番外
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それは恋と呼べるほど色づいたものではなく、友情と呼べるほど形を持ったものではなかった。そしてただのクラスメイトと呼ぶには少々躊躇う程度の関係ではあって。
「ヒロくん、日誌書いた?」
「ああ。そっちは?」
「チェックは終わったよ。あとゴミ出してこれ提出して終わりだね」
高校入学早々にじゃんけんで負けて押し付けられた風紀委員なんて正直面倒くさいと思っていた。今も普通に面倒くさい。けれどそこに別の感情が乗せられたのはついこの間からのこと。
放課後の教室の見回りでペアを組むことになったのは隣のクラスの、いかにも大人しそうで図書館や自習室が似合いそうな女子だった。実際真面目で物静か、でもそれなりに冗談も通じて話していて退屈はしない。あまり得意なタイプではないと思ったけど、話してみれば案外そんなこともなくて、この数日でそれなりに仲良くはなったと思う。
「ゴミは俺が行くよ。重いだろ」
「またそう言って、昨日も行ってくれたでしょ。今日は私が行くよ」
「……女子には重いだろ。俺には軽いし」
「関係ないよ、同じ委員なんだから。はい、交代でいこ」
女子としては平均的な身長、さほど体格は良くもなければ極端に華奢でもなく。運動部に所属しているわけでもない彼女には数クラス分の一日分のゴミ袋は重いことだろう。しかも。
「……二袋もあるじゃん。やっぱ俺行くわ」
「いや、さすがに悪いし……」
押し問答は埒があかない。さっさと持って行ってしまおうとしたとき。
「……なあ、いつまでやってんだよ。早く帰ろうぜ」
「ゼロかよ。今終わった。あとゴミ出しと報告だからすぐ終わる」
傾きかけた日にきらきらと金髪が輝く。別に彼は不良でも何でもなく、ただ地毛がそうであるだけだ。入試でぶっちぎりの好成績を収めた首席にも関わらず入学式で代表に選ばれなかったのは、たぶんその髪と容姿のせいなのだろう。――本人が一番気にしているだろうことだから口には出さないけれど。
「じゃあ俺片方持つわ。行こうぜ」
ただほんの少し空気は読んでほしかった。幼馴染がその目立つ容姿のおかげで幼少期はさておき中学時代は非常にモテたのは身をもって体感している。その割に学年イチの美少女に告白される三秒前といった空気の中で「悪いけど部活あるから!」とぶちかまし、バレンタインの前に何のチョコが好き、なんていう探りに笑顔で「カロリーメイトのチョコ味美味いよな!」と言い放つ男である。その辺は非常に鈍い。
――もう少しだけ彼女と話していたい。いや、同じ時間を共有するだけでもいい。あと少しだけ。だから困ったように立ち尽くす彼女の方を振り向いた。
「じゃあさ、どうせ途中までは一緒だし来てくれる?そのまま帰るからカバンとか持ってきてくれると助かる」
「あ、うん。わかった。……えーっと、ありがとう。手伝ってくれて」
日誌と自分のカバンを渡すと彼女はこくりと頷いた。まあ、特に話すこともないけど、でも何となくそれでもよかった。
担当の間の一週間、二人一組でいくつかの教室を周って教室の破損箇所や清掃状況の確認を行う。終了したら日誌を記入し各クラスの前に置いてあるゴミをまとめて焼却炉まで持っていく。この聞くだけでうんざりしそうな週番作業が初めて回ってきてから三日目、水曜日の今日。俺はそれなりに楽しんでいた。
「ゼロ、結局テニス部入らなかったのな」
「肩やったから硬式はさすがにな……」
「まあそうだけど。軟式もあっただろ」
「緩すぎてあれなら自主練した方がマシ」
いやいや待て待て。何のために彼女にもついてきてもらったのか。少し後ろで黙ってついてくる彼女の方を振り返る。
「なんか部活入ろうとか思わなかったの?部活入る予定のやつは逃げられたじゃん」
「……うーん、なんかそんなにやる気もなくって。コンピュータクラブとかあったらよかったんだけどね」
「コンピュータクラブ?詳しいの?」
「んー、何となく好きなんだ。でも中間で三位以内に入ったら自分用の買ってもらえる約束だから、まあ勉強頑張るよ」
コンピュータクラブ。結構意外かもしれない。帰宅部希望でないのなら美術部とか茶道部辺りを選ぶのかと思っていた。聞いていた幼馴染が軽く首を竦める。
「三位かあ、キツイな」
「お前……入試で首席とったやつが何言ってんだよ」
「いや、だから俺が一位とるから。あとお前だろ、それから新入生代表挨拶したあのノッポ」
「そんなの分かんねえだろって」
「……そうだねえ。また風邪引いちゃったら大変だし」
彼女は幼馴染の発言も気にした様子もなくにこにこと笑っている。まあ奴のいうことも強ち間違いではない。はっきりと口に出された訳ではないが、クラス分けはどうも成績別になされている節がある。自分たちのクラスには例の新入生代表挨拶を任されたノッポのクラス委員長を筆頭にそこそこ出来る奴が揃っている。彼女は別のクラスなので入試ではさほど好成績だったというわけでもないのだろう。――それにしても風邪?
