ゆりかごの中で
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「私にその身委ねよ」
バキッ!ッカーン!!コロ、コロ……。
(ダメだ。俺は……、俺はもう戦えない……)
目の前で二つに折れ、無残に足下を転がっているヒプノシスマイクをただただ眺める事しか出来なかった。反撃の言葉は何一つとして頭に浮かばない。圧倒的な敗北。涙すら出ない。全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。
「……殺してくれ」
無意識に零れ落ちた言葉。汚く掠れた小さな声が、自分のものだと気づくまでに少しの時間がかかった。耳に入り、理解して納得した。戦えないから殺して欲しい。この世界に存在してはいけない。その事実を自然と受け入れる。
「それは出来ないよ」
つかつかとこちらに向かって優雅に歩いてくるTDDの神宮寺寂雷。勝てるとは考えていなかった。だけど。しかし。こんな、傷一つつけられずに終わるなんて。
「君はもう戦わなくて良い」
俺の前まで来ると、片膝をついて顎に手を当て、クイっと上を向かせた。
(やめろ!俺に触れるな……ッ)
「安心しろよ。言われなくても戦えやしないさ」
気丈に振る舞い、虚しさが増す。
「そうだよ。なんたって君は、生まれた頃からヒプノシスマイクが使えなかった」
「何を訳の分からない事を……。俺は、」
顎に添えられた手に力が入る。アイスブルーの瞳の奥が妖しく煌めき、視線を外す事を許さない。
「この世界ではとても珍しい、ラップが出来ない体質なんだ。君は私の患者であり、そして庇護を受ける対象だ。なあ、そうだろう?九重正樹」
***
「ッ!?」
目を覚まし、ガバリと勢い良く起き上がった。心臓が早鐘を打ち、汗で全身がぐっしょりと濡れている。
「ん……どうしたんだい」
「あ、ごめん……起こしちゃったね」
隣で眠っていた寂雷が、眠たそうに目をこすっている。
「なんかヘンな夢見ちゃって起きたわ」
手の甲で額の汗を拭う。シャツが張り付いていて気持ちが悪い。
「ほう。ヘンな夢、か。どんな夢だったのかな?」
「ん?えーっと……」
あれ、どんな夢だったっけ。記憶を手繰り寄せようとして失敗する。まるで靄の中を手探りで歩いているような不安感が押し寄せた。
「やべー、もう忘れちった。……でも凄くイヤな夢だったんだよな」
「人間は嫌な出来事を忘れながら生きていくものだからね」
頭をくしゃりと撫でられた。
「とりあえず、シャワーで汗を流したら気分も良くなる」
「ん。そーする」
「体を洗うのを手伝おうか?」
「エロおやじ」
軽口を叩き合いながらベッドを抜け出し、浴室へと向かう。その途中で壁に貼ってあるカレンダーが目に入った。
(明日は遂に麻天狼とFlingPosseのディビィジョンバトルかー。応援しに行くけど、俺もラップが出来たら寂雷と一緒に戦えたのになぁ……)
これまでに幾度となく考えた途方も無い夢に思いを馳せ、九重正樹は溜息を吐いたのだった。
〆
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