蓋に意味はないと知る
名前変更
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【デフォルト名】
巫兎(みこと)
囚人番号:211
※囚人番号は固定となります。
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男ばかりのこの刑務所で、ここ、5舎8房には数少ない女性の看守がいた。
「あ、あの!」
「ん?どうしたのリャン」
そして、そんな女看守に恋した男が一人、この8房にいた。
「えっと……今から筋トレをするので見ていてもらえませんか!」
「ええ、構わないわよ」
筋トレはリャンが毎日していることではあるものの、この女看守、巫兎を前にしては筋トレはただ一緒にいる為の口実でしかない。
8房の鍵を開け入ってきた巫兎の前でいつも通り筋トレを始めるリャンだが、見ていられると視線が気になり大量の汗が流れ出る。
そんなリャンの気持ちを知っている同じ房のチィーは、床に寝転がりながらニヤニヤとリャンを見ている。
そしてこの8房にはもう一人、ウパという囚人がいるのだが、その囚人はというと、暑苦しいですねと眉を寄せ、不快そうな表情を浮かべていた。
そんな二人のことなど、今のリャンの視界に入るはずもなく、ただ巫兎を意識しないようにと筋トレをもくもくと続けている。
それから暫くして、汗だくになったリャンはバタリと床に倒れ、そのまま意識を手放した。
そして、後頭部に柔らかな感触を感じ瞼を開くと、今の自分の状況に鼓動が大きく音をたてる。
「おはよう、寝坊助さん」
クスクスと笑みを溢しながら言う巫兎の笑顔は眩しいが、それよりも気にするべきことが今のリャンにはある。
それは、巫兎に膝枕をされているというこの状況だ。
「よかったな、リャン、巫兎ちゃんに膝枕してもらえて」
「ッ……!」
からかうように言うチィーをキッと睨むが、すでに真っ赤に染まった顔で睨まれても全く怖くもない。
「リャン、顔真っ赤よ!?大丈夫?」
「平気です!いや、平気ではないかもしれません……」
「もう、こんなになるまで筋トレするからよ!今日は安静にしてなさい!」
巫兎はそれだけ言うと他の房の見回りに行ってしまい、リャンは寂しさを感じながらもその背を見送り言われた通り布団を敷き横になる。
すると視界の恥に、ニヤニヤと笑みを浮かべるチィーの姿が映り込む。
「なんだ」
「いや、面白いなと思ってさ」
「人を笑うとは、クズだな」
「ひでーなぁ……。まぁ、否定はしねーけどさ」
端から見たらリャンが巫兎のことを好きなのはわかりやすすぎて、そんな自分にリャン自身も気づいている。
この5舎の主任看守部長、悟空 猿門に向ける感情とはまた違うこの気持ちを、リャンはどうしたらいいのかわからないのだ。
「情けない顔ですね。好きなら好きと言えばいいだけでしょう」
リャンとチィーの会話を聞いていたウパが言うが、それができるくらいなら最初から悩んではいない。
「それが簡単にできないのが恋なんじゃねぇの」
「クズが恋を語らないでください」
「恋するのにクズとか関係ねーだろうよ……」
いつもの二人の会話を聞きながら、リャンは自分の想いにそっと蓋をした。
この気持ちは、伝えぬまま胸にしまっておこうと。
そして翌日のお昼、リャンは何時ものように猿門に組手の相手をしてもらっていた。
やはり猿門は強く、まだまだリャンの腕では敵わないが、いつか強くなって猿門から一本とるのだと日々鍛えている。
「猿門せんぱ~い」
猿門を呼ぶ声に二人とも動きを止め視線を向けると、そこには巫兎の姿があった。
「巫兎か、どうした?」
「ちょっと聞きたいことがありまして」
「ああ、わかった。悪いなリャン、続きは次だ」
「はい、ありがとうございました」
頭を下げた後顔を上げると、目の前では、近い距離で話す悟空と巫兎の姿がある。
看守のことでの話だとわかっていながらも心が痛む。
自分の胸の辺りの服をぐッと握ると、それ以上この空間にいられなくなり房へと戻る。
「もう帰ってきたのか?早かったな」
「ああ……」
さっきの二人の姿が脳裏から離れず、この感情がどうしたら消えるのかもわからず、ただその場に立ち尽くす。
「リャン、アナタが今どんな顔をしているかわかりますか?」
「わからない……。私にはなにも……」
「なら教えてあげますよ。酷い顔です。そんな顔でここにいられたら迷惑なんですよ」