「入試の日に風邪引いちゃって。意識朦朧としてたからよく受かったなあ、って」
「風邪かあ。災難だったな。次はちゃんと体調整えろよ」
「そうする。周りにうつしちゃったら申し訳ないしね」
さほど広いわけでもない校舎であるからすぐに目的地に着いてしまう。勘のいいゼロと一緒だからうっかり遠回り、なんて手も使えない。焼却炉にゴミを放り込んで軽く手を払い、彼女からカバンを受け取る。
「カバン、ありがとな」
「ううん、私こそありがと。それじゃあ」
「うん。また明日な」
赤く色づいた夕陽に照らされて彼女の黒い髪がきらきらと光って見えた。肩を少し過ぎるくらい、ごく普通の、それこそ掃いて捨てるほどいるような髪型。その背中から何となく目が離せなくて思わず追ってしまう。
「なあ、角の肉屋寄ってこうぜ。コロッケ食べたい」
「……だな。ハラ減ったし」
普通の女子だった。校則という柵である程度外見を揃えさせられた学内で見かけると本当にどこにでもいるような子で、だから何で惹かれたとか何で気になったとか、そんな理由は何もなかった。単純に一対一で話す機会が多かった女子だったからなのかもしれない。
それくらいあのときの彼女は、沙紀という女子生徒は普通の女の子だった。
その印象が覆ったのはそれからひと月後、中間テストの発表時。
その高校ではテストのたびに総合上位十名の名前と点数が廊下に掲示されることになっていた。その先頭には当然幼馴染の名があるものと思っていたのだが。
「えー、すごいじゃん!ウチらと補講受けてたから同レベかと思ってたけど、普通に頭いい系?」
「まぐれじゃないかなあ。だってリスニングの最後はカンだもん」
「でも一位ってヤバくない?何食べたらそうなるの?」
「ご飯……?」
薄ぼけた会話をする派手目の女子グループ、の中の沙紀。へらへらと笑ってはいるが。
「……五百点満点で四百九十二点はまぐれじゃないだろ」
そう言って悔しそうに顔をしかめる隣の幼馴染は四百九十点。こちらだって立派なもの。だが。
「入試の風邪ってそういうことか……」
「何がだよ」
「実力を敢えて隠して……」
「人生の大一番で隠すやつはいねえだろ。本当に風邪だったんだろ」
負けず嫌いの彼は非常に気に食わなかったらしい。そして何を思ったか沙紀を囲む女子グループの中にずんずんと入っていった。
「……次は負けねえからな!」
――俺だって恋愛経験豊富な訳じゃないけど普通それは女の子に言うべき言葉じゃないだろう。彼女は軽く首を傾げて、そしてへらへらと笑った。
「あ、うん。でもこーやくん国語すごいね。満点でしょ?」
こーやくん。……まさか降谷の読み間違えだろうか。案の定幼馴染はぷるぷると震えながら、でも丁寧にふるやれい、と名乗っている。
「あ、ゼロくんじゃなかったんだ」
「それは景光が勝手に呼んでるだけ」
「そうなんだ。ごめん、私人の顔と名前覚えるのニガテなんだ、あと漢字も」
入学早々学年一のモテ男の座を確定させた男がぽやっとした女子に突っかかって見事に躱されている。非常に愉快な絵面にギャラリーが少々増えていくのが見ていてわかった。どっちもこれで大真面目なのだから面白い。
「……とにかく、次は俺が一位とるからな!」
「うん、頑張ってね」
暖簾に腕押し、糠に釘。顔を真っ赤にしながら幼馴染が戻ってくる。
「何なんだよ、あいつ」
「気にしてねえんじゃねえの?三位までならパソコン買ってもらえるからって言ってたし、マジでそれ以上なら順位気にしてなかったのかも」
「にしたってさあ……」
「こーやくんはないって?」
「いやそれじゃなくて、まあそれもだけど……」
何であんなふわふわしたやつに、と顔に書いてあるかのよう。そのときちょうど授業開始のベルが鳴り、慌てて皆教室に戻りだした。沙紀は相変わらず少々派手目の女子グループの中にいる。――その背中はほんの少しだけ浮いて見えた。
