海外アニメ中心短編集
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……困った。
初めてのアメリカ旅行、初めての一人旅。初めてのボストン……で、宿を失ってしまった。
そんなことある?!と言う感じだが、実際にあるから困る。宿泊予定だった小さな旅館…ほぼ民家が、突然親戚が亡くなっただとかで宿泊を拒否されてしまったのだ。
もちろんホテルや宿泊施設は街中にいくつもあるが、自分の所持金に見合った宿は中々ない。というか、あそこもここもそっちも、めちゃくちゃに高級そうに見えてしまう。
幸いまだ日は高い。なんとか泊まるところを見つけなきゃ……
そう考えつつ、高くそびえ建つビル群を抜けようとした、その時だった。
「やぁかわい子ちゃん、観光?」
げ、ナンパ……?
警戒しつつも声のした方を振り返る…と、そこに立っていたのはブロンドの髪に明るい色のトレーナーを着た少年だった。
拍子抜けとでも言おうか、つい瞬きを繰り返す。
「えっと…キミは…?」
「ああ、ぼくはザック。ここボストンじゃ一番ホットな男だよ?」
キメ顔でそう言われても、どこからどう見ても高校生…いや中学生かな?にしか見えず、思わず苦笑する。
「で、きみの名前は?教えてくれる?」
「 ○○、です。」
ナンパ紛いも良いところだったとは言え、相手は人懐っこい少年だ。つい緊張が解れる。
「○○…ん〜、良い名前だね。意味はよく分かんないけど……ね、ボストンに来るのは初めて?その旅行鞄重そうだね、持とうか?」
「えっ、ああありがとう、でも大丈夫……」
前言撤回、この子凄い口説いてくる。アメリカ凄いな……
話すのが好きなのか、ザックと名乗った男の子としばらくその場で会話を続ける、基本は向こうからの一方的なものだけど。でもやっぱり、大きな問題を抱えたままで会話するのは落ち着かない。私は下手すると今晩、野宿かもなのだ。
「ところでさ○○、なんか困ってるみたいに見えたんだけど…もう泊まるところって決まってる?」
「あ…いや、それが……」
思わぬタイムリーな質問に自身の身に起きた事の顛末を説明する。話してる間、ザックは凄く親身に相槌を打ってくれた。
「……って訳で、ちょっと今日どこで泊まれば良いのか途方に暮れてて…」
「それは良かった!!……いやごめん全然良くない、本当に気の毒だと思うよ……それで…もしきみが良ければ、ぼくの家に泊まらない?」
「えっ!?」
予想外の提案につい身を引く。油断ならないなアメリカンナンパボーイ?!
「ああ、違う違う違う!ぼくの家っていうか、ぼくが住んでるのはホテルなんだ。」
「ほんとに?!」
これまた予想外の言葉に今度は身を乗り出してしまった。それが本当ならこれほどありがたいことはない。
「本当だよ!ママがそこの専属歌手でさ。それでぼくは……ホテルで支配人やってる。」
そんなことできる年齢には到底見えないけど、お母さんが務めるホテルで暮らしてるというところは納得できる。
「それなら泊めてもらえたら嬉しいな……あ、でもそのホテルってどこにあるの?」
私の何気ない質問に、ザックは何でもなさそうに答えた。
「すぐ目の前だよ。ほらこれ、ティプトンホテル。ボストン1の高級ホテルとか言われてるけど……まあ言うほどでもないよ。」
「てぃ、ティプトンホテル!?」
見上げたそのビルは、周りのビルよりも頭1つ抜きん出た高さを誇り、明らかに超リッチばかりが出入りする玄関には、ドアマンらしき人達が忙しなく立ち働いている。
絶対にこんな高級ホテル泊まれないなぁ〜などと思いつつ、出立前に見ていた旅行ガイドブックでのティプトンホテルの煽り文『部屋も設備も料理も!なにもかもがとってもスイート!』が脳裏を駆け巡る。
「もしも〜し、○○?聞いてる?ちょっとー!」
固まった私を心配してか、ザックが話しかけてくれているが、返事できるほど脳に空き容量はない。
「……まあいいや、とにかく行こう、チェックインしなきゃ。」
そう言ったザックが私の持っていた荷物を運びかけたところで、慌てて意識を取り戻した。
「まっ、待って待って!!こんな高いホテルに泊まれるほど、私お金持って来てないよ!」
「大丈夫!ぼくがなんとかするから、○○は心配いらないって!」
「心配しかないよ!!」
私の必死の制止も虚しく、ザックは大丈夫大丈夫と言いながら、私の荷物を持ったままホテル内へと入っていく。
もしかしてそういう客引きだったの?!