ウパの言葉に、リャンは手にぐッと力を込めると、その拳をウパへと突き出した。
「そんなことはわかっているッ!!」
「なら、そんな惨めな顔をしてないで諦めたらいいでしょう」
「ッ……諦めきれるわけがないッ!!」
自分の感情をぶつけるように、リャンはウパに拳を突き出すが、その拳をウパは簡単に受け流していく。
今のリャンは感情に流されており、突き出される拳は簡単にかわせてしまう。
そんな二人を止めようとはせず、チィーは二人を真剣な表情で見つめていた。
「私は、巫兎さんへのこの気持ちに蓋をした……なのに……ッ!!」
「恋なんかしてるから腕が鈍るんですよ。そんな拳ではボクにかすりもしませんよ」
「ッ……!!わかっている!!そんなことはわかっている、でも、諦めたくはないんだッ!!」
最後に繰り出された拳を、ウパは避けることなく受け止めると笑みを浮かべる。
「答え、出てるじゃないですか」
「ッ……!!」
「なら、アナタのやるべきことは一つではないんですか?」
自分の巫兎への気持ちは、いくら蓋をしても押さえられないのだと気づくと、リャンは扉へと向かう。
そして去り際に背を向けたまま、礼を言うといった言葉はちゃんとウパの耳に届いていた。
「ようやく行きましたね」
「ウパ、優しいねぇ~」
「ッ……!!そんなんじゃありません!あんな顔でいられたら迷惑なので追い出したかっただけです!!」
そんな会話をしている頃リャンは、先程の場所へと戻っていた。
そしてそこではまだ、猿門と巫兎が話している姿がある。
その光景に再び胸を痛めながら二人へと近づいていくと、伸ばした手が巫兎の腕を掴む。
「ッ!え、リャン?どうしたの?」
「猿門さん、お話中すみません。巫兎さんをお借りします」
そういうと、リャンはそのまま巫兎を連れ去ってしまった。
そして猿門はというと、突然のリャンの行動に反応ができず、遠ざかっていく二人をただポカンとした様子で見送った。
「リャン、どうしたの?何かあったの?」
なにも言わず前を歩くリャンに声をかけると、リャンはその場に立ち止まり巫兎へと向き直る。
真っ直ぐに見つめるリャンの瞳がいつも以上に真剣で、巫兎はリャンの言葉を待った。
「突然すみません。でも、私は巫兎さんに伝えたいことがあって!」
「伝えたいこと?」
一体なんだろうかと次の言葉を待つと、リャンは瞼を閉じ大きく息を吸う。
「私は、巫兎さんが……巫兎さんのことが……好きなんですッ!!」
思いもしない告白に、巫兎は一度思考を停止した後我に返る。
すると、巫兎の頬はほんのり色づき、口許に手を当てている。
「ちょ、ちょっと待って!好きってあの好き?」
「あの好きと言うのが男女の好きならそうです」
「で、でも、私は看守でリャンは囚人で……」
そう、巫兎は看守でリャンは囚人、そんなことはリャンもわかっていた。
そして巫兎を困らせてしまうこともわかっていたが、どうしてもこの気持ちを伝えたかったのだ。
「たとえ看守と囚人であっても、私はこの気持ちを巫兎さんに伝えたかったんです」
「リャン……。ごめんなさい、リャンの気持ちは嬉しいけど、今私はこの仕事が楽しくて仕方がないの。だから、今は恋とかは考えられなくて……」
巫兎の言葉にリャンは、巫兎さんらしいですねと微笑みを向け言う。
巫兎は5舎の皆と過ごす時間が楽しくて、それはリャンや他の皆も同じだ。
そんなことを言われてしまっては、潔く引くしかない。
「巫兎さんのお気持ちはわかりました。私も、巫兎さんとの時間は楽しいですから」
そしてリャンは、その後巫兎に連れられ房へと戻ると、一人筋トレを始めた。
そんないつもと変わらない様子のリャンだが、ウパとチィーは気づいていた。
リャンの表情が先程までは雲がかっていたのに、今は晴れていることに。
「もしかして、巫兎ちゃんと上手くいったのか?」
「いえ、それはないでしょうね」
「え!?なんでだよ」
チィーは気づいていないようだが、ウパとリャンは気づいていたようだ。
巫兎が看守の仕事を心から楽しんでいたことに。
そしてウパも、リャン自身も、この恋が実らないことを知っていた。
でもそれは今だけであり、この先のリャン次第で運命は変わる。
だからこそ、今はこの日々を楽しんで、少しずつこの恋を実らせればいいのだ。
「アナタのようなクズにはわからないことですよ」
「ひでーな……」
そんな何時もの会話、そして、いつもと違う新しいスタートが今始まる。