林間合宿
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TVをかけると、オールマイトが戦っていた。
その姿はいつもの筋骨隆々じゃなくて、まるで風船がしぼんでしまったかのよう。音声は流れていないけど対峙する敵と、何かを話してるようだった。
焦凍くん、無事に爆豪くんのこと救出出来たのかな。
まさか、ここにいたりしない...よね?
焦凍くんの事を考えれば考えるほどに不安で胸が苦しくなる。
そして、焦凍くんが帰ってきたと冬美ちゃんから連絡が来たのは焦凍くん達が神野に向かって1日経ってからの事だった。
おかえりって、無事で良かったって言いに行きたいけどどんな顔で会えば良いか分からなくて。
それから結局私が焦凍くんに会いに行くことは無かった。
**
それから時間が過ぎ、全寮制となった雄英寮に入寮する日がやってきた。
相澤「これから寮について軽く説明するがその前に1つ。
当面は合宿で取るはずだった仮免取得に向けて動いていく」
砂藤「そういやあったな、そんな話」
芦戸「色々起こりすぎて頭から抜けてたわ」
相澤「大事な話しだ、よく聞け。いいか?
切島、八百万、轟、緑谷、飯田。この5人はあの晩、あの場所へ爆豪救出へ赴いた」
相澤先生の言葉に、当事者である5人だけでなく入院していた耳郎ちゃん、透ちゃん以外のクラスメイト達もバツが悪そうな表情を浮かべた。そしてバツが悪いのは私も同じだった。
相澤「その様子だと、行く素振りは皆も把握していたわけだ。色々棚上げした上で言わせてもらうよ。オールマイトの引退がなけりゃ俺は、爆豪、耳郎、葉隠以外全員除籍処分にしてる」
相澤先生の言葉に、息を飲んだ。
だけど、相澤先生がそこまで言う理由が分からないわけじゃない。
私達は資格も持たないただのヒーロー科の生徒。守られるべき子供だ。
何の指示もなく身勝手に救出作業をした5人と、それを知りながら見て見ぬふりをしていた私達。万が一行った5人に何かあればヒーロー達の手を煩わせ不要な心労を背負わせ、そしてそのせいで更なる犠牲が出たかも知れない。
咎められても仕方がない。
相澤「行った5人はもちろん、把握しながら止められなかった13人も理由はどうあれ俺たちの信頼を裏切った事には変わりない。
正規の手続きを踏み、正規の活躍をして信頼を取り戻してくれるとありがたい。
以上、さあ。じゃあ中に入るぞ、元気に行こう」
「「「いや、待って..行けないです...」」」
寮の中は想像以上に広くてホテルのようだった。
共用スペースにはキッチン、大浴場、ランドリーもあり部屋は各自一部屋。
エアコン、トイレ、冷蔵庫付きと言うビジネスホテルさながら。
今日は部屋作りだけらしく、あらかじめ送ってもらっていた荷物が既に部屋に届いているので私達は荷解きを始めた。
芦戸「ハァ、疲れたー!」
『お疲れさまー』
荷解きを終えて共有スペースに行くと、クラスの半分くらいの人が集まっていた。女子がほとんど固まって何か話していたから私もそこに合流する事にした。
芦戸「風舞も終わったのー?」
『うん、とりあえずダンボールは全部開けたよ』
芦戸「じゃあ皆の部屋見せあっこしようよ!」
葉隠「お〜、それいいじゃん!どうせなら男子も巻き込んで!」
耳郎「えぇ..?」
嫌そうな響香ちゃんを軽くスルーして始める気満々の芦戸ちゃんと透ちゃん。
『強行するみたいだね』
耳郎「超嫌なんだけど...」
芦戸ちゃんと透ちゃんが先導して部屋王と題し全員の部屋を見て回り、誰が1番インテリアセンスがあるのかを決める謎な大会が開催された。
麗日「莉紗ちゃんの部屋も女子っぽーい!」
パステルカラーのカーテンや洋ダンスに寝具。家から持ち込んだ鏡台。
それらが設置された部屋を見て女子のみんなが女子っぽいと褒めてくれた。
『そうかなあ?ありがとう』