中間テストで上位陣の満点連発を見たせいか、期末テストのレベルはかなり高いものとなった。平均点を取るだけならそこそこ勉強していれば良いが、上位に食い込もうとすれば相応の努力と才能が求められる程度に。そこで幼馴染は宣言通りトップの座を奪取し、彼女の名前は二位の欄に記入されていた。それでも悔しがるわけでもなく、ただ普通にへらへらと笑って、「降谷くん頭いいんだね」と言っていた。
廊下で何度か沙紀とすれ違うこともあった。そのときもやや派手目の女子グループと一緒にいることが多く、時折「保健室に行ったって言っておいて」などと伝言を頼まれていることもあった。割と元気そうにも見えたのだが。それでも彼女はにこにこと笑って了承していて。
そして風紀委員の方は月に一度ほど週番が回ってきていた。相も変わらず教室のチェックとゴミ出し、それだけの仕事。その合間にあれこれと話もして、幼馴染共々警察官志望であることも話した。
「すごいねえ。私運動神経バグってるから絶対ムリだ」
「そんなに?別になるだけならアスリート的なやつじゃなくても良いわけだし……」
「バスケのドリブルできないんだ。あとバレーのサーブ、絶対スカる」
「……まあうん、そういう人間もいるよな」
沙紀の話も少しだけ聞いた。ごく普通の家庭のごく普通の両親。仕事が忙しく、一人でご飯を食べることは多い、と言っていた。
「だから最近テレビに突っ込むの多くなった。芸人さんのツッコミより早いからね」
「一人だとそうなるっていうよな。でもちょっとそういうの一人暮らしみたいでいいよな」
「そうだね。高校出たら一人暮らしだし、予行練習にいいかも」
聞けば結婚している年の離れた兄が実家で親と同居する予定なのだという。彼女が高校を卒業すると同時に改装して、二世帯住宅にするのだとか。だから何にせよ一人暮らしだ、と。
「……寂しくねえの?」
「何が?甥っ子姪っ子可愛いし、まあ実家は実家だし。一人暮らし憧れだったしね」
そう言って沙紀はへらへらと笑った。
「……まあそっか。ていうかさ、お前の友達さ、その……最近多くね?伝言頼むの」
「保健室行ってるってやつ?ああ、うん。なんかああいうの、教師ウケがいい人が言った方が信用性あるでしょ?なんかまぐれ一位で結構先生から好かれてるし」
「まあそうだけど……なんかそいつらずるくね?だってあれ、」
「別にいいじゃん。……そこで正論言っても意味ないし、あいつ私も嫌いだからサボりたいの分かるもん」
「……なんか意外。嫌いな教師とかいたんだ」
「そりゃいるよ。生徒指導のハゲ村とかさ」
「ハゲ村好きな奴はいないよな。ゼロもしょっちゅう因縁つけられてるし」
「降谷くんも地毛綺麗だもんね。友達もね、なんか天然茶髪なのにすごい言われてるんだ。この前なんて泣いて帰ってきた」
確かそれは日が落ちるのが遅くなってきた夏休み前のこと。蝉が煩く鳴いていたのを覚えている。
「ヒロくん、日誌書いた?」
「ああ。そっちは?」
「チェックは終わったよ。あとゴミ出してこれ提出して終わりだね」
高校入学早々にじゃんけんで負けて押し付けられた風紀委員なんて正直面倒くさいと思っていた。今も普通に面倒くさい。けれどそこに別の感情が乗せられたのはついこの間からのこと。
放課後の教室の見回りでペアを組むことになったのは隣のクラスの、いかにも大人しそうで図書館や自習室が似合いそうな女子だった。実際真面目で物静か、でもそれなりに冗談も通じて話していて退屈はしない。あまり得意なタイプではないと思ったけど、話してみれば案外そんなこともなくて、この数日でそれなりに仲良くはなったと思う。
「ゴミは俺が行くよ。重いだろ」
「またそう言って、昨日も行ってくれたでしょ。今日は私が行くよ」
「……女子には重いだろ。俺には軽いし」
