「だからその手を捕まえる」
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風見さんが機材関係を運んできたのは私が一方的に協力者終了の通告をされた翌日の昼のことだった。まさしく昨日の今日、である。有り難いのは有り難い。けど。
「……大丈夫なんですか?しかもこんなに大量に。バレません?」
「問題ありません。……実を言うとあなたは書類上まだ協力者のリストに残っている」
「え?」
協力者は公安のさらに上、警察庁のゼロが一括管理している。協力者の詳しい情報を知るのは担当の刑事とゼロの中でも上層部の人間だけ。そう聞いていたし、盗み見た資料でもそのようなことが書いてあった。つまり協力者というのは重複や管理ミスが起きないようになっている。そのはずなのに。
「それがゼロ自体はあなたを手放す気はないようです。……どうやら事件に巻き込まれたあなたが危険が過ぎると解放を求めた、折衷案として一時的に遠ざけ、管理を私に移す、降谷さんからはそう報告されているそうで」
「そんなの一言も言ってない……」
「いつものアレですね」
「違法作業」
「……我々としても知識もあれば技術もあるあなたを手放すのは惜しい、そう考えています」
「惜しい、っていうか野放しにできない、ですよね」
「……ええ。その通りです」
普通に考えれば分かること。分かりきっていた。だからこそ驚いた。降谷くんがまさか私を解放するなんて。……いや、無意識のうちに予想はしていたのかも。彼の変な罪悪感からしていつか手を離そうとする、なんて。
「上には交渉の結果として危険度の低い作業をやらせていると報告し、降谷さんには上層部との口裏合わせのためにそういう報告をしている、としておきます。降谷さんがここに足を運ぶこともないでしょうし」
「……風見さんなかなかこう、胃の痛いポジションですよね。すみません。チョコレート動画で脅しておいてなんですけど」
「いえ、これくらいで根を上げていては公安は務まりません。必要とあらば誰であろうと欺きます。……降谷さんがしたように、必要とあらば」
……例のIotテロ絡みの協力者のことだろうか。詳しく聞いた訳ではないけどそのざっとした顛末はちょっと聞いてしまった。降谷くんが公安検事の非公式協力者を自殺に見せかけ戸籍を捏造することで処分したこと。そしてそのことを風見さんにすら伏せていたことも。
「風見さんも悪い顔似合いますね、なかなか」
「公安ですからね。必要なら尋問でも拷問でも」
「……やっぱり風見さんによる期間限定抹茶チョコレート食べ比べ品評会の動画公安に流しときます?これで部下の方から怖いだけの上司と思われませんよ?」
「この時期に公安部がハッキングは洒落になりませんので」
そう言って澄ました顔で眼鏡を直す。一応一つ年上だけど、降谷くんとは違う意味でそうは見えない人だ。なんとなくこう、憎めない可愛さというか。もちろんそれだけの人ではないのはよく知っている。
「……じゃあ例のもの、よろしくお願いしますね」
「ええ。明日までには用意します」
「助かります。……降谷くんが潜る前に仕上げないと」
「では、また」
アイリーン・アドラーという女性は国王を脅迫し、ホームズの機転と推理で一度はその脅迫材料の場所を悟られてしまう。だが悟られたことに気づき、逆に彼を尾行して一枚の写真を残したという。『the woman』の置き土産。……なんて言ったら少し格好つけすぎだろうか。
たまたま一月ほど前に見たニュース番組にそれは取り上げられていた。画期的、これは医療の現場や介護の現場で大きく役に立つだろう、と。一般発売はされていないので入手はほぼ不可能。けれど公安であれば協力者の網を手繰れば可能なのではないか?……見事に引っかかっていた。とりあえず中身はなんとかするとして、外観上も降谷くんも組織の人間も騙せるように改造しておくべきだろうか?こう、バーボン的なお洒落な雰囲気に。
