午後2時を回った頃だろうか、世界一のお金持ちであるスクルージ・マクダックの屋敷からは、響いていた掃除機の音が静かに消えた。
「よし、綺麗になった…！」
この大きな屋敷で仕事をするようになってからまだ日は開かないが、○○はそこそこ仕事にも慣れてきたようだ。午後3時までに屋敷の掃除を終わらせ、屋敷に住むスクルージ…旦那様の甥っ子の甥っ子である3つ子と、○○にとって先輩メイドにあたるミセス・ビークリーさんの孫娘さんにおやつを用意する。これが一日で最も楽しみな事なのだ。
手を洗って、昼に下準備しておいたおやつを仕上げる。今日は温かくて甘いアップルパイだ。
「みんなー、おやつ用意できたよ〜！」
長くて広い廊下に向かって声をかければ、程なくしてドタバタと元気な足音が近付いて来た。
「わーい！今日はなにかな！？」
「この香りは…分かった！アップルパイだね！？」
「やったー！アタシ、○○のアップルパイ大好きー！」
「いいねー、最高」
決して多いとは言えない人数だが、子供達はワイワイと賑やかに着席する。
調理に使った器具を洗い、4人の様子を見にダイニングへ。
「今日のアップルパイは自分でも最高の出来なの！どう？ヒューイくん、お味の感想は？」
「もう本当に最高だよ！もっと食べたいくらい！」
赤い帽子の少年ダックは、ニパニパと笑顔で答える。もうお皿の上は空っぽになっていた。
「ありがとう！うーん、そうしてあげたいのは山々だけど、残りはディナーのデザートにする予定なの。ちょっとだけ我慢しててね？」
「そっか、じゃあ夕飯まで待つ事にするよ！」
悪戯っぽく笑うヒューイにお茶を出すと、クイクイと後ろからスカートを引かれる。振り向けば、ビークリーさんの孫娘であるウェビーが。
「どうしたの？ウェビーちゃん」
「ねえ、○○は食べないの？アップルパイ！」
「え、私は…その…お腹すいてないし…」
「えー！もったいないよー！こんなに美味しいのに、自分じゃ食べられないなんて！」
なんともありがたいお言葉に思わず微笑むが、一応○○はここの使用人だ。ホントはお腹も減ってるが…
「ありがとうウェビーちゃん、優しいのね。でも大丈夫だよ。」
「えー！いやよー、食べてよー！」
「そうだよ！○○も一緒に食べてよ！」
ウェビーに便乗して声を上げたのは、次男ダックのデューイだ。
「ちょっとくらいおやつ食べたって平気だよ！ね？食べようよ！」
ここまで2人に言われては、断り続けるのは利口ではない。温かい気持ちに感謝しながら、じゃあお言葉に甘えて…と、空いてる席に座る。
目の前では、さっきからモソモソとアップルパイを食べる三男のルーイが座っていた。あまりフォークが進んでいるようには見えない。
「ルーイくん、アップルパイどう？」
「まあまあ美味しいよ」
「ホント？」
「うん」
うーん、フォークは一応進めてはいるが、かなりスローペースだ。
もう飽きちゃったかな…と不安を覚えてしまう。
「お腹いっぱいだったりした？いらなかったら無理して食べなくても…」
言いかけると、それまでアップルパイに向けられていた視線が、ギョッとした色をしてこちらに向いた。
「え！？美味しくない訳ないだろ！？あんまり早く食べ終わったらもったいないから大事に食べてるんだよ！」
予想外の答えに、目が丸くなる。次第に頬が緩む。感謝を述べると、緑の彼はちょっと照れたように視線を逸らした。
ああ、なんて幸せで温かくて、美味しい時間なんだろう。