「だからその手を捕まえる」
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本来の職場ではあるが、降谷零がここにいた期間は非常に短い。そしてこの作戦が始まれば本格的に組織に深く潜る必要がある。次にこの場所に戻ることがあればそれは組織が崩壊した後のことだろう。それがいつになるかはわからない。それほど長くここを空けるのはたぶん潜入したての頃、バーボンという名をもらうまでの時期以来かもしれない。……まだ幼馴染が生きていたあの頃。確か沙紀を拾ったのはコードネームを貰って程なくの頃だった。そんなことを考えながら降谷が警察庁の廊下から東都の夜景を眺めていると、背後から一人の男が声を掛けた。
「……すまないが喫煙所はどこだ?」
「残念ながら庁内は全面禁煙ですよ、FBI。吸いたきゃ外に出てください」
「俺はこの姿で外に出る訳にはいかないのだがね」
「通じなかったんですか?諦めろって言ってるんです」
今は吸っていないはずなのに香ってくるのは煙草の匂い。長身に、あの頃よりは短くなった長髪。ニット帽。
「最近のアメリカじゃ日本以上に煙草の規制が厳しいそうじゃないですか」
「ああ、だから困っているよ。日本じゃまだ店に入れば吸えるところも多いが、向こうに戻れば吸う場所すらもままならない。こっちにいるうちに堪能したかったんだがね」
「僕の日本に無駄に有害物質撒き散らすのやめてもらっていいですか?」
FBI捜査官・赤井秀一。何を好き好んでか、通称・黒ずくめの組織壊滅作戦の前夜に降谷の元に現れた。憎まれているのは、恨まれているのは知っているだろうに。明日から降谷が何に手を染めるのかだって。
「……降谷くん、例の彼女はきみの協力者(informant)か?」
「それ、答える必要がありますか?組織の壊滅のため私情は一度置く、それは守りますが必要以上に馴れ合う気はありません」
「いや、坊やが気にしていたんでな。安室透の恋人ならば組織の人間にマークされているのでは、とね」
「ああ、コナンくんですか。まったく、あの少年は。……それなら会う機会があれば伝えておいてください。彼女のことを心配する必要はない、とね」
そう、必要はない。個人レベルのハッカーは組織の壊滅作戦に必要ではない……とまでは言えないが、重要度はさして高くない。――いや、だからこそ今が好機だった。沙紀を組織側から、そして公安から引き離すには。沙紀は十分この国に貢献した、これまでの作業内容について口を噤むことを引き換えに身の安全の保証と安寧な生活を求めている、そうゼロの上層部に報告し組織壊滅のゴタゴタに紛れて交渉すれば協力者からの解放も不可能な話ではない。
今思えば降谷零のそばにいて事件に巻き込まれたのが一度きりだなんて奇跡も同然。そして壊滅作戦に成功しても失敗しても、バーボンであった降谷の周囲の危険度は以前とは比べ物にならないほどに高まる。そんな環境で生きていけるほど沙紀はきっとタフじゃない。あの夜、死体を前にして真っ青な顔で震える沙紀を見たときに思ったことだった。沙紀は巻き込んではいけない種類の人間だった。今更になって気づくなんて。いや、気づけて良かったのかもしれない。
――もう、この手を離さなくては。恋人ごっこの甘い時間は終わりだ。甘い夢を見ていたけれど、夢はいつか覚めるもの。だから手を伸ばせた。だから嘯いた。叶わないと知ってなお、簡単に靡かないからこそ。なんともずるい卑怯者、自覚せずしてあったそんな自分に少々呆れもする。自分が思う以上に沙紀に囚われていたなんて、と。
降谷がため息に似た吐息を漏らしたときのことだった。控えめに部下が声をかけてきた。
「……ご歓談中……えー、失礼します。降谷さん」
「構わん。どうした、風見」
どう見てもご歓談と言えるような空気ではない。恐る恐る、といった調子で近づいてきた風見は箱に入ったあるものを差し出した。スマートフォンと腕時計、それから。
「……イヤーカフか?」
