第五章「生長」
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無音、無言。
閑静な住宅街に戻ってくると、俺と母さんの足音だけが響いていて、なんだか異様な空間だった。
扉を開いて玄関で靴を脱いで、ろくな会話もなく家に入る。
「兵助」
「……母さん」
……ああ、何を言われるんだろう。
俺はまた、怒られるんだろうか。少なくとも、父さんには怒られた。
母さんは……どうするだろう。
何も、分からなかった。俺は母さんのことも父さんのことも何も知らないのだと思い知る。
でも、今この瞬間。怒られようがなんだろうが、これが数少ないチャンスなのだ。
仕事から帰ってきて疲れている、しかも普段から話さない母さん相手に俺から話しかける勇気などないから。
「……ごめんなさい」
その言葉と同時に頭が下げられ、俺とそっくりな、黒の長いくせっ毛がたらんと垂らされた。
謝られるなんて予想外で、え、の一文字でさえ上手く発声できない。
なんでこんなに心臓に悪いんだろう。
謝られているのはこっちなのに、なぜか罪悪感が心を閉めていく。
「……顔、上げてよ」
おそるおそる、といった動作で元の体制へと戻っていく母さんは、少し深呼吸をした後に俺の瞳を見た。
「私……兵助のことを人間だと思っていなかったみたい。
今日、兵助が彼女とか言い出して、すごくびっくりしたの。
言い訳だと思われるかもしれないけれど、兵助――全然、そういうの興味なさそうだったから。
私と、私と同じ人間なんだって、強く感じたわ」
ああ、やっぱり人間とすら思ってなかったんだ。
自分のやけに冷めた思考と感情が、言いようのない気持ち悪さが俺を支配する。
乾いた笑いがでた。笑いごとじゃないけど、笑わなきゃいけない気がしたのだ。