。ただ気になったのだ。同級生が何に首を突っ込んでいるのか。……もう一年以上前になるだろうか。高校時代それなりに仲の良かった方の同級生もあの口ぶりでは同じところに潜入しているようであったし。
この携帯電話の持ち主はなかなかずぼらなのか物持ちが良いのか一年以上前のメールまで残っていた。古い方から適当に読み飛ばしていく。やがて少々気になる一文に行き当たった。
「スコッチは公安のNOC……?」
NOC。ネットワーク・オペレーション・センター?それとも国際オリンピック委員会(National Olympic Committees)?――もう一つ意味があった。今までの私ならたぶん知る必要もなかった単語。
「ノン・オフィシャル・カバー……」
つまりあのメールの意味は「スコッチは公安のスパイ」ということ。次のメールに移る。そこにはある人の写真が添付されていた。こいつがスコッチだ、見つけ次第捕えろ、殺しても良い、と。その写真は。
人違いのはず、そう言えるほど私は残念なことに馬鹿ではなかった。天才でもないけど、そこまでこう、盲信的にはなれなかったのだ。そして彼と私は一年ほど前に顔を合わせている。無精髭なんて生やして少し大人びてはいたけれど、成人した現在そんなに大きく顔のつくりが変わる訳もなく。ギターケースを背負って俯き加減に街中を歩くその姿は高校時代の同級生のものだった。
高校時代に多少親しくしてくれた同級生はあの頃の夢を叶えて警察官に、それも公安警察となった。その後この組織への潜入を行い、スコッチと呼ばれるようになった。そしてスパイとばれた。……その過程をすぐに推測できるくらいには思考力も推理力もある。次のメールにはどこそこで見かけた、いやそこは人違いだった、あのビルにいた、そんな情報が飛び交っていて。そして深夜に送られたメールでその流れは止まっていた。
『スコッチは死んだ。ライが始末したそうだ』
短い数行のメール。そして写真が添付されていた。暗くて見えにくいけれどたぶん男性が倒れている。胸のあたりに黒い穴。……拳銃だろうか。刺し傷にしては血の飛び方がおかしい気もして。そしてその背格好はスコッチのもの、として送られていた画像に酷似していた。つまりは、そういうことで。
手が震えるのを押し殺し、その携帯電話の情報を削除する。メモリーカードを抜き取りペンチで潰し、ゴミ箱に放り込む。――そんなことをしても事実は揺るがない、分かってはいたけど。
「なーにが『海外に出ている、しばらく帰れないそうだ』だよ……」
床にごろりと寝ころぶ。この部屋にあの二人が来たのは結局一度っきりで、また来るよ、なんていう約束も果たされないまま。……うそつきだ。二人とも。仕方がないことくらいわかってるけど、でもうそつきだ。だからそう、せめて本人の口からきちんと聞きたい。そうでなければとても信じられやしない。
『お前の能力は俺がしっかり役立ててやる』
傲慢なほどに降谷くんは自信満々にそう言った。教えてやる、導いてやる、と。あの朝この手を捕まえられて引かれて、今ここにいる。それならばどうか教えてほしい。私が見たのは真実なのか、それともニセモノだと言うのか。どちらでもいいから答えてほしい。答えられないと言うのならそれはきっとこの関係の終わりを指す。もう私の手を引っ張っていってはくれない、そういうことなのだから。
「――できるだけ急ぎで頼みたい仕事がある。この製薬会社の研究データをとってほしい」
「いいよ。……代わりにさ、お願いがあるんだけど、いい?」
普通に聞けなくてごめん。普通に聞いたって答えてくれないだろうな、なんて思ってごめん。ただはぐらかせないように、私が本気だと分かってもらうには多分これくらいしかないのだと思う。久しぶりにアイリーン・アドラーの仮面をかぶって文章を打つ。ミステリアスで名探偵をも出し抜いた女性。その名前をちょっとだけ貸してほしい。
臆病な私がその箱を開けられるように。知りたくないけど、でも知りたい、この矛盾を断ち切れるように。
「……この前の人のか」
怪奇現象?そんな訳はない。この前降谷くんに頼まれて探った人がよく連絡してた誰かさんの携帯だった。正確にはその携帯をそっくりそのまま写しとったもの、である。持ち主が操作すればその様子がほぼリアルタイムでこっちにも反映されるし、着信があればこっちの音は聞こえないけど電話の内容は聞き取れる。この機種はセキュリティ上の弱点があると聞いていてやれそうだったから試しにチャレンジしたらできてしまったのだ。頼まれてた情報に繋がるようなものは出てこなかったので無駄骨だったけど、まあいい経験だと思う。足のつかない使い捨ての端末をざくざく使える環境なんてそうないことだし。そう思ったとき、電話越しに会話が聞こえてきた。
『それにしても胆が冷えたぜ。俺まで巻き添え食うかと』
『よく助かったな。――のやつ、CIAの情報屋だったんだろう?よく連絡取り合ってたじゃないか』
『ああ。ただバーボンが庇ってくれたんだよ。告発したのあいつなんだが』
