恋の魔法を教えてよ

俺はしがない魔法使い。今日も家で仕事をする。主に薬の調合や魔道具の作成などだが。魔法使いが戦場に駆り出されるような時代はとっくに終わっているので、それほど、大きな魔法を実際に使う仕事はない。まあ、使わないからと言って、使えないわけではないのだが。
今日も徹夜明けで薬の調合をしていた。まあ、好きなので苦ではない。しがないと言ったが、この国では五本指に入るぐらいには実力はあった。
そして、俺には、自らの傷んだ赤い髪や暗い緑の瞳とは違う、黒い髪に青い瞳を艶やかに光らせる美形の弟子がいる。それが、いつものように小言を言ってきた。これが一番の問題だった。
「あんたはもう少し自分を大切にした方がいい」
「ああ、お前、ほんとにうるさくなったな、昔の大人しかったお前は何処に行ったんだ?」
「俺はあんたが好きだから仕方ない」
これだ。これが一番困る。この弟子はどうやら俺が好きなようなのだ。
「それは情か何かを勘違いしてるんじゃねえの?」
「俺はそれほど馬鹿じゃないよ、茶を淹れてくる、少し休んでくれ」
そう言って背を向けてキッチンへと向かう弟子に声をかける。
「……本当にお前は俺の何なんだろうな?」
「俺はあんたの弟子で奴隷だよ」
そう、こいつは元奴隷だった。市場で競りにかけられていたのを俺が競り落として貰い受けたのだ。幸い金には困っていなかったから。なぜ、こいつを連れ帰ったのかは分からない。ただ放っておけなかったのだ。手早く茶を淹れて俺の元へ戻ってくる弟子に静かに告げる。
「……俺はお前を奴隷として使いたくて買ったわけじゃない、もうどこに行ってもいいと言ったはずだ。自由に働きたいなら働き口も用意すると言った筈だが」
渡されたカップに口をつけつつ、俺は弟子の様子を眺めた。昔の面影はあるが、まったく大きく立派に育ったものだった。
「いらない、俺はあんたと一緒にいる」
なんなんだろうな、これは。俺はため息を吐いた。いつからかこいつは俺に愛を告げるようになっていた。もったいない。わざわざこんな歳の離れた、見た目は若くても、枯れた男の魔法使いなんかに惚れているなんて。
「お前なあ……俺はお前が、いつか、いい男になって結婚とかするのを楽しみにしてたんだぞ!なんで、こんなおっさんに仕え続けてるんだ、趣味悪い」
本当に趣味が悪い。こんな子に育てた覚えはなかった。俺は苦い気持ちを飲み込むように茶を啜った。
「俺はあんた以外要らない」
真剣な顔でそう告げてくるそいつに俺もまた真剣に返す。
「やめてくれ、俺は応えてやれねえよ」
「それでもいい」
そいつは俺の向かいに置いてあった椅子に座って俺を見つめた。朝日に照らされたその姿は綺麗すぎて目が痛いぐらいだ。
「不毛だろ……なんで俺なんだ」
「あんた以上に美しい存在を俺は見たことがない」
俺は限界だなと思った。思考を巡らせて、一つの結果に思い至る。
「はー、分かった、見合い話を持ってくる」
「何でそうなる?」
そいつは驚いたように目を見開いた。俺はカップを、サイドテーブルに置いて笑った。
「もしかしたらまだ運命に出会ってないだけかもしれないだろ?」
「……無駄なことを」
そいつは苦虫を噛み潰したような顔をした。あーあ、美形が台無しだ。俺はそれでもこの考えを捨てる気はなかった。
「何人か見繕うから会ってみろ、拒否権はないぞ」
「そんなにあんたは俺から離れたいの?」
俺は少し胸が痛んだ気がした。それでも真っ直ぐに告げる。
「お前のためだよ、分かってくれ」
「……分かった」
仕方ないといったようにそいつは頷いた。よし、と俺は内心でガッツポーズを決める。
「決まりだな」
俺はまた調合に戻ろうとして、止められた。仮眠を取れと言われ、機嫌を損ねるのも面倒なので、仕方なく隣の部屋へ向かう。ベッドに寝転がり、そっと目を閉じる。あいつが幸せならそれで良いのだ。



俺は早速、知り合いにかけ合い、何人かの候補の女性の写真とプロフィールを持って帰ってきた。弟子はしぶりながらも、一人の女性を選んだ。
そして、見合いの日がやってきた。出掛けていく弟子を見送る。俺は保護者だが、ついてくるなと言われたのでついていかなかった。面倒ごとが嫌いなあいつのことだ。俺が色々と手を回すのが嫌だったのだろう。
とはいえ不安だな、少し様子を見てみるか。俺はそう決めて隠密の魔法を自分にかけた。そして、弟子とお相手の居るであろう庭園へと向かった。