困る、本当に困る。多分このホテルの1番安い部屋に泊まったとしても、旅行の予算はほぼ全部無くなっちゃうだろう。
「待ってよザック!困るよ!」
しどろもどろしながら、なんとかずんずん進んで行くザックの背中を追いかけて、ホテルのドアを通る。
目の前に飛び込んで来たのは、広々としたロビーに輝くシャンデリア。従業員含め、その場にいる全員が別世界の人間に見える。というか、人が多い!ザックを見失っちゃった……勝手にチェックインでもされたら、取り返しがつかない。
「ザック!ねえザックどこ!?」
人の波を掻き分けながら右往左往している……と、ブロンドの髪の毛が視界に飛び込んだ。背丈からして、きっとザックだ!
「ここにいた!ねえ私の荷物返してよザック!」
なんとか人混みから脱出してザックの肩を掴む……あれ?ザックの着てた服って、こんなに落ち着いた色じゃなかった気が……?
「えっ、うわ、うわあっ?!君、誰?!」
「え……?」
私が肩を掴んだ子は、ザックそっくり……だけど、明るい色のトレーナーではなく、ワイシャツに紺色のセーターを重ねて着ている…言っては悪いがザックよりも幾分か賢そうに見える少年だ。
「えっと、やあ……ザックの新しいガールフレンドかな?……それとも、ザックになにかされた被害者の方って呼ぶべき?」
「え、えっと……その…キミは……」
「ああ、僕はコーディだよ。コーディ・マーティン…認めたくないけどザックの双子の兄弟なんだ。」
「そうなの…私は○○。よろしくね。」
なんだ、それなら合点が行く。コーディと挨拶代わりに握手をする。そうだ、ザックがどこに行ったか知ってるかな……
「コーディ!なに○○と勝手に仲良くなってんだよ!」
突然後ろから飛ばされた大声にびっくりして振り返れば、そこには私の荷物を持ったザックが立っていた。
「ぼくの新しいガールフレンドになる予定の子だぞ!」
「ザック!そっちこそ!また勝手に客引きしたんでしょ?!それに、○○はどっちかと言うと新しい君の被害者でしょ?」
「そんな言い方ないだろ!むしろぼくは泊まる所が無くて困ってた○○を助けようとしてだなぁ……」
目の前でけんけん言い争う2人を交互に見つめる。うん、紛うことなき双子だ。
とにかく2人の喧嘩を止めて、私の荷物を返してもらわなきゃ……
「あの、その……ザック…?」
「なに!今この、石頭くんと話してて忙しいんだけど?!」
「おい!なんでそんな意地悪な言い方するんだよ!」
「本当のことだろ!?○○見て鼻の下伸ばしてた癖に!」
「それは僕のセリフだよ!!」
そう言うとまた2人は睨み合って互いに大声で喧嘩を始めてしまった。
あーもう、これじゃ埒が明かないよ……そう頭を抱えた時だった。
「うるさーーーい!!全くあんた達はいつもいつも、いい加減にしてくださいよ、全く!!!」
こ、今度は何?!誰?!?響き渡った怒声に思わず縮こまった2人を横目に辺りを探せば、かっちりとしたスーツを着こなした色黒の男性が、つかつかとこちらへ向かって来ていた。
「まずい、モーズビーさんだ。」
後ろでそう呟いたのは恐らくザックだろう。モーズビーさんと呼ばれているその男性の胸元の名札が、キラリと金色に光った。どう考えても偉い人だ。
「どういうつもりですか、あんた達は!ロビーで喧嘩はするなとあれほど言ったでしょう!」
そう叱りながらモーズビーさんは私達…いや、きっと正確に言えば私の後ろに立っている双子を睨みつける。
「うわっ!」
「ごめんなさいモーズビーさん!!」
え、ちょっとちょっと?私…と私の荷物の後ろに隠れないでよ?!そう思って慌てるけど、流石に自分より歳下の子達に盾にされては弱い。オロオロしつつ、モーズビーさんの方をチラッと見ると、私なぞ眼中に無さそうに、私の目の前で怖い顔をして立ち止まった。
「なんだそんな所に隠れて……あっ!?おやおやおやこれはこれはお客様、失礼いたしました。お見苦しいところを間近で……」
「い、いえ……客じゃないですし……」
掌を完全にひっくり返した対応にほっと胸を撫で下ろした。
「……客じゃない?」
……のも束の間。モーズビーさんの声色がまた怖くなった。
隙をついて逃げようとしたのであろうザックとコーディにストップがかけられる。またもやモーズビーさんの怒号が響き渡った。
「ザック!コーディ!!またお前たちの仕業でしょう?!」
「僕は関係ない!ザックが○○を呼んだんだ!」
コーディは怖いのか、私の袖口をぎゅっと握りしめて、必死に言い訳をする。
「ほぉ……?」
「あー、その、だからさ、つまりその……泊まるとこなくて困ってたみたいだから…人助けしようと思って……へへへ……」
モーズビーさんに睨まれて、ザックは段々小さくなっていく。
「良く言うよ、どうせ下心見え見えでナンパした癖に。」
「コーディ!」
余計なこと言うなよ!という内緒話も、もはや意味は無い。モーズビーさんはますます眉間のシワを深くさせる。
「なるほどねぇ〜………えっと…○○さん?」
「は、はい……」
「本当に当ホテルにご宿泊なさるつもりで?」
「あ、いや……その……実はそこまでの………お金はなくて……」
そう答えている間、ザックが必死にジェスチャーで訴える。お願い!泊まって!!せめてお客さんを呼んでなきゃ、またぼくら叱られちゃう!!
