Season5
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翌日。私はインターンの再登録の手続きをしにエンデヴァー事務所に出向いていた。
受け付けで名前を伝えると受付の人が所長室まで案内してくれた。
エン「よく来たな」
所長室のドアをノックして中に入ると、デスクに座りPC作業をしていたおじさまがデスクから立ち上がった。
『また受け入れてくれてありがとう、おじさま』
エン「当然だ。寛治たちからも頼まれていたしな。次からは焦凍も来るが、その...焦凍は、何か言っていたか?」
『何か?』
エン「ああ、その...」
言葉を濁しながら聞くおじさま。まあ言いたい事は何となくわかるけど。
『赫灼の習得に気合入ってるよ』
エン「...そうか」
変わらない表情なのにどこか嬉しそうにも見えるおじさまの様子に親バカ...と小さく呟いたのは私だけの秘密だ。
と、ここで私は今日来た目的の1つを思い出した。
『あ、そうそう。折り入っておじさまにお願いがあるんだけど』
エン「何だ。何でも言ってみろ」
『友達を2人、インターンで受け入れてもらえないかな?』
エン「友達?」
『うん、1人は体育祭優勝の爆豪。もう1人は2回戦で焦凍くんと対戦した緑谷』
エン「理由は何だ?」
『職場体験では爆豪はジーニスト、緑谷はナイトアイの所に行ったんだけどおじさまも知っての通り双方インターンの受け入れが出来なくなって2人共今宙ぶらりんなんだ』
エン「そうか」
少し答えに渋っているような難しい表情をしているおじさま。
焦凍くん以外見るのホントに嫌なんだなー...。
もうワンプッシュ必要そうだ。
『焦凍くんからの頼みでもあるし』
エン「.....お前達の頼みなら仕方あるまい」
『ホント?ありがと、おじさま』
No.1ヒーローもちょろいもんだ、と思った事は墓場まで持って行こう。
おじさまから2人に渡す書類を預かった私はエンデヴァー事務所を後にした。翌日、2人に預かった書類を渡し手続きの流れを説明した。
緑谷「え、ホントに受け入れてもらえたの?」
『うん、全然大丈夫だったよ』
轟「悪いな任せて」
『ううん、私も行く用事あったし』
爆豪「No.1の所でインターン。悪くねェ」
よし、友達の為に人肌脱ぎ終わった。清々しく年末を迎えられるぞ。
***
そして、日は流れ大晦日。
全寮性化の経緯から、帰省は難しいと思われたけどプロヒーローの護衛つきで1日だけ我が家に戻れる事になった。
冷「そっか、お家に帰れて良かったね」
楓子「冷ちゃんも、早くお家に帰れるといいね」
私と焦凍くんは私の母に迎えに来てもらい冷さんのお見舞いに来ていた。
寮に入ってからお見舞いに行けてなかったしこの先もいつ行けるか分からなかったから母さんに話したら、母さんも冷さんとしばらく会えてなかったみたいで一緒に会いに来ることになった。
冷さんも母さんも久しぶりに会えた事をすごく喜んでいてそんな2人の様子を見て焦凍くんと良かったね、なんて話していた。
冷さんは最近落ち着いて来ていて退院の日も近いかもってお医者さんに言われたみたいで4人でご飯を食べ終え、焦凍くんと2人にしてあげようと思ったから冷さんに必要なものを聞いて母さんと買い出しに出てきた。
楓子「長袖のインナーと、厚手の靴下...」
『レターセットもね』
楓子「お手紙でも書いてるのかな?」
『焦凍くんと文通してるの』
楓子「そうなんだ、焦ちゃんからのお手紙嬉しいだろうなあ。冷ちゃん」
そう言ってクスクス笑う母さん。
