盗みの目的
名前変更
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リタ
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「これで決まりだな。そんじゃ」
「待って。まだピン返してないでしょ」
気づかれないと思ったが意外に鋭い。
ピンを返せばリタちゃんは髪を留め「明日から覚悟してよね」と宣戦布告してきた。
そんな彼女も可愛くて、勝負という理由からだとしても俺を意識してくれるということが嬉しい。
だからといって勝負は勝負、負けるつもりなんてない俺は、明日はどうやってリタちゃんから物を盗むかと久しぶりにワクワクしながら考えた。
そしてやって来た勝負当日。
教室に入るなり警戒してるのがバレバレなリタちゃんに口元が緩みそうになる。
俺が立ち上がる度、動く度にビクッと反応する彼女。
意識して見ていることがわかるが、俺は敢えてなんの接触もしないまま昼になった。
勝負のことを忘れてるんじゃないかと声をかけに来ると思ったけど、流石に近づけば盗まれる危険があるとわかってるみたいでこちらには近づかない。
リタちゃんがイルマくん達といつも通り昼を食べに向かうのを見て、気づかれないように後をついていく。
食事中は警戒してる悪魔も気が緩む。
皆でワイワイと騒いでいるその一瞬の隙をついてピンを取る。
気付いた彼女が俺を見たので、ヒラヒラとピンを持った手を後ろ手に振る。
次はリタちゃんのターン。
一体どんな方法で取り返すのか。
隙を見つけようとする視線がバレバレだったが、俺はそんなヘマするつもりはない。
普段通りに過ごして何の意識もしてないように見せているが、実は視界にリタちゃんを捉えている。
教室を出れば彼女も後をついてきて、その視線は俺のポケットに向けられていた。
ここにピンがあるとわかっていても、簡単に手は出せない。
俺に勝つなんてそもそも無理な話。
その後はまるで諦めたように普通の日常を過ごす彼女。
普通なら諦めたと油断を見せるだろうが、勝負を持ちかけた本人が何の行動も起こさず諦めるなんて考えにくい。
「リタちって、好きな子とかいるの?」
不意に聞こえた会話に鼓動が脈打つが「え? うーん、いないかな」という彼女の言葉で、俺は心の中でガッツポーズをする。
好きな悪魔がいないってことは、俺も意識されてないって事でもあるけど、同時に可能性もあるということ。
単なる普通の会話なのに、今のが一番心臓に悪かった。
四人が楽しそうに話してるのを見ると、時々思う事がある。
もしあの時、一年塔にいた彼女に勇気をだして声をかけてれば。
もし教室で会った彼女に、勇気をだしてあの時の事を話してれば。
あそこに居たのはあつらじゃなく俺だったんじゃないかって。
とくに何かを仕掛けてくる様子もないまま三日目、今日が最終日。
時間も残されていないのに彼女は普段通り。
本当に諦めたのかと思い始めていると、イルマくんから手紙を渡された。
女の子から渡す様に頼まれたって言ってたけど、このタイミングで身に覚えのない女の子からの手紙なんて怪しすぎる。
見た目は何の変哲もない素朴な封筒。
開けて中の紙を開けば「最後の授業の後、裏庭に来てください」と書かれた一文のみ。
間違いなくリタちゃんだ。
最後に仕掛けようって思惑なんだろうけどバレバレ。
今日最後の授業が終わると俺は裏庭へと向かう。
普通ならその裏庭を警戒するかもしれないけど、彼女がそこまで単純でないことは知っている。
思った通り後をついてくるリタちゃんが認識阻害グラスを掛けたけど、それは意味をなしていない。
確かに認識阻害グラスを掛ければ他者から認識がされなくなるが、一つ注意点がある。
掛けていない状態で認識されていた場合、その後に掛けても効果は無いってこと。
俺はずっと彼女の存在を認識していたから勿論見えている。
そうとは知らない彼女が背後からゆっくり近づいてきてポケットの中に手を入れようとしたんで、その手首を掴まれえた。
今まで見続けてきた彼女の考えなんて俺にはバレバレなんだよな。
「甘かったな」
「何で……」
残り時間じゃどうにもできないと観念したのか溜息を吐くと、何が欲しいのか尋ねられた。
彼女が持っている物で高価な物はないけど、俺にとって価値がある物が一つだけある。
「もう決まってる」
俺はポケットから彼女のピンを取り出し「これを貰うことにするわ」とだけ言ってその場を去る。
リタちゃんにはただのピンかもしれないけど、俺にとっては全ての始まり。
俺の足は紙に書かれていた裏庭へ向かい、ただ静かにこのピンを手に取って眺めていた。
あの時の事を思い出しながら。
翌日。
教室に来たリタちゃんのピンを盗み、彼女の目の前でピンを持つ手をヒラヒラと揺らしながら楽しげに笑う。
彼女はムッとしたあと何かを考え込み、ピンと俺を交互に見てハッとした表情を浮かべる。
「もしかして、クラス発表の時に会った悪魔って……」
「おー、ようやく気づいたんだ。あの時は敬語だったのになー」
長い時間がかかったが、彼女の記憶に俺がいた事が嬉しくて緩む口元を隠すために片手で自分の口を覆う。
「あの時は、他の悪魔と話したことがなくて緊張してただけ」
「なら、俺が本当のおトモダチ第一号だな」
本来あるべき俺の場所は、彼女の隣。
これで俺の欲しかったモノの一つが手に入ると思ったんだけど、その道はまだ険しかった。
どこから聞いていたんだか、イルマ軍二人がおトモダチ第一号は自分だと競い始め、間に入ったイルマくんが止めてくれたお陰で直ぐに収まった。
あいた時間はそう簡単に埋まらないようで「そういうわけだから。私にとっての友達はこの三人」なんて言われてお預けを食らったわけだが、諦める理由はない。
「んじゃ、これからそのトモダチに俺もなっていけばいいわけだ」
少しずつでも彼女との距離が縮まれば今はそれでいい。
なんて謙虚な心は持ち合わせておらず、この話をした瞬間からことあるごとに彼女に話し掛けている。
あの勝負以降他の悪魔から物を盗むことはやめたが、その代わりにリタちゃんの物だけを盗むようになった。
反応が見たいがためにしてることだから、盗んだ物はすぐに返してるけど。
本当に俺が手に入れたいのは、彼女の心だけ。
こればかりは盗んだりは出来ない。
俺は兄貴の様になろうとは思わないから、大切な存在一人の心だけを奪ってみせると心に誓い、彼女のピンが入った自分のポケットに触れる。
彼女の心を手に入れるために、まずはトモダチになるのが先だ。
道のりは遠いけど、その積み重ねがきっと報われるはずだと信じたい。
初めて出会ったあの日の様に、後悔だけはしないように。
《完》