「ええ。組織内の活動時にBluetoothのイヤホンではセキュリティ上の不安もあると言われていたので、傍受されにくい周波数のものに変更したと。それから目立たなくするためにわかりにくい外見に変えたそうです」
「なるほど、確かにこれなら隠れて通話をしていても悟られなさそうだ。腕時計がマイクか」
「ええ。アナログ式のように見えますが内部に小型コンピュータが組み込まれているそうで、ここから通話を始めることが可能です。また簡易的ですが盗聴器や発信機の発見も可能です」
「……随分と便利なものを開発したな。お前の協力者か?」
いかにも刑事といった厳つささえ感じさせる風貌の風見だが、これで案外協力者の獲得は上手い。表社会を中心に様々な職種の人間をバランスよく確保している。その中には確か技術者の一人や二人もいただろうか。
「……ええ、中のセキュリティシステムは独自で開発させていたものを合わせて組み込みました。信用できる協力者ですので情報は漏れていないかと」
「そうか。……助かる。有り難く使わせてもらう」
情報が漏れていない、というのは武器だ。万一このスマホがハッカーに狙われたとしても内部のセキュリティ情報が分からなければ秘密裏に侵入するのは難しくなってくる。……そういえばそんなことを沙紀は言っていた。だから大手の自社開発のセキュリティシステムの隙を突くのが楽しい、だなんて。
一礼して風見が去ると、窓枠に凭れながら赤井が口を開いた。何を切り出されるのかなんとなく予想していた。赤井と自分の間にあるのは『それ』くらい。むしろそれ以外に何もない。この男との接点はただひとつ。
「降谷くん、彼のことだが……」
「……わかってますよ、あいつが自殺だということくらい」
――スコッチは左胸を撃ち抜かれて死んでいた。背中にまで達した銃槍は心臓の真裏にあった。つまり体に対して垂直に撃たれたことになる。撃った相手が右利きならばさして変わったことでもないが、ライはレフティのスナイパー。二人は正面から相対していた。その状況で心臓を撃ったのなら、背中側の傷は脇に逸れてなければおかしい。つまり残された真実はただひとつ。
「優秀な捜査員だった。……お前なんかに殺される程度の男じゃなかった」
「ああ。……その通りだ」
「状況から言ってもあれは自殺だ、分かっている。だがな」
胸ポケットに入った携帯電話ごと撃ち抜かれた心臓。血まみれになった幼馴染の真正面に立ち、振り向いた長髪の男。あの光景を何度も夢に見た。何度も何度も、気が狂いそうになる程にあの光景が夢に浮かんだ。
彼は自殺した。自身の仲間を巻き込まないために携帯電話を壊し、そして死を選んだ。それは分かっている、そういう男だったから。だがそれでも。理不尽さはわかっている。それでも言うしかなかった。この男に、幼馴染が死ぬのを誰より近くで見ていたこの男に。
「どうして止めなかった。お前ほどの男が、何故見殺しにした」
「……"Take the secret to the grave"(死んでも話せない)、としか言えんな」
「なら僕は死んでもお前を憎み続ける」
「ああ。……そうだろうな。それは俺が受けるべきものだ。降谷くんも墓場まで誰にも言えない秘密の一つ二つ、人に恨まれることの三つや四つは覚えがあるだろう?」
「お前に話す筋合いはない。……が、言いたいことは分かっている」
まず思い出されるのは存在を消した彼の家族。それから組織で殺した人間、騙した人間。地獄に一度落ちるくらいでは済まされないだろう。正義のため、そう吠えたとしても。憎まれ続けることこそが彼らにとってできる唯一の償いであり――そう、この男はそうあろうとしている。そんなところが随分と昔から嫌いだった。スコッチのことがなくとも、宮野明美のことがなくとも、自分はこの男が嫌いだっただろう。そんな不思議な確信めいたものがある。
「ひとつ忠告をしておこう」
「組織にNOCと知られて逃げ出したあなたからの忠告とは、有り難く伺いますよ」
