嗚呼、君は酷い、君は酷い

「かーみーさーま!あーそーぼ!」
俺は寂れた神社の大木の上に座る神さまに話しかけた。神さまはひらりと白い服と髪を靡かせて降りてくる。そして、呆れた顔をした。
「君、暇なの?」
「どうせ、神さまだって暇だろ?」
俺はにやりと笑う。神さまはため息を吐いた。
「しょうがないな、何して遊ぶ?」
なんだかんだで小さい頃から優しいんだ、俺の神さまは。そんなところが大好きだ。
「トランプしようよ、トランプ!」
「7並べでいい?」
「いいよー!パスありで」
俺はトランプを鞄から取り出して、ケースから出してシャッフルした。
「わかった」
神さまは頷いた。俺は鼻歌を歌いながら、カードを分けた。

「へっへーん、俺の勝ちー!」
最後の一枚を並べ終えて、俺は笑った。神さまはまだ手札を三枚以上残している。あまったところにカードを並べて、神さまは言った。
「負けちゃった、君、なんでそんなに強いの?」
「勝負事は得意なんだよなー」
そう、今まで滅多に負けたことはない。俺は得意げにした。神さまは立ち上がる。俺もトランプを片付けて、神さまの隣に並ぶ。神さまは少し困った顔をした。どんな表情も可愛い。
「それにしても、人間の友達と遊ばなくていいの?」
「人間の友達いねーし」
俺はヒラヒラと手を振った。
「そうなの?」
神さまは心配そうな顔をした。俺は明るく言い放つ。
「変なもの見えるやつには友達はできませーん!」
そう、俺には神さま以外にも色々な人ならざるものが見えた。良いものも悪いものも居る。昔は気味悪がられた。今も結局、何もないように見えるところで話していたり、逃げたりするので、変なやつだと思われている。どうでもいいことだが。
「隠せばいいのに……」
「いいよー、べつに、今更だし。俺は神さまがいればいい」
そう、俺には神さまがいる。神さまが俺の唯一の友達で好きな人だ。いつから好きだったのかは分からない。一目惚れだったかもしれない。最初はのけ者にされて、ここで独り泣いていた俺に、優しく声をかけてくれたんだった。とても綺麗で可愛い人だと思ったのを覚えている。
「私だっていつまでここにいられるかわからないよ」
神さまはいきなり不穏なことを言った。俺は思わず低い声を出す。
「は?どういう意味?」
「神力が弱まっているんだ、有名な神でもないしね。この土地をずっと見守ってきたけれど、今はもう……」
俺は暗い気持ちになった。考えたこともなかった。神さまが居なくなるなんて。
「俺が信じててもダメ?」
「そうだね、君の信仰が力になっている部分はあるけど……どこまで保つかなあ、君が成人するまでは見届けたいけど」
俺はその言葉にある考えを思いついた。それは、神さまには言えないけれど。
「そっか、なら頑張らないとなあ」
「?なにを?」
首を傾げる神さまに俺はへらりと笑う。心配はさせたくない。全てが終わるまでは。
「なんでもない、こっちのはなしー!それよりもっと遊ぼう」
「トランプ以外ならいいよ」
よほど負けたのが悔しい神さまはそんなことを言った。拗ねてるみたいで可愛い。俺は鞄にトランプをしまって、赤い紐を取り出した。
「じゃあ、あやとりしよ」
「うん……」
俺たちは互いの両の手を使ってあやとりをした。距離が近くて、俺は最高だなと思った。あとは神さまがずっとここに居てくれるならよかった。そのためには……。俺は真剣にあやとりをする神さまを見ながらうっとりと笑った。