この日不参加だった爆豪くんと梅雨ちゃんを除く19人で決めた投票制の第一回部屋王。
映えある優勝者は砂藤くんに決まった。ちなみに全部女子票だったらしく、砂藤くんの部屋で食べた手作りシフォンケーキが理由。インテリアはもはや関係ない。
まあ、かく言う私も同じ理由で投票したんだけど。
部屋王が終わるとお茶子ちゃんが緑谷くん、飯田くん、焦凍くん、切島くん、百ちゃんを呼んでみんなで寮の外に出て行った。
**
部屋に戻り考えるのは焦凍くんの事。
あの日以来、まともに会話をしていない。
幼少の頃からの付き合いだけど、これほど会話をしなかった事が今まであっただろうか。
私が芸能界のお仕事で家を空ける事が多いから久しぶりにあった時はいつも会話が尽きなかった。
イー娘を卒業して毎日焦凍くんと個性の特訓をしていても休憩時間には何かしらの話しをしていた。
雄英に入学してからも、ほとんどの時間を一緒に過ごしていたにも関わらず会話が絶える事はなかった。
それなのに、今は朝と夜に挨拶を交わす程度。
最後に焦凍くんの目を見たのはいつだろう。
最後に焦凍くんの笑顔を見たのは...。
焦凍くんの前で、最後に笑ったのはいつだろう....。
初めて違えたそれぞれの答え。
それによって私たちの関係はガラリと変わってしまった。
あの時、焦凍くんに伝えた私の答えが間違っていたとは思わない。
むしろ感情のままに冷静な判断が出来なかった焦凍くん達が出した答えの方が倫理的にも社会的にも間違ってたと今でも思っている。
私が謝るべきじゃないはず。
だけど、じゃあ....私達が元の関係に戻る為にはどうしたら良いんだろう。
...焦凍くんは今、どう思ってるんだろ。
そうして1人で考えふけていると、ドアを叩く音が聞こえた。
ふと時計を見ると部屋に戻ってから1時間も経っていた。
それほどの長い時間ボーッと考え込んでいたんだ、私。
そして、もう消灯時間にもなるこの時間に誰だろう。
返事をするとドアの向こうから聞き馴染んだ低音ボイスが聞こえて来た。
轟「今、良いか?」
『焦凍くん?うん....』
ドアを開けると焦凍くんが罰の悪そうな顔で立っていた。
轟「夜遅くに悪りぃ」
『ううん、大丈夫。何かあった?』
轟「話したい事あって。時間、大丈夫か?」
『あ、うん。じゃあ、中にどうぞ』
ドアを大きく開いて焦凍くんを中に促すと焦凍くんはゆっくり部屋の中に入って来てローテーブルの前で立ち止まった。
『座って?』
轟「あ、あぁ」
どこか挙動不審に見えるのは最近の事もあって気まずいだけかな。
そうは言っても私も気まずい事には違いなく、お互い視線を合わせられずにキョロキョロとしたまま黙ってしまった。
『あ、す...座ってね!今、お茶入れるね?』
轟「あ、あぁ..悪い」
ケトルでお湯を沸かし茶葉を入れた急須にお湯を注ぎローテーブルまで運びあらかじめ出しておいた湯呑みにお茶を注いで焦凍くんの前に差し出した。
『これね、卒業ライブで静岡行った時に買って来てあったの忘れてたんだ』
轟「あぁ、そういや絶対買うって言ってたもんな」
『うん、たくさん種類あって迷っちゃった』
轟「お前も茶葉にだけは目がないからな」
『ふふ』
きっかけは些細な話題だったけど、何とか自然に会話が出来た事に少しホッとして肩を撫で下ろした。
だけど、焦凍くんはきっと雑談をしにここまで来たわけじゃない。
『それで、話しって?』
轟「さっき、蛙吹と話した」
『梅雨ちゃんと?あぁ...もしかしてみんなでお茶子ちゃんに呼ばれてたのってそれ?』
轟「あぁ、俺達が強行で爆豪救出に行って蛙吹がどう思ってたか話してくれた」
宥め落ち着かせるように切島くんや焦凍くんを止めていたみんなとは反対に、梅雨ちゃんははっきりと正論を叩き付けて2人の行動をヴィランと同じだと批判し止めようとした。
だけど、2人は怪我人の緑谷くんまで奮い立たせて爆豪くんを助けに行ってしまった。あろう事か、まだ完治していない百ちゃんまでも一緒だったなんて...。
