「だからその手を捕まえる」
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「……うん、無理ですね」
ハッカーにだって得意不得意はある。――私の場合、得意なのは痕跡を隠すことだ。侵入経路だけではなく侵入そのものをいかに隠すか、だ。これは機械的なプログラムを突破した後は人間にいかに不審に思わせないか、という心理戦の様相も呈してくる。コンピュータのデータからその人物の癖を把握していかに自然に痕跡を埋もれさせるか。私が特化してるのはそこだ。つまりはパラメータを隠密性に全振りしているのでゲーム的に例えるなら攻撃力は実は弱い。素人さんの無防備なスマホを乗っ取るだけなら一分でできるけど、プロがガチガチに固めたところからどんな手でも使ってデータすっぱ抜くのは、実はそこまで得意じゃない。あくまでハッカー集団の中で、だけど。つまりは暗殺者とかであって戦士ではない――というと恰好付け過ぎだ。要は気づかれない弱い者いじめ、嫌がらせが大の得意なのだ。我ながらなかなかのクズっぷりである。
電話の向こうから風見さんのやや気落ちした声が聞こえた。
『無理、ですか』
「なんかもうガチガチですね。私の手に負えるやつじゃないです。……申し訳ないんですけど」
『正直に言えば最初からそれだけで片が付くものだと思ってはいませんでした。そちらは手を引いて当初の予定通り別作戦の方に注力してください』
「了解です」
結論から言うと組織のメインセキュリティは非常に堅かった。スナイパーだの戦闘員だの抱えてるって聞いていたから物理で何とかしちゃう系かと思っていたけどそんなことはなかった。これはちょっとした国家機密クラスだ。
私に現在回ってきているのは今後のことを考えた作業だ。組織のアジトを爆破して終われるのならそれがいい。でも組織はとてつもなく巨大化していて、その全てを一度に終わらせるのはほぼ不可能、とのことだった。そこで次善の策として幹部連中の一斉捕縛、および主要拠点の同時制圧の方向で作戦は進んでいた。そしてその後のこと。組織の構成員であった人間の追跡である。幹部に比べて優先度は下がるが、出来ることなら逮捕しておきたい。そのために組織の人員リストや連絡の履歴が必要だと依頼された。それから。
「研究部門、本当にガチガチに固められてますよ。シェリーって呼ばれてた幹部が失踪したあとは拠点を移してるみたいですけど、移転後の人員リストや研究データは不正アクセスした瞬間こっちにマルウェア突っ込んで逆探知してきますね、これ」
『そちらはFBIが……まあその、物理的に直接乗り込むとのことなので、決行時にセキュリティシステムを上手く乗っ取ってもらえればそれで』
「ああ、確か潜入してた人のご家族が組織の薬害被害者なんでしたっけ」
組織が研究していたある薬は幾名かの薬害被害者を出しているらしい。その中には組織に潜入していた捜査官の身内もいるとかでFBIはその薬物の研究データを何としても組織の壊滅前に確保したがっていたという。公安としても確かにそこは確保しておいて損はないし、FBIに恩を売りつけておくのは長い目で見ても損ではない、のだろう。だから私にお鉢が回ってきた。やれるようならやれ、と。そして人員リストや施設内部の間取りはなんとかなったけど、本命のデータの方はどうにも難しい。
『……ええ。そう聞いています。以前降谷さんが決行された作戦をベースに突入し研究データと研究員を確保したのち施設を破壊、対応のために動いた幹部を一斉拿捕の予定です』
「じゃあつまりは……これが前哨戦、ってことですよね」
『ええ。セキュリティシステムの停止と共に突入予定ですね』
「……風見さん、あの、つまりはなんですけど、私がまさかの一番槍的なアレなんですか?」
さっき風見さんは決行時に研究施設のセキュリティシステムを上手く乗っ取ってもらえれば、と言った。そしてその研究施設の襲撃を足掛かりに組織の壊滅を図る、とも。つまりは。
『大丈夫です、乗り込むのはFBIです』
「そのFBIに自前で調達してくれって言ってくださいよ!いるでしょ!連邦警察なんだから!」
『以前あなたが作成したハッキングマニュアルを見てバーチャル・ニンジャだと称賛されていました。そしてマニュアルの作成者に協力してもらうことが作戦決行の条件だ、と』
「バーチャル・ニンジャ」
思わず風見さんの言葉を繰り返す。何その微妙にダサいネーミング。
『今日の午後、FBIの方と直接連絡の取れる端末をそちらに届けます。決行は明日の夜、と』