私も変わったな...母さんと2人で買い物をする日が来るなんて思ってもいなかった。
もっと空気が重いとか、気まずいとかそう言った空気になるかとおもいきや存外そんなこともなく思いのほか普通に会話が出来た。そして普通に話しをするようになった最近知った事だけど母さんはよく喋る。話し出すと止まらない、いわゆるマシンガントークというやつか。仕事の様子とかをテレビで見ても、基本先陣を切ってサポートさせる事が多いおじさまと違いどんな人とでも連携をスムーズにこなし先陣を切ったりサポートに回ったりと臨機応変に動く母の姿を見てこれぞ血は争えぬというやつかと思う反面知らない人誰にでも気軽に話かけたり話を弾ませられるコミュ力の高さを目の当たりにし蒼兄のコミュ力はここから来てるのかと判明した次第。
楓子「ばいばーい!」
今しがた可愛い赤ちゃんね、と母さんが話しかけた親子。
振り返るとウィンドリアが居て驚いたのか少々動揺した様子でいつもTVで見てます!なんて言って握手を求められていた。
『(ウィンドリアとしてファンサービスしに行ったのかただの話し好きのおばさんが子供に構いに行ったのか....)』
楓子「あんな時あったなー」
『何が?』
楓子「莉紗も、蒼くんも」
『.............』
突然私達の幼少期の事を話しだした母さん。
楓子「パパ、ママって呼んでくれた時はうれしかったな。梨央はお父さんお母さんだけどね」
『.....記憶にございません』
記憶にある限り最初から父さん、母さんって呼んでた気がするけど。
楓子「ふふ、そうだよね。ありがとう」
『だから、何が?』
楓子「私達があんなんだったのに、立派に育ってくれて」
『..........................』
楓子「蒼くんも、莉紗も、梨央も、寛太も...みんなお母さん達の誇りだよ」
昔ならこんな言葉を言われても全く私の心に響かなかったと思うし、その言葉自体が自分達の理想を叶える為の手法なんだろうとただ嫌悪にしか感じなかったはず。
だけど最近の母さん達の姿を見ていればその言葉が偽りでもなんでもなく、本心で言ってるのが分かるからこそ、その言葉を素直に嬉しいと思える。
『どーも』
だけど、急に今までの距離感を縮めるのは気恥ずかしくて私はこんな素っ気ない返答しか出来なかった。
***
それぞれの自宅まで母さんに送ってもらった私達。
楓子「じゃあ莉紗。悪いけど家の事お願いね。焦ちゃんも、炎司くんによろしく言っておいて?」
轟「ありがとうございます」
『どうもね』
私達を送り届けた母さんは慌ただしく、また仕事へと戻っていった。
轟「おばさんも忙しそうだな」
『仮にもNo.4だしね』
轟「こっち来るか?」
『行くつもりなくてもどうせ寛ちゃんが行くって騒ぐだろうからね。それに父さんもリモートとはいえ、インターンの事で忙しいだろうし』
轟「じゃあ寛太達迎えに行くか」
『ん』
一緒に私の家に行くと案の上、インターン生受け入れの準備でPCに張り付きになっていた父さん。
梨央が寛太と遊んでいてくれたみたいで家に着くや否や2人で駆け寄って来て焦凍くんを見た寛ちゃんが目を輝かせて抱っこをせがんでいた。皆で焦凍くんの家で年越しをすることを伝え、父さんに声をかけて2人を連れて冬ちゃんの待つ家へと向かった。
冬美「おかえり焦凍、莉紗ちゃん!梨央ちゃんと寛ちゃんもいらっしゃい!」
玄関で靴を脱いでいたところで、家の奥からバタバタと小走りでやってきて濡れた手をエプロンで拭いながら、満面の笑みを浮かべる冬ちゃん。
轟「ただいま」
『ただいま』
