そのいち
あなたの名前はなんですか?(夢小説機能)
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【文目も知らぬ恋/潮江文次郎】
「……名前は、くノ一教室を辞めることになったそうだ」
その言葉を聞いて、俺は思わず先生へ詰め寄った。
どこか申し訳なさげに俺から顔を逸らす先生が、それがどうしようもない事実であることを物語る。
「理由は……言わなくても分かるだろう。辛いだろうが、恨むのなら世を恨め。
教師として、教え子に道を外してもらいたくはないんだ」
じゃあ、俺は職員室に戻るから。
そう言い残して、先生は消えていった。
理由なんか分かりたくもなかったが、名前はくノ一教室の中でも行儀見習組に所属している。
行儀見習組というのは実質、嫁入り修行のようなものだ。
つまり、名前は……。
「くそっ……」
ぎりぎりと拳を握りしめる。
こんなに強くあのか細い手を握ったことはなかったが、その行為ですらどこか(名前)を連想させた。
俺は頭を空っぽにするために、ただただ裏山をがむしゃらに走ることにした。
「……はぁ、はぁ……っ、まだ、まだだっ……!」
しかし、その言葉に反して足は鉛のように重い。どうやら、限界を迎えているらしい。
まだ走りたい。まだ走りたいのに、走れない。
もうこのまま名前のことを忘れればいいと思ったのに、それも出来やしない。
そもそも最初からそんなこと出来るはずがなかったのだ。
あんな長いこと一緒にいて、そして逢瀬を重ねた。
積み重なった思い出は数年たっても消えないのに、
たった一日、一瞬で忘れることが出来るわけがなかった。
「……おい、文次郎。聞こえているのか?」
顔を上げるとそこには仙蔵がいて、俺は思わず目を見開いた。
「そんなあからさまに驚かれるとは、まさか本当に気付かなかったのか?」
「一体いつからいたんだ?」
「二、三周前からずっといた。あんなペースで走られちゃ嫌でも目に入るし気になるだろう。んで、何があった」
目敏いな、仙蔵。
そう言うと、お前がこうも無理な鍛錬をするのは何か悩みがある証拠だからな、と目を細めた。
話そうか話さまいか悩んでいると、無理なら言わなくてもいいと首を振った。
しかし俺は踏み切って、仙蔵に何があったのかを説明しはじめた。
「……そんなこと最初から分かっていたではないか。
むしろ十四までくノ一教室に通うとは、長続きした方だろう。なあ、文次郎」
仙蔵がにこりと笑う。
何が面白いと言うんだ、そんな怒りがふつふつと沸いてくるのを感じる。
風に揺られる長髪は、いつも通り艶やかで美しい。
美しいが、今の俺には揺られる髪すら俺を笑っているように見える。
恋するあまり、色に溺れるあまりに失念していたのだ。
名前がくノ一教室の中でも行儀見習組に所属していること。それは、いつの日か嫁入りの日が来るということだった。
「最初からこうなることを想定していたのかと思えば、顛末を想像出来ぬほどの恋をしていたなんて。
さすが、私の友だな……さあ、今日から準備をしろ。時間は有限だ。彼女だって、お前を待っているさ」
お前が忍者の三禁を破ってまで共にありたいと願ったのだろう?
