そのいち
あなたの名前はなんですか?(夢小説機能)
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
名前とは、出会って二年になる。
一年のときにぼくが憧れの久々知先輩を目当てに歴史研究会の見学に行ったときに、偶然会った。
一目見たときからぼくは名前から目が離せなくなって、
それが恋だと気づけないほどバカじゃないぼくは、すぐさま声をかけて友達になった。
まあ、それからなんやかんやあって恋人に――なってない。
そう。なってないんだ。このぼくが。中等部二年の中でもことさら優秀であると評されるぼくが、この女子一人に手を煩わされている。
「なあ! なんでだと思う。伊助」
いかにも面倒くさそうに目を細める伊助を、ぼくは軽く睨みつける。
これは先輩に向かってそんなこと言っていいのか?の合図である。小学校からの付き合いである伊助は、ぼくの性格の悪さをよーく分かっている。だから、こんな態度をとるぼくにも慣れているのだ。
「なんでと言われても……もうちょっと素直になったらどうなんですか。
三郎次先輩は周りから見たらある意味わかりやすいですけど、本人からしたら嫌われてると思うような酷い態度ですよ!」
「ぼくが? 名前を? 嫌っている?」
「はい! それはもう! 意地悪ばっかりしてないで、たまには優しくしてあげたらいいんじゃないですか?」
……優しく、なあ。
あいにくぼくには程遠い言葉だと思う。そもそもそんな簡単に人に優しく出来るんだったら最初からそうしてるし。そういうのはもっぱら四郎兵衛や久々知先輩の役目だから、まずぼくにまわってくる役割ではないのだ。
「……まあ、頑張ってみるよ」
しかしせっかく可愛い後輩がアドバイスしてくれたんだから、無下にするわけにはいかないか。
※
「……そんな落ち込まなくたっていいじゃないですか」
元はと言えば伊助のせいなんだからな。
じとりと睨みつけると、深くため息をつかれた。こいつもなかなか失礼な後輩だ。その分ぼくも失礼なことをしてるけど、その態度が他人にバレて体裁が悪いのは圧倒的に伊助だろう。
「さすがに、人がせっかく優しくしてやってるのに〝今日の三郎次、なんか気持ち悪いね〟なんて、ひどいと思わないか!」
「いや、至極真っ当かと」
「即答するなよ、傷付くだろ」
全く傷付いていないくせに、と言いたげな視線を無視してぼくは今日やった名前への善行を思い出した。
先生の元へたくさんの資料を持ってる名前を見つけて運んでやったり、
筆箱についていたキーホルダーをそれとなくかわいいと褒めてみたり……ぼくなりに優しくしていたつもりだ。
「もう。普段の行いが悪すぎて話になりませんね……。ここは一つ、諦めるのが一番じゃないですか?」
「ぼくが名前を諦める? とんでもない。そんなことをしたら、ぼくが名前に負けたみたいじゃないか!」
「はあ……そういうところですよ。諦めたくないなら、ガツンと玉砕しにいってくればいいんじゃないですか?」
「なっ……ふ、不吉なことをいうな! 玉砕なんて……し、しないはずだ。多分」
めずらしく弱ったぼくに、伊助は目を瞬かせてから、おれを煽った。
「そんなに振られるのが怖いんですかあ~?」
…………正直に言おう。そんなもの、怖いに決まってるじゃないか!
「エエーッ!?」
開き直ったぼくの発言に、煽ったはずの伊助は驚愕の表情を浮かべている。
甘いなあ、伊助。ぼくだって見栄を貼らないこともあるんだ。
見栄ばっか貼ってたって、疲れるだけだろ? 潔く認めることも時には必要なのさ。
「ふん。どうだ、参ったか。お前だってよく知ってるだろ?
ぼくはそんな器用じゃない。だから振られたあと名前と上手く喋る自信がないんだ」
「……どうして振られる前提なんですか。もう。そんなうじうじ悩んでたら盗られちゃいますよ?」
「はあ? 誰にだよ」
「僕に、とか」
「じゃあ、心配いらないな」
ちょっと! それ、失礼ですよ。
失礼なんかしったことか。
……というか、今更何を言う。親しき仲にも礼儀ありとか言う言葉はぼくらの辞書には載ってない。
「三郎次先輩は知らないかもしれないですけど、苗字先輩結構人気なんですからね。タカ丸先輩や久々知先輩も、もしかしたら苗字先輩のことを好きなのかもしれませんし」
「……その二人を敵にするのは、分が悪いな」
「でしょうねえ」
さすがに自分をそこまで高く評価してはいない。たたが二三年、されど二三年。
人間としての経験値の差があって、なおかつ二人共人当たりのいい人だ。ぼくみたいな意地悪と先輩方のような穏やかな人間、どちらか人気かと言われれば穏やかな人間だろう。
「……分かった。告白するよ、伊助。決行は明日の放課後だ、いい結果を待ってろよ」
少し遅れて、伊助が歓声をおくる。……完全に勢いだったけど、まあいいか。明日は明日の風が吹く。明日の告白が上手く行こうとそうでなかろうと、今日のぼくには何ら関係もないのだ。
※
「ええええええええっ!?」
そ、そんな驚かなくたっていいだろ! いい結果を待ってろ、と言ったのに全く期待していなかった様子の伊助はただだだぼくの報告を聞いて絶叫した。
『実は……ぼくは、名前のことが好きなんだ。
なかなか素直になれなくて意地悪ばっかりしていたかもしれないが、この気持ちは本当だ。ぼくと、付き合ってみてくれないか』
文字にすると単調に聞こえる告白は、実際には切羽の詰まった告白だった。
思わずどもってしまうくらい、ぼくは緊張していた。
そんな僕の様子を見て本気だと分かってくれたらしい名前は、意外にもぼくを受け止めてくれた。
『……ほ、本気なのは伝わったけど。これからはもう少し素直になってよ。
それを約束してくれるなら、付き合おう』
ぼくは超速度で頷いた。
その後名前から、名前はまだぼくのことを好きなわけではないことを聞いた。分かってたけど、ショックではあった。
でもそれより名前と付き合うことになったことがただ嬉しくて、舞い上がりすぎてさっき机の足に小指をぶつけた。
「で、でも……苗字先輩は――と付き合ってるって噂が」
「はあっ!? なんであの教育実習生と!」
「詳しくは知りませんが、この間一緒に帰るところを見た人がいたらしいです!」
ふん。なんか知らないけど、名前と一緒にいただけで騒がれる利吉さんも大変だな。……とはいえ、ぼくも気にならないわけじゃないけど。
っていうか、めちゃくちゃ気になるし!!
