海色の初恋
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また、来てしまった。
なんとなく、最後に見た彼の笑顔が忘れられなくて、なんて。
こんなすぐにモストロ・ラウンジが一般開放されるとは思ってなかった!と私の友人は叫んでいたが、残念なことに今日は外せない用事があるらしく。あの獣人の男の子の写真撮ってきて!お願い!と言われ、今回は私1人で来店していた。しかし目の前まで来たはいいものの、どうしても1人で入る勇気がなく扉の前を彷徨く。そうだ、彼は今日シフトに入っていないかもしれないじゃないか。いやいやでも別にフロイドさんを目当てに来たわけでは…ないこともないけど…。頭を唸らせる。や、やっぱり入るのやめようかな。踵を返すと壁のようなものにぶつかった。
「帰んの?」
「ひっ、」
「最初の時と同じ顔うける」
目をぱちくりと瞬かせ、上を見上げる。壁のようなものは先程何度も頭に浮かべた彼だった。前回と違うのはその装いで、ルーズに着こなすタキシードがよく似合っていた。
「フロイドさん?」
「あっは、正解でぇす」
彼はにこにこと笑みを浮かべると、私の手首を掴み、店内へと誘った。抵抗する隙もなく彼に導かれるまま店内を進むと、バーカウンターの前で、パッと手を離される。彼はカウンターの中に入ると手招きをした。ここに座れということでいいのだろうか。おそるおそる着席すると彼がにっこりと微笑む。
「まだね、開店前」
「え?!勝手に入ってすみません」
「いやオレが連れてきたんじゃん」
「でも開店前に入ろうとしてたのは事実ですし」
「あれぇ、帰ろうとしてなかったぁ?」
にやにやと意地悪そうに頬杖をつき、私の顔を覗き込む。さほど広くないカウンターの幅。グイッとお互いの顔が近づいた。この人、最初から距離が近すぎる。思わず顔を逸らした。
「なんかさぁ、オレと目が合わなくねぇ?」
「緊張するので…」
「なんで?」
なんで、って言われても。貴方の顔が綺麗すぎて直視できません。なんて流石に言えない。顔を横に逸らしたまま、沈黙。ハァ、と聞こえる彼のため息。チラッと彼の顔を伺うと先ほどの笑顔は既に消えていた。
「ごめんなさい」
「はぁ?なんで謝んの」
「気分を悪くさせてしまったみたいなので」
「別に。…この間みたいな顔しとけばいいのに」
この間みたいな顔、とはなんだろう。私と同じように顔を背ける彼の横顔は機嫌が悪い、というより不貞腐れているようだった。しかし私の態度で彼が気分を害してしまったのは事実なのだろう。こういう時、なんて声をかけるのが正解なのか。謝罪かご機嫌取りの褒め言葉か。でもそんなものは彼に通用しなさそうだなぁ。
「フロイドさんは綺麗ですね」
考えた結果に出た言葉は本心だったけれど、子供のような拙い感想だった。
「いきなり、ナニ?」
「緊張する理由です」
「は?」
「綺麗な男の人と話すのは、緊張します」
言ってしまった後で少し恥ずかしくなる。体温が上昇するのを感じた。こんなことでって思われたかもしれない。彼の顔を見ることができず思わず目を瞑った。
「…ふっ、あははっ」
突然聞こえた笑い声に、そっと目を開け顔を上げる。さっきまでの不機嫌顔は何処へやら。彼は楽しそうにけらけらと笑っていた。この間も思ったけれど、彼の笑い出すタイミングは不思議だ。
「会話下手くそすぎぃ。コミュ障?ってやつじゃん」
「そっ、んなことはないとはいえません」
「言えねぇのかよ」
「男の人はどうしても緊張するんです!」
「ふぅーん。じゃあオレで練習すればぁ?」
「はい?」
「だからぁ、トクベツにオレが相手してやるし。またここに遊びに来ればイイじゃん」
すっかり機嫌を直した彼はバーカウンターで手早くドリンクを作ると私の前に差し出した。この間と同じシュワシュワの水色。
「これ、美味かったでしょお?」
「とても綺麗で美味しかったです」
「オレが考えたやつ。つか、綺麗ってしか言わないじゃん」
「語彙が貧困なんです…、ってこれフロイドさんが作ったんですか?すごい…」
「あはっ、そーだよ」
召し上がれ。
目の前の彼に見守られながら、ドリンクに手をつけた。なんだ、こわい人かと思ってたけど意外と話しやすい人なんじゃないかな。次もここに来てもいいと言ってくれたし。それに彼が考えたというこのドリンクは優しい味がする、気がする。
「あ、」
「なぁに〜?」
「そういえばこの間来たときにいた、獣人の男の子は今日いないんでしょうか?」
「はぁ?それって、コバンザメちゃんのこと?」
「コバンザメではなく、犬とか猫とかそういう類の耳だったような気がしますけど…」
「っ、コバンザメちゃんはあの日だけの手伝い!今日はいねーし」
「そうなんですか…残念です」
友人に写真を持ち帰れそうになくて残念だ。
再びドリンクを口に運ぼうとすると、伸びてきた彼の手にグラスを奪われる。彼は一気に飲み干すと、また不機嫌そうな顔に逆戻りしていた。
「あの、フロイドさん?」
「あーもう、やる気無くした。サボる」
「え、ちょっとまっ、」
「じゃーね」
開店前のモストロ・ラウンジに置き去りにされた私はどうすればいいのだろうか。目の前に置かれた空のグラスをボーッと見つめる。優しい味がするからなんなのだ。彼が優しいわけではないじゃないか。私を置いて行った気分屋な彼を思い浮かべ、ぷくっと頬を膨らませた。