「まあイケメンは何しててもイケメンだからなあ……」
でもだからといって何もかもが許されると思ってもらったら困る。あの朝私の手を捕まえて笑ったあの顔。ヒロくんを連れてきたときの無邪気な笑顔。……その後、ヒロくんのことを問い詰めたときの顔。意を決して私に組織のことを教えてくれたときの真面目な顔。米花町で喫茶店の店員さんしてたときの胡散臭いくらい爽やかな笑顔。……それから。「お前までいなくなるのかと思った」、私を抱きしめて言ったときの、あの顔。全部覚えている。忘れられない。忘れられるわけがない。
いつから恋をしていたのって?いや、いつから愛してたんだろう、かな。傲慢と言ってもいいくらい自信家で時々負けず嫌い。仲間思いといえば聞こえはいいけど結構排他的。降谷くんはとてつもなく顔が良くて頭も運動神経も良いからつい忘れられがちだけど、普通に欠点のある人間なのだ。そしてそんなところを可愛いと、愛しいと思ってしまったのが始まりだった。私を利用するその目に恋をした、なんて言ったらあまりにも盲目的でどうしようもなくて、でもそれが真実なのだから仕方ない。私にはこう、自分が思うより随分と情熱的なところがあったらしい。我ながらこの年になってかよ、とは思うけど。
――おそらくだけどこの作戦、私にやれることは少ない。だからゼロもこのタイミングで一時的ならばと私の作業停止を認めたんだろう。そこもきっと降谷くんは読んでいる。
情報屋バーボンの協力者なら非公式個人ハッカーでもそこそこやれるけど、ひとつの組織を潰すための、となるとそこは国家や組織に所属し呼吸を合わせられるチームの方が強い。でも逆に私だから、私のような人間だからできることもある。風見さんに頼んだのはその助けとなるもの。
「問題はおとなしくつけてくれるかなんだよね……」
いざというときの通信端末、とでも言っておく?まあそこは私の出る幕じゃない。彼の最も信頼する部下、チョコレート魔人の出番だ。
パソコンの画面に明日届く予定の物の画像が表示される。彼女はそれを見て悪戯っぽく微笑んだ。新しい玩具を見つけた子供のように、そして。愛しい人を思う少女のように。
「……大丈夫なんですか?しかもこんなに大量に。バレません?」
「問題ありません。……実を言うとあなたは書類上まだ協力者のリストに残っている」
「え?」
協力者は公安のさらに上、警察庁のゼロが一括管理している。協力者の詳しい情報を知るのは担当の刑事とゼロの中でも上層部の人間だけ。そう聞いていたし、盗み見た資料でもそのようなことが書いてあった。つまり協力者というのは重複や管理ミスが起きないようになっている。そのはずなのに。
「それがゼロ自体はあなたを手放す気はないようです。……どうやら事件に巻き込まれたあなたが危険が過ぎると解放を求めた、折衷案として一時的に遠ざけ、管理を私に移す、降谷さんからはそう報告されているそうで」
「そんなの一言も言ってない……」
「いつものアレですね」
「違法作業」
「……我々としても知識もあれば技術もあるあなたを手放すのは惜しい、そう考えています」
「惜しい、っていうか野放しにできない、ですよね」
「……ええ。その通りです」
普通に考えれば分かること。分かりきっていた。だからこそ驚いた。降谷くんがまさか私を解放するなんて。……いや、無意識のうちに予想はしていたのかも。彼の変な罪悪感からしていつか手を離そうとする、なんて。
「上には交渉の結果として危険度の低い作業をやらせていると報告し、降谷さんには上層部との口裏合わせのためにそういう報告をしている、としておきます。降谷さんがここに足を運ぶこともないでしょうし」
「……風見さんなかなかこう、胃の痛いポジションですよね。すみません。チョコレート動画で脅しておいてなんですけど」
「いえ、これくらいで根を上げていては公安は務まりません。必要とあらば誰であろうと欺きます。……降谷さんがしたように、必要とあらば」