そう言われても無理だよ……まあ泊まれたらそりゃあ最高だろうけど……
「なるほど。宿には困っている上に、首も回ってない状態の方を、お前さんは連れて来た訳だな?ん?」
私に向けられてた冷徹な視線は、真剣にジェスチャーをしていたザックへと向けられる。一瞬で蛇に睨まれた蛙みたいになったザックは、流石に可哀想だ。
「あ、あー…その、モーズビー…さん?ザックは本当に悪気があって私をここに呼んだんじゃないと思うんです。困っていたのは本当だし……」
「……そう言いますけどね○○さん。貴方はコイツらの普段の行いを知らないから、そういう風に弁護できるんですよ。」
苦虫を噛み潰したような表情でそう言われては、普段のザック…引いては双子の行いと、それに伴う苦労を察せざるを得ない。
「その……ここのホテルは本当に魅力的ですし…泊まれるなら泊まりたいんですけど……やっぱりお金が……ごめんねザック。」
「……いや、ぼくこそ無理やり連れて来てごめん。」
なんだ、凄く良い子じゃん。ザックからの素直な謝罪を受けて、思わず口角が上がる。その様子を見ていたモーズビーさんは、やれやれといったため息をついた
「まあでも、悪いのはお騒がせボウズとは言え、ご迷惑をおかけしたのは変わりありませんからね。うーん……よし、お詫びに格安で良いホテルをお探ししましょう。」
「えっ、ありがとうございます、モーズビーさん…!」
凄い、なんとかなっちゃった。
最初はとんでもない子に目をつけられちゃったな〜とか思っていたけど、結果として幸運に巡り合わせてもらっちゃった。電話をしにその場から離れたモーズビーさんの背中を見送り、ザックに向き直る。
「ありがとうザック。」
「そんな、良いって…電話番号教えてくれたらもっと嬉しいけど。」
うん、やっぱりとんでもない子だった。
ザックの言葉に苦笑で返す。ふと袖を引っ張られる感覚に振り返れば、コーディが申し訳なさそうに見つめていた。
「…えっと、その、ザックがごめんね○○。会えて良かったよ。」
「コーディ、私こそ。」
そう言って、今度は別れの意味で握手をする。そうだ、ザックともしようとすると、ザックは手洗わないからやめといた方が良いよ、とコーディに言われてしまった。それはヤバい。まあでもすぐさま洗ってくれたからしたけど。
そうして、なんだかんだとモーズビーさんが戻って来るまで、2人にホテルのロビーを案内してもらった。
「ハァイ、2人とも…新しいお友達?それにしては凄く良い子に見えるけど。」
「やあマディ。この子は○○だよ。」
「さっき友達になったんだ。」
「はじめまして、マディさん。」
「マディで良いわよ、○○。」
売店で働いていたその綺麗な女子学生さんは、聡明そうな瞳で微笑み返してくれた。せっかくだし何か買おうと、1000ドルバーという商品を購入する。実際は1000ドルもしなかったけど。
マディと○○、2人を連れてデートできたらぼく凄い幸せだな〜などと言うザックの戯言を聞き流しつつ、4人で談笑していると、聞いて聞いて!と大騒ぎしながら駆け込んで、背後から人影が飛び出してきた。
「ロンドン!どうしたのよ。」
ロンドン、とマディに呼ばれたその人は、全身ブランド物の洋服や小物に身を包んで、ハッキリとした派手な化粧、キラキラのネイルに、黒髪にはこれまた明るい色のメッシュを入れていて、派手好きなお嬢様と言った出で立ちだ。見た目はもちろん一挙手一投足のけたたましい雰囲気に気圧され、思わず双子と一緒に後退りしてしまった。
「聞いてよマディ!私って本当に凄いのよ!!」
「分かったから、落ち着いて、なにがあったのか教えて?」
「私、学校で先生に褒められたの!『亀より賢い。』って!!」
そう言って自分で自分に拍手を送るロンドン。マディは慣れているのか呆れた顔はしているものの、なにも言及はしない。うーん、キャラが濃いな、ここのホテルにいる人たち……
思わず絶句していると、コーディに肘でつつかれた。
「気持ちは分かるけど、あまり気にしないで。気にしすぎると胃に穴が空くから。」
「ああ、それだけはコーディが正しい。」
双子も双子なりに苦労してる……のかな?まあでも元気に跳ねて自慢話をするロンドンは底抜けに明るくて、楽しそうでなによりと言った様子だ。
「あー、いたいた○○さん……ってロンドンお嬢様!おかえりなさいませ。」
と、モーズビーさんが少々慌てた様子でやって来た。宿泊できるホテルが見つかったのかな?
