そのいち
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あたしには好きな人がいる。
その好きな人というのは、三つ上の食満先輩である。
高等部三年C組、美形二人組のうち一人である。
キリッとした眉に鋭い眼光、外見から怖いと思われることは少なくないけれど、性格は善良で面倒見がよくて人気がある先輩だ。
あたしもはじめて見たときには別の先輩と喧嘩していたから、すっかり怖い先輩だとばかり思っていたけれど、
委員会の関係で三年C組の善法寺先輩を呼びに行った時は雰囲気が柔らかくなっていて驚いた。
……そして、今年になってあたしはまんまと先輩に落ちてしまったのだ。
こんなことならジャンケンしてでも整備委員会に入ればよかったかな。
三つ上の高校生の先輩ともなれば、それくらいしか会える機会はないのだから。
……いつもあたしは、三年C組美形二人組の一人・善法寺先輩がいるのにも関わらず、
誰も入ろうとしない保健委員会が不憫でこの委員会に入ってしまうのだ。
しかも、一年生の頃からやっていることもあり、
ある程度善法寺先輩や先生からも信頼されていてなんだか入らなくては行けないような感じになっていた。
「はあ……」
ため息をつきながら、この角の向こう側にある女子トイレに向かう。
トイレットペーパーの点検である。ひとまずあるかないか確認するだけでいいのだけど、何せ保健委員会特有のアレが不安で仕方がない。
……案の定、角を曲がろうどしたとき、それは訪れた。
「んむっ…………っ!?」
……この唇の感触はもしかしなくても唇だ。
そして、唇だけでなく全身で派手にぶつかったあたしたちは二人ともばさりと尻もちをついてしまった。
食満先輩だったりしないかな。
なんて現実逃避をするけど、あたしと食満先輩とで唇がぶつかるのはおかしいし
何より高等部の先輩が中等部の方までやってくるなんてことはほとんどないので、その逃避は早々に崩壊した。
全身に走る痛さに耐えながら、なんとか目を開けるとそこには好敵手であり同級生の富松作兵衛がそこにいた。
好敵手と呼ぶのは少し語弊があると思うけど、それに近いものがある。
なんせ富松作兵衛は食満先輩のお気に入り……というか、食満先輩と同じ委員会でよく一緒にいるのを見かけるからだ。
しかも、この間は食満に頭を撫でられていた。
羨ましい。私も撫でてくださいよ食満先輩。
「え……なっ、名前!?」
……いや、それもそうなんだけど。
面識のある相手と、その、してしまったのが一番最悪だと思う。
友達の友達みたいな感じだ。いいや、そこまで他人行儀な感じでもないけれど。
作兵衛は私と同じ委員会の……あれ、ええと、あー、さ、三反田だったっけ。
そう。
三反田と仲がいいらしく、迷子になった結果怪我をしたあの有名人二人を連れてくる時はよく三反田と話していた。
たまたま三反田がいないときに、初めて話してそれなりには仲良くなったのだ。
「わ、悪い……っ! 今、その」
余計なことを言いかけた作兵衛を睨みつけて無言で黙らせる。
相変わらず責任感の塊みたいな性格をして、顔色を忙しく変える作兵衛にまたため息をつく。
それも個性であるとは思うけど、あたしはどうもその性格が苦手である。
責任感はないと困るものであるけど、強すぎるのも困りものだ。
「気にしてないよ。ほら立って」
「……っ」
罪悪感からか青い顔をしたまま、素直に立ち上がる作兵衛。
……気にしてないっていってるのに。
ひとまずあたしの放った嘘に騙されてくれればいいのに。
なんでこれまた華麗にスルーを決めてくれちゃったんだろう。
さっき謝ったのも、その責任感もすべて自己満足に過ぎないんでしょ。
そんな当たり前でありながら、醜い現実を突きつけたくなる心をぐっと抑えて、あたしは別の言葉を発した。
「……とりあえず、保健室行くから」
※
「なあ…………名前って、その、好きなやついんのか?」
明らかに先程のできごとを気にしている様子の質問に、心の中で思い切りため息をつく。
あたしは気にしてないって設定になってるんだから、それに乗ってしまえばいいのに。
どうも責任感からかなかったことにしたくないらしい。
「そりゃいるに決まってるじゃない。作兵衛もよく知ってる食満先輩よ」
「……ええ゛っ……!?」
「何よ。なにか文句あんの?」
「いや、ねーけど……文句っつーか、その……やめておけよ」
はあ?
思わず口に出したら、目に見えて作兵衛はびびった。
当たり前だ。なんで友達と呼んでいいかも微妙な人にそんなこと言われなきゃいけないの?
「あの人怒ると怖いんだ」
「そのギャップにやられたのよ、普段は優しいでしょう」
「競争率高いぞ?」
「そんなこと気にしてたら最初から好きにならないから」
それもそうか……と頭を抱える作兵衛。
どうしてもあたしに食満先輩を諦めて欲しいらしい。
イラッとした心は既に落ち着きを取り戻していた。
「なんでそんなに諦めさせようとするの?」
「……実は二つ、理由があってだな」
「…………もしかして、食満先輩って彼女いるの?」
正直、理由なんてそれしか思いつかなかった。
そう言うと分かりやすく作兵衛は固まった。
まぁ、人気だしなあ、食満先輩。
そりゃいるよ。あたしがイケメンだからね。善法寺先輩がいないからって油断しちゃいけない。
案外、すっぱりいけるものだった。
もしかしたら、あたしはそれほど食満先輩のことを好きじゃなかったのかもしれない。
話したのだって数回程度だったし、むしろもっと好きになる前に知っておけてよかった。
今回ばかりは、作兵衛に感謝だ。
「……っていうか、もうひとつの理由って何?」
そ、そんなこと言ったっけか?
と慌て出す作兵衛に、あたしは彼の弱点を叩きつけることにした。
「言葉には責任を持たないと」
「……うっ、そ、そりゃそうだよな……うん」
じゃあ、言う。
そう宣言した作兵衛に、私は疑問符を浮かべる。
……そこまで改まって言わなければならないことなのだろうか。
そもそも食満先輩は存在しないとか?
それとも、あたしは食満先輩に嫌われていただとか!?
いや、そんなことを言う人ではないけど。
しかも、後輩に愚痴をこぼすなんて食満先輩に限ってありえないだろう。
「俺がっ、名前のことを、その、好きだからだよ……」
声を張ったくせに、だんだんと萎んでいく声と、彼の性格からして、これはきっと本気なんだろう。
「……知ってる? こういうの卑怯っていうんだよ」
「はあッ? お前が言わせたんだろ……俺もそう思ったから言わなかったんだよ!」
……まあ、別に。悪くはないかな、と零すと、作兵衛は目を点にしてから顔を真っ赤にした。