ごちゃまぜ
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『21時』
ピロン、と携帯の音が鳴る。送られてきたその文字を確認し、一瞬高鳴った胸を押さえつけた。笑みが溢れてしまいそうな口元を誤魔化す様に揉み解す。たった一言、それも時間だけ。これは彼がうちに来るときの合図だった。私の予定も確認せずに時間だけを送ってくるとは、なんて自分勝手だろうとは思うが私がそれを断らないことを彼は知っている。知っているからこそタチが悪い。所詮私は彼にとってただの都合のいい女なのだ。そして私はそんな立場を利用して彼の隣にいるのだからなんて滑稽なんだろう。舞い上がった気持ちを抑え込み、彼への恋情を心の奥底へと仕舞い込んだ。
「いらっしゃい、ジェイドくん」
「こんばんは」
ドアの前でにこりと微笑むジェイドくんを部屋に招き入れる。鍵をかけると、後ろからふわりと彼の温もりに包み込まれた。首元にちり、と小さな痛みが走る。
「んっ、ジェイドくんっ」
「名前」
耳に吐息がかかる。彼は私が彼の声に弱いことを知って、いつもわざと耳元で喋るのだからずるい。耳朶をやわやわと彼の歯が刺激する。腰にあった彼の手はいつの間にかブラウスの中で体のラインをなぞっていた。
「まって、するならちゃんとベッドで…」
「待てないんです」
ぎゅう、と強く抱きしめられ、息が詰まる。彼の頭が私の肩に乗り、一房だけ黒い髪がゆらりと揺れた。様子が違う彼に違和感を覚える。いつもなら、やることだけやってすぐに帰ってしまうし、そもそもこんな風に抱きしめられたことなんてなかった。恐る恐る彼の頭に手を伸ばすが、指先が彼の髪に触れそうな距離で手を止めた。触れてもいいのだろうか。彼自身は私に触れていたが、私が彼に触れることを、彼はあまり好ましく思っていない様子だった。それは勿論行為中も。好きでもない相手に触れられるのは誰だって嫌だろう。だったら何故私とのこの関係を続けているのか、なんて傷つくだけの返答が返ってくるに決まっているのだから聞けなかった。伸ばした手をそっと下ろそうとすると、彼の手が私の手首を掴んだ。
「…どうして」
「え?」
「どうして今日、フロイドといたんですか」
秘密主義者のジェイドくんは私に何も教えてくれない。私が知っていることはジェイドくんには別に好きな人がいることくらい。彼に双子の兄弟がいるなんて知らなかったのだ。だから、声を掛けた。外で彼に声を掛けるのは、この関係を続けている以上ご法度だったかもしれない。でも、つい、見つけて嬉しくなってしまったのだ。結果的に人違いだったけれど。
フロイドくんは最初ジェイドくんと間違えたことに少し不機嫌になったけれど、私が名乗ると打って変わって人懐っこい笑みを浮かべた。少しお喋りしよーよ。と腕を引かれて強制的にフロイドくんと1日過ごすことになってしまったのだ。ジェイドくんと間違えて声を掛けてしまった、なんて言ったらいい気はしないだろう。
「偶然、知り合ったの」
「本当に偶然ですか」
「そうだよ。ジェイドくんに兄弟がいるなんて知らなかった。そっくりだね」
「……そうですね。僕とフロイドは見た目だけならそっくりです」
「でも中身は全然違うよね。フロイドくんは」
その先に続く言葉は彼の唇によって塞がれ、紡がれることはなかった。後ろから貪るように唇を押しつけるジェイドくんの目は色欲と少しの嫉妬が混ざったような複雑な色をしている。今まで彼は絶対に唇にキスをすることはなかったのに、なんで。息が苦しくなり、彼の腕を掴む。それに気づいた彼はゆっくりと離れた。お互いの口に糸が引く。グッと手を引かれくるりと体が回転すると、彼と向き合うような体制になる。そのまま壁に押し付けられると、彼は私と目線を合わせるように屈んだ。
「僕と同じ顔なら誰でもいいんですか」
「そんなわけないじゃない」
「ふっ、ははっ。まぁ、好きでもない男に抱かれて喜ぶ淫乱ですしね、貴女は」
「っ!」
彼の手が太腿から足の付け根へと移動し、ショーツを撫であげると、くちゅ、と音が響く。しっかりと感じてしまっている自分に腹が立つ。好きでもない男、だなんて。それをジェイドくんが言うのか。私に、貴方が好きだと言わせてくれないのは貴方だろう。唇を噛み締める。
「好きでもない女を抱いてるのは貴方の方でしょう」
「…えぇ、そうでしたね」
「だったら、私が誰とどこで何をしていようが自由、」
「名前」
「なによ」
「貴女は僕のもの、でしょう?」
挑発的なギラつく目に思わず喉が鳴る。蛇に睨まれた蛙のように硬直させていた体はふわりと宙に浮かんだ。
「ちょ、おろして」
「暴れないでください」
ぽす、とベッドに放り出され、すぐに彼が覆いかぶさった。彼は私の両手を掴みシーツに縫い付けると笑みを浮かべた。
「ジェイドくんっ」
「その身体に刻み込んであげますね」
「手、離してよ」
「ダメですよ」
空いている手で、そっと頬に触れられる。どうしてそんな顔で私を見るの。切なげに、壊れ物に触れるように。いつもの情欲以外の感情を殺した様な表情ではなく、優しく慈しむ様な顔をしたジェイドくん。そんな顔で私を抱かないで。私にも、望みがあると期待してしまう。奥底に仕舞い込んだはずの感情が蓋を開ける。これ以上は、無理だ。
「もう、やめよう」
「…え?」
「私、好きな人がいるの」
見開いた彼の瞳がゆらゆらと揺れる。いつもポーカーフェイスな彼の驚いた様なその表情がなんだか新鮮だった。今日は初めて見る彼の表情が沢山だ。ようやく彼の心に触れられた気がする。彼は何かを言おうとして口を開き、一度結んだ。やっと開いた口からは思いもよらない名前が出てくる。
「それは…、フロイドですか」
「フロイドくんとは今日初めて会ったのに、どうしてそうなるの」
「一目惚れだって有り得るでしょう」
「そう、そうだね。一目惚れだった」
「僕の知っている人ですか」
ジェイドくんは縋るように私を見る。どうしてこんなに気にするんだろう。やはり、所有物を他の男に取られるのが気にくわないのだろうか。でも、私の彼への恋心は彼も知っていると思っていたのに。
「うん、知ってる人だよ」
「そう、ですか」
「だから、ね?こんな関係、今日で終わりにしよう」
ジェイドくんだって、好きな人がいるんでしょう。お互い不毛なことはもうやめよう。でも、今日だけは。
そう呟き、彼を引き寄せキスをした。
2人でベッドに沈み込む。
朝が来た頃には、隣に彼の姿はもうなかった。
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