「組織のことじゃあない。……女というのはな、案外こちらの秘密を分かっているものだ。だからこちらが一世一代のつもりで打ち明けた秘密を、そんなものとっくに知っていたと言う。だからいつまでも溜め込んでいないでさっさと話してしまうことだな」
「……何のことだか分かりませんね」
「完全に潜る前に自分の元から遠ざけた理由を早く話してしまうといい。その方が彼女もきみの思惑通りおとなしくしているだろう」
「余計なお世話だ。だいたいあれはただの協力者だ」
「まあそういうことにしておくよ。だが案外こう、あっさり死んでしまうのも女だからな。……大事なもののためなら命を賭すことも躊躇わない」
赤井が誰のことを考えているのかは分かる。目を瞑れば思い出せそうなほど鮮明な記憶。いくつか年下の少女の手は強引なくせに温かく、振りほどけなかったのを覚えている。……強引で面倒見がよく、真っ直ぐな人だった。
「……彼女は宮野明美ではない。……二人とも、別の人間だ」
「分かっているさ。まあ、つまりはいつその『死ぬまで』がいつ誰に来るかは誰にも分からないから後悔のないようにしておけ、ということだ」
「なんだ、まだるっこしい言い方しなくても喋れる?じゃないですか。……彼女は安全です。それにこの局面、いつ死んでも後悔はありませんよ。その覚悟はしている、見くびらないでもらいたい」
明日組織に戻ればその場で心臓を撃ち抜かれるかもしれない。焼けた刃の上を素足で駆け抜けるかのような緊迫した日々が待っている。だが後悔はない。組織の壊滅のためにこの命が必要なら捧げる覚悟はとうに出来ている。出来ていなかったのか沙紀を巻き込む、その覚悟だけ。だからもう、
(いや、後悔がないと言ったら嘘になるか)
降谷零は薄く微笑んだ。そして安室透として使っていたスマートフォンを取り出した。巧妙に偽装されてはいたが軽量化された追跡アプリがインストールされている。誰が仕込んだのかはもはや自明。……きっと何かの時には役に立つのだろう。だが万が一にも沙紀の元につながる何かを残す訳にはいかない。
「……悪いがお見通しだ」
そう呟いて、降谷はそのアプリを削除した。
「……あー、やっぱそっちは気づくよねえ」
都内のあるマンションの一室でパソコンの画面を見つめながら女は呟いた。ちょうど今、とある端末からの回線が切られた。だが。
「まあ風見さん嘘は言ってないからね。……今は風見さんの協力者だし」
「……すまないが喫煙所はどこだ?」
「残念ながら庁内は全面禁煙ですよ、FBI。吸いたきゃ外に出てください」
「俺はこの姿で外に出る訳にはいかないのだがね」
「通じなかったんですか?諦めろって言ってるんです」
今は吸っていないはずなのに香ってくるのは煙草の匂い。長身に、あの頃よりは短くなった長髪。ニット帽。
「最近のアメリカじゃ日本以上に煙草の規制が厳しいそうじゃないですか」
「ああ、だから困っているよ。日本じゃまだ店に入れば吸えるところも多いが、向こうに戻れば吸う場所すらもままならない。こっちにいるうちに堪能したかったんだがね」
「僕の日本に無駄に有害物質撒き散らすのやめてもらっていいですか?」
FBI捜査官・赤井秀一。何を好き好んでか、通称・黒ずくめの組織壊滅作戦の前夜に降谷の元に現れた。憎まれているのは、恨まれているのは知っているだろうに。明日から降谷が何に手を染めるのかだって。
「……降谷くん、例の彼女はきみの協力者(informant)か?」
「それ、答える必要がありますか?組織の壊滅のため私情は一度置く、それは守りますが必要以上に馴れ合う気はありません」
「いや、坊やが気にしていたんでな。安室透の恋人ならば組織の人間にマークされているのでは、とね」
「ああ、コナンくんですか。まったく、あの少年は。……それなら会う機会があれば伝えておいてください。彼女のことを心配する必要はない、とね」