寛ちゃんがまるで我が家のように靴を脱ぎ散らかし走って家の中に入っていったのを梨央が追いかけた。
『2人とも手洗ってよー』
冬美「今年は帰って来られないんだろうなって思ってたからびっくりしちゃった。お腹空いてる?」
轟「いや...なんか作ってる?」
台所に近づき、漂ってくる様々な匂いに焦凍くんが鼻を鳴らした。
『おせちじゃない?』
冬美「うん、そうそう!おせちを...あっ、沸騰しちゃう!!」
冬ちゃんは思い出したようにハッとして台所に駆けていった。
台所を覗くと、鍋の火を止めて一息ついていた。
テーブル兼作業スペースには既に出来上がっている黒豆や田作り、栗きんとん、伊達巻などが用意してあった。毎年おせち作りは冬ちゃんが腕によりをかけての恒例行事。
仕事納めをした後にマメだな~と尊敬の念を送っているのも毎年恒例だ。そんな中黒豆に伸びる手が視界に入り、その手をぺチンと叩いてやった。
『焦凍くん、手洗ってからね』
冬美「そうそう、うがいもね」
轟「わかった」
洗面所に向かっていった焦凍くんの後ろ姿に冬ちゃんが声をかけた。
冬美「お腹空いてるなら何か作るよ」
轟「いや、おかあさんとおばさんと4人で食べて来た」
そう言って洗面台に入っていった焦凍くん。1,2分で戻ってきて黒豆を1つつまみ口に放り込んだ。
冬美「美味しい?」
冬ちゃんに聞かれ黙って頷いた焦凍くん。
冬美「栗きんとんもたくさん作っといたからね」
轟「ああ、そういや昔から好きだったよな」
そう、幼い頃から大好きだった栗きんとん。
それを2人が覚えていてくれた事に胸がなんだか暖かくなった。
『うん、大好き。ありがとう』
冬美「あ、今日夏も帰ってくるよ。....お父さんも」
焦凍「......ん」
否定とも肯定ともつかない返事をする焦凍くん。
冬ちゃんも私も困った顔をして小さく笑ったのは焦凍くんには秘密。
轟「なんか手伝う?」
冬美「いいよ、せっかく帰って来たんだからゆっくりしなよ」
そう言って冬ちゃんが焦凍くんの申し出を断ると焦凍くんが手持無沙汰な顔をした。
『焦凍くんが手伝ったら仕事増えちゃうじゃん』
轟「俺だってやる時はやる」
私の皮肉に真顔で返してくる相変わらずのボケっぷり。
そんな私達のやりとりに冬ちゃんが笑った。
冬美「じゃあ、焦凍たちの布団、部屋の窓に干してあるから取り込んでくれる?」
轟「わかった」
『私はおせちの手伝いするよ。焦凍くん、寛太達お願いしていい?』
轟「ああ」
***
冬美「そっか、焦凍。学校でも蕎麦ばっかりなんだね」
『お昼は大体蕎麦なのに夜にも蕎麦っていう時あるから参っちゃうよ、もう』
キッチンで冬ちゃんと会話しながらおせち作りをしている所に「ただいまー」という声が玄関から聞こえた。
冬ちゃんと玄関まで迎えに行くと、玄関に並ぶ靴を眺めながらぼーっとしている夏くんがいた。
『夏くん、久しぶり』
夏雄「あ、莉紗ちゃん。久しぶり!」
冬美「どうしたの?」
夏雄「いや、莉紗ちゃん達もう帰ってたんだね」
冬美「うん、あれ?そういえば遅いなぁ」
『あ、そういえば...』
夏雄「どうしたの」
冬美「お布団取り込んでって言ってから随分経つなぁって」
夏雄「俺があとから見てくるよ」
『そういえば、夏くん。彼女さんは?』
冬美「ホントだ!連れてくると思ったのに」
私達がからかうように言うと夏くんは照れくさそうに「彼女も実家で過ごすんだよ」と至極当たり前な回答が返って来た。
夏雄「でも、初詣は一緒に行くけど」
照れくさそうに後付けした夏くんの様子に冬ちゃんと顔を見合わせた私。