「あらモーズビー。聞いてよ、私ったら凄いのよ!!」
「ええ、ええ、存じておりますとも。それより……その、○○さんにちょっと残念なお知らせが……」
え……モーズビーさんからの言葉と雰囲気から読み取った嫌な予感に、凍った背筋を懸命に伸ばす。
話を遮られたロンドンは些か不機嫌そうではあったが、非常事態を読み取ったのか口を噤んだ。私の事情を多少知っているマディ、そしてもちろん双子達は真剣な顔でモーズビーさんの次の言葉を待っている。
「その、今はバケーションシーズンでして…………どこの宿も満室なんだそうです…」
「え……」
頭が一瞬真っ白になる。直後脳みそは早急に『野宿』という提案をしてきたが、それはごめんだ。
どうしよう、進んだと思ったら逆戻りだ。ショックで、伸ばしたばかりの背筋がふにゃふにゃと力をなくしていく。
「申し訳ありません、片っ端から電話はかけさせたんですがねぇ……」
「い、いえ……ありがとうございます…こちらこそお手数お掛けしました……」
これ以上ここにいる理由もなくなった。皆に順にお礼を言って荷物を持ち直す。売店で買ったチョコバーは袋の上から分かるくらい溶けていて、軽く握っただけでドロリとした感触が伝わってきた。
「それでは、短い時間でしたけど、お世話になりました。じゃあ……」
それだけ伝えて、踵を返した……その時だった。
「……ちょっと待って、○○!」
腕を掴まれる。声の主はコーディだが、見れば双子が揃って私の腕を引いていた。
「えっと、どうしたの?2人とも……」
唐突な2人の行動に戸惑う私に対して、コーディは微笑む。
「ぼくに提案があるんだ。」
「ぼくはない。……なんだよ、コーディが走ったから一緒に走っただけだよ。」
ザックらしいなぁとちょっと呆れつつ、コーディに話を続けるよう促す。
「その、○○はもう僕らの友達だ。だからさ、少しくらいなら僕らの部屋に泊めてあげられないかなって。」
どうかな?と少し不安そうに、でも良い案じゃない?とも言いたそうに見つめられる。
「そう!ぼくも同じこと考えてた。」
「ザック?」
「悪い。」
双子達の軽口をよそに、少し考える。もちろんとても良い提案だし、そうしてくれたらどれほどありがたいか。けど……
「その、あなた達のお母様にも相談しなきゃ決められないよ。タダでって訳にもいかないでしょ?」
それもそうだ、と言いたげなモーズビーさんの頷きが視界の端に映った。
「……じゃあこうしよう!○○はぼくらのベビーシッターって事で泊まれば良い。」
ザックからの思わぬ提案に思わず固まる。ベビーシッター?双子の?!しかし困惑したのはは私だけらしく、コーディも割とノリノリでザックの言葉を肯定した。
「それ良いね!まあ……ママが出かけてる訳でもないのに、ベビーシッターって事で泊めてあげるのって、変な気もするけど。」
「細かいことはどうだって良いだろ。ねえ○○、料理ってどのくらいできる?」
「え……うーん、一人暮らしでも困らない程度…には?」
「よし決まり!ママには……コーディから伝えておくよ!」
「ちょっと、ザック!!」
あまりにもポンポンと進む話についていけずに、思わずマディに視線を向ければ、どうにもできないわ、とでも言いたげなジェスチャーで返されてしまった。
「って訳だから、よろしくね〜○○〜!」
こ、これで良かった……の???