「関係ないよ、同じ委員なんだから。はい、交代でいこ」
女子としては平均的な身長、さほど体格は良くもなければ極端に華奢でもなく。運動部に所属しているわけでもない彼女には数クラス分の一日分のゴミ袋は重いことだろう。しかも。
「……二袋もあるじゃん。やっぱ俺行くわ」
「いや、さすがに悪いし……」
押し問答は埒があかない。さっさと持って行ってしまおうとしたとき。
「……なあ、いつまでやってんだよ。早く帰ろうぜ」
「ゼロかよ。今終わった。あとゴミ出しと報告だからすぐ終わる」
傾きかけた日にきらきらと金髪が輝く。別に彼は不良でも何でもなく、ただ地毛がそうであるだけだ。入試でぶっちぎりの好成績を収めた首席にも関わらず入学式で代表に選ばれなかったのは、たぶんその髪と容姿のせいなのだろう。――本人が一番気にしているだろうことだから口には出さないけれど。
「じゃあ俺片方持つわ。行こうぜ」
ただほんの少し空気は読んでほしかった。幼馴染がその目立つ容姿のおかげで幼少期はさておき中学時代は非常にモテたのは身をもって体感している。その割に学年イチの美少女に告白される三秒前といった空気の中で「悪いけど部活あるから!」とぶちかまし、バレンタインの前に何のチョコが好き、なんていう探りに笑顔で「カロリーメイトのチョコ味美味いよな!」と言い放つ男である。その辺は非常に鈍い。
――もう少しだけ彼女と話していたい。いや、同じ時間を共有するだけでもいい。あと少しだけ。だから困ったように立ち尽くす彼女の方を振り向いた。
「じゃあさ、どうせ途中までは一緒だし来てくれる?そのまま帰るからカバンとか持ってきてくれると助かる」
「あ、うん。わかった。……えーっと、ありがとう。手伝ってくれて」
日誌と自分のカバンを渡すと彼女はこくりと頷いた。まあ、特に話すこともないけど、でも何となくそれでもよかった。
担当の間の一週間、二人一組でいくつかの教室を周って教室の破損箇所や清掃状況の確認を行う。終了したら日誌を記入し各クラスの前に置いてあるゴミをまとめて焼却炉まで持っていく。この聞くだけでうんざりしそうな週番作業が初めて回ってきてから三日目、水曜日の今日。俺はそれなりに楽しんでいた。
「ゼロ、結局テニス部入らなかったのな」
「肩やったから硬式はさすがにな……」
「まあそうだけど。軟式もあっただろ」
「緩すぎてあれなら自主練した方がマシ」
いやいや待て待て。何のために彼女にもついてきてもらったのか。少し後ろで黙ってついてくる彼女の方を振り返る。
「なんか部活入ろうとか思わなかったの?部活入る予定のやつは逃げられたじゃん」
「……うーん、なんかそんなにやる気もなくって。コンピュータクラブとかあったらよかったんだけどね」
「コンピュータクラブ?詳しいの?」
「んー、何となく好きなんだ。でも中間で三位以内に入ったら自分用の買ってもらえる約束だから、まあ勉強頑張るよ」
コンピュータクラブ。結構意外かもしれない。帰宅部希望でないのなら美術部とか茶道部辺りを選ぶのかと思っていた。聞いていた幼馴染が軽く首を竦める。
「三位かあ、キツイな」
「お前……入試で首席とったやつが何言ってんだよ」
「いや、だから俺が一位とるから。あとお前だろ、それから新入生代表挨拶したあのノッポ」
「そんなの分かんねえだろって」
「……そうだねえ。また風邪引いちゃったら大変だし」
彼女は幼馴染の発言も気にした様子もなくにこにこと笑っている。まあ奴のいうことも強ち間違いではない。はっきりと口に出された訳ではないが、クラス分けはどうも成績別になされている節がある。自分たちのクラスには例の新入生代表挨拶を任されたノッポのクラス委員長を筆頭にそこそこ出来る奴が揃っている。彼女は別のクラスなので入試ではさほど好成績だったというわけでもないのだろう。――それにしても風邪?