なんだ、思いの外、楽しそうじゃないか、やればできるな、俺の弟子は。ほら、笑って、……笑って?あいつ俺の前以外で笑えたのか。
俺は二人の様子を物陰から眺めていたが、今見た光景に驚いてしてしまった。そう、笑顔だ。滅多に笑わないあいつの笑顔。いいことじゃないか、いいことだ、なのに、なんで……。
俺は騒がしい胸を押さえて、その場からそっと立ち去った。



これは決まりかもな。よかったじゃないか、あいつに春が来たんだ。辛い冬を乗り越えて。盛大に祝福してやろう。
なのに、どうして、こんなにも胸が騒ぐ?落ち着かなくて、なんだか痛むような気持ちになるんだ?
俺は部屋へ帰ってきていた。いつも仕事をするキッチン付きの広い部屋で、椅子に座ってぼーっと外を眺めている。いつもより、さらに部屋が広く感じた。俺は立ち上がり書棚へと向かった。俺はあいつのアルバムを取り出して、椅子に戻る。そして、ぱらりとページを捲った。
そうそう、最初はいつも仏頂面で可愛げのかけらもなかった。自分を守るためだったんだろうが。
傷だらけで痩せっぽっちで、背も小さくて、俺の半分もなかったっけ。世界を睨むようなその目が、どうしても放っておけなかったんだ。柄にもなく、こいつを幸せにしてやりたいと思ってしまったんだった。愛なんて俺もよく分かりはしなかったが、俺は確かに愛を注いだ。それは、親としての愛だった、筈だ。
それが、あんなにでかくなりやがって、立派になって、顔の傷もちゃんと消してやったから綺麗なもんだ。他のやつから、お前の弟子はモテるって話を聞いたこともあるし、それは何だか自分のことのように誇らしかった。
でも、あいつはあろうことか俺に愛を注いできた。俺を、多分、溺愛している、あいつなりに。丁寧に世話を焼き、たまに俺を見て幸せそうな顔をして、時に熱のある瞳で俺を見つめる。いつからか世界を睨むあいつの目は、俺だけを見つめる目になっていた。俺はそんなことになるなんて思っていなかったのだ。歳も離れているし、恋愛感情を渡したこともない。特別なことなど何もしていない。ぶっきらぼうな俺の愛し方は伝わるかどうかも分からないと思っていたのに。
いつからか、愛されて、絆されて、その想いに焼かれていたのは俺の方だったってオチだ。笑えもしない。
俺はアルバムを閉じた。目頭を押さえて息を吐く。何も考えたくない。
あいつを笑って送り出してやらなければ。自分の感情などどうでもいい。あいつが幸せなのが一番なのだから。