……例のIotテロ絡みの協力者のことだろうか。詳しく聞いた訳ではないけどそのざっとした顛末はちょっと聞いてしまった。降谷くんが公安検事の非公式協力者を自殺に見せかけ戸籍を捏造することで処分したこと。そしてそのことを風見さんにすら伏せていたことも。
「風見さんも悪い顔似合いますね、なかなか」
「公安ですからね。必要なら尋問でも拷問でも」
「……やっぱり風見さんによる期間限定抹茶チョコレート食べ比べ品評会の動画公安に流しときます?これで部下の方から怖いだけの上司と思われませんよ?」
「この時期に公安部がハッキングは洒落になりませんので」
そう言って澄ました顔で眼鏡を直す。一応一つ年上だけど、降谷くんとは違う意味でそうは見えない人だ。なんとなくこう、憎めない可愛さというか。もちろんそれだけの人ではないのはよく知っている。
「……じゃあ例のもの、よろしくお願いしますね」
「ええ。明日までには用意します」
「助かります。……降谷くんが潜る前に仕上げないと」
「では、また」
アイリーン・アドラーという女性は国王を脅迫し、ホームズの機転と推理で一度はその脅迫材料の場所を悟られてしまう。だが悟られたことに気づき、逆に彼を尾行して一枚の写真を残したという。『the woman』の置き土産。……なんて言ったら少し格好つけすぎだろうか。
たまたま一月ほど前に見たニュース番組にそれは取り上げられていた。画期的、これは医療の現場や介護の現場で大きく役に立つだろう、と。一般発売はされていないので入手はほぼ不可能。けれど公安であれば協力者の網を手繰れば可能なのではないか?……見事に引っかかっていた。とりあえず中身はなんとかするとして、外観上も降谷くんも組織の人間も騙せるように改造しておくべきだろうか?こう、バーボン的なお洒落な雰囲気に。
「まあイケメンは何しててもイケメンだからなあ……」
でもだからといって何もかもが許されると思ってもらったら困る。あの朝私の手を捕まえて笑ったあの顔。ヒロくんを連れてきたときの無邪気な笑顔。……その後、ヒロくんのことを問い詰めたときの顔。意を決して私に組織のことを教えてくれたときの真面目な顔。米花町で喫茶店の店員さんしてたときの胡散臭いくらい爽やかな笑顔。……それから。「お前までいなくなるのかと思った」、私を抱きしめて言ったときの、あの顔。全部覚えている。忘れられない。忘れられるわけがない。
いつから恋をしていたのって?いや、いつから愛してたんだろう、かな。傲慢と言ってもいいくらい自信家で時々負けず嫌い。仲間思いといえば聞こえはいいけど結構排他的。降谷くんはとてつもなく顔が良くて頭も運動神経も良いからつい忘れられがちだけど、普通に欠点のある人間なのだ。そしてそんなところを可愛いと、愛しいと思ってしまったのが始まりだった。私を利用するその目に恋をした、なんて言ったらあまりにも盲目的でどうしようもなくて、でもそれが真実なのだから仕方ない。私にはこう、自分が思うより随分と情熱的なところがあったらしい。我ながらこの年になってかよ、とは思うけど。
――おそらくだけどこの作戦、私にやれることは少ない。だからゼロもこのタイミングで一時的ならばと私の作業停止を認めたんだろう。そこもきっと降谷くんは読んでいる。
情報屋バーボンの協力者なら非公式個人ハッカーでもそこそこやれるけど、ひとつの組織を潰すための、となるとそこは国家や組織に所属し呼吸を合わせられるチームの方が強い。でも逆に私だから、私のような人間だからできることもある。風見さんに頼んだのはその助けとなるもの。
「問題はおとなしくつけてくれるかなんだよね……」
いざというときの通信端末、とでも言っておく?まあそこは私の出る幕じゃない。彼の最も信頼する部下、チョコレート魔人の出番だ。
パソコンの画面に明日届く予定の物の画像が表示される。彼女はそれを見て悪戯っぽく微笑んだ。新しい玩具を見つけた子供のように、そして。愛しい人を思う少女のように。
