そのいち
あなたの名前はなんですか?(夢小説機能)
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忍たま五人にくのたま一人。奇妙な組み合わせだったけれど、私たちはいつの間にか仲良くなっていて気が付けばいつも一緒にいた。
しかしある夏の日、その一人のくのたまが城の主に見初められて嫁ぐことになったという話を本人から聞いた。経緯はよく分からないが私たちにとって突然の別れであることに違いなくて、この別れのあっけなさが、この関係のか細さが、なんとなくかげろうに似ていると感じた。
ほかの四人は、おまえが? となんだかぱっとしない様子ではあったけど、最後にはよかったな名前と笑顔で彼女を見送った。私はなんとなくその最後の彼女の表情を見て、これは名前が望んだことではないのだと悟る。
名前の演技が下手だったわけではない。あの中で一番付き合いが長くて一緒にいる時間も長かったのと、私が名前を好きだったからこそ気が付いた変化だったと思う。私たちの関係は他の四人とは少し違っていて、恋仲でこそないものの互いに想いを寄せあっていて、なおかつそれを違いに分かりあっていた仲だった。
そして、私は名前にだけに伝わるような距離でこう言った。
「あと数年待っていろ、必ず私が攫ってやる」
*
忍術学園を卒業してからというもの、ほかの四人と顔を合わせることは前よりずっと少なくなった。私の得意とするのが変装だからかこれでも交流がある方だと思うのだが、私ですらこれならほかの四人同士は卒業してからほぼ顔を合わせていないんじゃないかと思う。
そしてそろそろ決心がついた私は、名前が嫁入りしたという城に潜入することにした。守りは浅く手応えを感じない城であるが、これでもわりと町の評判は良い。
名前が最後に見せた浮かない顔は今でも健在だろうか。少し不安だ。もしあいつが嫁入りしたことを後悔していないようであれば、私は手を引かざるをえないから。安定した生活を送れる城の嫁と忍者の嫁なんざ、感情的な部分を取り入れさえしなければ、圧倒的に忍者の嫁の方が不利だ。
しかしその不安はすぐさま消し飛んだ。
天井裏から彼女の寝室に侵入すると、物音に反応した名前が私の姿を確認したと思えばすぐさま私にぎゅっと抱きついたから。そのまま私の胸元に頬ずりをする名前に、私はぎょっとしてすぐさま天井裏へと連れ込んだ。横で違う布団を引いて寝ていた男は大きないびきをかいていたからか、私たちが立てた音に気がつく気配はない。ひとまず、ここまではいい。問題はこれからである。
「今から私は嘘をつく」
あれから外に移動し、もうこの城から去るだけである。名前はこんなときに何をと眉を顰める。まあ聞けよと私は名前の耳元に口を寄せると、名前はため息をついたのちに髪を耳にかけた。名前が文句を言いつつ私の話に付き合ってくれるのはいつものことで、私はふ、と口元がゆるんだ。
こんな前置きをしなきゃ本当のことを言えないなんて情けない男だと自分でも思うが、鉢屋三郎はいたずら小僧の嘘つき野郎なのだからしょうがないだろうと言い訳をする。
……ああくそ、緊張してきた。らしくないと自分でも思う。それでも私は伝えなければならないのだ、もう二度と言葉を交わせないと、私の何かが告げている。
「私はおまえのことを、ずっと前から愛していた」
すると名前が勢いよく振り向くので、私は慌てて人差し指を立てて口元に当てる。騒がれたら何もかもが壊れてしまうから。
どうして忍者は夜に紛れなければならないのだろう。昼ならば存分に名前の顔が見れたのに。……ああでも見えなくて良かったかもしれない。名前の照れた顔なんて見たらつい口付けをしてしまいそうだから。
「……ねえ、鉢屋。私も一つ嘘をつきたいの」
「なんだよ……名前」
今度は私の耳元に名前が口を寄せる。さっきは気が付かなかったが、名前の顔がとても近くにあることに気が付いた。耳が名前の呼吸で熱くなる。……なんだよもう、早く言えよ。耳が火傷しそうだ。そう思っていると、名前はようやっと口を開いた。
「ーーー」
勢いよく振り向いて名前の顔を見る。あかりがないものだから顔というか輪郭しか見えないけれど、なにやら私の反応に笑っているらしいことが分かる。……ああくそ。結局おまえの方が一枚上手かよ。でも不思議と悪い気はしなかった。
「そろそろいくぞ」
返事はない。……なんだよ、怖いのか? そう聞くと暗闇の中名前が頷いたのが分かった。
何も怖いことはないよ、おまえはただ前を見据えて走っていればいい。この鉢屋三郎がいる限り、おまえを死なせたりなんかしないさ。そう言いながら名前の頭を撫でる。違うと名前は呟く。
「死ぬのが怖いわけじゃないよ」
「ばか、ちょっとは怖がれ。おまえが死んだら私が嫌なんだよ」
「……私は、三郎が死ぬことの方が怖いの」
……私だって怖いさ。鉢屋三郎はいつだって自信満々だから、ついこうして余裕ぶってしまうけど。というかどれだけ私を照れさせたら気が済むんだこの女は……。思わず素直になってしまうくらいには気が動転している。さっき名前がついた嘘が頭の中で反響する。
ーー一人じゃ生きていけないから、鉢屋にそばにいてほしい。
……だなんて、ずるいやつ。そんなこと言われたら、こんなところでやすやすと死んでやるわけにはいかないじゃないか。