そう、必要はない。個人レベルのハッカーは組織の壊滅作戦に必要ではない……とまでは言えないが、重要度はさして高くない。――いや、だからこそ今が好機だった。沙紀を組織側から、そして公安から引き離すには。沙紀は十分この国に貢献した、これまでの作業内容について口を噤むことを引き換えに身の安全の保証と安寧な生活を求めている、そうゼロの上層部に報告し組織壊滅のゴタゴタに紛れて交渉すれば協力者からの解放も不可能な話ではない。
今思えば降谷零のそばにいて事件に巻き込まれたのが一度きりだなんて奇跡も同然。そして壊滅作戦に成功しても失敗しても、バーボンであった降谷の周囲の危険度は以前とは比べ物にならないほどに高まる。そんな環境で生きていけるほど沙紀はきっとタフじゃない。あの夜、死体を前にして真っ青な顔で震える沙紀を見たときに思ったことだった。沙紀は巻き込んではいけない種類の人間だった。今更になって気づくなんて。いや、気づけて良かったのかもしれない。
――もう、この手を離さなくては。恋人ごっこの甘い時間は終わりだ。甘い夢を見ていたけれど、夢はいつか覚めるもの。だから手を伸ばせた。だから嘯いた。叶わないと知ってなお、簡単に靡かないからこそ。なんともずるい卑怯者、自覚せずしてあったそんな自分に少々呆れもする。自分が思う以上に沙紀に囚われていたなんて、と。
降谷がため息に似た吐息を漏らしたときのことだった。控えめに部下が声をかけてきた。
「……ご歓談中……えー、失礼します。降谷さん」
「構わん。どうした、風見」
どう見てもご歓談と言えるような空気ではない。恐る恐る、といった調子で近づいてきた風見は箱に入ったあるものを差し出した。スマートフォンと腕時計、それから。
「……イヤーカフか?」
「ええ。組織内の活動時にBluetoothのイヤホンではセキュリティ上の不安もあると言われていたので、傍受されにくい周波数のものに変更したと。それから目立たなくするためにわかりにくい外見に変えたそうです」
「なるほど、確かにこれなら隠れて通話をしていても悟られなさそうだ。腕時計がマイクか」
「ええ。アナログ式のように見えますが内部に小型コンピュータが組み込まれているそうで、ここから通話を始めることが可能です。また簡易的ですが盗聴器や発信機の発見も可能です」
「……随分と便利なものを開発したな。お前の協力者か?」
いかにも刑事といった厳つささえ感じさせる風貌の風見だが、これで案外協力者の獲得は上手い。表社会を中心に様々な職種の人間をバランスよく確保している。その中には確か技術者の一人や二人もいただろうか。
「……ええ、中のセキュリティシステムは独自で開発させていたものを合わせて組み込みました。信用できる協力者ですので情報は漏れていないかと」
「そうか。……助かる。有り難く使わせてもらう」
情報が漏れていない、というのは武器だ。万一このスマホがハッカーに狙われたとしても内部のセキュリティ情報が分からなければ秘密裏に侵入するのは難しくなってくる。……そういえばそんなことを沙紀は言っていた。だから大手の自社開発のセキュリティシステムの隙を突くのが楽しい、だなんて。
一礼して風見が去ると、窓枠に凭れながら赤井が口を開いた。何を切り出されるのかなんとなく予想していた。赤井と自分の間にあるのは『それ』くらい。むしろそれ以外に何もない。この男との接点はただひとつ。
「降谷くん、彼のことだが……」
「……わかってますよ、あいつが自殺だということくらい」
――スコッチは左胸を撃ち抜かれて死んでいた。背中にまで達した銃槍は心臓の真裏にあった。つまり体に対して垂直に撃たれたことになる。撃った相手が右利きならばさして変わったことでもないが、ライはレフティのスナイパー。二人は正面から相対していた。その状況で心臓を撃ったのなら、背中側の傷は脇に逸れてなければおかしい。つまり残された真実はただひとつ。
「優秀な捜査員だった。……お前なんかに殺される程度の男じゃなかった」
「ああ。……その通りだ」
「状況から言ってもあれは自殺だ、分かっている。だがな」