冬美「もうーっ!初々しくてこっちが照れちゃう!」
『アオハルだねぇ』
夏雄「なんだよ、そっちが訊いといて」
頬を赤らめながら気まずそうに言う夏くんにごめんごめんと謝る冬ちゃん。
冬美「良いからほら!手洗いとうがい」
夏雄「分かってるってば」
冬美「あ、それと...今日お父さん仕事終わったら早めに帰ってくるって。ご馳走いっぱい買ってくるって言ってたよ」
少し言いにくそうに伝えた冬ちゃん。
夏くんはその言葉を聞いて先ほどまでとはうって変わって嫌悪に満ちた表情を浮かべた。
夏雄「...俺、あいつが帰ってくる前には行くから」
冬美「夏...」
『夏くん..』
夏くんの言葉を聞いて冬ちゃんの表情が曇った。
そんな冬ちゃんを見て夏くんも、おじさまへの気持ちはどうであれ冬ちゃんのその表情に夏くんも胸を痛めてる様子だった。
夏雄「ごめん..」
冬美「...とりあえず年越しそばは食べるよね?手打ちだよ」
気まずくなった雰囲気を取り払うように明るく言う冬ちゃん。
冬ちゃんのこういう所、尊敬するなぁ。
私も轟家のみんなもどれほど助けられた事か...。
と言うか...。
夏雄「姉ちゃん蕎麦打ち職人になれんじゃないの?」
冬美「近所のお蕎麦屋さんに筋がいいって褒められた!」
どうしたら小学校の教師と言う中々に忙しい仕事しながらこんな大きな家の家事をしながら蕎麦を手打ちしようと思うんだろう。
焦凍くんが好きだからだとは思うけど、ホントに頭が上がらなくなるよね。
『冬ちゃん、私も練習したい』
冬美「うん、もちろん!」
夏くんが手を洗いにその場を離れて、私と冬ちゃんはキッチンに戻り、さっそく蕎麦打ちの準備に取り掛かった。
冬美「そう言えば莉紗ちゃんも蕎麦打ち興味あるの?」
『焦凍くんに誕生日何がいいか前に聞いたらプレゼントはいらないから手打ち蕎麦作ってくれって無茶難題言われて』
冬美「それはむしろお高いプレゼントお願いされた方が有難かったね!」
『ホント、それー。それで焦凍くんが喜ぶならって何だかんだ蕎麦打ちセットを買ってしまった私も私だけど...』
冬美「ふふ...愛されてるなー、焦凍」
『......そういうわけじゃ』
何だか嬉しそうに話す冬ちゃんに否定したいのに否定できなくなる私。いや、そもそも間違いではないから否定は出来ないんだけど。改めてそう言われると死ぬほど恥ずかしい。
冬美「照れない照れない!」
そんな私の心情をまるで見抜いてるかのような冬ちゃん。
途中疎遠の時期があったとはいえ、伊達に幼少期から見てない。
***
冬ちゃんに蕎麦打ちを教えてもらっていると、夏くんが1人でキッチンに戻って来た。
『夏くん、焦凍くんは?』
夏雄「寝てた」
冬美「あら、疲れてたのかなぁ。あ、重箱届かないや」
『あ、私取るよ』
棚の一番上にしまってある重箱に粘着糸をくっつけて他のものが倒れてこないよう風を起こして抑えながら小さな竜巻に重箱を乗せ作業台の上に置いた。
冬美「すごーい!そんな使い方も出来るんだね。さすがヒーロー志望!」
『ありがと』
私達がそんな会話をしているよそで夏くんが思いつめた顔をしていたのにふと気づいた私。
『夏くん、どうしたの?』
夏雄「俺達、何でエンデヴァーの家に生まれちゃったんだろ」
冬美「えぇ?難しい質問するなぁ」
夏雄「莉紗ちゃんだって、思ったことない?何でこんな家と付き合いがあったんだろって」
『え?』
夏雄「だってさ、そうじゃなかったら普通に仲良く暮らしてたかもしれないし莉紗ちゃんだって傷つくことも追い出される事もなくずっと仲良くいれてたかもしれないじゃん」