それから一週間が過ぎた。俺は用事を終えて、神さまのいる神社へと向かった。神さまは一目見て俺の異変に気づいた。やっぱり隠せないか。俺は苦く笑った。
「どうして、君、魂が不完全になってる……」
神さまは俺にぺたぺたと触って輪郭を確かめてくる。それから苦しそうに言った。
「どこに、やったの?」
俺は神さまを見つめる。神さまはいつもよりも光り輝いていて、身につけた衣も豪華になっていた。神さまは俺と自分のことを見比べて暗い顔をした。俺は気にせずに話しかける。
「ああ、やっぱり神力、戻ったみたいだな、それが本来のあんたの姿なんだ?」
「そんなことは聞いてない!」
怒られた。まあ、怒るか。俺は静かに返答した。
「大きな神さまのところに頼みに行ったんだよ、あんたに御神力を分けてくださいって」
「そんな、まさか……」
神さまはサッと顔を青ざめさせた。ああ、そんな顔をさせたいわけじゃないのに。それにしても綺麗だなあ。夢見てるみたいだ。俺はぽろりと重い本音を溢して、神さまの頬に触れた。
「ああ、綺麗だな、好きだよ、神さま、俺の神さま」
「なんで、こんなことしたの!」
泣きそうな神さまに俺は淡々と言う。大したことじゃないのに大袈裟だなあ。やっぱり優しい人だな。本当に優しい。
「だって力が足りないんだろう?なら借りればいいと思って。俺の魂の一部くらい取られたって構わないし」
「ばかだな、本当におばかさん……私は君が幸せでいてくれるならそれで良かったのに!」
そう言って神さまは俺の手に触れた。鈍った感覚が、神さまの触れたそこだけ鮮明に感じた。魂のいくらかを捧げた代償だろうか。それでも構わなかった。神さまがここにいてくれるなら。俺のそばに。
「泣かないでよ、好きなんだ、あんたが好きなんだよ、神さま」
俺は涙を拭うように頬を撫でた。神さまは痛むように胸を押さえて、泣き続ける。
「っ、私は君にそんなことをさせてまで、神として存在したくなかった」
ああ、まったく、愛らしくて敵わないなあ。俺は神さまの怒りをスルーして、ただ美しい俺の神さまに夢中になっていた。病んでいる?余計なお世話だ。
「ふはっ、可愛いな、神さま、お目目が溶けちゃうよ、泣き止んで」
俺はそっと唇で涙を吸い取った。
「っ、ふ、」
「ごめんね、神さま」
俺は大好きな神さまにそっとキスをした。神さまは抵抗しなかった。
「好き、好き、大好き、世界で一番あんたが好き」
手を握って真っ直ぐに告げる。神さまは少し震えて後退りした。俺は暗い気持ちになる。俺から逃げるのは許せない。俺は神さまを抱きしめた。
「あっ……」
「怯えないで、逃げないで、俺はあんたの可愛い子でしょ」
そう言うと神さまはそっと俺の背に手を回してくれた。その手は震えていた。恐怖?罪悪感?それとも緊張?俺はなんにしても神さまが愛しかった。
「ふふ、やっと捕まえた、ずっとこうしたかった」
俺は暗い喜びに笑う。ああ、好きだ。そう、ずっと好きだった。告げたのは今日が初めてだけど。神さまは俺の腕の中から抜け出そうとした。俺はそれを止める。
「君の魂を戻してくれるように頼みに行く!」
俺は神さまの発言に、そっと身体を離して、両手を握った。そして懇願した。
「やめて、俺の意志を無駄にしないで。あんたがいればいいんだ、例え魂が不完全であの世に行けないとしても、それだけ、あんたと一緒にいられるね?」
俺は笑う。多分、少し恐ろしい顔をしているかもしれない。ちゃんと笑えていたらいいけど。
「おばかさん、本当に本当に、私なんかのために……」
神さまのその言葉は聞き捨てならなかった。俺は神さまの瞳を覗き込む。
「好きだって言っただろ?もっと喜んで。永く永く共に居られるんだから」
神さまはまた泣き出しそうだった。潤んだ瞳が飴玉みたいで、食べてしまいたいぐらい可愛い。俺はそっと頬に口付ける。
「ねえ、俺のこと好きじゃなくても一緒に居させて」
そして、願った。頼んだ。そう、何があっても俺はこの人から離れるつもりがない。それだけは、どうしても告げておかなければならなかった。隠れられたりしたら、心臓が潰れてしまうかもしれない。
「好きじゃない、なんて……」
神さまはそう言って黙り込んだ。ああ、赤くなった頬が熟れた果物みたい。好きだなあ。やっぱり好きだ。何もかもが俺を惹きつける。嫌いじゃないなら良かった。
「あは、そうなの?それって好きってこと?嬉しー……好きだよ、永遠に」
俺は神さまにキスをした。神さまはやっぱり抵抗しなかった。
「ふ、あ……」
長く口付けて唇を離すと、神さまは声を漏らした。瞳が蕩けて潤んで、顔は耳まで赤くて、本当に艶めかしかった。俺の胸は酷く高鳴った。
「あんまり可愛い顔しないで、我慢できなくなっちゃう」
今の神さまは目に毒だ。半分は冗談で、半分は本気だった。さすがに外でこれ以上に盛ったりはしない、はずだ。
「っ……」
神さまは息を詰めた。なんて言っていいか分からないみたいだった。俺の神さまは無垢で本当に愛らしい。
「大丈夫、今すぐにはしないよ、時間はあるから、ゆっくり、ね?」
俺はそう言って、神さまの頬に手を滑らせた。びくりと神さまが震える。ああ、食べてしまいたいぐらい。俺は大好きな神さまを腕の中に閉じ込めた。もう離さない。離してあげない。俺は神さまを物理的に縛り付けた。暗く重く熱く溶けるような想いのまま。俺は幸せだった。例え、人の輪を外れても、俺の神さまさえ居ればいい。それほどに俺にとってこの人は唯一無二だった。こんなにも心が乱されるのはこの人だけだ。俺は身体を離して、また、好きだ、と告げて、神さまにキスをした。
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