そのいち
あなたの名前はなんですか?(夢小説機能)
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【朝の霜/鉢屋三郎】
寒い……もっと、布団を深く被らなければ。
布団を引っ張ろうと体を起こしたら、微かに開いた扉から漂う美味しそうな臭いに惹かれ、気付けば自分用のイスに腰をかけていた。
すると、エプロン姿の名前が振り向いて目をまたたかせた。
もう新婚とはいえないくらい二人で過ごしているわけだが、惚れたあの日からずっと私の愛情が他に移ったことはない。
「あれ、起きたの。おはよう三郎」
「……はよ。いただきます……」
白米に納豆、鮭に豆腐の味噌汁、そしてひじき。私好みの伝統的な日本食である。
食事をするとき、一番最初に汁物に口を付けるのはちょっとしたマナーだ。
朝食を食べ進めているうちに、あるものが視界に入った。
ああ。もう、そんな時期か。そう思って箸が止まる。
「……どうしたの?」
いや、別にお前の料理をまずいなんて一言も言っていないだろう。
思考を不安の一言で占められたような顔をして私の目を見つめてくる名前に首を振った。
「お前の料理が不味いわけないさ。……あそこ、窓に霜が着いているだろう。
だからもう秋も終わりかと思ってな」
はぁ、とため息をつく。
季節が去るのは知ったことだが、どうしても物悲しい気がして嫌になる。
それが春だろうが夏だろうが秋だろうが冬だろうが変わらない。
人も季節も変化するものだ。そこにある以上、何かが変わっていく。
それが良いか悪いかなんて分からない。そんな中私は変わりたくなくて、自分を突き進んだ頑固者だった。
しかし、私は変わった。
好きな季節がなかった私を、名前は確かに変えたのだ。
名前は視線だけ私からずらして、窓を見た。
「本当だ。冬は嫌だな。暖房代も高くなるし、何より寒いし、雪が降る」
やっぱり人は変わっていく。時間と共に、移ろっていく。
食べ終わった食器を片付けて軽く水で洗い落としながら、私は名前のその言葉に返事をする。
「嫌に現実的だな……。昔は雪が降ると誰よりはしゃいで雪だるまやら、雪合戦やらうるさかったじゃないか」
昔の名前といえば、冬が来たら大騒ぎだった。
その小さい口から白い息を吐き出しながら、無邪気に走り回り、
そして手袋と靴下をびしょびしょにして、大の字に寝っ転がって笑っていた。
「そっ、それは子供の頃の話でしょう! それより、三郎は? 冬好き?」
「私は……そうだな」
恥ずかしくなって話題を変えるなんて、随分と可愛いじゃないか。
水によって濡らされてしまった手をタオルで拭いて、私は名前の背後に近寄り、
その耳元で囁く。
「……名前に触れる口実を作るのが簡単で助かるよ」
名前が、声にならない悲鳴をあげた。
そのかわりの箸が落ちる音が、晩秋の静かな食卓に響く。
「……そっか、それなら……私も、冬、好きかも」
こちらに振り向いて照れくさそうに笑う名前に、ドキドキと胸が高鳴る。
まるで、新婚のようだ。……いいや、いつも心では、ずっと前から変わらぬ想いを抱いていたけれど。それでも最近は……。
私は、なんともないような声色で、私は名前をからかった。
「おいおい。手のひら返すの早くないか?」
「仕方ないじゃない。だって、三郎がそんなこと言うんだもん。
私だって、もっと三郎に触れたかったの」
あぁ、可愛い。私の嫁って、なんでこんな可愛いんだ。
いつしかしなくなったおはようのキス。また、私は無意識のうちに諦めていたのだ。
年甲斐もないだなんて言い訳をして、名前がしてこないからだと言い訳をして。
さすがとしかいいようがない。さすが、私を変えた……私がどうしても失いたくないと思ってしまった人だ。
欲しくなっても、諦めることが簡単に出来た私を、変えた唯一の、人。
…………やばい、どうしよう。
〝嬉しい〟という簡単な言葉ですら思い浮かばないくらい、舞い上がっている。
人は移り変わっていく。
だからこそ、絶対に名前が私に愛想を尽かすわけがないと、言いきれないのが、なんとももどかしい。
ああ、でも、今は……いや、ずっと、私は……。
「……名前。愛してるよ」