初めてのアメリカ旅行、初めての一人旅。初めてのボストン……で、宿を失ってしまった。
そんなことある?!と言う感じだが、実際にあるから困る。宿泊予定だった小さな旅館…ほぼ民家が、突然親戚が亡くなっただとかで宿泊を拒否されてしまったのだ。
もちろんホテルや宿泊施設は街中にいくつもあるが、自分の所持金に見合った宿は中々ない。というか、あそこもここもそっちも、めちゃくちゃに高級そうに見えてしまう。
幸いまだ日は高い。なんとか泊まるところを見つけなきゃ……
そう考えつつ、高くそびえ建つビル群を抜けようとした、その時だった。
「やぁかわい子ちゃん、観光?」
げ、ナンパ……?
警戒しつつも声のした方を振り返る…と、そこに立っていたのはブロンドの髪に明るい色のトレーナーを着た少年だった。
拍子抜けとでも言おうか、つい瞬きを繰り返す。
「えっと…キミは…?」
「ああ、ぼくはザック。ここボストンじゃ一番ホットな男だよ?」
キメ顔でそう言われても、どこからどう見ても高校生…いや中学生かな?にしか見えず、思わず苦笑する。
「で、きみの名前は?教えてくれる?」
「 ○○、です。」
ナンパ紛いも良いところだったとは言え、相手は人懐っこい少年だ。つい緊張が解れる。
「○○…ん〜、良い名前だね。意味はよく分かんないけど……ね、ボストンに来るのは初めて?その旅行鞄重そうだね、持とうか?」
「えっ、ああありがとう、でも大丈夫……」
前言撤回、この子凄い口説いてくる。アメリカ凄いな……
話すのが好きなのか、ザックと名乗った男の子としばらくその場で会話を続ける、基本は向こうからの一方的なものだけど。でもやっぱり、大きな問題を抱えたままで会話するのは落ち着かない。私は下手すると今晩、野宿かもなのだ。
「ところでさ○○、なんか困ってるみたいに見えたんだけど…もう泊まるところって決まってる?」
「あ…いや、それが……」
思わぬタイムリーな質問に自身の身に起きた事の顛末を説明する。話してる間、ザックは凄く親身に相槌を打ってくれた。
「……って訳で、ちょっと今日どこで泊まれば良いのか途方に暮れてて…」
「それは良かった!!……いやごめん全然良くない、本当に気の毒だと思うよ……それで…もしきみが良ければ、ぼくの家に泊まらない?」
「えっ!?」
予想外の提案につい身を引く。油断ならないなアメリカンナンパボーイ?!
「ああ、違う違う違う!ぼくの家っていうか、ぼくが住んでるのはホテルなんだ。」
「ほんとに?!」
これまた予想外の言葉に今度は身を乗り出してしまった。それが本当ならこれほどありがたいことはない。
「本当だよ!ママがそこの専属歌手でさ。それでぼくは……ホテルで支配人やってる。」
そんなことできる年齢には到底見えないけど、お母さんが務めるホテルで暮らしてるというところは納得できる。
「それなら泊めてもらえたら嬉しいな……あ、でもそのホテルってどこにあるの?」
私の何気ない質問に、ザックは何でもなさそうに答えた。
「すぐ目の前だよ。ほらこれ、ティプトンホテル。ボストン1の高級ホテルとか言われてるけど……まあ言うほどでもないよ。」
「てぃ、ティプトンホテル!?」
見上げたそのビルは、周りのビルよりも頭1つ抜きん出た高さを誇り、明らかに超リッチばかりが出入りする玄関には、ドアマンらしき人達が忙しなく立ち働いている。
絶対にこんな高級ホテル泊まれないなぁ〜などと思いつつ、出立前に見ていた旅行ガイドブックでのティプトンホテルの煽り文『部屋も設備も料理も!なにもかもがとってもスイート!』が脳裏を駆け巡る。
「もしも〜し、○○?聞いてる?ちょっとー!」
固まった私を心配してか、ザックが話しかけてくれているが、返事できるほど脳に空き容量はない。
「……まあいいや、とにかく行こう、チェックインしなきゃ。」
そう言ったザックが私の持っていた荷物を運びかけたところで、慌てて意識を取り戻した。
「まっ、待って待って!!こんな高いホテルに泊まれるほど、私お金持って来てないよ!」
「大丈夫!ぼくがなんとかするから、○○は心配いらないって!」
「心配しかないよ!!」
私の必死の制止も虚しく、ザックは大丈夫大丈夫と言いながら、私の荷物を持ったままホテル内へと入っていく。
もしかしてそういう客引きだったの?!