コンコンと部屋の扉が叩かれた。あいつが帰ってきたのだ。まだあれから一時間も経っていないと思うが。俺は椅子に座って、扉の方を振り向いた。
「入れ」
入ってきたそいつは無表情だった。どことなく疲れているようにも見える。
「どうした、お嬢さんはもういいのか」
「あんたの様子がおかしかったから」
いけない、尾行が気づかれていたのか。俺はしまったと思った。二人の邪魔をしてしまったかもしれない。こいつはやっぱり才がある。こんなにも鋭く、隠密魔法を見抜いてしまうのだから。
「悪いな、少し無愛想な愛弟子が心配だったもんでね。でも、大丈夫そうだな、お嬢さんのことが気に入ったんだろう?」
「べつに……」
弟子は面倒くさそうに呟いた。俺はおや?と思ったが、言葉を続ける。
「いや、いい、何も言わなくても、お前の態度を見れば分かるよ」
「あれは……!」
慌てるそいつに微笑む。上手く笑えているだろうか?
「よかったな、ああ、ちゃんと幸せになるんだぞ、俺もできる限りのフォローはするから、邪魔をする気はないんだが……」
「なんで、あんたはいつもそうなんだ!俺の気持ちを勝手に決めつけて、無視するんだ?」
怒る弟子に俺は笑いながら、そっと眉を下げる。
「だって、お前、笑っていただろ?」
「それはあんたの話をされたからだ!」
「は……」
思わぬ発言に声が詰まる。
「あんたのこと凄いって褒められたから笑っただけだ、もう断りを入れてある」
「は、もったいないな!なんでそう思い切りがいいんだ!」
俺は叫んだ。そんなにあっさりとよく思い切るものだ。けれど、何処かで安心している自分もいて、嫌悪感でいっぱいだった。
「もったいない?それは、あんたと居れなくなることのほうだ!」
そう言うと弟子は近づいてきて、俺の手首を握った。その体温に思わず頬が熱くなる。
「やめろ、手を離せ」
「っ……あんた、なんでそんな赤くなってんの?」
「知るか!離せ、よ」
そいつはあろうことか俺のことを抱きしめてきた。こんな接触はいつぶりか分からない。俺は混乱した。身体が熱くなる。
「熱いな」
「離せって……」
身体を離して近い距離で顔を覗き込まれる。甘い声でそいつは言う。
「ねえ、俺はあんたのことが好きだよ、ずっとずっと好きだ、あんたに出会ってから俺にはあんたしか居ないんだ」
胸が鳴る。俺はどうにか言葉を続ける。
「だから、それは、良くないって……」
「あんたは?あんたは俺のこと嫌い?」
そいつは切ない顔をした。俺は反射的に叫ぶ。
「嫌いなわけないだろ!」
「じゃあ、好きなんだろ、愛を注いでくれたんだから」
俺は困ってしまった。まったくこいつは人の気持ちを汲んでくれない。
「それとこれとは別だろ……」
「いいんだ、それでも、あんたの近くに居られれば」
「虚しくないのか」
「虚しい?幸せだよ、俺は世界で一番幸せだ」
そう言って頬に手が触れる。頬を撫でられて、俺は多分、真っ赤になっている。これは、これはまずい。それでも動くことができなかった。
「あんた、今日、ちょっと変だな、具合悪い?」
額へと動いた手に俺は自分の手を重ねて、軽く払った。
「お前が近いからだろ!」
「ふーん、近いとこうなるんだ?可愛い」
そう言って、そいつは俺の目を覗き込んでくる。
「っ、な、なに言って……」
俺はもうたまらなかった。気付いてしまった気持ちが上手く扱えない。
「もしかして、あんた、俺のこと意識してる?」
少し驚いたように言われて、どうにか否定する。
「して、ない」
「嘘つき……それにしても、いきなりだな。まあいいけど、願ってもないことだ」
そいつは嬉しそうにそう言った。それから俺の手を取って、祈るように指先に額をくっつける。
「好きだよ、愛してる、だから、一生側にいる」
「そこは、いさせて、だろ」
もう、何を言っていいかも分からなかった。俺はされるがままにする。
「これはお願いじゃなくて宣言だから、覚悟してね、もうお見合いもしない」
「は?!」
「こんなあんたを放っておけないし、俺が居なくなったらあんたも困るだろ?」
俺は頭をフル回転させて、そいつを止めるために言葉を放った。
「大丈夫だ!他のやつを雇うから!」
「は?……あんたが俺以外を側に置くなんて絶対に許さない」
そいつは暗く重い声を出した。怯む俺を見つめて、それからなぜか顔を近づけてきた。何か言おうとして、唇に何かが触れた。何が?角度を変えて重ねられるそれは、そいつの唇でしかなかった。俺は固まる。顔が熱い。唇が離れて、そいつはうっとりと目を細めた。
「は、可愛い、ほんと可愛い」
「な、なにしてくれてんだ、アホ弟子!」
俺は叫んだ。殴ってやりたかったがそれは我慢する。綺麗な顔に傷を付けたくなかったから。
「嫌じゃないみたいだし、問題ないよな?」
「は、な、なん……」
俺は魂が抜けそうだった。
「あんた、やっぱり、俺のこと好きだろ」
俺は思わず立ち上がり、そいつを突き放して、転移の魔法を展開した。ここにはいられない。
「待って!」
然し、そいつはあろうことか、強引に俺の手を掴んできた。思わず意識がブレる。そのまま転移魔法は発動した。



「お前、危ないだろ!転移魔法使ってる時に変なことすんな!ずれただろうが!」
そう、俺たちは今、庭の木の上に居た。とんでもないところに落ちてしまった。
「逃げようとするあんたが悪い」
そいつは悪びれる様子もなく、俺のことを抱えるような体勢で鼻を鳴らす。可愛くない。
「俺は悪くねえ!」
思わず叫ぶと、木から鳥たちが飛び去った。そいつはため息を吐いたあと、風魔法を使って俺を地面へと降ろした。そのあと、自分も降りてくる。

