広い宇宙にふたりぼっち

俺はずっと全てを見届けてきた。宇宙の果てにある空間で、生命のいる星の誕生と消滅を観測する。どうしてかなんて分からない。ただ、俺はそういう存在だったからだ。身体はあるが透けている。幽霊ってやつみたいだ。ある時、終わりかけの終末の星で一人の黒髪の男の人を見かけた。もう、その人以外に生命はいないみたいだった。なぜ、生きていられるのかも分からないけれど、彼は確かに存在していた。そっと今までの記憶を探る。彼は何度も何度も生まれ変わっているみたいで、どの時代にも同じ姿で存在していた。そして、今は不老不死にでもなってしまったらしい。流石に不老不死でも星が消滅したら滅んでしまう気がする。そうでなければ辛すぎる。彼は枯れた瞳で世界を見ていた。俺は彼のことが気になった。じっと、彼を観察する。彼は目的もなく世界を歩いて回っていた。もしかしたら同族を探しているのだろうか。俺はなんだか悲しい気持ちになってしまった。彼はただ希望を一つだけ持っていて、あとはただ終わりを待っていた。
俺は毎日毎日彼を見ていた。まるで世界にふたりぼっちみたいな気がした。実際には互いにひとりぼっちなのだけれど。俺だけが勝手に相手のことを知っていた。俺は彼と会話をしてみたくなった。でも、どうしたらいいか分からなかった。この場所から出て行く方々も知らないのだ。ここにはただ世界を映す空間だけがあって、俺には実体というものもなかった。俺は彼を映す空間に触れて、ただ祈った。彼らが神と呼ぶものに祈った。どうか彼に会わせてください、と。俺はそれから毎日、彼に向かって話しかけた。届かないとしても、いいから。
今日も俺は彼に話しかける。こんにちは。そうすると、彼は辺りを見回した。俺は少し驚いた。偶然だろうか。俺はまた、こんにちは、と言った。そうすると彼は何やら口を動かした。俺には声は聞こえない。だけど、届いているのかもしれない。俺は騒ぐ胸を押さえながら、言葉を続けた。
『俺はそちらの声は聞こえません。だけど、観ることはできます。聞こえているならば、手を挙げてください』
そうすると彼はそっと手を挙げた。届いた……!俺は泣きそうになりながら、話をした。
『俺は多分、あなたたちの考える宇宙の果てってところにいます。ずっと宇宙のことを観てきました。こうやって交流するのは初めてです』
彼は首を傾げた。それでも頷いてくれる。
『俺はここから出たことがありません。ただ、あなたのことが気になったので、どうしても話をしてみたかったのです。俺に応えてくれてありがとう』
思いの丈を告げると彼はそっと笑った。笑えるんだなあと、俺はただ思った。彼は持っていた杖で、砂塗れの地面に何かを描いた。俺はそれを観る。そこにはこう書かれていた。ありがとう、話せて嬉しい、と。俺はこちらこそ、と言った。
俺たちはそれからたびたび声と文字で話をするようになった。この世界のこと、滅びた文明のこと、互いのこと、沢山の話をした。明るい大きな星が昇っては沈み、小さな星が瞬く。そんな時を繰り返して、俺たちは仲良くなっていった。途中からくだけた話し方をするようになって、まるで友達ってやつみたいだった。そう言うと、もう友達だ、と言われた。俺は嬉しかった。こんな得体の知れない存在の言葉をちゃんと聞いてくれる彼は優しいなと思う。俺たちは宇宙でふたりぼっちだった。



長い長い時が流れた。ある時、空に浮かぶ大きな星たちが、彼のいる星に向かって落ちてきた。それは、その星の終わりを意味していた。俺は彼に話しかける。逃げて、とも言うこともできずに、ただ、彼の名前を呼ぶ。彼は、多分、じゃあな、と呟いた。俺は、ありがとう、またね、と言った。星が炎に飲まれて行く。俺はただただ悲しかった。何度も何度も観てきた光景なのに。より一層、虚しかった。俺は祈った。せめて彼の新しい生が穏やかでありますように、と。もしかしたら生まれ変わらない方が幸せなのかもしれない。それでも、俺は願ってしまった。彼にもう一度会いたい。



長い時間が流れた。生命のいる星はなかなか生まれてこない。俺は焦っていた。それでも、ただ、待ち続ける。彼の記憶をなぞりながら。どうして、俺は俺なのだろう。どうして星は誕生と消滅を繰り返すのだろう。宇宙はなくならないのだろう。俺のいるこの場所も。答えは分からなかった。俺は遠い遠い昔からここにいた。それだけで、あとは何も覚えていない。もしかしたら、これは何かの罰なのかもしれないと思った。

