望まれなかった二人だから

俺は20になったら村の神さまの生贄として捧げられることになっていた。それって、神さまというより、化け物なんじゃないかと思ったけど、言わない。言ったら酷い目に遭わされるかもしれないから。俺は憂鬱だけど今を楽しもうと日々を過ごしていた。

俺には近所に仲のいいお兄さんがいた。金髪の髪をさらりと流して、少し煙草の匂いがする。彼は小さな商店の店番をしていた。俺の境遇を知ってか知らずか、お兄さんは優しくしてくれる。他の村の人は腫れ物みたいに俺を見るのに。俺はお兄さんのことが好きだった。初恋、かもしれない。困らせたくないから、言わないけど。俺は今日もお兄さんのいる商店に入り浸る。
「お前、友達とかいねえのか?」
「いない……」
お兄さんは新聞を広げながら俺に尋ねた。俺はぼそっと言葉を返す。お兄さんは新聞を読みながら、そうか、とだけ呟いた。出してもらった麦茶を飲みながら、俺は風鈴の音を聞く。もうすぐ20の誕生日が来る。憂鬱だった。お兄さんと離れなければいけないのが。生贄ということは死んでしまうかもしれなかったし。それは寂しいなと思った。俺はぽつりと言葉を溢す。
「あーあ、村の外に行ってみたかったな」
俺は村の外に出たことがない。お兄さんは村の外を見たことがあるみたいなことを言っていた。結局、都会からここへ戻ってきたらしいが。俺は少し沈んだ気分のまま外を見る。田んぼが広がっている。空が青い。でもこの風景ももう見れないのかな。ため息を吐く。そうするとお兄さんは新聞から顔を上げて、立ち上がり、俺の側に近づいてきた。俺はお兄さんを見上げる。お兄さんは真顔でそっと言った。
「なら、俺と一緒に逃げるか」
俺はびっくりした。お兄さんはじっと俺を見下ろす。俺は、本当は嬉しくて、でも、それは許されないと思った。だから苦く笑った。
「そうしたら村はどうなるの?俺は、生贄なんだよ。祟りでも起こったら大変だ」
「お前は、どうしたいんだ?」
俺は困ってしまう。このまま攫って、といったら本当に攫ってくれるのだろうか。それは幸せだろうなと思う。お兄さんは珍しく真剣な顔をしていた。でも、この人を困らせたくはなかった。俺は平静を装って告げる。
「俺は生贄として神さまのところに行くよ。ありがとう、蓮さん」
「お前がいいならいいけどよ、翔……無理はすんなよ」
お兄さんの名前を呼んでお礼を言う。お兄さんはやっぱり優しいなと思った。ああ、少しもったいないことをしたなと思う。一緒に逃げられたら、よかったのにな。弱虫な俺には無理だけれど。会話を終えて、お兄さんは駄菓子の補充を始めた。俺はその背中を眺める。そうすると、一つの駄菓子を手の中に放り投げられた。やるよ、と言われて俺は笑った。なんだかもったいなくて食べられない。俺はその駄菓子を宝物のようにポケットの中に入れた。



そして20の誕生日が来た。俺は白装束を着て、数人の村人たちに、森の深くにある大きな洞窟の前まで連れてこられた。村人たちは入れ、と言って、洞窟に俺を押し込み柵で入り口を厳重に封鎖した。そして、さっさと去って行ってしまう。戻ることもできずに俺は先へ進んだ。夏なのに、寒いと思う。俺は震えながら一番奥へと向かった。いきなり辺りに火が灯り、目の前に大きな牛の怪物のような神さま?が現れた。俺は純粋に怖いと思った。神さまは、近くに寄れと言った。俺は仕方なく足を進める。頭を下げて、地面に伏せる。そうしろと言われていたからだ。そうすると愉快そうに笑う声が聞こえた。
「随分とまた上等な生贄だ。気が満ちている」
そう言うと神さまは俺の手を掴み、立たせて、じっと見た。俺は怖くて怖くてたまらなかった。
「早く食ってしまいたいところだが、まだ俗世の汚れが残っているな。抜かねばならぬ」
そう言うと神さまは背後に目配せした。そこには、顔を隠した人の姿をした存在がいた。どことなく金の髪が、お兄さんに似ている気がして俺は、俺は少しだけ詰めていた息を吐く。まだ猶予があった。少しだけかもしれないが心を決めるには必要な時間だ。
パチンと神さまが指を鳴らすと、洞窟の中はたちまち室内のようになった。そして現れた廊下を、俺は連れて行かれる。お兄さんに似た神さまの部下に俺は尋ねた。
「あと、どれくらい猶予がありますか」
「二、三日といったところだ」
「そうですか、ありがとうございます」
「……お前は怖くはないのか」
俺はその言葉に力なく笑った。
「怖いですよ、でも仕方ないから。大好きな人と村を守るためだから」
「……」
その人は黙って、俺をある部屋へと導いた。
「ここにあるものは、なんでも使っていい。ゆっくりしていろ」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。この人は怖くない。そのままその人も頭を下げて出て行った。