「なんで教えてくれなかったんだよ、伊助!」
「えーッ!? そ、そんな理不尽なっ!!」
言ったら叶わないと諦め出して後悔するかと思って言わなかったのに、と零された言葉は、不機嫌なぼくには届かなかった。
※
ーーごめん、今日は一緒に帰れないんだ。
今日、言われた言葉なんだけど。もしかして名前、利吉さんと帰るつもりなのか!?
そう思ったらいても経ってもいられなくて、ぼくは歴史研究会が終わって速攻で学校を出て校門前で待ち伏せをした。
しばらくすると、ターゲットはあっけなく現れた!!
一体全体、二人はどういう関係なんだ?
好きあっていないとはいえ一応ぼくらは恋人なのだから、優先にしてくれたっていいだろ!?
まあ、もちろん名前が友達と帰りたいって言うなら、そのときは仕方ないけど。俺だって多分、あいつらと帰りたい時ぐらいあるだろうし……
でも!!
相手は教育実習生の、しかも利吉さんときた!
こんなの、不安にならないわけがないだろ? いくらこのぼくでも、不安なものは不安なんだ。
「それで、話ってなんだ?」
「え、えっと、その……」
なんでか分からないけど、すごーくムカついてきた!
そういえば名前がぼく以外のやつと話しているところなんて、部活中はほとんどぼくが名前をいじくりまわしているから見たことがなかったかもしれない。
……なんか、名前といえばもじもじして俯いてるし、妙に意識してるみたいだ。
もしや利吉さん、生徒相手に口説き落とそうとしてるんじゃないだろうな。
そう思ったらいても経ってもいられなくて、ぼくは茂みから飛び出してこう言った。
「利吉さん、教育実習生として、生徒をたぶらかすのはどうかと思います!」
「わあっ、さ、三郎次!? どうしてそんな所に」
「どうしてもこうしてもない!! 名前こそ、なんで利吉さんと一緒に帰ってるんだよ! 恋人のぼくが誘ったんだぞ……!?」
「……恋人? 君が、名前の?」
利吉さんは、ぼくに確認しながら口元を隠した。
そして、ふーん、と、ぼくに余裕をひけらかしてから、また口を開く。
「じゃあ、恋人だって証拠、見せてよ」
なっ……!!なんてこと言うんだ、この人は!!
恋人の証拠……つまりは、その、キスしろってことだろ!? ぼくと、名前が。利吉さんの前で。
「む……無理です!!」
「どうして?」
利吉さんは微笑む。
「ぼくは名前のこと好きだけど、名前はまだぼくのこと好きじゃないんです! そんな状態でキスなんてできません!」
……なんか、自分で言ってて虚しくなってきたけど、その甲斐あって利吉さんは、目を見開きながらぼくを見ている。
少しすると、そうか、と口元に当てていた手を外して利吉さんは笑った。
「名前、話はだいたい分かったよ。あと、池田?」
「は……はい」
「名前のこと、頼んだからね」
そう言って、利吉さんはクールに去ってしまった。
……えっと、つまり、ぼくはさっきので恋人だと認められたってことなのか?
なんかよくわからないけど、とりあえずぼくは名前と帰ることが出来るらしい。
「優しいね、三郎次」
人生ではじめて言われたよ、そんなこと。だってぼくは意地悪の代名詞、この学園一の意地悪野郎だから。なんだか照れくさくて、ふん、とそっぽを向いてやると、隣から笑い声が聞こえた。
「それより、利吉さんとはどんな関係なんだよ?」
「ああ、実は親戚なの。だからたまに送って貰ってたんだけど。
これからは三郎次と帰るから、もう大丈夫です……って話そうと思ってたんだけど、ね。
でも、分かってもらえたっぽいし、もういいかな」
なんだ、そうだったのか……。
でもそんなの学内で言ったらよかったのに、と文句を零すと、利吉さんのファンの子を舐めないでよ、と言い返されて、ああそれもそうか……とぼくは納得したのだった。