ごちゃまぜ
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きっかけは些細なことだった。あれは、4年前のこと。気晴らしに海辺を散歩していたら、偶然見つけた瓶に詰められた一切れの紙。興味本位で開けると中には手紙が入っており、手紙を開くと決して上手では無いが、愛嬌のある文字が連なっていた。
『こんにちは。なんか授業で陸に手紙を出してみましょーとか言われたから書いた。めんど』
そう書かれた手紙は、幼い私の心をひどく掴んだ。急いで家に帰った私はお気に入りの便箋を引き出しから出すと、その手紙への返事を書いたのだ。
『こんにちは。手紙読んだよ。ボトルメールを出す授業なんておもしろいね。私は今日、タコ焼きをつくったよ』
書いた手紙を同じ瓶に詰め、拾った場所へ戻ると、海へ向かってぽちゃん、と投げ入れたのだ。返事が来るとは思っていなかったが、もし書いた人に届いたらそれはとても興味深い。その日はウキウキと家に帰ったが、1週間もすると自分が出した手紙の存在など、頭の隅に追いやられていた。だから再びあの瓶を見つけたときは驚いた。同じ瓶に私が出した手紙の便箋と違う紙が入っている。すぐ様開けて手紙を読んだ。
『タコ焼きってなに?』
たったそれだけ。前回よりも短い文章だが、私の手紙への返答が入っていた。文字も、前回の人と同じ文字だ。まさか、同じ人に届いたのだろうか。子供ながらに昂った感情を抑え、その手紙への返答をまた便箋に連ねて海へ投げ入れる。
『タコ焼きは小麦粉の生地の中にタコを入れて焼いたものだよ。おいしいんだよ。もし、これが届いたら、あなたの名前が知りたいな』
今度は手紙の存在を忘れなかった。今か今かと心待ちにして毎日海に通った。ボトルを再び投げ入れた日から一週間後、それはまた見つかったのだ。
『タコはすきだけど、それ、おいしそうに思えねー。てか名前聞きたがるとか変なやつ。オレはフロイド。あんたは?』
偶然じゃない。確かに同じ人物とやり取りしている。見知らぬ誰かと紡ぐ絆がなんだか嬉しかった。返信を書いては海に投げ入れ、一週間後に同じ場所に届く手紙を確認する。その行為は次第に私の日常の習慣になっていた。
『私は名前です。フロイドくんはどこに住んでるの?』
『オレはさんごのうみ。あんたは陸の人?』
『うん。浜辺の近くに住んでるよ。海って海の近くなの?』
『海の中。オレ、人魚だから』
『すごい!人魚さんみたことない。素敵だね』
彼が人間でないことに驚いたが、不思議と怖くはなかった。日常のこと、学校のこと、家族のこと。そんな些細な秘密のやり取りはミドルスクールに上がっても続いた。いつしか家族に言えない悩みすらも相談できるほどに、私は顔も知らない彼を信頼していた。
『友達、いなくなっちゃった』
『友達なんて必要なくね?つか、なんで?』
『わかんない。無視されてる。私何かしたのかも』
『オレがいるし、いーじゃん。心当たりないならほっとけば』
ぶっきらぼうな言い方だったが、その言葉は私はひとりじゃないと思わせてくれた。勿論、友達だと思っていた子たちに無視されたことは辛かったが、フロイドくんからの手紙のおかげで、卒業までの間私は頑張れたのだと思う。でもある時から、返事がぱたりと止まった。
『そろそろ、ミドルスクールも卒業だね。フロイドくんはハイスクールも海の中?』
『たぶん?まー、ジェイドとアズールと同じとこかなー』
『3人とても仲良いよね。私もハイスクールではまた、友達作れるように頑張る』
『無理して作らなくてよくない?もし陸が辛いならオレらのとこくればいーのに。海もうざい奴ら多いけど。オレが迎えに行ってあげる』
『ありがとう。私、フロイドくんの優しいところ好きだな』