困る、本当に困る。多分このホテルの1番安い部屋に泊まったとしても、旅行の予算はほぼ全部無くなっちゃうだろう。
「待ってよザック!困るよ!」
しどろもどろしながら、なんとかずんずん進んで行くザックの背中を追いかけて、ホテルのドアを通る。
目の前に飛び込んで来たのは、広々としたロビーに輝くシャンデリア。従業員含め、その場にいる全員が別世界の人間に見える。というか、人が多い!ザックを見失っちゃった……勝手にチェックインでもされたら、取り返しがつかない。
「ザック!ねえザックどこ!?」
人の波を掻き分けながら右往左往している……と、ブロンドの髪の毛が視界に飛び込んだ。背丈からして、きっとザックだ!
「ここにいた!ねえ私の荷物返してよザック!」
なんとか人混みから脱出してザックの肩を掴む……あれ?ザックの着てた服って、こんなに落ち着いた色じゃなかった気が……?
「えっ、うわ、うわあっ?!君、誰?!」
「え……?」
私が肩を掴んだ子は、ザックそっくり……だけど、明るい色のトレーナーではなく、ワイシャツに紺色のセーターを重ねて着ている…言っては悪いがザックよりも幾分か賢そうに見える少年だ。
「えっと、やあ……ザックの新しいガールフレンドかな?……それとも、ザックになにかされた被害者の方って呼ぶべき?」
「え、えっと……その…キミは……」
「ああ、僕はコーディだよ。コーディ・マーティン…認めたくないけどザックの双子の兄弟なんだ。」
「そうなの…私は○○。よろしくね。」
なんだ、それなら合点が行く。コーディと挨拶代わりに握手をする。そうだ、ザックがどこに行ったか知ってるかな……
「コーディ!なに○○と勝手に仲良くなってんだよ!」
突然後ろから飛ばされた大声にびっくりして振り返れば、そこには私の荷物を持ったザックが立っていた。
「ぼくの新しいガールフレンドになる予定の子だぞ!」
「ザック!そっちこそ!また勝手に客引きしたんでしょ?!それに、○○はどっちかと言うと新しい君の被害者でしょ?」
「そんな言い方ないだろ!むしろぼくは泊まる所が無くて困ってた○○を助けようとしてだなぁ……」
目の前でけんけん言い争う2人を交互に見つめる。うん、紛うことなき双子だ。
とにかく2人の喧嘩を止めて、私の荷物を返してもらわなきゃ……
「あの、その……ザック…?」
「なに!今この、石頭くんと話してて忙しいんだけど?!」
「おい!なんでそんな意地悪な言い方するんだよ!」
「本当のことだろ!?○○見て鼻の下伸ばしてた癖に!」
「それは僕のセリフだよ!!」
そう言うとまた2人は睨み合って互いに大声で喧嘩を始めてしまった。
あーもう、これじゃ埒が明かないよ……そう頭を抱えた時だった。
「うるさーーーい!!全くあんた達はいつもいつも、いい加減にしてくださいよ、全く!!!」
こ、今度は何?!誰?!?響き渡った怒声に思わず縮こまった2人を横目に辺りを探せば、かっちりとしたスーツを着こなした色黒の男性が、つかつかとこちらへ向かって来ていた。
「まずい、モーズビーさんだ。」
後ろでそう呟いたのは恐らくザックだろう。モーズビーさんと呼ばれているその男性の胸元の名札が、キラリと金色に光った。どう考えても偉い人だ。
「どういうつもりですか、あんた達は!ロビーで喧嘩はするなとあれほど言ったでしょう!」
そう叱りながらモーズビーさんは私達…いや、きっと正確に言えば私の後ろに立っている双子を睨みつける。
「うわっ!」
「ごめんなさいモーズビーさん!!」
え、ちょっとちょっと?私…と私の荷物の後ろに隠れないでよ?!そう思って慌てるけど、流石に自分より歳下の子達に盾にされては弱い。オロオロしつつ、モーズビーさんの方をチラッと見ると、私なぞ眼中に無さそうに、私の目の前で怖い顔をして立ち止まった。
「なんだそんな所に隠れて……あっ!?おやおやおやこれはこれはお客様、失礼いたしました。お見苦しいところを間近で……」
「い、いえ……客じゃないですし……」
掌を完全にひっくり返した対応にほっと胸を撫で下ろした。
「……客じゃない?」
……のも束の間。モーズビーさんの声色がまた怖くなった。
隙をついて逃げようとしたのであろうザックとコーディにストップがかけられる。またもやモーズビーさんの怒号が響き渡った。
「ザック!コーディ!!またお前たちの仕業でしょう?!」
「僕は関係ない!ザックが○○を呼んだんだ!」
コーディは怖いのか、私の袖口をぎゅっと握りしめて、必死に言い訳をする。
「ほぉ……?」
「あー、その、だからさ、つまりその……泊まるとこなくて困ってたみたいだから…人助けしようと思って……へへへ……」
モーズビーさんに睨まれて、ザックは段々小さくなっていく。
「良く言うよ、どうせ下心見え見えでナンパした癖に。」
「コーディ!」
余計なこと言うなよ!という内緒話も、もはや意味は無い。モーズビーさんはますます眉間のシワを深くさせる。
「なるほどねぇ〜………えっと…○○さん?」
「は、はい……」
「本当に当ホテルにご宿泊なさるつもりで?」
「あ、いや……その……実はそこまでの………お金はなくて……」
そう答えている間、ザックが必死にジェスチャーで訴える。お願い!泊まって!!せめてお客さんを呼んでなきゃ、またぼくら叱られちゃう!!