眠れないまま、時間がいくらか経ったところで、異変が起きた。空間が歪みはじめたのだ。一体何が起きているんだろう?俺は慌てて神さまがいるであろう場所に向かった。そこには、血を流して事切れた神さまと、片腕を失った部下の人がいた。俺は思わず口を押さえる。どうして、こんな……。立ち尽くしていた部下の人が振り向く。ひらりと顔から布が落ちた。そこには見慣れた顔があった。でも右目が潰れているみたいで、俺は悲鳴を上げたくなった。
「……蓮、さん?」
「ああ、悪いな、遅くなって」
俺はお兄さん、蓮さんに駆け寄った。そして確かめるように、腕と目に軽く触れる。
「ひどい……どうして」
「ああ、持ってかれた。まあ、これだけで済んでよかったよ」
蓮さんは笑ってなんてことのないように言う。周りはただの洞窟に戻っていた。俺は泣きそうになりながら蓮さんに抱きつく。蓮さんは俺の背をあやすように撫でてくれた。
「俺のため?」
「いいや、俺のためだ。俺がお前を手離せなかっただけ」
聞きたいことが色々あった。でも、蓮さんはそれを許さなかった。
「ゆっくりしてる暇はない。逃げるぞ」
「どこに?」
「村の外」
俺は蓮さんについて行った。蓮さんは柵をすごい力で蹴り倒して、突破した。時間は夜中みたいだった。俺は蓮さんに手を引かれて走りながら、村の反対方向へと向かう。蓮さんはある木の側で止まった。そしてその陰から、荷物を引っぱり出した。なんだか、村の方が騒がしい。振り返ると村が燃えていた。俺は息を呑む。家族のことを思ったけれど、もう戻るわけにはいかない。蓮さんは俺の頭を撫でる。俺は蓮さんにつれられて走った。
山を抜けて細い道に出た。村の外ってやつらしい。蓮さんはやっと立ち止まって息を吐いた。それから荷物の入ったリュックから布を取り出して、無くなった方の腕を縛り、目も隠すように巻いた。俺はそれをただ見ていた。ごめんなさい、と言うと、お前は悪くない、と言われる。蓮さんは道なりに歩いて、何処かへと向かう。着いたそこは小さな駅だった。電車は時間的にまだこないみたいだ。駅前の椅子に蓮さんと並んで座る。蓮さんは、自分が半分人ではないことや、村は祟りの残り滓で燃えたこと、神さまを殺す機会を伺っていたこと、俺を助けると決めていたことなんかを話してくれた。俺は色々な感情に泣いてしまった。蓮さんは俺の瞼にキスをする。俺はそれでも泣き止まなかった。

しばらく泣いた後、蓮さんに俺は告げた。
「蓮さん、大好き、でも、俺と逃げてよかったの?」
「初めからこのつもりだった。言ったろ、一緒に逃げるかって。断られても、諦めるつもりなかった」
蓮さんは微笑んで、俺にキスをした。俺はそれを受け入れる。罪悪感に苛まれながらも、幸せだ、と思った。
「蓮さん、好き、大好き」
「ああ、俺も好きだ、翔」
大好きな明るい色の目は一つになってしまった。それでも俺はずっとこの人と居るだろう。俺は蓮さんの布の巻かれた腕の付け根を優しく撫でた。蓮さんは顔を少し歪めた。痛い?と言うと、少し、と返される。触らない方がいい?と言うと、触ってくれ、と片手で抱き込まれた。俺はそっと蓮さんの腕の付け根を撫で続けた。



朝が来て、電車がやってくる。村からの追手はやって来なかった。俺たちは電車に乗って、村のあった場所からどんどん離れていく。さようなら、俺の育った世界。俺は蓮さんと肩を寄せ合いながら、目を閉じた。きっと、この人となら、何処でも生きていけると俺は思った。蓮さんの体温を感じながら、俺は幸せと愛しさと、悲しみと苦しみの混ざった心で、涙を一粒溢した。蓮さんは、俺の涙を優しく指先で拭ってくれた。
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