その私の手紙が最後。いつまで待っても浜辺にあのボトルが打ち上げられることはなかった。最初は四年間続いた習慣はなかなか抜けず、一週間に1度、海へ訪れていた。私が優しいところが好きだと言ったから、返信しづらいのだろうか。ただ単に忙しいだけか。それとも、見知らぬ人間とのやり取りに飽きてしまったのだろうか。手紙が来なくとも続いたその習慣も、ハイスクールに上がって一年経つ頃には既にやめていた。だから、かなり久々の海だった。なぜだか急に行かなければならない気がした。ふと思い出して向かった浜辺には、見慣れない1人の男性が立っていた。それも、私がいつもフロイドくん宛の手紙を投げ入れていた場所。その男性は片手にくしゃくしゃの紙のようなものを持っている。後ろ姿を見つめていると、視線に気づいたのか、こちらを向いた。目を見開き、嬉しそうに笑うとこちらへ向かって走ってくる。
「名前!」
私の名前を叫んだ彼はガバッと私に抱きついた。遠目で見るより、思ったよりも大きな体を受け止められず、2人で砂浜に倒れ込む。
「あの、」
「やっと会えたねぇ、名前」
「どうして私の名前…」
「オレのこと、わかんねぇの?」
迎えに行くって、言ったじゃん。
その言葉に、最後に彼から届いた手紙を思い出す。まさか。私の顔の横に両手をつき、上から見下ろす彼。そっと彼の頬に手を添えた。
「フロイド、くん?」
「あはっ、正解!」
「どうしてここがわかったの?」
「あのボトル、魔法かけてたの。同じところに辿り着くようにさー。だからどこに打ち上げられるのか調べんのなんて簡単」
「そうだったんだ」
だから毎回同じところに打ち上げられていたのか。そりゃそうだよね。潮の流れだとしても、四年間も同じ場所に手紙が届くなんて、ありえない。かなり低い確率だろう。でも、魔法をかけてまで私とやり取りをしてくれたことが素直に嬉しかった。フロイドくんは立ち上がると、私の手を引っ張り、起き上がらせた。
「オレ、あの時手紙出せなかったから、持ってきた」
「ふふ、ありがとう」
「名前、オレのことまだ好き?」
「え…」
確かに手紙に優しいところが好きとは書いたが、彼には違う意味で伝わっている気がする。どう言おうか迷っていると彼の瞳が不安げに揺れた。その綺麗な顔が徐々に近づき、お互いのおでこと鼻先が触れる。
「フロイドくんっ、ちかい…」
「ねぇ、オレのこと、好きだよね?」
「っ…、」
私の腰は彼の手によって、逃げられない程にグッと引き寄せられていた。吐息交じりに確かめるように囁いた彼を直視出来ずにギュッと目を閉じる。
「なにそれ。誘ってんの?」
「ちがっ」
否定の言葉を紡ぐよりも早く、彼の唇と私の唇が触れる。啄むようなキスを何度も落とす。やっと離れた彼は艶っぽい視線で私を見る。
「オレが四年も飽きずに手紙出してたのは名前が好きだからだよ」
「だって、手紙でしかお互いのこと知らないのに」
「オレは知ってた。どんなやつなのかって見にきたことあるんだよねぇ」
「ずるい、言ってくれればいいのに」
「あはは、ごめぇん」
悪びれもせずに謝罪を口にした彼。口付けられた唇を指でなぞる。
「名前も好きだって手紙に書いてたじゃん」
「私が好きだって言ったのは優しいところだよ」
「そうだっけ?でもほら、当時はそうだったとしてもさぁ、アハッ、今のオレとのキス好きだったでしょ?」
目と口を弧を描くように歪ませた彼は、不敵に笑った。今更、カァっと頬が熱くなる。離れようともがくが、彼の体はびくともしない。くつくつと笑う彼は、手紙の印象と全く違う。全然優しくない。
「そ、そういえば、手紙!持ってきてくれたんでしょ?」
「んー、そうだけどぉ。会えたからもういらねーかな」
「え!」
「それで?名前の返事は?」
「と、友達以上恋人未満…?」
「はぁ??」
思い切り納得がいかない顔で上から見下ろすフロイドくんから視線を外す。その態度にまたムッとした彼は私の顔を両手で掴み無理矢理視線を絡ませた。
「逃さねーから」
そう呟いた彼の鋭く扇情的な瞳に捕われた私はきっと近い将来彼の隣を歩いているのだろう。
「陸きてから初めてタコ焼き食ったけど、オレあれ好きー」
「ふふ、今度2人で作ろうよ」
「いいよぉ。楽しみにしてる」
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