熱くなっていく顔を押さえつつ、そろそろ本当にいかなければと腰を上げた。
*
作戦は無事成功し、大多数のやつらはこちらに呼び寄せることができた。おそらく向こうには三人くらいしかいないんじゃないかと思う。名前はくのいち教室一の俊足で……まあ何年も城で姫ぐらしをしていればいやでも鈍るだろうが名前は隠伏には最適な小柄な体型であるし、多分そうしながら着実に逃げているのだろう。
川の音が聞こえる。山の中へ入ってゆく。ここに入ってしまえばこちらのもので、次々と敵は罠にかけられて行く。罠にかからなくともこの山の森は、土地を知らぬものからすると迷路そのもの。
……そう、ここは忍術学園の敷地。
ここは私たちの庭と言っても過言ではないから、迷うわけもなく私は森を走り抜け、木と木を飛び移りながら移動する。そして、夏の夜の涼しい風が私の頬にすり傷を作るように通り過ぎていく。心地いい。かげろうが鳴いているのが聞こえて私はある出来事を思い出した。それは名前がくのいち教室を退学する前のことである。
「鉢屋って、かげろうみたい」
いつの間にか私たち五人の中に入り込んでいたくのたまの名前は、女子にしては珍しく虫嫌いではなく、じーっとかげろうを見ながら私にそんなことを言った。一日で死んでしまうようなか弱い虫に例えられたのが癪だったので、私は確か名前をじとりと睨みつけた。
「かげろうって、成虫になったら食事できなくなるからすぐ死ぬんだって。だから子孫を遺すために相手を探すの。……すごいよね、食事をとれない絶望的な状況で、それでも子孫を残そうとする……まさに、死にもの狂いって感じで」
「……八左ヱ門にでも聞いたのか? それで、どこが私に似ているっていうんだよ。結局かげろうは欠陥だらけの虫じゃないか」
「うん。竹谷に聞いたの。かげろうはどうしてあんなに早死にするのって。……竹谷にも鉢屋に似てるって言ったんだけどね、よく分からないっていわれちゃった。でも、私はやっぱり似てると思うんだよね。鉢屋は誰よりも忍者になることに対して真剣で、誰よりも必死っていうか。もちろんみんなが必死じゃないなんて言わないけど、鉢屋って自分の素顔を隠すためなら死にもの狂いになれそうだなって思ったんだ。ほら、かげろうみたいにさ」
私がなんとも言わないのをいいことに、名前は勝手に話し続けていた。
このときから私は、名前のことが好きだった。こういうこっ恥ずかしい話をさらっと言ってしまうところだとか、そういうところが好きなんだと思う。いつも私の予想外のことをして私を楽しませてくれるような。名前はそんな存在で、唯一の存在とも言えた。惚れた弱みかなんだか知らないが、わりと名前には叶わないところがある。
そんなことを思い出しながら必死に駆けていたら、気がつけば私の追手はいなくなっていた。もういいか、と思い忍術学園の門前に立つ。名前とはここで待ち合わせをしているのだ。……もう言葉を交わせない予感、なんて大げさなものに過ぎなかったな、と今になって思うが、油断は禁物である。私たちの逃避行は、まだまだ始まったばかりなのだ。
*
人間死ぬときは案外あっけないもので、私は名前を遺して死んでしまった。私は取り残されて唖然としている名前を後ろから抱きしめようとする。しかし私の腕は名前をすり抜けていった。名前はそこに横たわっている俺の死体の懐に手を入れる。一体何を探しているんだーー。
ーーそこで、彼女の一人じゃ生きていけないと言う言葉を思い出した。私の中で点と点が線になり、彼女がしようとしていることに結びついていく。懐から出した手には予想通りの凶器が握られていて、私は彼女の手首を掴もうとするがもちろん手に触れられるわけもなくそのまますり抜けていった。
……嘘だろ、ばか。まだおまえには時間があるというのに、それを自ら絶とうとするなんて。声は届かない、触れることも叶わない、それを分かっていながらも、私はそうすることしか出来なかった。
私は光る球になって、先の見えない川の中でどんどん流されていく。川の最中で流れ星が落ちて、それはやがて私と同じ光る球になっていった。色は皆違っているが、みんなそれぞれの美しさを持っている。最終的に六つになった球たちはある日の私たちに似ているような気がして、なんだか嬉しい気持ちになる。ああーーまた会えたらいいのに、と思ったその時には、私は産声をあげていた。
自らが生まれた瞬間を思い出しながら、私は歩道橋の上でかんしゃく玉を持ってあいつらと顔を見合わせた。
「よし、行くぞ!」
「せーのっ!!」
みんなで、一斉にそれを車道に叩きつけた。バチン、バチンとかんしゃく玉は弾けて飛んだ。車はここを通らない。私たちは懲りずにまたかんしゃく玉を叩きつけて笑い出す。
夏の祭りで、時代は違えど再会した私たちは遊んでいた。……楽しい。それ以上に幸せで、こいつらと再び笑い合える日がくるなんて思っていなかった。私たちは大人になったら、また離れてしまうのかもしれない。でもそんなことを考えていたら、せっかくの楽しい時間が台無しだ。だから、今を大切にしようと思う。
かげろうが私たちを見ている。今度こそ、私たちを離れ離れになんかさせない。名前を一人になんかしない。死にものぐるいのかげろうのように、私は必死になってそれを叶えてやろう。
……そんな決意をした、夏の夜だった。