盗みの目的
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リタ
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「リタちって、好きな子とかいるの?」
「え? うーん、いないかな」
唐突なクララちゃんの質問に、一度考えては見たけど思いつかなかったから正直にそのまま答える。
人間界にいた頃から私は、友達も好きな人もいなかった。
イジメられていたとかではなく、私自身が必要と思わなかったから。
それが魔界に来て三人も友達ができちゃうなんて。
最初はそんなつもりなかったのに、三人のペースに巻き込まれていくうちに気付いたら友達になっていた。
必要ないと思っていたのに、いざ出来たらこんなにも大切な存在になるんだと初めて知り、今では四人でいる時がどんな時間より心地良い。
だが恋は違う。
人間界にいた頃、クラスで恋愛の話が増え始めて、ドロドロした関係も嫌というほど耳にした。
相手には彼女がいたけど奪ったとか、フラれた翌日にはもう好きな人が出来たとか。
嫌でも聞こえてくる会話に吐き気がしたのを覚えてる。
テレビだってそう。
夫の浮気、妻の浮気、離婚、不倫。
私にとって恋愛は汚いもので、その考えは魔界にいる今も変わらない。
私には好きな人も好きな悪魔も存在しない。
あんな醜い関係になんてなりたくないし、知りたくもないから。
時間は過ぎ、日常生活を続けてようやくやってきた最終日。
今日の放課後でこのゲームは終了。
まだピンは奪い返せてないけど大丈夫。
準備はすでに済ませてある。
私からというのは伏せてもらい、ジャズくんに手紙を渡してもらうようにイルマくんに頼んだ。
何の変哲もない素朴な封筒。
中に入れた紙には「最後の授業の後、裏庭に来てくだい」と書いてある。
このタイミングでこの手紙、ジャズくんは勿論警戒するはず。
でもまさか、向かう途中で何かあるとは思いもしないだろう。
予定通り最後の授業を終えると一人抜け出すジャズくん。
私は気づかれないように後を追う。
ここで登場するのが認識阻害グラス。
これは売店で購入したんだけど、掛ける事で他者に対象を認識させない凄いアイテム。
隠密行動にはもってこい。
このゲームの交渉の時これを見せたから受けてくれたってのもあるんだよね。
流石に何もなしじゃジャズくんの圧勝だろうから。
早速掛けて再び追跡。
裏庭へと向う途中の警戒心が薄れているタイミングが勝負。
ゆっくり近づいていき、慎重にポケットの中に手を入れようとしたその時、ガシッと手首が掴まれた。
「甘かったな」
「何で……」
認識阻害グラスを掛けていたのに気づかれるなんて。
これで私の負けは決まり。
溜息を吐いたあと何が欲しいのか尋ねれば「もう決まってる」と言ったジャズくんがポケットからピンを取り出し見せる。
「これを貰うことにするわ」
そう言って去っていくジャズくんに私は首を傾げる。
ピンは何の変哲もない普通の物で、価値があるわけでもない。
確かに私が持ってる物で価値がある物何てないけど、その中でもピンなんて一番不必要じゃないだろうか。
不思議に思ったものの、負けた対価がピンで済んだのは良かった。
それに、他にも良かったことはある。
私が知る限りこの三日間でジャズくんが盗んだのは私のピンだけ。
盗みをやめさせることは叶わなかったけど、少しの間でも被害がなかっただけで十分。
翌日。
教室に着くなりピンが盗まれた。
目の前にはジャズくんがいて、ピンを持つ手を揺らしながら楽しげに笑っている。
彼は前回の時もゲームの時も、いつも盗むのは私のピン。
何故なんだろうと疑問に思ったとき、フとクラスが決まった日の事を思い出す。
あれは、問題児クラスを探していたときのことだ。
校舎内を見ても教室が見当たらず、勇気を出して誰かに訪ねようとしたとき、突然前髪が垂れて視界は真っ暗。
あの頃は髪が長く、前髪をピンで留めていないと危なくて歩くことが出来ず、予備のピンも持っていなかったので兎に角探さなくちゃってしゃがみ込んで通路を探していた。
視界も悪くなかなか見つからず、悪魔の知り合いもいなかったから不安で一杯で、どうしたらいいのかわからなくなっていたとき「うわ、あの悪魔なにしてんだ」という声が聞こえた。