「……ああ、もう分かりました。やります、やってやりますから、いざってときは匿ってください」
『勿論。……何があろうと協力者は守る、それが公安ですから』
風見さんはそう言って電話を切った。端末を横に置いてコンピュータに向かう。風見さんが用意してくれたのはこれがなかなかスペックの良いもので非常に使い勝手がいい。ゼロ自体はさておき降谷くんには内緒なのだからこれだけ色々と用意してくれるのはそれなりに大変だったことだろう。――つまりはそれだけ働け、ってことだ。甘党仲間風見さんはあれで降谷くんの右腕やってるだけあって仕事に関してはまったくもって優しくない。
セキュリティシステムの乗っ取り。これもいかに人間を騙すか、にかかっている。たとえば監視カメラの映像がループしていることに気づかせないとか、認証関係をオフにしすぎて疑われないように、とか。気づかせないまま乗っ取ればギリギリまで侵入には気づかれない。確かに得意分野ではあるしやったこともあるけれど。
「それにしてもバーチャル・ニンジャはないよなあ……」
自称アイリーン・アドラーもなかなかアレだけど、まだその方がマシな気がしてきた。これはこれでシャーロキアンに助走つけて殴られそうだけど、でも忍者って。なんで外国人はこう忍者好きなんだ。今回の作戦担当のFBIって「Oh!ニンジャ!」みたいな金髪の兄ちゃんなんだろうか。ボブとかサムみたいな名前の。――そんなことを考えていたのも端末を届けにきた公安の人に会うまでのこと。
正直に言えば疑問はあった。なんで、どうして。蟠りはどうしても消せなくて、でもそれは本来私が知るべきことではなかった。あの日私はそれを選んだ。何も知らなければ何も感じなかったのだから、きっとこの感情はその報いなのだろう。
『……はじめまして。君が例の協力者かな?』
電話の向こうからは滑らかな日本語。一度息を吸い込んで、それから吐く。端末を渡されるときに教えられた担当官の名前を呼ぶ。だって私はそれ以外の名前を知らないことになっているのだから。電話の向こうの男が私のことを全く知らないように。
「はじめまして、赤井秀一さん。私は――二三一一です」
その人はかつてライと呼ばれていた。――『スコッチはライが仕留めた』。知らなければ幸せのまま、なんてまるでそれは禁断の果実のようだった。
ハッカーにだって得意不得意はある。――私の場合、得意なのは痕跡を隠すことだ。侵入経路だけではなく侵入そのものをいかに隠すか、だ。これは機械的なプログラムを突破した後は人間にいかに不審に思わせないか、という心理戦の様相も呈してくる。コンピュータのデータからその人物の癖を把握していかに自然に痕跡を埋もれさせるか。私が特化してるのはそこだ。つまりはパラメータを隠密性に全振りしているのでゲーム的に例えるなら攻撃力は実は弱い。素人さんの無防備なスマホを乗っ取るだけなら一分でできるけど、プロがガチガチに固めたところからどんな手でも使ってデータすっぱ抜くのは、実はそこまで得意じゃない。あくまでハッカー集団の中で、だけど。つまりは暗殺者とかであって戦士ではない――というと恰好付け過ぎだ。要は気づかれない弱い者いじめ、嫌がらせが大の得意なのだ。我ながらなかなかのクズっぷりである。
電話の向こうから風見さんのやや気落ちした声が聞こえた。
『無理、ですか』
「なんかもうガチガチですね。私の手に負えるやつじゃないです。……申し訳ないんですけど」
『正直に言えば最初からそれだけで片が付くものだと思ってはいませんでした。そちらは手を引いて当初の予定通り別作戦の方に注力してください』
「了解です」
結論から言うと組織のメインセキュリティは非常に堅かった。スナイパーだの戦闘員だの抱えてるって聞いていたから物理で何とかしちゃう系かと思っていたけどそんなことはなかった。これはちょっとした国家機密クラスだ。
私に現在回ってきているのは今後のことを考えた作業だ。組織のアジトを爆破して終われるのならそれがいい。でも組織はとてつもなく巨大化していて、その全てを一度に終わらせるのはほぼ不可能、とのことだった。そこで次善の策として幹部連中の一斉捕縛、および主要拠点の同時制圧の方向で作戦は進んでいた。そしてその後のこと。組織の構成員であった人間の追跡である。幹部に比べて優先度は下がるが、出来ることなら逮捕しておきたい。そのために組織の人員リストや連絡の履歴が必要だと依頼された。それから。
