そのいち
あなたの名前はなんですか?(夢小説機能)
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「三郎、どうしたの?」
「……お前か。別にどうもしていないよ、気にするな」
「ふうん。まあ、誰にでもそういうことはあるよね」
特に詮索をするわけでもなく、それより聞いてよ、とにこにこと嬉しそうに雷蔵の話をし始める名前は、どうしようもないくらい鈍感で適当で、そういうところが彼と似ている。……まあ私はそんなところに救われていたりするわけなんだが、それはまた別の話。
名前はいつも、俺のことなんてどうでもいいくせして、他の奴らが俺の変装を見破るよりもずっと早く俺の変装を見破り、そしてなんでもないように正確な名前で俺を呼ぶ。
ただ、それは俺が常にしている彼――不破雷蔵の変装のときだけである。最初見破られたときは侮れない奴だ、あいつに見破られないように頑張ろう。そんなことを思っていたのだが、雷蔵の変装をやめた途端全くわからなくなる彼女を見て、ただのぽんこつじゃないかと思った。
その後、彼女が雷蔵に送る視線を見て、その変な見破り方の理由を何となく察してしまったのだ。
「お前が俺の事が分かるのは、お前が雷蔵のことが好きだからなんだろ?」
「ちっ、違う! 雷蔵のこと、別に、好きじゃないし!」
その反応が何より物語っているのだが、こいつはどうせ気がついていないのだろう。
はあ、こいつが雷蔵を想っていることなんて分かっていただろうに、何を今更思うことがあるのか。自分に呆れてため息が漏れたのを見てか、名前は次々と俺を罵倒する。その言の葉も酷いもので、雷蔵に見せてやりたいくらいのお転婆っぷりだ。
第一嫁修行とはいえ、一応くのいち教室の生徒であることには変わりないのだから、その隠し方の下手くそさはどうなのか。逆によくそれでシナ先生の授業をこなすことが出来るものだと最早感心に至る。
「べーっだ! このばか!」
まあこいつがこんな顔をするのなんて俺にぐらいだろうな、と思うと口元が少しにやけてしまいそうだった。なんともないように左手で口元を覆ったが、それを指摘する声は聞こえない。
名前はあくまで雷蔵のことが好きなだけで俺に興味があるわけではないのだ。たまにその事実が俺の心臓を突き刺していく。実についさっきまで刺さっていたのだが、あの顔が俺だけのものだと考えるだけで少し気分が浮かんだ。
鉢屋三郎は自他共に認める器用な男だと思っていたのだが、実際はばかな男の一人だったのかもしれない。少なくとも、こいつの前では器用ではいられないのだ。
……それにしても、雷蔵という男はどうしてこうも都合の悪いところに遭遇するのか。名前は気が付いていないようだが、さっきから雷蔵がそこの影からじっと俺たちのことを見つめているのだ。
突然気配が現れたので、おそらく最初からいたわけではないと思う。しかし俺に向けられる恨めしげな視線と、あまりにも悲壮な雰囲気から察するに、雷蔵のことなんか好きじゃないし、と宣言したあたりから耳にしてしまったと思われる。
名前の態度から察するに本心じゃないことは明白なのに、おそらく雷蔵は衝撃のあまりその言葉しか頭に入っていないのだろう。恨めしげに俺を見るのは多分、名前と一緒にいて、かつ雷蔵には見せないような顔をしているから。
……強欲なやつ。雷蔵にしか見せない顔だってあるのに、他の全ておも欲しがるなんて。そうじゃなくたって、雷蔵は名前のかけがえのない人なのだから。俺にだけに見せる顔の一つや二つ許してくれたっていいじゃないか。なんて、本人たちの想いはまだ通じあっていないからそんなことは言えないけれど。
雷蔵と名前には幸せになって欲しいと思う。だけど、このまま曖昧な状況が続いていればいいのにと思ってしまう私は少し最低なのかもしれないな、と手の中で自嘲した。