「なんで、ついてくるんだよ!」
庭を歩く。噴水の周りを回る。まるで追いかけっこのように弟子は俺についてくる。
「好きだから」
「お前は雛か!」
立ち止まって指を差すと、そいつは飄々として言った。
「そうだ、あんた限定でね」
「俺はひとりになりたいんだよ!」
苛々しながら、強く叫んだ。
「あんたをひとりにするとロクなことにならないからダメだ、それにさっきの話の続きがまだだろ」
俺は思わず走り出す。
「しつこい!話なんかない!」
そいつも走って俺を追いかけてくる。本当に勘弁してくれ!
「もう態度でバレてるんだから、そんなに警戒しないでよ」
「なにがだ?」
俺は立ち止まって尋ねる。それは墓穴を掘ったかもしれなかった。
「あんたが俺を好きなこと」
「す、き、じゃない……」
俺は手を掴まれて目を逸らした。ああー、なんで勝手に顔が熱くなるんだ!
「はいはい、とりあえずそこに座ろう」
そう言われて、噴水の前にあるベンチに座らされる。そいつも隣に座った。

「……なんで、お前は俺の肩を抱いてるんだ?!離せ!バカ!」
そいつは俺の肩を抱いて上機嫌だった。本当なんなんだ。俺は逃げ出したいけれど、肩を強く抱かれて逃げ出せなかった。また、恥ずかしくて顔に熱が溜まっていく。
「こんなあんたが見れるなんて、彼女にも感謝だな」
俺はまったく自分の勘違いが恥ずかしくなってきていた。
「……逃げないから離せよ」
そう言うとそいつはようやっと手を離した。助かった、のか?そいつはそのまま会話を続けてくる。やっぱり助かっていないかもしれない。
「あんた、いつから俺が好きだったの?」
「……言いたくない」
そう、そんなこと言えるわけもなかった。色んな意味で。
「俺はあんたと初めて手を繋いだ時からかな、あんたは他のやつと違って裏表がなかったから」
「それ褒め言葉か?」
どうにか言葉を返す。というか、そんな昔からだったのか?俺は少し罪悪感のようなものを感じた。
「褒めてるよ、それからどんどん好きになった。魔法を使うところも、真剣に調合してる時の顔も、頭撫でてくれる手も、不器用な態度もみんな好き」
「よく恥ずかしげもなく言えるな……」
「事実だから」
俺は顔を押さえた。そんな昔からなら避けようがないじゃないか。そもそもに愛が重すぎる。
「俺はお前が恐ろしいよ」
「でも、嫌いじゃないんだろ」
「……」
黙り込む。これが肯定になってしまうとしても、何も言いようがなかった。
「素直じゃないところも好きだ」
「あー、なんで、こうなったんだ?」
「必然だろ、諦めて」
そう言って、そいつは綺麗に笑った。くそっ、本当になんでこうなったんだ?
「好き合ってるなら問題ないよな」
顔を近づけてくるのを手のひらで阻止する。そいつは目を細めた。
「手、退けて、師匠」
「や、だ」
そう言うとそいつは俺の手のひらに、ちゅ、と音を立ててキスをした。
「っ……!」
その刺激に思わず肩が震える。
「知らなかったな、あんたがこんな顔や感情を隠してたなんて。ねえ、もっと見せて」
そいつは悪い顔をした。本当にどうしたらいいんだこれは!
「バカ!あー、もう、顔向けできない」
「誰に?俺、親いないし、あともどうでもいいし、問題ないよ」
少し泣きそうになって、目をこする。そんな俺にそいつは畳み掛けるように告げた。
「絶対、あんたを諦めないから」
「っ、ああ、もう、勝手にしろ!」
「うん」
俺はもう嘆きを超えて呆れていた。そうだ、勝手にさせておけ、と頭の隅で自分が言う。言われなくてもそうする。俺はまた抱き込まれて、息を吐いた。



あれから、弟子のスキンシップが増えた。複雑な思いだ。
「おい、この薬そっちに纏めといてくれ」
「了解」
軽く触れる手にも俺は反応してしまう。結局、最近のこいつはもう遠慮しないようになっていた。色々と隠しきれなかった自分が憎い。
「フラン、愛してる」
名前まで呼んでくる始末だ、もう諦めている。何より嫌じゃない自分が問題だ。こんな生意気なのが愛しいなんてどうかしている。それでも否定はできなかった。
「分かったから、次はこれ、そっちな」
「ああ」
受け流していられるのもいつまでだろうか。俺は弟子の背中を眺めながら息を吐いた。そいつは振り向いて、俺の目を見た。俺は軽く笑いかけてやる。
どうせ、こいつの気持ちから逃げきることなどできはしないのだから。俺は結局、こいつのことが誰よりも大切なのだ。
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