「入試の日に風邪引いちゃって。意識朦朧としてたからよく受かったなあ、って」
「風邪かあ。災難だったな。次はちゃんと体調整えろよ」
「そうする。周りにうつしちゃったら申し訳ないしね」
さほど広いわけでもない校舎であるからすぐに目的地に着いてしまう。勘のいいゼロと一緒だからうっかり遠回り、なんて手も使えない。焼却炉にゴミを放り込んで軽く手を払い、彼女からカバンを受け取る。
「カバン、ありがとな」
「ううん、私こそありがと。それじゃあ」
「うん。また明日な」
赤く色づいた夕陽に照らされて彼女の黒い髪がきらきらと光って見えた。肩を少し過ぎるくらい、ごく普通の、それこそ掃いて捨てるほどいるような髪型。その背中から何となく目が離せなくて思わず追ってしまう。
「なあ、角の肉屋寄ってこうぜ。コロッケ食べたい」
「……だな。ハラ減ったし」
普通の女子だった。校則という柵である程度外見を揃えさせられた学内で見かけると本当にどこにでもいるような子で、だから何で惹かれたとか何で気になったとか、そんな理由は何もなかった。単純に一対一で話す機会が多かった女子だったからなのかもしれない。
それくらいあのときの彼女は、沙紀という女子生徒は普通の女の子だった。
その印象が覆ったのはそれからひと月後、中間テストの発表時。
その高校ではテストのたびに総合上位十名の名前と点数が廊下に掲示されることになっていた。その先頭には当然幼馴染の名があるものと思っていたのだが。
「えー、すごいじゃん!ウチらと補講受けてたから同レベかと思ってたけど、普通に頭いい系?」
「まぐれじゃないかなあ。だってリスニングの最後はカンだもん」
「でも一位ってヤバくない?何食べたらそうなるの?」
「ご飯……?」
薄ぼけた会話をする派手目の女子グループ、の中の沙紀。へらへらと笑ってはいるが。
「……五百点満点で四百九十二点はまぐれじゃないだろ」
そう言って悔しそうに顔をしかめる隣の幼馴染は四百九十点。こちらだって立派なもの。だが。
「入試の風邪ってそういうことか……」
「何がだよ」
「実力を敢えて隠して……」
「人生の大一番で隠すやつはいねえだろ。本当に風邪だったんだろ」
負けず嫌いの彼は非常に気に食わなかったらしい。そして何を思ったか沙紀を囲む女子グループの中にずんずんと入っていった。
「……次は負けねえからな!」
――俺だって恋愛経験豊富な訳じゃないけど普通それは女の子に言うべき言葉じゃないだろう。彼女は軽く首を傾げて、そしてへらへらと笑った。
「あ、うん。でもこーやくん国語すごいね。満点でしょ?」
こーやくん。……まさか降谷の読み間違えだろうか。案の定幼馴染はぷるぷると震えながら、でも丁寧にふるやれい、と名乗っている。
「あ、ゼロくんじゃなかったんだ」
「それは景光が勝手に呼んでるだけ」
「そうなんだ。ごめん、私人の顔と名前覚えるのニガテなんだ、あと漢字も」
入学早々学年一のモテ男の座を確定させた男がぽやっとした女子に突っかかって見事に躱されている。非常に愉快な絵面にギャラリーが少々増えていくのが見ていてわかった。どっちもこれで大真面目なのだから面白い。
「……とにかく、次は俺が一位とるからな!」
「うん、頑張ってね」
暖簾に腕押し、糠に釘。顔を真っ赤にしながら幼馴染が戻ってくる。
「何なんだよ、あいつ」
