【優先順位/竹谷八左ヱ門】

朝登校して、いつも通り上履きを履こうとしたとき。
「……え、何?　これ」

私の上履きの中には、謎の虫がいた。

虫が平気な私でも少し引くような密度で入っていた虫は、確実に人によってやられたものだと分かった。
しかも、私を見ながら笑ってる女の子がいたから、もう犯人なんかバレバレだ。

……でも私あの子になんかしたっけ?

笑っている女の子達のなかには、話したこともない人もいた。
気付かないうちに人の恨みを買っているなんてなぁ、と自分で自分を恐怖した。


虫はその辺の女子の中では平気な方だったから、
わりと冷静に虫をどうするか考えていたところに偶然竹谷が来た。

「あ、竹谷。おはよう」
「……苗字?　上履きを持って、どうしたんだ?」

不思議そうに首をかしげた竹谷に、中から零れ落ちない程度に傾けて上履きの中身を見せた。


「…………苗字、お前、こんな大量の虫を殺したのか?」
「違うよ。なんか、朝来たら入ってて、どうしようかと思ってて」
「だよな、苗字がそんなことするわけ——って、はあっ!?　なんだその古風ないじめは!」
「身に覚えはないんだけど……」

そこまで大騒ぎすることかな、と自分の考えを漏らすと、
竹谷は信じられないとでも言いたいかのような顔をして私を見た。

「お前……!　自分の身に起きたことなんだから。もうちょっと考えた方がいいんじゃないか!?」

……竹谷、そんな必死になるなんて。余程虫が好きみたいだ。
竹谷の虫好きは噂には聞いていたけど、そこまでだとは。

「よっぽど虫が好きなんだね」
なんだかおかしくて少し笑ってみせると、竹谷は一瞬言葉を詰まらせた。
……何かおかしなことでも言ったかな。いや、でも事実だしな。

「バカ。俺は……俺は虫より苗字の方が好きだし、苗字の方が心配に決まってるだろ」

……虫と比べられる時点で少々複雑なんだけども、彼にとって虫は結構上位な存在なんだと思う。
まぁ、いいか。好かれることは決して悪いことではないし。

「ありがとう。私も虫よりは好きだよ」
「……ごめん、俺久々知に用があるから。じゃっ!」
「あ、うん……って、はっや……」

全速力で走っていった竹谷の顔が、少し赤くなっているなんて私は知る由もなかった。


(一体苗字の中で虫はどれくらいの存在なんだーっ……!?)