三日前の夜、小丸は新選組に斬られそうになってから声を失ってしまった。
未だにあの夜のことを思い出すと体が震えだし恐怖を感じる。

その隊士の髪は白く、目は赤く光っているように見えた。
あれは本当に人間だったのかさえわからないが、羽織りは間違いなく新選組の物で、そして助けてくれたのも同じ新選組の人。

そして今、小丸はその新選組と暮らしている。



「おーい、飯だぜ」



障子が開かれ、膳を手にした藤堂（とうどう） 平助（へいすけ）という新選組の幹部隊士が、小丸の目の前に膳を置く。
状況がよくわからないまま小丸はここに閉じ込められ、その監視役がこの藤堂という人物。



「声はどうだ？」



小丸は尋ねられると、そばに置かれた紙と筆を取り返事を書いて見せた。



「〝まだ出ない〟」

「そっかあ。本当は家に返してやりてーんだけど、ごめんな」



それだけ言うと藤堂は部屋を出ていき、小丸は持ってきてくれた膳へと向き直ると食べ始める。

あれから三日経つが声は戻らず、それどころか笑うことさえしていない。
思い出すのは恐怖ばかりで、声の出し方も笑い方さえも忘れてしまった。

小丸は膳を食べ終えるとすることもなく、ただ何もせずに一日を過ごす。
障子越しには常に藤堂がついており、自由に外へ出ることなど叶わないと思っていたとき、障子が開かれ再び藤堂が部屋へと入ってきた。



「よし！　飯は食ったみたいだな」



ニカッと歯を見せながら笑う藤堂の笑顔は好きだ。
ここに来てから三日、藤堂はよく笑顔を見せてくれる。
不安で一杯の小丸にとって、その笑顔は唯一の安心を与えてくれた。

小丸は筆を取ると文字を書き、藤堂へと見せる。



「〝何故私は閉じ込められているのですか？〟」

「あー……詳しくは話せねえんだけどさ、あんたが話せるようになったら家に帰れるはずだから」



話せるようになったらという藤堂の言葉に、小丸の表情は暗くなる。
いつ戻るのかさえわからないというのに、自分はいつまでこの場所にい続けなければならないのか。
小丸の声は恐怖から一時的に失われているだけだと医者は言ったが、いつ治るのかは不明。



「少し散歩でもしねぇか？」



顔を伏せていると、心配した藤堂が声をかけてくれた。



「〝外に出てもいいの？〟」

「本当は駄目なんだけどさ。内緒な」



ニカッと笑顔を見せる藤堂を見て、小丸は小さく頷く。
二人は他の隊士に見つからないようにこっそり町へとやって来ると、小丸は久しぶり、と言っても三日ぶりなのだが、町の光景が懐かしく感た。

歩きながら色々な物を見て回っていると、少し休もうと藤堂に腕を引かれ茶屋へと入る。
すると突然藤堂に「悪いんだけどさ、ちょっと買い忘れがあったんで待っててくんねえか？」と言われ返事の代わりに頷けば、小丸の分のお団子とお茶を頼んでその場からいなくなった。
藤堂が戻るまでの間、ゆっくりお茶とお団子を堪能していると、息を切らした藤堂が再び茶屋へと戻って来る。

すでに空は茜色に染まり始め、そろそろ戻ろうということになり、伸ばされた手が小丸の腕を掴む。
藤堂を見上げれば、ほんのり頬を染め「迷子になるといけないからさ」と一言いって歩き出す。
迷子になるほど子供でもないのに、それが何だか嬉しくて、心がポカポカと暖かくなる。



「早く戻らねえとな。バレたら大変だから、な………」



そう言いながら首だけ振り返った藤堂の瞳に映ったのは、小丸の口許に浮かんだ笑み。



「初めて笑ったな」



藤堂に言われ気付いた。
今自分は笑っていたのだと。
笑い方なんて忘れてると思い諦めてたというのに。
藤堂が小丸にいつも笑いかけてくれていたからかもしれない。


その後、なんとか他の隊士達に気付かれずに部屋に戻ることができると、藤堂に声をかけられ視線を向ける。



「えっと、これ……」



視線を逸しながら差し出されたのは小さな包。
開けると中には、星のように綺麗な金平糖。



「よく、総司（そうじ）ってやつが食ってるからさ、お前にも喜んでもらえるかと思って」



照れ臭そうに頬を掻きながら言う藤堂を見ていたら、小丸まで恥ずかしくなり顔に熱が宿る。

ふと先程の町でのことを思い出し、買い忘れと言っていたのはこれだったのではないかと掌の金平糖を見つめる。
紙にありがとうと書くと、藤堂はいつもの笑顔を小丸に向けた。

藤堂が部屋を出て行った後、小丸は金平糖を一粒摘まみ眺めたあと、パクッと頬張る。
口の中に砂糖の甘味が広がり、今までに食べたことのない美味しさで満たされる。
金平糖は、そもそも自分のような町娘が簡単に食べれるようなものではない。
折角いただいたのを全部食べてしまうのは勿体なくて、残りは包みにくるみなおし引き出しへと大切にしまう。

それから直ぐに夕刻となると、障子が開かれ藤堂が膳を持ち部屋へと入る。



「夕餉持ってきたぞ」



膳を置くと藤堂が部屋から出ようとしたため、つい袖を掴んで制止してしまった。



「どうかしたのか？」



藤堂の言葉に慌てて袖から手を離すと、紙に筆を走らせる。



「〝一緒に食べたいです〟」



紙に書かれた文字を読み、藤堂は少し驚いた表情を見せたあと部屋から出ていってしまう。
やっぱり監視をしている身で一緒に夕餉なんて無理だったのだろうかと俯き落ち込んでいると、廊下を誰かが歩いてくる音が聞こえ、突然障子が開かれると膳を持った藤堂が部屋へと入ってきた。



「夕餉持ってきたから一緒に食おうぜ」



小丸の前に膳を置くと、藤堂はドカッと座る。
二人で食べる夕餉は、一人で食べるよりも美味しく感じるから不思議。

いつもより早く食べ終えたように感じる夕餉のあとはどうしたらいいのかわからず、チラチラと藤堂に視線を向けていると、口を開いたのは藤堂だった。