そう言われても無理だよ……まあ泊まれたらそりゃあ最高だろうけど……
「なるほど。宿には困っている上に、首も回ってない状態の方を、お前さんは連れて来た訳だな?ん?」
私に向けられてた冷徹な視線は、真剣にジェスチャーをしていたザックへと向けられる。一瞬で蛇に睨まれた蛙みたいになったザックは、流石に可哀想だ。
「あ、あー…その、モーズビー…さん?ザックは本当に悪気があって私をここに呼んだんじゃないと思うんです。困っていたのは本当だし……」
「……そう言いますけどね○○さん。貴方はコイツらの普段の行いを知らないから、そういう風に弁護できるんですよ。」
苦虫を噛み潰したような表情でそう言われては、普段のザック…引いては双子の行いと、それに伴う苦労を察せざるを得ない。
「その……ここのホテルは本当に魅力的ですし…泊まれるなら泊まりたいんですけど……やっぱりお金が……ごめんねザック。」
「……いや、ぼくこそ無理やり連れて来てごめん。」
なんだ、凄く良い子じゃん。ザックからの素直な謝罪を受けて、思わず口角が上がる。その様子を見ていたモーズビーさんは、やれやれといったため息をついた
「まあでも、悪いのはお騒がせボウズとは言え、ご迷惑をおかけしたのは変わりありませんからね。うーん……よし、お詫びに格安で良いホテルをお探ししましょう。」
「えっ、ありがとうございます、モーズビーさん…!」
凄い、なんとかなっちゃった。
最初はとんでもない子に目をつけられちゃったな〜とか思っていたけど、結果として幸運に巡り合わせてもらっちゃった。電話をしにその場から離れたモーズビーさんの背中を見送り、ザックに向き直る。
「ありがとうザック。」
「そんな、良いって…電話番号教えてくれたらもっと嬉しいけど。」
うん、やっぱりとんでもない子だった。
ザックの言葉に苦笑で返す。ふと袖を引っ張られる感覚に振り返れば、コーディが申し訳なさそうに見つめていた。
「…えっと、その、ザックがごめんね○○。会えて良かったよ。」
「コーディ、私こそ。」
そう言って、今度は別れの意味で握手をする。そうだ、ザックともしようとすると、ザックは手洗わないからやめといた方が良いよ、とコーディに言われてしまった。それはヤバい。まあでもすぐさま洗ってくれたからしたけど。
そうして、なんだかんだとモーズビーさんが戻って来るまで、2人にホテルのロビーを案内してもらった。
「ハァイ、2人とも…新しいお友達?それにしては凄く良い子に見えるけど。」
「やあマディ。この子は○○だよ。」
「さっき友達になったんだ。」
「はじめまして、マディさん。」
「マディで良いわよ、○○。」
売店で働いていたその綺麗な女子学生さんは、聡明そうな瞳で微笑み返してくれた。せっかくだし何か買おうと、1000ドルバーという商品を購入する。実際は1000ドルもしなかったけど。
マディと○○、2人を連れてデートできたらぼく凄い幸せだな〜などと言うザックの戯言を聞き流しつつ、4人で談笑していると、聞いて聞いて!と大騒ぎしながら駆け込んで、背後から人影が飛び出してきた。
「ロンドン!どうしたのよ。」
ロンドン、とマディに呼ばれたその人は、全身ブランド物の洋服や小物に身を包んで、ハッキリとした派手な化粧、キラキラのネイルに、黒髪にはこれまた明るい色のメッシュを入れていて、派手好きなお嬢様と言った出で立ちだ。見た目はもちろん一挙手一投足のけたたましい雰囲気に気圧され、思わず双子と一緒に後退りしてしまった。
「聞いてよマディ!私って本当に凄いのよ!!」
「分かったから、落ち着いて、なにがあったのか教えて?」
「私、学校で先生に褒められたの!『亀より賢い。』って!!」
そう言って自分で自分に拍手を送るロンドン。マディは慣れているのか呆れた顔はしているものの、なにも言及はしない。うーん、キャラが濃いな、ここのホテルにいる人たち……
思わず絶句していると、コーディに肘でつつかれた。
「気持ちは分かるけど、あまり気にしないで。気にしすぎると胃に穴が空くから。」
「ああ、それだけはコーディが正しい。」
双子も双子なりに苦労してる……のかな?まあでも元気に跳ねて自慢話をするロンドンは底抜けに明るくて、楽しそうでなによりと言った様子だ。
「あー、いたいた○○さん……ってロンドンお嬢様!おかえりなさいませ。」
と、モーズビーさんが少々慌てた様子でやって来た。宿泊できるホテルが見つかったのかな?
