4章 長い1日
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倉山 紅那(くらやま くれな)
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翌朝目を覚した私が朝食などを済ませていると、沖矢さんがリビングへと降りてきた。
いつもはこの時間見ないから、珍しいなと思いながら挨拶をすると、何やら私に話し忘れたことがあるらしい。
その内容は、今日から私の仕事終わりのお迎えをしてくれるというもの。
朝は色々とあり送れないが、夜は危ないのでということのようだ。
「それに恋人なら、大切な人に夜道を歩かせることはしませんからね」
なんともサラリと言われた言葉だが、いくら演技の恋人でもそんな風に言われたらときめいてしまう。
一応他の人の前では恋人のフリをする必要があるし、仕方がないとは思う。
だがそれだと、安室さんと沖矢さんが接触する機会が増えてしまうんじゃないだろうか。
「恋人のフリには必要かもしれませんが、もし安室さんに正体がバレたら……」
「私がそんなミスをすると思いますか?」
「い、いえ」
片目が開眼してる。
FBIであり赤井さんの様に優秀な相手にこんなこと言うのは愚問だったかもしれない。
それに迎えに来てもらえれば、安室さんと二人になることも避けられるし、私一人より沖矢さんがいてくれた方のがボロを出さずに済みそう。
私は沖矢さんに迎えを頼むことにして、今日は何時もより少し遅く家を出た。
昨日で道は覚えたつもりだけど、万が一ということもあるので、迷っても時間までにはポアロに着く事を計算してのこと。
周りをキョロキョロと見て、ここが名探偵コナンの世界なんだなと改めて実感しながらポアロへ向かう。
だがその時、私は曲がり角で人にぶつかってしまった。
歩いていたから倒れることはなかったけど、いくら朝だからって不注意だったかもしれない。
「すみません。余所見を、っ!?」
謝りながら相手を見た時、私は言葉を呑み込んだ。
何故なら目の前にいたのが、今この世界で一番関わりたくない人だったから。
全身黒に見を包んだ。
黒の組織の幹部、ジン。
用心深く『疑わしきは罰せよ』を信条とする冷酷な徹底主義者。
殺した人間の顔と名前は忘れることにしていたり、コナン君が時計型麻酔銃で撃ったときに、唯一眠らなかった人物でもある。
あの時ジンは、眠気を防ぐために自分の腕を銃で撃ち抜いて任務を遂行した。
こんな人に私のことを知られれば、トリップが本当でも嘘でも邪魔な存在に変わりはない。
言葉通り『疑わしきは罰せよ』で殺される可能性もある。
「すみませんでした」
私は頭を下げ謝罪すると、平常心を装いその場を去る。
変に思われなかったか不安だけど、ポアロには近かったので、私はお店に入ると奥へと行き鼓動の高鳴りを落ち着かせた。
元の世界でもこっちの世界でも、こんな嫌な騒がしさは初めて経験する。
黒の組織には、数年前に赤井さんも潜入していて、正体がバレた今は安室さんやキールが引き続き調査しているのに、未だ組織の全貌はわかっていない。
あんな優秀な人達でさえどうにもならなくて、そのうえ安室さんと警察学校からの仲だったスコッチも潜入していたのに、NOCだと知られて自決せざるを得なくなった。
簡単に人が死んで、簡単に人を殺せてしまう。
そんな黒の組織の一人を前にして、あの瞳を見た瞬間、私は恐怖に駆られた。
アニメや漫画じゃない、死を意識させられた感覚は怖くて、思い出しただけで身体が震える。
「倉山さん、どうかされましたか?」
声をかけられ顔を上げると、そこには安室さんがいて、安心したのか涙がポロポロと頬伝う。
そんな私の様子に安室さんは驚いた表情を浮かべると、私の体を包み込んだ。
「こうしていれば、アナタの泣いている姿は僕には見えません。落ち着くまで僕がアナタの傍にいます」
人の温もりが、こんなにも温かくて安心できるなんて知らなかった。