髪を垂らして顔が床につくんじゃないかって距離で探していたから、変に思われるのは当然。
恥ずかしくてその場から逃げ出したいと思っていたとき、床を見ていた私の視界にピンが現れ勢い良く両手で握る。
ピンとは別の感触がある事に気づきじっと見ると、それはヒトの手。
慌てて謝罪をし手を放すと「謝んなきゃいけねーのは俺の方だから」と言って、私の手を掴むと掌にピンを乗せてくれた。
「癖で取ったみたいでさ。そんな恥ずかしい事までさせて悪い」
「大丈夫です。でも、取られたことに全く気づきませんでした。凄いですね」
立ち上がった私は、盗まれたことや恥ずかしさよりも、素直に凄いと思った。
笑みを浮かべた私の顔は、髪で隠れて相手には見えなかったと思うけど。
「それじゃあ、失礼します」
一礼してその悪魔に背を向けると、前髪をピンで留め再び教室を探す。
新入生はこの塔内のはずなのになかなか見つからない。
さっきの悪魔、この一年塔にいたってことは同じ一年生のはずだから、問題児アブノーマルクラスは何処か聞けばよかったと後悔する。
顔すら見てないからもう誰かもわからないけど。
「問題児クラスってどっちだろう」
聞こえた言葉に振り向けば、青髪の男の子とピンクの髪の男の子、そして黄緑色の髪をした女の子の姿。
男の子二人の方は入学式からずっと注目されていたから覚えている。
どうやらあの三人も同じクラスみたいなので声をかけた。
これが、のちにイルマ軍と呼ばれる四人が初めて出会った瞬間であり、友達となる切っ掛け。
なんか懐かしいこと思い出しちゃったな。
あの時の盗人悪魔はどうしてるんだろうかと考えながら目の前のジャズくんに視線を向けた瞬間「癖で取った」と言っていたあの悪魔と重なって見えた。
「もしかして、クラス発表の時に会った悪魔って……」
「おー、ようやく気づいたんだ。あの時は敬語だったのになー」
こんなに身近にいたなんて思わなかったけど、この口振りからしてジャズくんは最初から知っていたみたい。
髪で殆ど顔なんて見えてないと思っていたし、私も相手の顔は見えていなかったから気づかなかった。
ジャズくんが私のピンばかりを取っていたのは、このことに気づかせたかったんだろうけど、こんな回りくどい事しなくても教えてくれればよかったのに。
敬語だったのは、他の悪魔と話したことがなくて緊張していたからだと伝えれば「なら、俺が本当のおトモダチ第一号だな」なんて笑みを浮かべて言われたものだから、不覚にもほんの少しドキッとした。
確かにこの数日お互い勝負をしたことで自然と関わることはあったけど、親しい関係とは違う。
私とジャズくんの場合、お友達にはまだ足りない気がする。
なんて考えていたら、私より先に否定の言葉が入った。
「待ったー! リタちのおトモダチ第一号はわたしだから」
「何を言っている。私が第一号だ」
どこから話が聞こえたのかはわからないけど、内容からしてジャズくんの友達宣言あたりからだろう。
ジャズくんを余所にクララちゃんとアズくんが競い始め、間に入ったイルマくんが二人を止めてくれたお陰で直ぐに収まったけど、やっぱり私にとっての友達はこの三人。
「そういうわけだから。私にとっての友達はこの三人」
「んじゃ、これからそのトモダチに俺もなっていけばいいわけだ」
何故友達にそこまでなりたいのかという疑問はさておき「頑張ってね」と適当に流しておいたのに、この話をしたその日から、ことあるごとに話し掛けて来るようになり友達の押し売り状態。
問題だった盗み癖はというと、あの勝負以降ピタリと止まり、私の物だけを取るようになった。
取っても直ぐに返してくれるんだけど、クラス発表の日に出会った悪魔がジャズくんだと知った今、私の物を取る必要なんてないはず。
きっと反応を見て楽しんでるんだろうけど、こういったやりとりが積み重なって友達に近づいていくのかもしれない。
本当は出会ったあの日のことを、私は後悔していた。
初めて話せた悪魔なのに、お友達になれたかもしれないのにって。
本人には言えないけど、これから沢山話していろんな時を一緒に過ごしたら、イルマくん達の時のように、ジャズくんとも友達になってるんだろうなと考えて口元が緩む。