「あらモーズビー。聞いてよ、私ったら凄いのよ!!」
「ええ、ええ、存じておりますとも。それより……その、○○さんにちょっと残念なお知らせが……」
え……モーズビーさんからの言葉と雰囲気から読み取った嫌な予感に、凍った背筋を懸命に伸ばす。
話を遮られたロンドンは些か不機嫌そうではあったが、非常事態を読み取ったのか口を噤んだ。私の事情を多少知っているマディ、そしてもちろん双子達は真剣な顔でモーズビーさんの次の言葉を待っている。
「その、今はバケーションシーズンでして…………どこの宿も満室なんだそうです…」
「え……」
頭が一瞬真っ白になる。直後脳みそは早急に『野宿』という提案をしてきたが、それはごめんだ。
どうしよう、進んだと思ったら逆戻りだ。ショックで、伸ばしたばかりの背筋がふにゃふにゃと力をなくしていく。
「申し訳ありません、片っ端から電話はかけさせたんですがねぇ……」
「い、いえ……ありがとうございます…こちらこそお手数お掛けしました……」
これ以上ここにいる理由もなくなった。皆に順にお礼を言って荷物を持ち直す。売店で買ったチョコバーは袋の上から分かるくらい溶けていて、軽く握っただけでドロリとした感触が伝わってきた。
「それでは、短い時間でしたけど、お世話になりました。じゃあ……」
それだけ伝えて、踵を返した……その時だった。
「……ちょっと待って、○○!」
腕を掴まれる。声の主はコーディだが、見れば双子が揃って私の腕を引いていた。
「えっと、どうしたの?2人とも……」
唐突な2人の行動に戸惑う私に対して、コーディは微笑む。
「ぼくに提案があるんだ。」
「ぼくはない。……なんだよ、コーディが走ったから一緒に走っただけだよ。」
ザックらしいなぁとちょっと呆れつつ、コーディに話を続けるよう促す。
「その、○○はもう僕らの友達だ。だからさ、少しくらいなら僕らの部屋に泊めてあげられないかなって。」
どうかな?と少し不安そうに、でも良い案じゃない?とも言いたそうに見つめられる。
「そう!ぼくも同じこと考えてた。」
「ザック?」
「悪い。」
双子達の軽口をよそに、少し考える。もちろんとても良い提案だし、そうしてくれたらどれほどありがたいか。けど……
「その、あなた達のお母様にも相談しなきゃ決められないよ。タダでって訳にもいかないでしょ?」
それもそうだ、と言いたげなモーズビーさんの頷きが視界の端に映った。
「……じゃあこうしよう!○○はぼくらのベビーシッターって事で泊まれば良い。」
ザックからの思わぬ提案に思わず固まる。ベビーシッター?双子の?!しかし困惑したのはは私だけらしく、コーディも割とノリノリでザックの言葉を肯定した。
「それ良いね!まあ……ママが出かけてる訳でもないのに、ベビーシッターって事で泊めてあげるのって、変な気もするけど。」
「細かいことはどうだって良いだろ。ねえ○○、料理ってどのくらいできる?」
「え……うーん、一人暮らしでも困らない程度…には?」
「よし決まり!ママには……コーディから伝えておくよ!」
「ちょっと、ザック!!」
あまりにもポンポンと進む話についていけずに、思わずマディに視線を向ければ、どうにもできないわ、とでも言いたげなジェスチャーで返されてしまった。
「って訳だから、よろしくね〜○○〜!」
こ、これで良かった……の???
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