「研究部門、本当にガチガチに固められてますよ。シェリーって呼ばれてた幹部が失踪したあとは拠点を移してるみたいですけど、移転後の人員リストや研究データは不正アクセスした瞬間こっちにマルウェア突っ込んで逆探知してきますね、これ」
『そちらはFBIが……まあその、物理的に直接乗り込むとのことなので、決行時にセキュリティシステムを上手く乗っ取ってもらえればそれで』
「ああ、確か潜入してた人のご家族が組織の薬害被害者なんでしたっけ」
組織が研究していたある薬は幾名かの薬害被害者を出しているらしい。その中には組織に潜入していた捜査官の身内もいるとかでFBIはその薬物の研究データを何としても組織の壊滅前に確保したがっていたという。公安としても確かにそこは確保しておいて損はないし、FBIに恩を売りつけておくのは長い目で見ても損ではない、のだろう。だから私にお鉢が回ってきた。やれるようならやれ、と。そして人員リストや施設内部の間取りはなんとかなったけど、本命のデータの方はどうにも難しい。
『……ええ。そう聞いています。以前降谷さんが決行された作戦をベースに突入し研究データと研究員を確保したのち施設を破壊、対応のために動いた幹部を一斉拿捕の予定です』
「じゃあつまりは……これが前哨戦、ってことですよね」
『ええ。セキュリティシステムの停止と共に突入予定ですね』
「……風見さん、あの、つまりはなんですけど、私がまさかの一番槍的なアレなんですか?」
さっき風見さんは決行時に研究施設のセキュリティシステムを上手く乗っ取ってもらえれば、と言った。そしてその研究施設の襲撃を足掛かりに組織の壊滅を図る、とも。つまりは。
『大丈夫です、乗り込むのはFBIです』
「そのFBIに自前で調達してくれって言ってくださいよ!いるでしょ!連邦警察なんだから!」
『以前あなたが作成したハッキングマニュアルを見てバーチャル・ニンジャだと称賛されていました。そしてマニュアルの作成者に協力してもらうことが作戦決行の条件だ、と』
「バーチャル・ニンジャ」
思わず風見さんの言葉を繰り返す。何その微妙にダサいネーミング。
『今日の午後、FBIの方と直接連絡の取れる端末をそちらに届けます。決行は明日の夜、と』
「……ああ、もう分かりました。やります、やってやりますから、いざってときは匿ってください」
『勿論。……何があろうと協力者は守る、それが公安ですから』
風見さんはそう言って電話を切った。端末を横に置いてコンピュータに向かう。風見さんが用意してくれたのはこれがなかなかスペックの良いもので非常に使い勝手がいい。ゼロ自体はさておき降谷くんには内緒なのだからこれだけ色々と用意してくれるのはそれなりに大変だったことだろう。――つまりはそれだけ働け、ってことだ。甘党仲間風見さんはあれで降谷くんの右腕やってるだけあって仕事に関してはまったくもって優しくない。
セキュリティシステムの乗っ取り。これもいかに人間を騙すか、にかかっている。たとえば監視カメラの映像がループしていることに気づかせないとか、認証関係をオフにしすぎて疑われないように、とか。気づかせないまま乗っ取ればギリギリまで侵入には気づかれない。確かに得意分野ではあるしやったこともあるけれど。
「それにしてもバーチャル・ニンジャはないよなあ……」
自称アイリーン・アドラーもなかなかアレだけど、まだその方がマシな気がしてきた。これはこれでシャーロキアンに助走つけて殴られそうだけど、でも忍者って。なんで外国人はこう忍者好きなんだ。今回の作戦担当のFBIって「Oh!ニンジャ!」みたいな金髪の兄ちゃんなんだろうか。ボブとかサムみたいな名前の。――そんなことを考えていたのも端末を届けにきた公安の人に会うまでのこと。
正直に言えば疑問はあった。なんで、どうして。蟠りはどうしても消せなくて、でもそれは本来私が知るべきことではなかった。あの日私はそれを選んだ。何も知らなければ何も感じなかったのだから、きっとこの感情はその報いなのだろう。
『……はじめまして。君が例の協力者かな?』
電話の向こうからは滑らかな日本語。一度息を吸い込んで、それから吐く。端末を渡されるときに教えられた担当官の名前を呼ぶ。だって私はそれ以外の名前を知らないことになっているのだから。電話の向こうの男が私のことを全く知らないように。
「はじめまして、赤井秀一さん。私は――二三一一です」
その人はかつてライと呼ばれていた。――『スコッチはライが仕留めた』。知らなければ幸せのまま、なんてまるでそれは禁断の果実のようだった。