「気にしてねえんじゃねえの?三位までならパソコン買ってもらえるからって言ってたし、マジでそれ以上なら順位気にしてなかったのかも」
「にしたってさあ……」
「こーやくんはないって?」
「いやそれじゃなくて、まあそれもだけど……」
何であんなふわふわしたやつに、と顔に書いてあるかのよう。そのときちょうど授業開始のベルが鳴り、慌てて皆教室に戻りだした。沙紀は相変わらず少々派手目の女子グループの中にいる。――その背中はほんの少しだけ浮いて見えた。
中間テストで上位陣の満点連発を見たせいか、期末テストのレベルはかなり高いものとなった。平均点を取るだけならそこそこ勉強していれば良いが、上位に食い込もうとすれば相応の努力と才能が求められる程度に。そこで幼馴染は宣言通りトップの座を奪取し、彼女の名前は二位の欄に記入されていた。それでも悔しがるわけでもなく、ただ普通にへらへらと笑って、「降谷くん頭いいんだね」と言っていた。
廊下で何度か沙紀とすれ違うこともあった。そのときもやや派手目の女子グループと一緒にいることが多く、時折「保健室に行ったって言っておいて」などと伝言を頼まれていることもあった。割と元気そうにも見えたのだが。それでも彼女はにこにこと笑って了承していて。
そして風紀委員の方は月に一度ほど週番が回ってきていた。相も変わらず教室のチェックとゴミ出し、それだけの仕事。その合間にあれこれと話もして、幼馴染共々警察官志望であることも話した。
「すごいねえ。私運動神経バグってるから絶対ムリだ」
「そんなに?別になるだけならアスリート的なやつじゃなくても良いわけだし……」
「バスケのドリブルできないんだ。あとバレーのサーブ、絶対スカる」
「……まあうん、そういう人間もいるよな」
沙紀の話も少しだけ聞いた。ごく普通の家庭のごく普通の両親。仕事が忙しく、一人でご飯を食べることは多い、と言っていた。
「だから最近テレビに突っ込むの多くなった。芸人さんのツッコミより早いからね」
「一人だとそうなるっていうよな。でもちょっとそういうの一人暮らしみたいでいいよな」
「そうだね。高校出たら一人暮らしだし、予行練習にいいかも」
聞けば結婚している年の離れた兄が実家で親と同居する予定なのだという。彼女が高校を卒業すると同時に改装して、二世帯住宅にするのだとか。だから何にせよ一人暮らしだ、と。
「……寂しくねえの?」
「何が?甥っ子姪っ子可愛いし、まあ実家は実家だし。一人暮らし憧れだったしね」
そう言って沙紀はへらへらと笑った。
「……まあそっか。ていうかさ、お前の友達さ、その……最近多くね?伝言頼むの」
「保健室行ってるってやつ?ああ、うん。なんかああいうの、教師ウケがいい人が言った方が信用性あるでしょ?なんかまぐれ一位で結構先生から好かれてるし」
「まあそうだけど……なんかそいつらずるくね?だってあれ、」
「別にいいじゃん。……そこで正論言っても意味ないし、あいつ私も嫌いだからサボりたいの分かるもん」
「……なんか意外。嫌いな教師とかいたんだ」
「そりゃいるよ。生徒指導のハゲ村とかさ」
「ハゲ村好きな奴はいないよな。ゼロもしょっちゅう因縁つけられてるし」
「降谷くんも地毛綺麗だもんね。友達もね、なんか天然茶髪なのにすごい言われてるんだ。この前なんて泣いて帰ってきた」
確かそれは日が落ちるのが遅くなってきた夏休み前のこと。蝉が煩く鳴いていたのを覚えている。
