海色の初恋
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1人でモストロ・ラウンジへ出向いたあの日からはや数週間。あれからモストロ・ラウンジは土日を一般開放日に設定したらしく、気軽に学外の人も利用することができるようになったらしい。というのもこれは獣人の男の子を気に入っている友人からの情報で、あの日以降私はナイトレイヴンカレッジに足を踏み入れることはなかった。だって、あんな情欲に塗れた顔で私の指を舐めた彼にどんな顔で会えばいいのか。最初から距離感が近いとは感じていたが、流石にアレは私には刺激が強すぎた。あの時のことを思い出しただけで顔が熱くなり、彼の事しか考えられなくなる。だからもう、モストロ・ラウンジには行かないと決めたのだ。彼にとってもきっとただの気まぐれで。私も、彼に会い続けてしまったら後戻りができなくなりそうだ。少し危険な香りを孕んだ優しくて優しくない彼に恋をするだなんて、なんて無謀な。
「あーもう、考えるのやめ!」
部屋に1人でいると鬱々と考え込んでしまう。かと言って友人に連絡を取ると最近はもっぱらモストロの話ばかり。彼女は立派な常連になっているようだ。もう、何週間も行っていないのだから、彼はきっと私のことなんて忘れているんだろうなぁ。
「って、また考えてるし…」
つい、独り言が増える。こういう時は美味しいものでも食べに行こうかな。何がいいだろう。そういえば、最近近所に出来たシーフードレストランが評判がいいと聞いた。そこにしよう。テキパキと支度を整え、外に出た。
「んー、いい天気」
暗い気分も吹き飛ばす様な青空の下、目的のレストランまで歩く。その評判の通りお店は混雑している様だった。すぐには座れそうにないなぁ。店内をキョロキョロと見回すと、ここ最近ずっと頭の中を支配していた人物と視線が交わった。
「っ…!」
思わず店を飛び出す。ふろ、いどさんだ。一緒にいたのは同じ水色の髪の毛だったからジェイドさんだろうか。こんなところで会うなんて思いもしなかった。どくどくと心拍数が上がる胸を押さえる。落ち着いて。一瞬目があっただけで気づきはしないだろう。路地に入り蹲み込んだ。
「なんで…」
「それはこっちのセリフじゃね?」
後ろから声が聞こえる。そっと振り向いた先には肩を壁にもたれさせ、腕を組んでこちらを見るフロイドさんがいた。気づかれてた。というか私のことを覚えていた。
「なんで逃げんの」
「いえ、別に逃げてない、ですよ」
「はい、嘘ー。モストロにもこねぇじゃん」
「最近、時間が取れなかっただけです」
「それじゃー、今は完全に逃げたよねぇ」
オレと目が合ったもんね。
彼は回り込んで私の目の前にストンと腰を落とすと私の顔を見つめた。口元を弧を描く様に歪めた彼の目は、全然笑っていなかった。逃げたから怒っているのだろうか。でもそれだけで、なんで怒られなきゃいけないんだ。フロイドさんに会いに行こうが、会いたくないと思おうが、そんなの、私の自由でしょう。
「今は席がなかったから帰ろうとしただけです」
本心を隠して嘘をついた。彼と揉め事を起こすのは望まないし、怒らせた彼から逃げる自信もない。目を逸らし頬を膨らませた。
「今はそういうことにしてあげる。じゃあ、ほら。いくよ」
「は、どこに」
「さっきの店ぇ。ジェイド待たせてんの。席がないならオレらと座れば解決じゃん」
手を引かれて店のドアをくぐる。席にいたジェイドさんは大量の料理を前にし、もぐもぐと口を動かしていた。私たちに気づくと手を口に当て、ごくん、と喉を鳴らす。
「おや、名前さん。奇遇ですね」
「席ないらしいから連れてきた」
「そうでしたか。どうぞお掛け下さい」
にこやかに席へ誘導するジェイドさんに従って、ボックス席の空いているソファーへ腰を落とした。隣にドカッとフロイドさんが座り、私にメニュー表を差し出した。
「何か注文すれば?」
「…はい」
「どれもなかなかのお味ですよ」
そう言われてテーブルを改めてみると隙間がないくらい埋まっている。これ、2人で食べるのかな。チラッと隣のフロイドさんを伺った。パスタを美味しそうに食べている。人の気も知らないで。はぁ、と溜息をひとつ。店員さんを呼んでコーヒーを頼んだ。
「それだけでよろしいのですか?」
「あまり長居する気はなくて」
「はー?何しにレストランきたわけ?」
「ご飯食べるつもりではあったんですけど…」
「仕方ねーなぁ。ほら、口開けて」
「え?」
「はやく」
言われるがままに口を開く。私の口をじーっと見つめるフロイドさんは、何かを思いついた様に自分もガバッと口を開いた。鋭利な歯が覗き、その鋭さにひゅっと喉が鳴る。彼はさっきの怒っていた様な笑みとは違い、随分と満足そうに、そして意地悪そうに笑ったのだ。
「あははっ」
「おやおや、ふふふっ」
「な、なんですか…?」
彼らは2人顔を見合わせクスクスと笑っている。なんなんだ。本当にこの双子は意味がわからない。
「ごめぇーん。ほらもっかい口開けて」
「笑われるからいやです」
「ほい」
「っむぐ、」
両頬を掴んで開かされた口に、パスタが巻かれたフォークが突っ込まれた。
「どお?」
「…おいしいです」
もぐもぐと口を動かす。彼は私の口に突っ込んだそのフォークで再びパスタを食べはじめた。それ、間接キス…、なんて彼は気にしていなさそうだから野暮なことは言わずに口を閉じた。
「あのさ、」
「はい?」
「これより美味しいの、オレ作るから」
「…?」
「だからモストロきてよ」
「それは…」
「待ってるから」
パスタに目を向けたままそう言ったフロイドさんの横顔を眺める。少し、気まずそうな、恥ずかしそうなその表情。本当にこの人はくるくると表情がかわる。ふふ、と笑みが溢れた。後戻りができないだなんて、つまらないことで頭を悩ませていたなぁ。もうすでに、彼に落ちていたんじゃないか。気分屋な彼のことだ。もしかしたら傷つくこともあるかもしれない。でも恋なんてきっとそんなものだ。