冬美「夏....」
夏くんも口にしないだけで本心では、冬ちゃんと同じように普通の家族に憧れている。だからこそそう思わずにいられないんだと思う。
それに、私の事も本当の妹のように思ってくれているからこそいつも私の事にでも心を痛めてくれる。
夏雄「分かってるよ、普通の家にだって色々ある事くらい。でも、でもさ。あいつが母さんの個性が欲しくて結婚なんてしたからこんなことになったんだ。なのに、あいつ...っ」
悔しそうに歯を食いしばった夏くん。だけど、1つ拳を強く握るとふーっと息を吐いた。
夏雄「やめた!あいつの話しするだけで腹立って腹減って来た!」
そう言って夏くんは誤魔化すように皿に乗ってあった伊達巻を1つ手にして口に入れた。
夏雄「うん、やっぱ姉ちゃんの伊達巻うまい!」
冬美「そりゃあお母さんのレシピだもん!ほら、食べてないで重箱詰めて!」
夏雄「はーい。伊達巻ここでいいの?」
冬美「うん、そこ。....伊達巻はね、巻物みたいだから学業成就とかの意味が込められてるんだって。だけどお母さんの実家では丸く巻いてるから家庭円満も願ってるんだって。だから毎年、これは気合入れて作ってるんだ」
昔は冷さんのおせちも食べていたし冬ちゃんのおせちも中学の時に食べた事あったけど、そんな深い意味が伊達巻に込められていたのは初めて聞いた。
夏雄「...莉紗ちゃん。ごめんな」
『え、何が?』
夏雄「俺、時々さ。焦凍や莉紗ちゃんがあいつに虐待みたいにされてた時、もっとちゃんと止めればよかったなって思うんだよね...」
『夏くん....』
夏雄「2人共まだ本当に子供だったから、逃げたくても逃げられるわけなかったじゃない。あいつに俺達なんてどうでもいいように扱われて面白くなかったけどさ。焦凍がされてた事に比べたら全然大したことない。それに....」
それまで明るい雰囲気を保ちながら話していた夏くんの表情が一気に暗くなった。
夏雄「俺よりもっと小さい莉紗ちゃんが、焦凍を守るためにあいつの前に立ってる姿見て自分の方が兄貴なのになんか情けなく感じてさ」
思いつめた様子で話す夏くん。もしかしてずっとそう思っていたんだろうか。
夏くんも優しい人だから、長い間気に病んでたのかな...。
そんな夏くんの頭に冬ちゃんがぽんぽん手を置いた。
夏雄「姉ちゃん?」
冬美「夏だって辛かったでしょ。...自分の辛さを人と比べなくていいの」
そう言って穏やかな表情で夏くんに言った冬ちゃん。
『夏くん...』
夏雄「ん?」
『神野事件の後、3人ともああ言ってくれたけど...。でもやっぱり思うよ。うちも普通じゃなかったから。おかしかったからここの人達とこんなに強く繋がれたって』
夏雄「莉紗ちゃん...」
『確かに辛くなかったと言えばウソになるけど。それでも、ここで暮らしていた日々に後悔はないしみんなとの繋がりは私にとって今も昔も大切だよ』
冬美「莉紗ちゃん...」
『私の事本当の妹のように思って大切にしてくれてありがとう。でも...だからこそ、私の事で気に病まないで』
「夏兄?」
突如背後から聞こえたその声に皆で振り向くと、眠そうに目を擦りながら焦凍くんが立っていた。
夏雄「おう起きたか。さっき部屋まで行ったんだぞ」
少し慌てた様子で言う夏くんに冬ちゃんが小さく苦笑いした。
冬美「あんまりすやすや寝てたから起こせなかったんだって」
轟「全然気づかなかった」
『昨日夜中まで特訓してるからー』
冬美「そうなの?頑張ってるんだね」
轟「ああ...なんか進展具合が納得できなくて。起こしてくれて良かったのに」
