海色の初恋
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フロイドさん達と偶然にも出会ってしまった日から数日。彼の言葉を鵜呑みにした私は再度モストロ・ラウンジへと足を運んでいた。扉を開けると、忙しなく動いていたジェイドさんがこちらに気づき近寄ってくる。
「名前さん。いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「フロイドは今、立て込んでおりまして。僭越ながら僕がご案内致しますね」
「いえ、ありがとうございます」
「こちらへどうぞ。オーダーはフロイドに取りにこさせますね」
ジェイドさんに案内されたのは入口に近いソファー席だった。なんだかジェイドさんには自分の気持ちがバレているようで、気を遣って頂いている気がする、というのは自意識過剰だろうか。そわそわとメニュー表を開く。
「ばぁ♡」
「ひぃっ」
「あははっ!毎回その顔すんの、おもしれ」
「フロイドさん…脅かさないでくださいよ」
後ろからぐっと体を曲げ、私を覗き込む逆さまの顔。けたけたと笑った彼はひょいっとソファーを飛び越えると隣に座った。
「今日のオススメはー、これかな」
「フロイドさんが作るんですか?」
「そーだよ。約束したじゃん」
「ふふ、ありがとうございます」
「やぁっとオレの前でも笑ったねぇ」
笑顔の方がイイよ。そう言ったフロイドさんは暖かい目でこちらを見ていた。いつになく彼の表情が優しい気がして恥ずかしくなる。確かに、彼の前で笑顔を見せたことはなかったかもしれない。フロイドさんといる時はビクビクしている、と言われたがその通りだ。彼の威圧感と話し方、それに気分屋なところが正直最初はこわかったのだ。でも今は、
「フロイドさんって、優しい人ですね」
「それ褒めてんの?」
「勿論。私フロイドさんのこと好きかもしれません」
「え」
「え…?」
「いやいや、は?オレの事すきなの?」
「はっ…いや、そういう意味ではなく!」
たかが数回しか会ったことがない女に言われてもって思いますよね。そうですよね。ごめんなさい。違うんです、フロイドさん一見怖そうなのに優しいからギャップがあるというか。あの、ホントに、そういう意味ではなくて…。
つい口走ってしまったその言葉を否定するように支離滅裂に捲し立てる。茹で蛸状態の私は彼の顔を見れずに視線を彼から外した。しかしいつまで経っても彼の反応が何もない。ちら、と見上げると彼は口元に手を当て目線を泳がせている。その頬と耳は紅潮していた。
「フロイド、さん…?」
「なっ、んでもない。オーダー承ったから」
「あ、まだオススメ聞いただけですけど…」
「オレがオススメしてんだからそれでいーでしょ」
理不尽なことを呟き足早にキッチンへと消えていく。なんだか焦っているようなその様子と先程の紅潮した彼の横顔に胸がきゅうっと締め付けられる。まさか、照れてる…?いやいや、そんなまさか、だよね。モストロ・ラウンジのお客さんは女性客も多いし、彼はモテそうだし、そんな言葉なんていくらでも聞いていそうだ。それなのに。彼の様子が脳裏に焼き付き離れない。
「なんてこと言っちゃったの、わたし…」
後悔先に立たず。発してしまった言葉は戻らない。思わず頭を抱えた。彼が戻ってきたら、なんて言おうか。さっきのは気にしないでください、人として好きです。間違ってはいないけれど、先程の言葉の真意ではない。もういっそこのまま私の好意を伝えたままの方がいいのだろうか。うだうだ悩み彼を待つ。しかし彼のオススメを持ってきたのは違う人物で。フロイドさんはあの後私の前に姿を現すことはなかったのだ。
「おや、もうお帰りですか?」
「ジェイドさん…はい…」
「なんだか元気がありませんね」
「あの、フロイドさんに、気にしないでくださいって伝えてもらえますか?言えばわかると思います」
「それは…、いえ、わかりました。またの御来店をお待ちしております」
会計を済ませると、入口の扉が開き新しいお客さんが入ってきたことを知らせるベルが鳴る。去り際に入ってきたNRC生とすれ違い、一瞬目が合う。あれ、女の子…?ここは男子校だったような。さほど気に留めずその場から立ち去ろうとしたが、後ろから私の前に姿を現さなかった彼の声が響く。
「小エビちゃぁん!」
振り向くと先程のNRC生にガバッと抱きつく彼の姿。その姿を最後にバタン、と扉が閉まった。