そうして私は名前の唇の端にキスをした。
……なぜなら、彼女はまだ食事中だったから。
寒い……もっと、布団を深く被らなければ。
布団を引っ張ろうと体を起こしたら、微かに開いた扉から漂う美味しそうな臭いに惹かれ、気付けば自分用のイスに腰をかけていた。
すると、エプロン姿の名前が振り向いて目をまたたかせた。
もう新婚とはいえないくらい二人で過ごしているわけだが、惚れたあの日からずっと私の愛情が他に移ったことはない。
「あれ、起きたの。おはよう三郎」
「……はよ。いただきます……」
白米に納豆、鮭に豆腐の味噌汁、そしてひじき。私好みの伝統的な日本食である。
食事をするとき、一番最初に汁物に口を付けるのはちょっとしたマナーだ。
朝食を食べ進めているうちに、あるものが視界に入った。
ああ。もう、そんな時期か。そう思って箸が止まる。
「……どうしたの?」
いや、別にお前の料理をまずいなんて一言も言っていないだろう。
思考を不安の一言で占められたような顔をして私の目を見つめてくる名前に首を振った。
「お前の料理が不味いわけないさ。……あそこ、窓に霜が着いているだろう。
だからもう秋も終わりかと思ってな」
はぁ、とため息をつく。
季節が去るのは知ったことだが、どうしても物悲しい気がして嫌になる。
それが春だろうが夏だろうが秋だろうが冬だろうが変わらない。
人も季節も変化するものだ。そこにある以上、何かが変わっていく。
それが良いか悪いかなんて分からない。そんな中私は変わりたくなくて、自分を突き進んだ頑固者だった。
しかし、私は変わった。
好きな季節がなかった私を、名前は確かに変えたのだ。
名前は視線だけ私からずらして、窓を見た。
「本当だ。冬は嫌だな。暖房代も高くなるし、何より寒いし、雪が降る」
やっぱり人は変わっていく。時間と共に、移ろっていく。
食べ終わった食器を片付けて軽く水で洗い落としながら、私は名前のその言葉に返事をする。
「嫌に現実的だな……。昔は雪が降ると誰よりはしゃいで雪だるまやら、雪合戦やらうるさかったじゃないか」
昔の名前といえば、冬が来たら大騒ぎだった。
その小さい口から白い息を吐き出しながら、無邪気に走り回り、
そして手袋と靴下をびしょびしょにして、大の字に寝っ転がって笑っていた。
「そっ、それは子供の頃の話でしょう! それより、三郎は? 冬好き?」
「私は……そうだな」
恥ずかしくなって話題を変えるなんて、随分と可愛いじゃないか。
水によって濡らされてしまった手をタオルで拭いて、私は名前の背後に近寄り、
その耳元で囁く。
「……名前に触れる口実を作るのが簡単で助かるよ」
名前が、声にならない悲鳴をあげた。
そのかわりの箸が落ちる音が、晩秋の静かな食卓に響く。
「……そっか、それなら……私も、冬、好きかも」
こちらに振り向いて照れくさそうに笑う名前に、ドキドキと胸が高鳴る。
まるで、新婚のようだ。……いいや、いつも心では、ずっと前から変わらぬ想いを抱いていたけれど。それでも最近は……。
私は、なんともないような声色で、私は名前をからかった。
「おいおい。手のひら返すの早くないか?」
「仕方ないじゃない。だって、三郎がそんなこと言うんだもん。
私だって、もっと三郎に触れたかったの」
あぁ、可愛い。私の嫁って、なんでこんな可愛いんだ。
いつしかしなくなったおはようのキス。また、私は無意識のうちに諦めていたのだ。
年甲斐もないだなんて言い訳をして、名前がしてこないからだと言い訳をして。
さすがとしかいいようがない。さすが、私を変えた……私がどうしても失いたくないと思ってしまった人だ。
欲しくなっても、諦めることが簡単に出来た私を、変えた唯一の、人。
…………やばい、どうしよう。
〝嬉しい〟という簡単な言葉ですら思い浮かばないくらい、舞い上がっている。
人は移り変わっていく。
だからこそ、絶対に名前が私に愛想を尽かすわけがないと、言いきれないのが、なんとももどかしい。
ああ、でも、今は……いや、ずっと、私は……。
「……名前。愛してるよ」
そうして私は名前の唇の端にキスをした。
……なぜなら、彼女はまだ食事中だったから。