そのいち
あなたの名前はなんですか?(夢小説機能)
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名前が死んだあの瞬間、僕が医者になる十年とあと少し前。たまに夢に見る。他人事みたいなカットで、僕のちっぽけな背中と白い病室に溶け込んだ名前のが映し出される。僕は結局死の前では無力だったのだ。背中の小ささがそれを際立たせる。
「私、退院できるかな……」
「うん。きっとできるよ、だから泣かないで」
あの日僕は嘘をついた。退院できるかできないかなんて僕は分からないのに、全て知っているかのようにできると言った。名前の涙を見たくなかったから。僕の言葉で君が笑ってくれるなら嘘なんて軽いものだと僕は感じていた。それに病状は悪くなるばかりだったけど、僕も名前が死ぬなんてこと考えたくもなかったんだ。
本当に死んでしまうなんて思っていなくて、明日もまた会えるのが当然だと思っていた。でも名前は確かに僕の目の前で息を引き取って、彼女を助けられなかったという負い目に似た感情を持って医者になった。あのときの小さい僕にはああやって彼女を励ますことしかできなかったのは分かっていたけど、それでもやりきれない思いを抱え続けていた。誰かの大切な人を救いたいと思った。あの日の僕みたい思いを誰にもさせたくなくて。
ずっと好きだったんだ、と小さな声で囁く。
同時に、心肺停止の音が鳴る。そのまま戻らない。もちろん医者は全力を尽くした。お見舞いに来ていた彼女の家族と僕の家族の泣き声が、ずっと遠くに感じる。泣き方が分からない。唖然としていた。もう名前はいないのか、本当はまだどっかにいるんじゃないか。そう思いたくて病室を見回しても泣いている家族と顔を伏せている医者たちがそこにいるだけだった。
当然のように続くと思っていた僕と名前の日々が突然幕を閉じた。数多の伏線に気付かないまま急展開に飲み込まれたあの日の僕は、まだ声変わりもしていない声でその展開に文句を言う。その少年の肩を掴んで、大きな僕は首を横に振った。相変わらず他人事のカットからの映像で、僕はどちらにもなりきれない。
過去に戻って、彼女ーー名前を助けることが出来たなら。将来、死んで名前に会えたなら。僕じゃなくても大切な人を失った人は一度は考えると思う。過去に戻ることは出来ない。でも、死ぬことはいつでもできる。死を選んで後追いをした人も中にはいるだろう。
きっと天の川で再会する頃には僕は僕じゃなくなっているし、名前は名前じゃなくなっている。正確に言えば、僕が僕であることも名前が名前であることも証明出来なくなっている。つまりあの世には何もない。僕は死というものはそういうものだと思っていた。名前がいないという現実を突きつけられる今よりはそっちの方が幸せだろうと考えていたから。
でも、今更だけど僕は気が付いてしまった。
あの世を本当に覗いた人がいても、それをすべての人が信じられるわけじゃない。未知は自分が体験してからじゃないと信じられない。未知が実際は酷いことであっても、それを誰も知らないからこそ、証明できないからこそ、自分の都合の良いように考えられるし、誰の許しもいらないということに。
もう、過去に囚われるのはやめよう。
あの世とこの世というのは大雑把に捉えると違う惑星みたいなもので、きっと彼女はそこにいるんだと考えることにしよう。それで毎日、彼女が何をしているんだろうと考えながら過ごす。きっと毎日が楽しくなる。
名前が生きていた時もやっていたことだ。僕が外で遊んでいるとき、食事をしているとき、勉強をしているとき。つまりは僕と名前がいないとき、名前は何をしているんだろうと考えるのは前と一緒のことだ。……やっぱり少し寂しいけど、それでもずっと、過去に引きずられるよりはいいのかもしれない。