私は安室さんの腕の中でしばらく泣くと、いつの間にか涙は引いて先程までの恐怖もなくなっていた。
その代わりに、今の自分の状況を把握して恥ずかしさが込上げてくる。
ジンに会ってから周りの声などが意識できなくなって、ポアロに着いて誰かに声をかけられたような気はしたけど、私はそのまま奥に入り恐怖で震えていた。
そこに安室さんが来て、泣いてる姿を見られて、抱き締められたのが今の現状だということを理解する。
「すみません! 挨拶もしないで泣いてたりなんてして。もう開店時間になりますよね。急いで戻らないと」
安室さんから離れ店内に行こうとした私の腕は背後から掴まれ引っ張られると、体は反転し再び温もりが私を包む。
「安室、さん……?」
「何があったか話していただけますか」
強く抱きしめられていて放してくれそうにない。
ジンに会ったことは隠すことでもないし、沖矢さんにも話しておくべきことだから、私は安室さんにさっきあったことを話す。
本当は誰にも迷惑をかけたくないけど、もしジンに目を付けられるようなことが万が一にでもあればそれこそ安室さんや沖矢さんの迷惑になる。
そうならないためにも、早めに伝えた方が何かあった際の対処がとれるはず。
私のせいで、安室さんが公安警察であることや、組織が殺したはずの赤井秀一が沖矢昴として生きていること。
それに、コナン君の事や哀ちゃんの事が知られれば、関わっている関係者全員が殺される。
そんなこと、絶対にあってはいけない。
「そうですか、ジンと……。わかりました。取り敢えず今はお店に戻りましょう。何かあれば僕が倉山さんをお守りしますから」
「ありがとうございます」
笑みを浮かべお礼が言えるから、もう私は大丈夫みたいだ。
さっきは取り乱してしまったけど、今は心も落ち着いて安定してる。
これも安室さんが私を落ち着かせてくれたお陰。
二度も抱き締められたことには驚いたけど、一回目は私を落ち着かせるためで、二回目は何があったのか聞き出す為にしたこと。
あんな風に出来てしまうんだから、きっと安室さんの恋人になる人は幸せに違いない。
そんなことをいつものように考えながら、私は安室さんとお店に戻る。
「紅那ちゃん大丈夫? お店に来た途端奥に行っちゃうから」
「すみません。でも、もう大丈夫です」
マスターにも謝罪と挨拶をすると、お店のOPEN時間。
開店作業は梓さんとマスターに任せてしまうということをしてしまったから、今日は普段の倍気合を入れて働く。
マスターとは今日が初対面なのに印象が悪くなってしまったと思っていたけど、朝のことは気にした様子もなく、それどころか「よく働いてくれて助かるよ」と言ってもらえた。
その後も何事もなく時間は過ぎ、時刻は20時。
扉の文字をCLOSEDに変えて閉店作業をする。
帰りは沖矢さんが迎えに来てくれることになってるけど、今思うとそうしてもらってよかった。
ジンといつどこで会うかわからないことが今日でわかったから、なるべく一人になるのは避けたい。
それに、あんな恐怖を味わった後に夜道を一人で歩くなんて出来なかったと思うから。
閉店作業も終わり外に出ると、マスターと梓さんが帰る。
私も沖矢さんと待ち合わせている場所まで行こうとしたとき、声をかけられ振り返った。
「もしよろしければご自宅まで送らせていただけますか。あんなことがあったばかりですから」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。今日から沖矢さんがお迎えに来てくださることになりましたので」
安室さんには心配ばかりかけてしまった。
私は今日のお礼を伝え「お疲れ様でした」と言い残すと沖矢さんが待つ場所へと向かう。
私がいつお店から出てくるかわからないので、ポアロの前に車を止めておくわけにもいかず、直ぐ近くにある停車可能な場所で待ち合わせることを沖矢さんと約束していた。
ポアロからその場所は近い為、少し歩けば直ぐに沖矢さんの車が見える。