嘘をついたり誤魔化すのが苦手な焦凍くんがもしさっきの話しを聞いていたらきっと迷うことなくその話題について追及やら言及やらしてくるはず。そうしない所を見るとどうやら聞いていなかったようだ。台所の入口に立っていた焦凍くんが中に踏みこんできた。
轟「俺も手伝う」
気持ちは嬉しいけど残った作業はお重に料理を詰める作業。
不器用な焦凍くんがこなせそうな作業はない。
冬ちゃんもそう思ったのか辺りを見回し何か焦凍くんが出来そうな事を探してるようだった。
冬美「台所は良いから2人で池の鯉にエサあげてきてくれない?」
夏雄「餌あげるだけなら1人でいいんじゃ...」
冬美「2人の方がはかどるだろうし、庭の様子も手入れが必要な所がないか2人でチェックしてきてくれたら助かるなぁ」
何とも無理やりこぎつけたような理由に私も苦笑いを浮かべた。
大方夏くんと焦凍くんを2人にして親睦を深めさせようとしてるんだろうなぁ。
夏くんはそんな魂胆に気づいてそうだけど、鈍感な焦凍くんは「わかった」とか言ってさっさと庭に向かっていった。
『あ、焦凍くん。寛ちゃんそろそろ昼寝から起きるだろうから悪いけど起きたらお願い』
轟「ああ、分かった。梨央は?」
『今冬休みの宿題やってる』
轟「偉いな」
『どうせ私は真面目に勉強してないですよ』
轟「??」
***
2人が庭に捌けたのを見届けて私と冬ちゃんは小さく息を吐いた。
『冬ちゃん、ちょっと強引に理由こじつけたね』
私が笑って言うと冬ちゃんもつられて笑った。
冬美「うん、会話しない事にはお互いの事知れないからね!でも焦凍は素直だから疑心にもならないし夏はなんだかんだ私に弱いから上手くいったでしょ?」
『確かに』
2人でお重に料理を詰めたり、おせち以外の料理を準備している所に夏くんと焦凍くんが戻ってきた。
のは、良いけど何故か冬の年の瀬に二人は頭から足先までびしょ濡れになっていた。
『....どした?2人共』
轟「池に落ちた」
『....ちょっと。仮免ヒーローさん?』
夏雄「俺が悪いんだ、急にボール投げたりしたから」
冬美「もう何やってたの!ほら、早くお風呂入って!」
そう言ってびしょ濡れの2人の背中を押し浴室に押し込んだ冬ちゃん。
冬美「あ、いけない!醤油切れちゃった。おもちも取りに行かなきゃだし...」
『あ、じゃあ私行ってくるよ?個性使ってびゅびゅっと...』
出かける準備をしようとしたその時遠くから泣き声が聞こえた。
寝起きの悪い弟が不機嫌マックスで起床したようだ。
起きちゃったか..と思ったその時梨央が台所に顔を出した。
梨央「お姉ちゃん、寛ちゃん身体熱くて熱測ったら8.2℃あるんだけど」
『え、ウソ?!どうしよ。年末だから近くの病院はもうお休み入ってるよね..』
冬美「今日の当番医に連れてってお薬出してもらおう!私車出すから!」
『ごめんね、冬ちゃん。ありがとう』
冬美「焦凍達に声かけてくるから準備してて!」
寛ちゃんの所に行くと、熱のせいか少し顔が赤い。
元気がないわけじゃないけど身体が怠いのかぐずぐずとしている。
『梨央、気づいてくれてありがとね。どうする?一緒に行く?』
梨央「ううん、冬休みの宿題しながら待ってるよ」
『分かった、じゃあ焦凍くん達ももうお風呂から上がってくると思うから一緒に待ってて?』
すぐに寛ちゃんを暖かい服装に着替えさせて、オムツや着替え、保険証や母子手帳などをカバンに詰め込んだ。
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