CIAに情報屋。……何とも物騒な。降谷くんは一体何に首を突っ込んでいることやら。そんな人の携帯ハックって、なんかもう怖いな。切断してしまおうとしたその時。電話の主は驚くべきことを口にした。
「――え?」
CIAの情報屋を告発したというバーボンという人が、電話の主を庇うために出した情報。それは先日自分が渡したものではなかっただろうか。そしてCIAの情報屋、その名前は捜査対象としての資料にあったものではなかっただろうか。程なく通話は終了した。バーボン。聞いたことがあると思い調べれば出てきたのはお酒の名前。……コードネームとかそういうものだろうか。まさか潜入先に馬鹿正直に「降谷零と申します」なんて入っていける訳がない。あんな変わった名前だ、調べられたらすぐにばれる。たぶんそういうのがあって、だから外であっても他人のフリ、名前を呼んではいけない、なんて言ってきたんだ。
――なんとなくの予感に突き動かされて携帯の中のデータを確認する。その時の私に何か確証があった訳でもなければ、目的があった訳でもない。ただ気になったのだ。同級生が何に首を突っ込んでいるのか。……もう一年以上前になるだろうか。高校時代それなりに仲の良かった方の同級生もあの口ぶりでは同じところに潜入しているようであったし。
この携帯電話の持ち主はなかなかずぼらなのか物持ちが良いのか一年以上前のメールまで残っていた。古い方から適当に読み飛ばしていく。やがて少々気になる一文に行き当たった。
「スコッチは公安のNOC……?」
NOC。ネットワーク・オペレーション・センター?それとも国際オリンピック委員会(National Olympic Committees)?――もう一つ意味があった。今までの私ならたぶん知る必要もなかった単語。
「ノン・オフィシャル・カバー……」
つまりあのメールの意味は「スコッチは公安のスパイ」ということ。次のメールに移る。そこにはある人の写真が添付されていた。こいつがスコッチだ、見つけ次第捕えろ、殺しても良い、と。その写真は。
人違いのはず、そう言えるほど私は残念なことに馬鹿ではなかった。天才でもないけど、そこまでこう、盲信的にはなれなかったのだ。そして彼と私は一年ほど前に顔を合わせている。無精髭なんて生やして少し大人びてはいたけれど、成人した現在そんなに大きく顔のつくりが変わる訳もなく。ギターケースを背負って俯き加減に街中を歩くその姿は高校時代の同級生のものだった。
高校時代に多少親しくしてくれた同級生はあの頃の夢を叶えて警察官に、それも公安警察となった。その後この組織への潜入を行い、スコッチと呼ばれるようになった。そしてスパイとばれた。……その過程をすぐに推測できるくらいには思考力も推理力もある。次のメールにはどこそこで見かけた、いやそこは人違いだった、あのビルにいた、そんな情報が飛び交っていて。そして深夜に送られたメールでその流れは止まっていた。
『スコッチは死んだ。ライが始末したそうだ』
短い数行のメール。そして写真が添付されていた。暗くて見えにくいけれどたぶん男性が倒れている。胸のあたりに黒い穴。……拳銃だろうか。刺し傷にしては血の飛び方がおかしい気もして。そしてその背格好はスコッチのもの、として送られていた画像に酷似していた。つまりは、そういうことで。
手が震えるのを押し殺し、その携帯電話の情報を削除する。メモリーカードを抜き取りペンチで潰し、ゴミ箱に放り込む。――そんなことをしても事実は揺るがない、分かってはいたけど。
「なーにが『海外に出ている、しばらく帰れないそうだ』だよ……」
床にごろりと寝ころぶ。この部屋にあの二人が来たのは結局一度っきりで、また来るよ、なんていう約束も果たされないまま。……うそつきだ。二人とも。仕方がないことくらいわかってるけど、でもうそつきだ。だからそう、せめて本人の口からきちんと聞きたい。そうでなければとても信じられやしない。
『お前の能力は俺がしっかり役立ててやる』
傲慢なほどに降谷くんは自信満々にそう言った。教えてやる、導いてやる、と。あの朝この手を捕まえられて引かれて、今ここにいる。それならばどうか教えてほしい。私が見たのは真実なのか、それともニセモノだと言うのか。どちらでもいいから答えてほしい。答えられないと言うのならそれはきっとこの関係の終わりを指す。もう私の手を引っ張っていってはくれない、そういうことなのだから。
「――できるだけ急ぎで頼みたい仕事がある。この製薬会社の研究データをとってほしい」
「いいよ。……代わりにさ、お願いがあるんだけど、いい?」
普通に聞けなくてごめん。普通に聞いたって答えてくれないだろうな、なんて思ってごめん。ただはぐらかせないように、私が本気だと分かってもらうには多分これくらいしかないのだと思う。久しぶりにアイリーン・アドラーの仮面をかぶって文章を打つ。ミステリアスで名探偵をも出し抜いた女性。その名前をちょっとだけ貸してほしい。
臆病な私がその箱を開けられるように。知りたくないけど、でも知りたい、この矛盾を断ち切れるように。