梅雨ちゃんからすれば、悲しかったはず。クラスメイトに対して心を鬼にしてきつい言葉を使っていた。それだけ、危険な真似はして欲しくなかったんだから。
『そりゃ、梅雨ちゃんからすれば悲しいよ。梅雨ちゃんが言いたくもない辛辣な言葉を選んで止めようとしたのに説得出来なかったんだから』
梅雨ちゃんだけじゃない。
無事だったから良かったようなものの私だって、力づくでも止めるべきだったんじゃ...って何度も思った。
焦凍くんは止まらない、考え方を変えないからと言い聞かせて見て見ぬふりをした。それは、実行した焦凍くん達と同じ過ちを犯したとようなものだ。
本当に行ってしまった焦凍くん達への怒りや安否に対する不安。色んな思いが交錯した。
皆だってそう。
相澤先生から爆豪くん救出の話しを聞いて、心底裏切られた気持ちになっただろうけど、きっと止められずみすみす行かせてしまった自分達の事も不甲斐ないと感じてると思う。
今日は普通にしてたけど、本当は心の中に色んな思いを抱えているはず。
焦凍くん達が強行したから、他の皆までも危うく除籍処分になるところだった。だけど危険を犯しても助けに行こうとする焦凍くん達の気持ちが分からないわけじゃない複雑な心境。
でも気まずくなったりクラスがバラバラになるのは嫌だから皆必死にいつも通りでいるようにしてる。
轟「分かってる。だからお前の事も傷つけたと思って」
『傷つけた..?』
轟「お前の事弱いとか、足手まといにしたつもりはなかった。お前は行くのに反対だったから、賛同しなくて良いから心配するなって言ったつもりだったんだ。
それにお前にあんな風に突き放す事言われたのは初めてだった。けど、言わせたのは俺で...蛙吹の話し聞いて、お前もきっと傷ついたんじゃねぇかって」
『...皆、自分勝手をした焦凍くん達を責めたい気持ちがないわけじゃない。だけど同時にその心情も理解も出来る。だから、クラスがバラバラにならないように...必死に受け入れようとしてるの』
皆、このクラスが大好きだから。
バラバラになんかなりたくないから。
だから、元の仲の良いA組に戻れるように努力してる。
人の過ちを責めるんじゃなくて、受け入れて寄り添っていけるように。
『皆、大切な仲間だから』
轟「莉紗...悪かった」
『私は、ヒーローを志す者として皆よりスタートは遅すぎた。でも、今は私もこの個性で皆と同じように困ってる人を助けたいし、守りたい。
何より、私も1年A組の1人だから』
アイドルがヒーローを目指す。
それは賛否もあり、冷ややかな視線も向けられた。ヒーローを舐めるなと心ない言葉も投げられた。
それでも、子供の頃一度は夢見たヒーローと言う職業を再び夢見ることが出来たのは。
ヒーローになる為の一歩を踏み出すことが出来たのは。
他の誰でもない焦凍くんが背中を押してくれたから..。
幼少の頃からヒーローになる為に厳しい訓練を強いられ、そして自らの夢のため努力を惜しまなかった焦凍くんの足元にも及ばない私だけど。
後ろにはいたくない。
私は、焦凍くんの横に立ちたい。
背中を預けてもらえる、そんなヒーローになりたい。
『私は、焦凍くんの隣に立てるヒーローになる。焦凍くんに守って貰うばかりじゃない。焦凍くんの事を守れるヒーローになる』
私が強くなれば、焦凍くんも強くなる。距離なんて縮まらないかもしれない。それでも、いつか同じ場所で一緒に立つために私は努力し続ける。
そんな生半可な覚悟でヒーローを目指したわけじゃないから。
ずっと焦凍くんに守られて来た。
救われて来た。
焦凍くんに寄りかかり続けていた。
『待ってて、焦凍くん』
そんな私が焦凍くんから自立した。
それはヒーローになる為の、確かな私の第一歩だった。
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