ある日、新たな星が生まれた。星は生命を育み、多様な生態系を確立した。これならばもしかしたら、と俺は思った。星はどんどん進化していく。そして、人といえる存在が生まれた。俺は、歓喜した。そして、時は流れ、また彼がこの地に産まれたのだ。彼の姿を見たとき、すぐに分かった。まだ赤子だったけれど、今までの記憶から、彼だと分かった。俺は少し泣いた。俺は彼の成長を見守った。いつ話しかけようかと思う。俺は彼が大人になってからにしようと決めた。
様子を見ていて、彼が何かの研究者になったらしいことが分かった。俺は彼に話しかけようとしてやめた。彼にはいつしか恋人ができていた。その姿はどこか自分に似ているような気がして、複雑な思いだった。彼は幸せそうに生きていた。それだけで良いと思った。俺のような変な存在は必要ない。だけど、残念なことに今回の終末は早かった。彼が一つの生を終える前に、世界は色々な要因で破滅へと向かっていった。
彼は壊れていく世界でも、愛する恋人といつも共にいた。俺はちょっぴり嫉妬のようなものを覚えたけれど、二人を応援していた。そして、彼らの居る場所にも危機が迫っていた。俺は何もしてやれずにただ見守っていた。
そして、彼は恋人を身を挺して守り、何かの装置の中に入れた。泣き叫ぶ恋人に彼は笑いかける。こんなのはあんまりだ、と俺は思った。だけど、何もしてやれはしないのだ。もどかしくて、ただ祈った。神様、どうか二人をお助けください。俺はその時、何かに打たれたように記憶を思い出した。
あれは俺だ。そう、彼の恋人は昔の自分だった。彼は俺の意識を、装置を使って世界の果てへと転移させたのだ。仕組みは細かくは分からない。共同研究をしていたけれど、彼は最後まで肝心なことは教えてくれなかった。けれど、彼の生きて欲しいという気持ちだけが今も残っている。なぜ、忘れてしまったのだろう?なぜ、今、思い出したのだろう?未来が過去、過去が未来、捻れた宇宙の果てで俺はただひとり立ちすくんでいた。



ずっと、彼のことを考える。自分のことを考える。二つの記憶が自分の中にあった。観測者として彼に出会った自分。恋人として彼と過ごした自分。どちらも大切な記憶だった。彼に会いたい。俺はただ思った。祈った。彼に触れたい。声が聞きたい。できなくても、話がしたい。彼が何も覚えていなくても。
世界はまた廻る。そして、生命の春が来た。俺は待った。消えることもできない意識のまま、ただ彼との記憶に縋り、その時を待った。彼がまた生まれた。俺はほっと息を吐いた。もしも、彼がもう生まれ変わらなかったとしたら、俺は狂ってしまったかもしれない。俺は成長していく彼にそっと話しかけた。彼は空中に向かって返事をした。俺の存在を秘密にするようにと俺は彼に告げた。彼には記憶がなかった。それでもいい。それでもよかった。ただ生きていてくれるなら。存在していてくれるなら。
彼は健康に育った。今回は世界の危機は訪れていない。彼は幸せに暮らせるだろうか。俺は彼に記憶のことは告げなかった。彼は彼であって、彼ではないからだ。惑わせたくなかった。それでも、彼は研究者の道へ進んだ。熱心に彼は何かを開発していた。何を作っているの、というと、彼は秘密と告げた。だけど、俺は気づいてしまった。彼の作る装置は俺をここへ送ったものによく似ていた。俺は彼にそのことを告げた。そうしたら、彼は、素直に認めた。なぜ?と言うと、俺の存在を観測したからだと語った。俺は宇宙の果てにいることも伏せていたのに、とっくにバレていた。会いたい。けれど、会いたくなかった。こんな場所に彼を呼びたくはない。彼に俺と同じ悲しい気持ちを味わって欲しくなかった。だから、俺は研究をやめるように言った。けれど、彼は頷かなかった。それから、俺に文字でこう告げた。夢を見る。何度も転生する夢だ。同じ男に、違う時代に。だけど、いつも俺はひとりだった。彼に会うまでは。俺はどきりとした。彼の言う相手とは俺のことだったからだ。そして、彼は最後にこう書いた。俺はこの星にこの場所に未練はない。俺は泣いてしまった。彼はずっとどこかで覚えていたのだ。すべてを。全ての自分の記憶を。俺は彼を止めるのはやめた。ただ思いつく限りの楽しい話をする。彼は笑って、俺の話を聞いてくれた。



彼の念願の装置が完成した。彼は早速、その装置に入った。そして、彼はその後に、装置を自爆させた。誰かが俺の空間に入ってくる。それはもう一人しかいなかった。彼だ。俺は振り向く。彼は俺のことをぎゅっと抱きしめた。互いに身体が透けている。彼もまた意識だけの存在になったのだと分かった。泣く俺の目元を彼は擦る。そして困った顔をした。
「泣かせたいわけじゃなかった。それでも、ずっと君に会いたかった」
「ごめんね、何もできなくて、ごめん」
「俺は君に出会うために生まれてきたんだと思う」
そう言うと彼はまた俺を抱きしめてくる。俺も背に手を回した。俺たちは孤独だった。だけど、寂しくはない。もう、寂しくはない。彼がいるだけで、俺もまたよかったからだ。俺たちは手を握り合って、二人で話をした。宇宙のこと、自分のこと、互いのこと、想っていること、ただ、ただ話をした。

俺たちは二人で星を眺めた。それ以外に特別やることがなかったからだ。俺たちは永遠に近い存在になっていた。それでも嫌じゃなかった。俺たちは互いだけを愛していたから。
俺たちは、いつまでも、いつまでも、宇宙でふたりぼっちだった。だけど、それは、決して不幸ではなかった。俺たちは寄り添って、そっと目を閉じた。結局、二人なら何だってよかったのだと俺は微笑んだ。俺たちは果ての楽土にたどり着いたのだ。
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