私が何を言いたいか分からないとは言わせないぞ。
……分からない、わけがなかった。
駆け落ちにはそれ相応の勇気と、相手への愛が必要であることは周知の事実。
この世にいる以上死と隣り合わせなのはいつも同じだが、駆け落ちは合戦に飛び入り参戦するようなものである。
しかし仙蔵はそれを咎めるような人間ではない。
むしろ、今のように背中を押す方が似合っているような男なのだ。
仙蔵は普段から冷徹に振舞っているから、勘違いされやすい。
だが俺と留三郎の喧嘩や小平太の騒がしさに対して、
均衡を保つためにああしているだけで本当は仙蔵だって熱い男なのだ。
……まあそれは俺の考えに過ぎない。最初からああだったといえば、ああだったのかもしれない。
おそらくきっと、俺はそんな仙蔵に訳を話した時点で駆け落ちを望んでいたのだ。
「ありがとう、仙蔵」
「なんのことだかさっぱりだが……どういたしまして、文次郎」
そうして、俺の駆け落ちは幕を開けたのだ。
「……名前は、くノ一教室を辞めることになったそうだ」
その言葉を聞いて、俺は思わず先生へ詰め寄った。
どこか申し訳なさげに俺から顔を逸らす先生が、それがどうしようもない事実であることを物語る。
「理由は……言わなくても分かるだろう。辛いだろうが、恨むのなら世を恨め。
教師として、教え子に道を外してもらいたくはないんだ」
じゃあ、俺は職員室に戻るから。
そう言い残して、先生は消えていった。
理由なんか分かりたくもなかったが、名前はくノ一教室の中でも行儀見習組に所属している。
行儀見習組というのは実質、嫁入り修行のようなものだ。
つまり、名前は……。
「くそっ……」
ぎりぎりと拳を握りしめる。
こんなに強くあのか細い手を握ったことはなかったが、その行為ですらどこか(名前)を連想させた。
俺は頭を空っぽにするために、ただただ裏山をがむしゃらに走ることにした。
「……はぁ、はぁ……っ、まだ、まだだっ……!」
しかし、その言葉に反して足は鉛のように重い。どうやら、限界を迎えているらしい。
まだ走りたい。まだ走りたいのに、走れない。
もうこのまま名前のことを忘れればいいと思ったのに、それも出来やしない。
そもそも最初からそんなこと出来るはずがなかったのだ。
あんな長いこと一緒にいて、そして逢瀬を重ねた。
積み重なった思い出は数年たっても消えないのに、
たった一日、一瞬で忘れることが出来るわけがなかった。
「……おい、文次郎。聞こえているのか?」
顔を上げるとそこには仙蔵がいて、俺は思わず目を見開いた。
「そんなあからさまに驚かれるとは、まさか本当に気付かなかったのか?」
「一体いつからいたんだ?」
「二、三周前からずっといた。あんなペースで走られちゃ嫌でも目に入るし気になるだろう。んで、何があった」
目敏いな、仙蔵。
そう言うと、お前がこうも無理な鍛錬をするのは何か悩みがある証拠だからな、と目を細めた。
話そうか話さまいか悩んでいると、無理なら言わなくてもいいと首を振った。
しかし俺は踏み切って、仙蔵に何があったのかを説明しはじめた。
「……そんなこと最初から分かっていたではないか。
むしろ十四までくノ一教室に通うとは、長続きした方だろう。なあ、文次郎」
仙蔵がにこりと笑う。
何が面白いと言うんだ、そんな怒りがふつふつと沸いてくるのを感じる。
風に揺られる長髪は、いつも通り艶やかで美しい。
美しいが、今の俺には揺られる髪すら俺を笑っているように見える。
恋するあまり、色に溺れるあまりに失念していたのだ。
名前がくノ一教室の中でも行儀見習組に所属していること。それは、いつの日か嫁入りの日が来るということだった。
「最初からこうなることを想定していたのかと思えば、顛末を想像出来ぬほどの恋をしていたなんて。
さすが、私の友だな……さあ、今日から準備をしろ。時間は有限だ。彼女だって、お前を待っているさ」
お前が忍者の三禁を破ってまで共にありたいと願ったのだろう?
私が何を言いたいか分からないとは言わせないぞ。
……分からない、わけがなかった。
駆け落ちにはそれ相応の勇気と、相手への愛が必要であることは周知の事実。
この世にいる以上死と隣り合わせなのはいつも同じだが、駆け落ちは合戦に飛び入り参戦するようなものである。
しかし仙蔵はそれを咎めるような人間ではない。
むしろ、今のように背中を押す方が似合っているような男なのだ。
仙蔵は普段から冷徹に振舞っているから、勘違いされやすい。
だが俺と留三郎の喧嘩や小平太の騒がしさに対して、
均衡を保つためにああしているだけで本当は仙蔵だって熱い男なのだ。
……まあそれは俺の考えに過ぎない。最初からああだったといえば、ああだったのかもしれない。
おそらくきっと、俺はそんな仙蔵に訳を話した時点で駆け落ちを望んでいたのだ。
「ありがとう、仙蔵」
「なんのことだかさっぱりだが……どういたしまして、文次郎」
そうして、俺の駆け落ちは幕を開けたのだ。