胸ポケットに入った携帯電話ごと撃ち抜かれた心臓。血まみれになった幼馴染の真正面に立ち、振り向いた長髪の男。あの光景を何度も夢に見た。何度も何度も、気が狂いそうになる程にあの光景が夢に浮かんだ。
彼は自殺した。自身の仲間を巻き込まないために携帯電話を壊し、そして死を選んだ。それは分かっている、そういう男だったから。だがそれでも。理不尽さはわかっている。それでも言うしかなかった。この男に、幼馴染が死ぬのを誰より近くで見ていたこの男に。
「どうして止めなかった。お前ほどの男が、何故見殺しにした」
「……"Take the secret to the grave"(死んでも話せない)、としか言えんな」
「なら僕は死んでもお前を憎み続ける」
「ああ。……そうだろうな。それは俺が受けるべきものだ。降谷くんも墓場まで誰にも言えない秘密の一つ二つ、人に恨まれることの三つや四つは覚えがあるだろう?」
「お前に話す筋合いはない。……が、言いたいことは分かっている」
まず思い出されるのは存在を消した彼の家族。それから組織で殺した人間、騙した人間。地獄に一度落ちるくらいでは済まされないだろう。正義のため、そう吠えたとしても。憎まれ続けることこそが彼らにとってできる唯一の償いであり――そう、この男はそうあろうとしている。そんなところが随分と昔から嫌いだった。スコッチのことがなくとも、宮野明美のことがなくとも、自分はこの男が嫌いだっただろう。そんな不思議な確信めいたものがある。
「ひとつ忠告をしておこう」
「組織にNOCと知られて逃げ出したあなたからの忠告とは、有り難く伺いますよ」
「組織のことじゃあない。……女というのはな、案外こちらの秘密を分かっているものだ。だからこちらが一世一代のつもりで打ち明けた秘密を、そんなものとっくに知っていたと言う。だからいつまでも溜め込んでいないでさっさと話してしまうことだな」
「……何のことだか分かりませんね」
「完全に潜る前に自分の元から遠ざけた理由を早く話してしまうといい。その方が彼女もきみの思惑通りおとなしくしているだろう」
「余計なお世話だ。だいたいあれはただの協力者だ」
「まあそういうことにしておくよ。だが案外こう、あっさり死んでしまうのも女だからな。……大事なもののためなら命を賭すことも躊躇わない」
赤井が誰のことを考えているのかは分かる。目を瞑れば思い出せそうなほど鮮明な記憶。いくつか年下の少女の手は強引なくせに温かく、振りほどけなかったのを覚えている。……強引で面倒見がよく、真っ直ぐな人だった。
「……彼女は宮野明美ではない。……二人とも、別の人間だ」
「分かっているさ。まあ、つまりはいつその『死ぬまで』がいつ誰に来るかは誰にも分からないから後悔のないようにしておけ、ということだ」
「なんだ、まだるっこしい言い方しなくても喋れる?じゃないですか。……彼女は安全です。それにこの局面、いつ死んでも後悔はありませんよ。その覚悟はしている、見くびらないでもらいたい」
明日組織に戻ればその場で心臓を撃ち抜かれるかもしれない。焼けた刃の上を素足で駆け抜けるかのような緊迫した日々が待っている。だが後悔はない。組織の壊滅のためにこの命が必要なら捧げる覚悟はとうに出来ている。出来ていなかったのか沙紀を巻き込む、その覚悟だけ。だからもう、
(いや、後悔がないと言ったら嘘になるか)
降谷零は薄く微笑んだ。そして安室透として使っていたスマートフォンを取り出した。巧妙に偽装されてはいたが軽量化された追跡アプリがインストールされている。誰が仕込んだのかはもはや自明。……きっと何かの時には役に立つのだろう。だが万が一にも沙紀の元につながる何かを残す訳にはいかない。
「……悪いがお見通しだ」
そう呟いて、降谷はそのアプリを削除した。
「……あー、やっぱそっちは気づくよねえ」
都内のあるマンションの一室でパソコンの画面を見つめながら女は呟いた。ちょうど今、とある端末からの回線が切られた。だが。
「まあ風見さん嘘は言ってないからね。……今は風見さんの協力者だし」
